5.再会は集結

時が流れるのは早いもので、シンバ達は20歳になり、すっかり大人として体も成長し、もう厚底の靴も必要なくなった。

あれから8年経ち、あの時からの幾つかの誤算をどうするべきか、シンバはずっと悩み続けている。

まず一番の誤算は、シャーク・アレキサンドライトが、さそり団を放置している事。

サソリ団はアレキサンドライトによって潰されるだろうと予想したが、未だサソリ団の悪名はあちこちで聞く。

そしてシャーク・アレキサンドライトが左腕を失った事で、賊としての命を絶たれるかと思ったが、左腕は鉤腕となり、空賊を諦めてない様子で、益々、盛んな活躍をみせ、資金集めを励んでいる。

それだけじゃない、左腕を失い、戦力を失うかと思えば、強さが増したようで、噂では、今やシャークは地上で最強の賊と謳われ、空で最強のサードニックスを今にも叩き落とす勢い。

更なる誤算は――。

「待て待て待て! 僕はトム! トム率いるトム団だ!!」

今、シンバの目の前に、数人の男の子が立ちはだかり、そう叫んだ。

木の枝を剣代わりにし、オモチャの鉄砲を腰につけ、賊ごっこのようだ。そして、シンバの後ろにいた子供達が、大声で叫んだ。

「賊が現れたぁ、助けてぇ、フォックステイルー!!!!」

すると、建物の影から1人の男の子が現れた。妙な仮面をして、大きなバンダナをマントにし、畑木を腰につけて、賊役の男の子達をあっという間に倒していく。

「くっ! フォックステイルめ!」

トム団のトムが悔しそうにそう言うと、フォックステイル役の子は、フッと笑みを浮かべ、

「笑えよ、トム」

そう言い放つ。どうやらフォックステイルの決め台詞らしい。というか捨て台詞?

シンバは、子供達のごっこ遊びを見ながら、大きな溜息を吐いて、

「フックスには見せれないな」

そう呟く。

アレキサンドライトが、サソリ団を、なかなか潰しにかからないので、フォックステイルは本当に蘇ったのだとアピールしたいが為に、派手に動きすぎた。

結果、フォックステイルをヒーロー紛いに仕立て上げた話題が広がり、一部の子供達には、大人気だ。これは大きな誤算だ。

フォックステイルは世に知られちゃいけない存在なのだから。

「いつの世もヒーローは誰かわからないってのが決まりだね」

何故か、子供達と一緒になって、ごっこ遊びをしていたカモメが、シンバを見つけ、そう言った。何て遊びをやってるんだと、シンバが睨むと、

「オモチャの銃を作ってあげただけだよ、そんな顔しないでよ」

と、苦笑いする。

「で、子供達のヒーローになった感想は?」

「フォックステイルがヒーローなら、カモメもヒーローだろ?」

「オイラは裏方作業だから、子供達のヒーローのフォックステイルとは、ちょっと違う」

「ヒーローは誰かわからない、それが基本って言う理由は理解できたよ。ボクがヒーローだなんて知れたら、子供達の夢を壊す事になる。幻滅されそうだ」

「ま、ヒーロー業やってる奴が、普段からもヒーローとは限らないからね、素性は明かさないのが原則」

「明かさないのか、明かせないのか」

「ハハッ、で、バイトは見つかった?」

「全然。カモメは?」

「暫く厄介になる宿の調理場で皿洗いのバイトさせてもらえる事になったよ、パンダも靴磨きのバイト見つかったって言ってたし、シカも早朝のミルク配りのバイトするって言ってた。だからシンバは、ゆっくりしててもいいよ。3人で働けば、それなりに稼げる」

「いや、ボクも直ぐにバイト見つけるよ、生活費そろそろ本気でヤバイし」

フォックステイルとして奪った宝の殆どはミリアム様の奇跡となる。

その為、自分達の生活費は自分達で稼ぐ。

突然、うわああああんと泣き声が聞こえ、見ると、トムと言う子が本気泣きしている。

フォックステイル役の子が、思いの他、力が入りすぎたのか、トムを叩いたみたいだ。

「いちいち泣くなよ!!」

と、フォックステイル。

「笑え! 笑えよ!」

フォックステイルの必死さに、シンバは苦笑いしながら、

「ボク、あんな?」

と、カモメに問う。カモメは苦笑いしながら、肩を竦め、泣いているトムに駆け寄り、

「大丈夫?」

と、なんとか泣き止まそうとするが、トムはなかなか泣き止まず、

「フォックステイルなんか嫌いだ、賊にやられちゃえ、バカァ」

そう叫びだした。

シンバはやれやれと溜息を吐き、本当にフックスが見なくて良かったと思いながら、泣いている子の目の前に立つと、手をヒラヒラさせて、何も持ってないよアピール。

それから、そこにいる子供達みんなに、何も持ってないよと、腕まくりして、笑顔でアピールすると、皆、何が始まるのだろうと、シンバを見始め、辺りが急に静かになるから、トムも顔を上げて、ヒックヒックしながら、シンバを見ると、シンバが、何も持ってない手の中にパッとキャンディを出した。子供達がワァッと驚きの声を上げる。

そして、キャンディをトムに渡すと、トムはパァッと笑顔になり、シンバは、あれ?と言う表情で、トムの隣の子の頭の上を指差すと、そこにもキャンディが。

また、みんながワァッと声をあげ、シンバは別の子のポケットを指差すと、そのポケットからキャンディが次から次へと出てきて、子供達全員、人数分のキャンディが。

みんな、それぞれ、キャンディを手にして、笑顔になる。

「流石」

と、カモメがウィンク。

子供達がもっとやってもっとやってと、シンバに懐き出し、困ったなぁと頭を掻いて苦笑いしていると、子供達の親が物凄い形相で走って来る。

怪しい奴だと思われただろうかと、思わず、両手を挙げて、何もしてませんのポーズのシンバとカモメ。逆に余計怪しい・・・・・・。

「急いで帰るわよ!!」

と、母親らしき女性が、子供の手を引っ張り、皆、まだ遊ぶと嫌がっている子供達をムリヤリ連れて行く。シンバとカモメの存在など見向きもしない。

「・・・・・・あの、何かあったんですか?」

カモメが女性を引き止め、そう聞くと、

「賊が出たのよ!!」

と、早口で叫ぶように言う女性。

「賊?」

シンバは町を見渡しながら、とても静かなのに?と、眉間に皺を寄せる。

「ええ、恐ろしく大きな犬を連れてたらしいわ!! アナタ達も早く家に帰った方がいいわ、噛み殺されるわよ!!」

「犬!?」

問い返すシンバに、頷く女性。

「犬を連れて・・・・・・賊がこの町に?」

まさか犬の散歩に来た訳?と、シンバは不思議に思う。

「ええ、酒場に来たらしいわ!!」

「酒場に? 犬を連れて? 何しに?」

「お酒を買いによ!!」

質問を繰り返すシンバに、苛立った女性が、怒鳴るように、そう吠えるが、シンバは首を傾げながら、懲りずにまた質問。

「酒を買いに? 賊が? 奪いにの間違いじゃなくて?」

「・・・・・・買ってったらしいわ」

そう答える女性に、シンバとカモメはお互い見合い、

「妙な賊だな」

と、呟く。当然だ、何も襲わず、奪いもせず、ちゃんと金を払って買い物する賊など見た事も聞いた事もない。

「それ、本当に賊ですか!?」

と、カモメが聞くと、女性は、わからないと首を振りながら、

「でも見た人が賊に間違いないって、みんなを避難させてるのよ、腕にサソリの刺青があったって話よ!!」

そう言うと、もういいでしょとばかりに、子供を抱きかかえ、走っていく。

子供は女性に抱かれながら、シンバとカモメに、笑顔でバイバイと手を振るから、シンバとカモメも笑顔でバイバイと手を振り返す。

「・・・・・・サソリ団?」

カモメが呟く。

「腕にサソリの刺青はサソリ団だな。ここはジェイドエリア。治安もいい町中に入るにはジェイドの騎士がウロウロしすぎてて危険だと思ったか?」

「それはありえるけど、だからって酒場へおつかいに誰か1人行かせるかなぁ?」

「・・・・・・ありえないな」

そう言ったシンバに、カモメもありえないよと。

「なんにせよ、近くにサソリ団がいるんだ。やっと奴等に接触できるチャンスだ」

「パンダとシカを呼んで、情報収集に行ってきます、リーダー」

「よろしく」

シンバは暫く厄介になる宿へと戻り、作戦を練る。

サソリ団に接触するのはスカイピースを奪う為でもあるが、いい加減、奴等を何とかしたいと言う気持ちもある。

もうアレキサンドライトには期待できない。

自分達でどうにかしなければと考えるシンバ。

賊は戦力を奪ってしまえば何もできない集団になる。

サソリ団の戦力は、あの毒だ。

あの毒は掠り傷を負わせただけで死に追い遣る程。

恐らく、それを恐れたアレキサンドライトはサソリ団を放置したんじゃないかとシンバは考えている。

幾らシャークが最強でも掠り傷くらい負う可能性はある。

死んだら、積み上げてきた功績も最強の地位も恐怖の名声も終わりだ。

ならば、あのシャークでさえ恐れたサソリ団の戦力を奪ってしまえばいい。

シンバは、サソリ団が持っている毒を盗もうと考えている。

暫くして、カモメとパンダとシカが戻って来た。

テーブルの上は、シンバが今回の計画を書き殴った用紙が乱雑に置かれていて、3人が戻って来た事にも気付かずに、シンバは夢中になって文字を走らせている。

「リーダー」

その声に、顔を上げるシンバ。

テーブルの上に置かれた用紙を一枚手に取り、

「今回は随分と熱心に計画を練ってるようだね」

と、シカが言う。

「あぁ、ボク等がジェイドエリアに来たのはジェイド国にあると言われる雲とユニコーンのスカイピースが目当て。そしてサソリ団が現れ、奴等が持っている雨とリヴァイアサンのスカイピースを手に入れたら、ボクが持ってる太陽とフェニックスのスカイピースで3つ揃うんだ。残りの雪とフェンリルのスカイピースさえ手に入れれば、全部のスカイピースが揃う。絶対にサソリ団から奪いたい代物だ、熱心にもなる」

「その最後に残る雪とフェンリルのスカイピースが一番難しいだろうね」

と、カモメが言うと、

「あれだろ? ラビがシンバから奪ったペンダントだろ?」

と、パンダが言い、

「奪うのがフォックステイルの仕事なのに、逆に奪われてしまったなんてね。まさかリーダー、美人には弱いとか?」

と、シカが溜息混じりに言うから、

「あの頃はまだフォックステイルじゃない!」

そう言ったシンバに、3人は笑う。

「それと、サソリ団から奪いたいものはまだあるんだ」

その台詞に、3人は宝じゃなくて?と、シンバを見る。

「奴等の戦力を奪う。つまり毒だ。確か奴等は矢の先や剣の刃に液体の毒をかけてた。素手でやってたし、それぞれ小瓶のような容器に入れて持ち歩いているみたいだった。つまり触れる分には危険性はないが、傷口に入ると体内で毒が回る・・・・・・ボクはそう考えたんだけど、シカ、どう思う?」

シカはシンバと向かい合わせのソファーに腰を下ろし、シンバが書き殴った用紙を一枚一枚手にとって見ながら、

「リーダーの言う通りだよ」

と――。そして、

「僕はムジカナにいた頃、サソリ団の連中にやられた人達を診た時、毒の成分も調べた。あれは体内で繁殖し、死に至らせるが、直接ぶっ掛けても目や口などに入らなければ、特に危険性はなく、洗い流せば、問題ない。それどころか、太陽の光には弱い為、密封された光の入らない容器に入れておけばいいが、外に出ると光に死滅するウィルスだ。だから溢しても問題なく、感染もない、まさに夜の活動が多い賊の戦闘用の武器に作られたウィルス。だから問題は別にある」

と、用紙から目を離し、シンバを見た。シンバもシカを見て、2人同時に、

「サソリ団には、知識と技術のある薬剤師がいる」

同じ台詞を吐いた。

「そう、つまり毒を盗んでも、その薬剤師をどうにかしないと毒はまた作られる」

シカがそう言って、シンバはそうだよねと溜息を吐きながら、背もたれにドッと疲れを落とすように体重をかけて、首をコキコキ左右に動かす。

「フックスの賊ファイルにもサソリ団の情報は少ない。余り接触しないようにしてたんだと思う。あのシャークでさえ、遠巻きにしてる程だしな。それ程、あの毒は厄介だって事だ。そっちは何か情報あった?」

シンバがそう聞くと、今、パンダがコーヒーをルームサービスで頼みに行って来ると出て行き、カモメは、ソファーに座りながら、

「町のすぐ近くにテントを張った賊がいるらしい。やっぱり本当に賊の1人が酒を買いに来たみたいだよ。ちゃんとお金も払い、特に暴れる事もなく、酒を受け取ると、何も荒らさずに帰って行ったらしい。大きな犬も酒場の外で大人しく座って待ってたみたいだ」

そう話し、シンバは、なんだそれ?と、眉間に皺を寄せる。

「テントを張った賊はサソリ団で間違いないよ。オラ、隠れて見てきたから」

と、パンダは直ぐに戻って来て、そう言いながら、ソファーに座り、

「遠目だったけど、どいつもコイツも腕にサソリのタトゥーがあった」

そう言った後、宿の人が直ぐそこにいたから、コーヒーはその人に頼んで来たと。

「それともう1つ、酒場に現れた男は結構、若いみたいだ。オイラとそう変わらないって言ってたから。サソリ団の新入りかも」

カモメの言う事に、新入りかと、シンバはまたも溜息を吐き、

「一番いいのは、アンタレスが解散命令を出してくれる事なんだけどな。新入りを入れてるって事はまだまだ現役でやってくって事なんだろうな。解散予定なんてなさそうだ」

そうぼやく。

「チームを解散させるには、そのチームのボスが死ぬしかない」

シカがそう言うが、シンバは首を振り、

「フォックステイルは殺しはやらない」

その信念は絶対に曲げないと、強い意志の篭った口調で言う。

「アンタレスの後継者がとってもいい奴でさ、サッサとサソリ団を引き継いで、サッサと解散させてくれりゃいいね」

言いながら、ノックされた扉を開けて、コーヒーを受け取るパンダは、更に何か食べる物も持って来てと、メニューある?と、何か注文している。

「そう簡単にはいかないよ、大体、後継者がいるなら、更なる野望で恐ろしい事になる可能性もある。だが、このまま考え込んでも埒が明かない。とりあえず早いトコ手を打たないと、今は大人しいみたいだが、それが逆に不気味で、何を企んでるかわからない。この町が大きな犠牲を払う前に、とりあえず今ある毒とスカイピースを頂くとするか」

そう言ったシンバに、そうだねと、シカは頷きながら、一枚の用紙をシンバに見せて、

「ところでリーダー、コレは何かな?」

と、コーヒーを飲みながら、用紙に描かれたモノを指差した。

「え!? えぇっと、ソレは意味のない落書きで、一応、犬のつもりなんだけど」

そう答えたシンバに、パンダが、

「犬!? 酷い!!」

と、絵を見て言うから、そりゃパンダみたいに実物ソックリに描いたりできないと言うと、

「僕でもここまで酷くない」

なんてシカが言うから、シンバはウルサイと用紙を取り上げた。

「でもなんで犬の落書きなんて?」

カモメがそう聞くと、

「いや、サソリ団が連れてる犬ってこんなかなぁって思って」

と、苦笑いしながら答えるシンバに、

「そんな犬、流石のサソリ団でも連れて歩かない」

パンダがそう言って、シンバがまたウルサイとムッとした顔になる。

そして今夜、フォックステイルがサソリ団の前に現れる事となった――。

アンタレスは鼻の頭を赤くし、酒をがぶ飲みしながら、今宵の月を見上げている。

酔いも回り、ご機嫌に鼻歌などを歌い、気がつけば、みんな酔い潰れて眠っている。

大きなイビキを掻いている者もいて、

「おいおい、テメェ等、いつからそんな弱くなりやがった?」

そう言った時、

「酒に弱くなって眠ったんじゃないよ、ボクの魔法で眠らせたんだ」

と、月明かりに現れる影――。

ヒックとしゃっくりをしながら、アンタレスは目を細め、

「・・・・・・やっと現れやがったな、フォックステイル」

そう呟く。そして、酒をまた一口飲み、

「貴様のせいでアレキサンドライトに嫌われちまったじゃねぇか」

そう言った。

「嫌われただけで済んでるのが不思議だ」

「ははは、不思議な術を使う貴様も不思議に思う事があるのか」

「相当ご機嫌だね、いいの? そんなにガバガバ飲んで? 折角、現れてあげたのに?」

「あぁ、何年待った事か!」

「何年も待っててくれて、やっと出会えた祝い酒?」

「貴様を倒す祝い酒だ」

「なら、酔いを醒ました方がいい。なのにまだ飲むの? 不思議だ、ボクと戦う気がないように思える。よく御覧よ、みんな眠ってるんだよ?」

「貴様と戦うのは俺じゃねぇよ、俺の息子だ」

その台詞に、フォックステイルは驚く。アンタレスの息子、それはツナだ。

「ツナ!! ツナ!? ツナの野郎、どこへ行きやがった?」

呂律のまわらない口調で、ツナを呼ぶアンタレス。

――ツナがサソリ団に戻ってた!?

――バカな!!

――有り得ない!!

――ツナはあんなにサソリ団を嫌っていた。

――ましてやフォックステイルを殺したアンタレスの所になんているもんか!

――それに眠ってる連中の中にツナの姿はない。

――まさかボクの正体がバレて、ツナの存在を出して、ボクを動揺させる作戦!?

――有り得る、実際にボクは動揺している。

――ここで動揺しているのがバレたら、思う壺。

――ここはポーカーフェイスがいいか、それとも誰?って不思議そうな顔か。

――だけど正体がバレてるとなると、このままアンタレスを放っておけないな。

平静装って、いろいろと考えているフォックステイル。

アンタレスはツナツナとずっと吠えている。すると、テントの中から、

「うるさいな、オヤジ。酒くらい静かに飲んでよね。眠れやしない」

と、欠伸しながら出てきた女。

――女!?

女の登場に、尚、シンバは動揺してしまう。

サソリ団に女がいるなんて考えた事もなかったし、実際に目で見ても想像さえつかない。

「ツナはどうした?」

「オヤジが酒買いに行かせたんでしょ」

「あのバカ! 誰が買って来いって言った! 酒場襲って来いって命令がわからねぇのか! 毎回毎回、ツナは俺に反抗しやがって」

「別に反抗してるんじゃなくて、アニキは自分より強い奴しか、ふっかけないの」

そう言って、女はフォックステイルを見て、誰?って顔。

「しょうがねぇ、お前、ソイツをやれ」

「コイツを?」

女はフォックステイルを指差して、なんで?と言う顔。

「いいから、ソイツを始末しろ!」

怒鳴るアンタレスに、ハイハイと、女は長剣を構えたと思ったら、あっという間にフォックステイルに近づき、剣を振り上げる。

咄嗟に攻撃を避け、フォックステイルは短剣を鞘から抜いて、構えたが、女は素早い動きで、短剣に剣をぶち当てて来る。

――なんだ、この女!?

――強い!

――なんでこんな女がサソリ団に!?

と、驚きながらも、女の攻撃の仕掛け方に、覚えがある気がした。

――右から左へ振り切ってくる。

――前へ一歩踏み出してくるぞ、そして、すかさず後退。

――どういう事だ?

――ボクは、この女と戦った事がある?

――いや、女と剣を交えた事なんて一度もない。

だが、フォックステイルが余りにも攻撃を受け止め、避けるので、女も気付く。

「ねぇ、アンタ、私の動き読んでる?」

今、女の剣を受け止めた時、女が顔を近付けて来て、耳元でそう囁いた。

――読んでるんじゃない、わかるんだ、この女の動きが。

――どこかで一度、剣を交えてるんだ、体が覚えてる。

――でも、おかしい。体が覚える程、共に戦い続けたと言うのか?

――そんな記憶はない。

――まぁ、どうでもいい。動きがわかるなら勝敗は決まったも同然だ。

女はフォックステイルに勝てそうにないと、一旦、遠くに後退すると、

「助っ人いないの!?」

と、振り向いた。そして、辺りを見回し、皆が眠っていると気付くと、

「これアンタの仕業!?」

驚いた表情で、フォックステイルを見て、そう尋ねた。その問いに答えたのはアンタレス。

「あぁ、ソイツの仕業だ、連中の酒に睡眠薬でも盛りやがったんだろうよ」

「成る程ね、だから飲んでない私は起きてるって訳だ。テントで本気寝してたけど」

「本気で寝るのもいいが、そろそろ本気出してやれ」

アンタレスは、そう言うと、フォックステイルを見て、

「女だと思ってナメるんじゃねぇぞ、剣を交えて、もうわかっただろうが、コイツは只の女じゃねぇ」

と、勝ち誇るように嫌な笑みを浮かべ、酒を飲んでいる。

確かに強いが、動きがわかるので勝てない相手じゃない。だから女の存在も気になるが、ツナの存在の方が気になってしょうがない。

女はフォックステイルをまじまじ見つめ、キツネの尻尾アクセサリーを見ると、

「アンタ、フォックステイルって奴?」

と、聞いた。ソレ、今、どうでもいいしと、だが、一応、聞かれたので、

「あぁ」

と、返事だけしておく。

それよりツナが酒場に行ってるなら、戦い方の知れた女と剣を交えるより、ツナを追いかけて酒場に行きたいと考えている。

「ホントにいたんだ。話しではよく聞いてたし、騙された事があるってオヤジは言ってたけど、話半分に聞いてたんだよねぇ。私とは初めてのご対面だね、よろしくね」

「あぁ」

「妙な術を使うってホント?」

「あぁ」

「素敵、その髪の色」

「あぁ」

「ねぇ!? さっきからその上の空の返事やめてくれる?」

「あぁ」

「アンタ、何しに来た訳?」

「あぁ」

「ねぇ!! ちゃんと聞きなよ!! アンタ何しに来たのよ!!?」

「え? あぁ・・・・・・」

そう聞かれ、まだ来た理由も話してなかったかと、

「サソリ団の宝と戦力とスカイピースを頂きに来た」

言いながら、とりあえず剣を構えるかと、短剣を構えた瞬間、

「いいね、その話、のった!」

と、女は向きを変え、アンタレスに向かって剣を構えた。

「は!?」

女の言動に疑問過ぎ。

こうも計画通りに事が運ばないのは初めてだ。

フォックステイルは、この後の展開がつかめず、構えた短剣をどちらに向けるべきか考える。

構えるのは女!? それとも女と共にアンタレスに構える!?

「それでスカイピースってなに!?」

女はアンタレスの方を向いていたが、またフォックステイルに向き直り、聞くから、

「そ、それは、その、アンタレスがしてるペンダントの事」

と、アンタレスの胸元で光るペンダントを見て、答えると、

「そうなんだ、あれは私のだから駄目よ、宝は分け前として8:2ね、勿論、私が8で、アンタ2ね。で、戦力ってなに!?」

「・・・・・・毒?」

「あぁ! 毒ね、あげるあげる」

と、女は軽快な口調で笑いながら、そう言うと、アンタレスに向き直る。

いや、ちょっと待て、8:2ってなんだ?

しかも2ってなんだ?

そしてペンダントは駄目ってどういう事!?

フォックステイルは、何からどう言い直せばいいのか、寧ろ、何を言えばいいのか、混乱していると、アンタレスが、

「・・・・・・どういうつもりだ?」

そう言うから、そうだよ、どういうつもりだ?と、フォックステイルも女を見る。

いい感じに酔ってご機嫌だったアンタレスは一気に酔いが醒めたようで、女を睨みつけ、持っている酒を、その場で投げ捨てた。

一瞬、緊迫した空気が流れ込む。

女はフッと笑うと、

「ずっとアンタから逃げる機会を考えてた。子供の頃は逃げても直ぐに捕まってしまうと諦めたふりをして、アンタに従うふりで、アンタに好かれるふりで、アンタをオヤジとして尊敬するふりして、ずっとこのチャンスを待ってたんだよ。全員がいなくなって、アンタと2人きり。そのチャンスをね」

そう言って、目だけで周囲を見ると、

「ま、全員がいなくなった訳ではなく眠らされたんだけど、これはチャンスでしょ。さぁ、ペンダントを返してもらう。そして宝はもらってく。これからの生活源にするから」

と、長い剣をアンタレスに向ける。

アンタレスが一歩、後退した。フォックステイルは、何故、後退するのか、まさかアンタレスが、この女に退くのか?と、不思議に思う。

確かに女は強いが、ずっとアンタレスの傍にいた女の動きはフォックステイル以上に読める筈だ、ならばアンタレスもフォックステイル同様、勝てない相手ではない。

月明かりに照らされる女は、動き易い賊の格好で、頭にバンダナを巻いている。

髪はバンダナから出ている部分が余りなく、短髪か、中に仕舞ってあるのか。

細身で、スラッとしているが、背はそんなに高くはなく、だが、低くもない。

肌の色は白で、長袖だが、腕の部分にスレッドが入っていて、サソリのタトゥーがある。

「オヤジ、悪いね、ここまで育ててもらったけど、そろそろ子離れしてもらうよ」

「そう簡単にサソリ団を抜けれると思うか?」

「この状況ならね」

「地の果てまで追うぞ」

「なら、地の果てで会いましょ」

女はそう言うと、振り向き、チラッとフォックステイルを見て、

「殺すよね?」

そう言うから、

「殺さないよ!」

そんな子供みたいな言い方で返してしまう。

「殺さないの!? うっそ!? なんで殺さないの!? 普通殺すっしょ!?」

ビックリしたように、そう言った後、女は、

「じゃあ、地の果てで会っちゃうじゃん!」

と、拗ねたような顔で、女は、そう言って、だが、まぁいいかと、直ぐに笑顔で、

「でも残り僅かな毒を盗むんだよね? ソレなら毒のないサソリ団だし、どこで会っても返り討ちで歓迎してあげる」

と、笑う。

――毒は残り僅か?

――ソレを盗んだら、毒のないサソリ団?

――なら新しく作ればいいんじゃないのか?

――もしかして、サソリ団の戦力の毒はもう作れないって事か?

だが、アンタレスが、

「ツナの存在を忘れちゃいねぇか?」

と、毒なんかより凄い戦力だとばかりに、最終秘密兵器かの如くツナの名を出す。

「ははは、ウケる。アニキに慕われてると思ってる? オヤジ、アニキに嫌われてるのに。オヤジの言う事なんて聞かないでしょ。アニキなら、きっと、こう言うね、〝バニが逃げた? ほっとけ、興味ねぇ〟ってね――」

「今、なんて言った!?」

突然、大きな声で女に吠えるフォックステイルに、女はビクッとして、振り向くと、

「何よ、突然、大きな声で」

と、目を丸くして、フォックステイルを見る。

「オレンジの瞳? オレンジの髪? 月の光が弱すぎて色がよくわからない」

フォックステイルはそう言って、女に近付くから、女はなんなのよ!?と、フォックステイルから後退。アンタレスもなんなんだ?と思うが、その時、

「なにやってんだ、お前等?」

と、酒樽を担いで、男が1人と大きな犬が1匹、共に帰って来た。

「ツナ!!!!」

アンタレスは、男をそう呼び、そして、

「バニが裏切りやがった! フォックステイルと手を組んで宝を奪って逃げるつもりだ!!」

そう叫ぶ。男は、フォックステイル?と、フォックステイルを見ると、ハッと笑い、

「フォックステイルは、こんな若くねぇよ。つーか、酒買って来てやったんだ、黙って飲んで、しょんべんして、早く寝ろ」

と、樽をその場にドンッと置く。

「買って来てやっただと!? 酒を持ってる奴から奪って来いって言ったろ!」

「知らねぇよ、酒を持ってる奴なんか。酒が手に入りゃ何でもいいだろ」

「賊が金を払うなんて聞いた事ねぇ!! そんな事やってるとナメられるだろ!!」

「ナメて掛かる賊連中は俺が叩き潰してやるから心配ない」

「賊だけじゃねぇ、お前がナメた真似するから、バニもナメた真似するんだ、フォックステイルにも付け狙われるのは、お前が甘いからだ!」

「だからフォックステイルじゃねぇって。俺とどっこいの若造な訳ねぇだろ。いいか、オヤジ、俺は、賊相手に戦う事はするが、トドメを刺す気はない。だが、必ず勝ってやる。勿論、他を相手にはしねぇし、女にも俺は興味ねぇし、賊と戦っての戦利品はもらっても、欲しいものは金を出して買う! 俺の主張が甘いってんなら、上等じゃねぇか、甘党万歳だ、買ってやるよ、その喧嘩」

と、アンタレスに言い放った。だが、アンタレスは、ツナとやり合う気はないのか、怒りの物凄い形相になって、体を震わせているが、黙り込んでしまった。ツナは、小さな溜息を吐いて、背を向けて、どこかへ行こうとすると、慌ててアンタレスが、引き止めるように怒鳴り出した。

「コイツ等を見逃すってのか!! それは筋が通らねぇだろうが!! お前は俺の息子なんだぞ、ツナ!! それにな、フォックステイルは姿を変えるって情報もあるんだ!! 若い面してやがるが、あの面の皮を剥いだら本来の面が拝めるだろう!! サッサと殺せ!!」

男は足を止め、振り向くと、信じられない程の怖い目付きで、アンタレスを睨み、

「殺せ? フォックステイルを? オヤジ、約束と違うだろ」

囁くように言う。

男の傍に寄り添うようにいる犬も、鼻の頭の上に皺を寄せて、アンタレスに唸り出す。

アンタレスはゴクリと唾を飲み込み、男の気迫と犬の唸り声に黙り込む。

「・・・・・・いいか、オヤジ、奴がフォックステイルだとしても、いや、フォックステイルならば絶対に手を出すな。賊から奪った宝くらいくれてやれ。それが俺との契約だろう。賊としての筋を通す前に、俺との筋は通せ。じゃなきゃ、終わりだ」

男はそう言うと、フォックステイルを見て、

「宝ならテントの中だ」

態々、宝の在り処まで言い出す。アンタレスは、ギリギリと奥歯を鳴らしながら、

「バニはどうするんだ!? 裏切り者だぞ!?」

そう怒鳴った。

「女は裏切るもんだ、信用する方がどうかしてる。そもそも女がいる事に嫌気が差してた。自分からいなくなってくれるなら俺にとって好都合だ。好きにさせてやれ」

「ツナ、お前それでも俺の息子か!! お前はこれからのサソリ団を束ねるんだぞ!! 俺の後を継いで、サソリ団のトップに立つんだ!!」

そう怒鳴り散らすアンタレスに、男は面倒そうに溜息。

フォックステイルは、ジッと男を見つめて、そして、その瞳が、彼がずっと探してきた仲間のツナである事を確信する。だから、

「ツナ」

今、フォックステイルが、ツナを呼ぶ。振り向くツナに、フォックステイルは仮面を外し、

「ツナ、ボクだよ、シンバだ」

そう言った。シンバ?と、ツナは眉間に皺を寄せ、シンバを見る。そして、ツナの瞳も、彼がシンバであると気付き、更に、そうかと、少し悲しげな笑みを浮かべ、

「シンバ、久し振りだな、元気そうで良かった。フックスの仲間になれたのか?」

そう言った。

「ツナ?」

「良かったな、フォックステイルになれて。宝は持ってけよ、直ぐに他の賊から奪うんだ、問題ない。フックスは元気なのか? あぁ、いいんだ、会いたい訳じゃない」

「・・・・・・ツナ」

「俺はサソリ団。フォックステイルとは天敵になる賊だ。こうして一緒にいるのも変だ。早く宝を持って、フックスの所へ行けよ」

「ツナは賊じゃない! ツナはフォックステイルだ!」

シンバが言い切る。そして、ツナに詰め寄る。

「約束って何? 契約って何? さっきツナ、言ってたよね? それってまさか、サソリ団はフォックステイルに手を出さないから、サソリ団に入れって言われた?」

黙っているツナに、フックスが殺された事を知らないのだと、シンバはアンタレスを睨む。

バニは、何か面倒そうと、ここはペンダントだけでもサッサと奪って逃げるが勝ちだと、ペンダントを盗むチャンスの為に、アンタレスの様子を伺っている。

アンタレスはシンバに睨まれ、少し焦りながら、

「フォックステイルには手を出してねぇだろ、ほら、ソイツは生きてる。ソイツ、フォックステイルなんだろ? ツナ、お前、昔からフォックステイルをやけに庇うと思ったら、知り合いなのか?」

と、この場を取り繕う台詞を言い出す。

「どうでもいいだろ。疲れた。俺はもう休む」

そう言って、ツナは背を向ける。そうしろと、アンタレスが言うから、シンバは焦って、仮面を付けると、

「今宵、フォックステイルはサソリ団の戦力をもらいに来た」

そう叫んだ。戦力?と、ツナは足を止めると、眉間に皺を寄せ、振り向く。

「ツナはアンタレスの後を継ぐと、他のサソリ団の仲間も知ってるの?」

何の質問だ?と、アンタレスもツナも黙っているが、バニが、

「知ってる知ってる。オヤジに何かあればアニキが連中を束ねるんだ」

と、軽快な口調で答えた。

「ツナ、アンタレスとの決着はキミに任せる」

「は?」

「ツナはフォックステイルだ。でもサソリ団を抜けなきゃならないんだろう?」

「何言ってんだ? 俺はサソリ団を抜ける気はない」

「約束が嘘の元で行われた契約でも?」

「は?」

「8年前、ボク等がムジカナでサソリ団に捕まった時、フックスは殺された。アンタレスに――」

「嘘だ!!!!」

そう叫んだのはアンタレス。そして、

「嘘だ、ソイツの言う事を本気にするな! いいか、その後、フォックステイルはアレキサンドライトのシャークの所に現れてるんだ!」

そう吠える。

「そう、あの時、ツナはいなかったね。どこかに閉じ込められてた?」

「俺がいなかったって・・・・・・どうしてわかる・・・・・・?」

「ボクが初めてフォックステイルになった日だから。シャークの所に現れたのはボクだ。あの時、ツナがいたらボクは直ぐに気付いてる」

眉間に皺を寄せたまま、ツナは呆然として、動かなくなった。

アンタレスは嘘だ嘘だと叫び続けている。

兎に角、ツナを説得しようと、無駄な嘘を言い続けているアンタレスは、ペンダントの事など、気にもとめてなくて、バニは今だと、アンタレスに近付き、ペンダントを引き千切って、アンタレスを突き飛ばし、

「アニキ、またね」

と、ツナにだけ挨拶を残し、その場から去って行く。

引っ繰り返ったアンタレスは、逃げていくバニに怒鳴り散らしながら起き上がると、

「ツナ!! バニが逃げたぞ!!」

そう叫んだ。ツナはゆっくりとアンタレスを見ると、

「・・・・・・言う事はそれだけか?」

無に等しい表情で、低いトーンの声で言った。

「ち、違うんだ、ツナ。フォックステイルは生きてる。大丈夫だ。心配ない。ほら、目の前にいるじゃないか、ソイツだろう? フォックステイルなんだろう?」

アンタレスは、また嘘で取り繕い出す台詞を言い続ける。

「ツナ。サソリ団の戦力はキミだ。キミを奪いに来た・・・・・・いや、迎えに来たんだ」

そう言ったシンバに、今度はゆっくりと目線をシンバに向けるツナ。

「嘘の約束をさせられてたんだ、契約は破棄して、アンタレスと決着を着けてほしい。当然キミが勝利するだろう、そしたらキミがサソリ団のトップだ。その後はサソリ団を解散させて、フォックステイルとして、ボク等の仲間に――」

「黙れ」

「・・・・・・ツナ?」

「俺はお前の事も許しちゃねぇよ、シンバ!!」

アンタレスに向ける冷めた目じゃない。ありったけの感情をぶつけるかのように、ツナはシンバに怒鳴る。

「お前にとって俺は憎むべき相手だろう。お前の故郷を襲ったのは俺のオヤジだ。そして血の繋がりはないが、俺の兄弟達だ。お前はなんで言わなかった? 故郷を襲ったのはサソリ団だと、どうして俺に話してくれなかった? 理由はこうだ。いつか復讐するチャンスを待つ為。だからお前は俺に近付いたんだ。自分が賊である事で誰にも打ち解けず、孤独でいた俺に、友人の顔で!! お前が俺に近づいた理由は復讐だったんだろう!!」

「本気で言ってる?」

呆れた声で、シンバは、そう言うと、

「なんで捻じ曲げるんだよ」

と、呟いて、キッと睨んでくるツナを睨み返した。

「捻じ曲げるなよ!! ボクはフォックステイルだ!! 復讐なんてしない!! ツナと同じだよ!! 殺しも復讐もしない!! ボク等は、フォックステイルに憧れて、一緒に過ごして来たじゃないか!! その大切な時間を、なんで捻じ曲げるんだよ!! 復讐なんて考えてない!! 言わなかったんじゃない、言えなかっただけだ! 言ったら、どんなにツナが傷付くかわかるから!!」

「俺が傷付く!? 傷付くのはお前だろう!」

「あぁ、そうだよ、ボクが傷付く! そしたらツナも傷付くだろ! だって、ツナとボクは繋がってた。以心伝心してると思ってた! 強い絆があると信じてた! ボクとツナは似てる。そう思ってたけど、気付けば、似てるなんてものじゃなくて、ツナは、ボク自身で、ボクの半身で、いなくなった時から、ずっと、ボクは、平気なフリで、笑顔で過ごして来たけど、ずっと、体の一部をもぎ取られた気分でいたよ! ボクの悲しみはツナの悲しみ、ツナの悲しみはボクの悲しみだと思ったから、言えなかったんだ!!」

「俺だってそう思ってた! でも言わなきゃならねぇ事ってあるだろう!! 俺は、お前の事、何よりも大事な親友だって思ってたんだぞ!! お前となら、傷付く事も怖くないって、なんだって乗り越えて行けるって、そう思ってた!! それこそ、お前が言う半身だと、いや、俺の大部分を、お前が占めてたんだ!!」

「・・・・・・うん」

シンバは、コクンと頷き、俯くと、黙り込んだ。

「俺はもう戻れねぇ。サソリ団として生きて来たんだ、これからもそうして行くさ」

それは違うとシンバは顔を上げ、首を振りながら、

「ツナは賊じゃない! ボクは・・・・・・ボク等はずっとツナを待ってた!!」

そう叫ぶ。

「シンバ、お前のように夢を叶える奴もいるけど、みんながみんな、子供の頃、想い描いた大人になれる訳じゃない」

「・・・・・・わかった」

シンバはコクンと小さく頷くと、ツナを見つめ、

「ボクももう子供じゃない。フォックステイルが魔法使いじゃないって事も知ってる。種も仕掛けもある。でも知ってしまっても、ボクは魔法使いだと思ってるんだ。フックスは魔法使いだった。だって、ちょっとした種と仕掛けで、誰かを笑顔にする。それって、魔法だよね」

と、フックスを想い出しながら話す。ツナもフックスを想い出している。

「ボクは子供の頃、思い描いたフォックステイルになれなくて、現実にもがいてる。フックスに申し訳なくて、悲しくなる。将来的な事を考えたら、怖くて、逃げてしまいたくなる。そんな自分に落ち込んで、悔しくて、また、もがく。苦しいよ。でも絶対やめない。思い描いたフォックステイルになれてなくても、絶対にやめない! 何の保証もない、闇しかない未来に、恐怖に呑まれそうになるけど、絶対にやめない!! 意地じゃない、フックスと何か約束をした訳でもない、なんだったら、フックスは、ボクが、こうして、フォックステイルをやる事に大反対すると思う。でも、ボクは、絶対にやめないよ。ツナと一緒に想い描いた夢だからね」

シンバもツナも、お互い、幼い頃、夢中になってフォックステイルについて語った事を想い出している。

「ボクの半身が、絶対にやめるなって言ってるから」

「・・・・・・」

「それにボクは未だフックスの死を認めてない。現実逃避してると言われても、ボクがフォックステイルである限り、世界中でフックスの魔法が解けずに奇跡が続くなら、現実にもがきながらも続けるよ。カーテンコールには、まだ早いだろ?」

今、ツナがギュッと自分の拳を握り締めた瞬間、ツナの悲しみや怒りが、傍にいる大きな犬に伝わったのか、クーンと犬がツナを見上げながら、切なく鼻を鳴らした。

「・・・・・・どうして・・・・・・フックスが・・・・・・死ななきゃならなかったんだ・・・・・・」

「それは、あの時、フックスに逃がしてもらったのに、ボクがサソリ団に、また捕まってしまったから――」

「なんで捕まるんだよ!!」

ツナがそう吠えると、シンバは下唇を噛み締め、だが、今度はちゃんと言わなきゃと、傷付いても、言わなければと、

「捕まってるツナを助けたくて戻ったんだよ!!」

そう吠え返した。

驚いた顔で、ツナはシンバを見る。まさか自分が原因だとは思ってもなかったようだ。

「ツナを放っておける訳ないだろ!! 逃げるなら、ツナも一緒だって思って、戻ったんだよ!! フックスはボクが戻った理由を知って、自分の命と引き換えに、ツナも逃がすようにと、アンタレスに言ったんだ。アンタレスはその取引に応じたのに! ツナを解放してなかった!!」

ツナは只の驚き顔から、驚愕の顔になり、今度はアンタレスを見る。

アンタレスはさっきから、違うだの、間違いだの、嘘だの、そんな事ないだの、言い訳ばかりをほざいているが、シンバもツナも、そんな事は何も聞いてない。

「ツナはサソリ団にいちゃ駄目だ!! フックスの命だから!! ボクとツナはフックスの命の変わりに、こうして生きてるんだから!! ボク等はフックスなんだから!!」

シンバは息を切らし、そう言い終わると、暫く、ツナを見つめていたが、

「夜明けまで、町の広場で待ってる」

そう言った。それは、待たないと言う意味だ。だが、本当は、来るまで待つと言いたいシンバ。だが、もう、子供じゃない、来ないなら、無理に引っ張って連れて行く訳にもいかない。それに、フォックステイルは真っ当な職業ではない。それでも来てほしいと願うが、決めるのは、ツナ自身だ――。

アンタレスを睨んだまま動かないツナは、聞いているのか、聞いてないのか。

アンタレスはツナに、聞いてくれと何度も無駄な言い訳を続けている。

行ってしまうシンバの背を見つめる大きな犬は、仲間を呼ぶように遠吠え。

シンバは一度、宿に戻り、シャワーを浴びて、髪の色を元のオレンジに戻し、着替えて、カモメ、パンダ、シカに、ツナの事を話す。

3人は遠くから双眼鏡で見ていたので、シンバの合図がなく、宝は奪えなかった事を話した。そして3人はツナが現れた事はわかっていたが、どんな事を話したのかはわかってなくて、だが、シンバがフォックステイルに招き入れただろう予想はしていた。しかし、

「ツナがリーダーだ」

そう言うとは思わず、3人はまさかのシンバの発言に黙り込んだ。

「ボクじゃない、ツナがリーダーとしてフォックステイルを動かす」

「シンバがそう決めたなら、それでいいけど、でもシンバとツナは似てるし、考える事も同じ感じだし、だったらシンバがこのままリーダーでもいいんじゃない?」

カモメがそう言った。

「オラは今更リーダーを変更するのはどうかなって思う。シンバに何かあった時、ツナがリーダーとして動くのは大賛成だけど、今迄シンバでうまくいってたんだから、リーダーを変えるのは・・・・・・いや、別にツナでもいいんだけど・・・・・・・」

パンダがそう言った。

「僕はシンバくんがフォックステイルを抜けるって訳じゃないなら、リーダーを降りるってくらいは別にいいけど、でもどうしてツナくんがリーダーじゃないと駄目なの?」

シカがそう言って、シンバを見る。シンバは首を振り、

「駄目って訳じゃない。でもツナがリーダーがいい。元々ツナが言い出したんだ、孤児院を抜け出して、フォックステイルを探す旅をしようって、フォックステイルの仲間にしてもらう為にね。あの頃、ボクは迷ってたから。でもツナは決心していたんだ。それくらいツナはフォックステイルを大事に思ってる。多分、ボクと同じくらい、フックスが大好きだから、ツナがリーダーがいい」

ツナがリーダーなら、こんな嬉しい事はないと言う表情を浮かべるシンバ。

そんな表情されたら、カモメもパンダもシカも納得するしかない。

反対する理由も然程ない。

「でもツナの奴、来るかな?」

カモメが意地悪な笑顔で言う。

「偏屈なとこあるからな」

パンダが悪ふざけする口調で言う。

「ツナくんの事はよく知らないけど、来ると思うよ」

シカはそう言うと、いつもの柔らかい笑顔で、

「だって彼は賊じゃない。お金で買い物をして、民を襲わないなんて、賊じゃないでしょ? 彼は僕達がいつか現れると信じて待っていた仲間のフォックステイルだ。シンバくんとは心で繋がってるんだとしたら、きっと彼もそう思ってたんだ、だから賊じゃない行動をとって来てるんだ。いつでもフォックステイルになれるようにね」

と、鞄の中から、長剣を取り出した。

どんなにお金に困っても、ミリアム様の奇跡には手を出さず、そして、その長剣にも手を出さずに4人はバイトを探して、普通に働いて、地道にお金を稼いで来た。

売らずに、ツナの武器として、ずっと大切にして来たソード。

フォックステイルの形見として、ツナが託される剣。

ツナが装備したら、どんなに似合うだろうかと、シンバは思い浮かべ、

「広場に行って来る」

と、宿を1人出た。

3人はシンバを見送りながら、ツナが仲間になってくれる事を心の中でミリアム様に祈る。

時間はまだ深夜――。

広場は暗く、静まり返っていて、誰の気配もない。

まだ夜明けまで時間はあると、シンバはベンチに座り、夜空を見上げる。

虫の声が聞こえるだけの広場は、シンバに不安を与える。

ドキドキが止まらない。

ツナは来てくれるだろうか。

もし来なかったら、ツナを諦めなければならないのだろうか。

ツナはサソリ団と決別する気はないのだろうか。

いや、そんな事よりも、ツナは許してくれないかもしれない。

そんな事をぼんやり考えていると、ガサッと背後で音がして、振り向くと、草むらから大きな犬が顔を出した。

真っ白の毛並みに、赤い瞳。そして鋭い牙と爪と――。

「やぁ、キミはツナと一緒にいた犬だね? もしかしてツナは来ない?」

悲しそうな声と瞳で、シンバがそう言うと、

「犬じゃない、ソイツは狼だ」

と、声がして、また振り向いて正面を向くと、ツナが立っている。

「本当にシンバなんだな、見覚えのある髪の色だ」

ツナはシンバを見つめ、少しだけ懐かしそうな声で、そう呟く。シンバは、

「狼?」

と、背後の犬をチラッと見て、またツナを見て聞いた。

「あぁ、狼。アルビノの狼だ。山中で拾って育てた。俺より強いぞ、ソイツ」

「・・・・・・そうなんだ」

頷いたシンバは、その後、何を話せばいいのか、黙り込んでしまう。

喋る事を考えてくれば良かったと思っていると、

「ソイツもフォックステイルの仲間にしてくれるか?」

ツナがそう聞いたので、

「勿論!」

即答で、いきなり明るい声で答えるシンバに、わかりやすいなとツナは笑う。

「サソリ団はどうした? アンタレスは?」

「決着つけたよ。というか、もう、オヤジは戦えないからな、体を悪くしてるから。だから、なんていうか、殺してないけど、見殺しにしたって感じかな」

そう答えるツナに、シンバは、そうかと頷く。

「フォックステイルは殺しはやらない。ずっと俺は誰も殺さずに来てる。賊同士の争いにもトドメはオヤジが決めてた。俺は誰も殺してない」

ツナはそう言うと、シンバを見て、

「フォックステイルは後2年位で終わりだぞ」

そう言った。黙って、ツナを見ているシンバに、ツナは言わなくてもわかってるかと、

「世の中、車みたいな個人で移動手段に使う乗り物が増えてきた。つまり国と国を結ぶ道が舗装され、安全な道路と言うものが増えてきてる。賊達は今以上に町中に入って来るだろう。それについて、フォックステイルはどう考えてるんだ?」

そう言って、シンバの答えを待っている。

シンバの考え次第で、ツナはフォックステイルをやるか、やらないか、決めるようだ。黙ったままのシンバに、

「まさか今以上に人目に付く町中で、フォックステイルをやり続ける気か?」

眉間に皺を寄せ、どうなんだ?と、ツナは問う。

「賊達を後2年程で、全滅させるのは不可能だ。それにフォックステイルは誰も殺さない。賊を生かして、大人しくさせるのは無理だろうね、足を洗えと言っても聞く連中じゃないしね」

「そうだな、奴等は死なない限り、賊をやるだろう。サソリ団は、オヤジの体がボロボロで、手に震えが出てる。アルコールで騙し騙しやって来てたが、それも俺がいたからだ。それに8年前にサソリ団で使っている毒を作っている男がアレキサンドライトに捕まり、殺されている。残った毒もサソリ団を狙った奴に奪われ、もう殆どない。そして俺も8年前、殺される筈だった。オヤジはシャーク・アレキサンドライトに貸しを作れると言って、俺を縛り付けにして、地下牢みたいな場所に閉じ込めたんだ。見張りを付けられ、逃げれなかった。だが、オヤジは帰って来て、フォックステイルにまんまとやられたと怒鳴り散らした。ザマァって思ったが、オヤジがフォックステイルを見つけて絶対に殺すと言い出した。やめろと言う俺に、俺がサソリ団に入り、オヤジの後を継ぎ、オヤジの言う事は絶対に従う事を条件として、フォックステイルとは今後、サソリ団は一切関わらないし、絶対に争わない、宝を狙われたら宝を差し出すと言う約束で俺の縄を解いた。オヤジはもう自分の体がヤバイ事を知っていた。戦えない体でも、シャークに貸しを作っておけば、まだまだやっていけると思ったが、貸しを作れなかったから、俺の強さが必要になり、俺は殺されずに済んだって訳だ」

ツナはそこまで話すと、少し小さな溜息を吐いて、また話しだす。

「俺はフォックステイルを守れるなら、それでいい。そう思って、サソリ団をやって来た。俺は毒なんか使わなくても、賊達を一掃し、蹴散らしてきた。トドメはオヤジがキメて、恰も、何も変わらないサソリ団を演じて、伸し上がって来た。俺は誰も殺してはないが、そのオヤジの手伝いをずっとやって来た。だが、フォックステイルが殺されていたなら、オヤジとの契約は無効だ。俺がいなくなったサソリ団は、もう終わり。俺は眠っている連中に水をかけて起こすと、宝をみんなで分けて、これからの糧にしろと、サソリ団は解散だと伝えた。指名手配中の連中だし、真っ当に生きるなんてできない奴等だ、宝も直ぐに消えてしまうだろうが、いつ死んでもいいから賊をやってきたんだろうし、俺にできる事は何もない。後は奴等が決めればいい。戦えないオヤジに付いて行き、サソリ団を続けるのか、別の賊に入るのか、ひっそりと生きるのか・・・・・・オヤジも自分の事は自分で決めるしかない。俺はもう何も手伝えない。でも、なんでかな、去っていく俺に、小さくなって蹲っているオヤジが・・・・・・哀れで・・・・・・可哀想なんて思っちゃいねぇのに、泣きそうになってる俺がいるんだよね・・・・・・変だろ・・・・・・?」

「ツナ・・・・・・」

「あぁ、心配するな、俺はオヤジの所へ戻る気は全くない。奴がどうなろうが、知ったこっちゃねぇよ。只さぁ、結末が悲しいのは、もう嫌なんだ。ましてやフォックステイルとして生きるなら、絶対に哀れな終わりを告げるシーンを、この目に映したくない。最後は、笑って、カーテンコールだろ」

コクンとシンバは頷き、だが、終わりなんて計画して持っていけるモノじゃないと、

「終わりはどうなるか、ボクにもわからない。哀れで悲しいだけの終わりになるかもしれない。でもボクは世界を変えようと思ってる。それがどんな結末になるかは、わからないけど、近々、世界を変える予定でいる」

「・・・・・・世界を変えるって? 手の付けれない賊連中をどうするんだ?」

「地上から消えもらう」

「・・・・・・どうやって? 殺さないんだろう?」

シンバは夜空を見上げ、空を指差し、

「光一杯の空に行ってもらおうと思う」

と、ツナを見る。ツナは空を見上げ、シンバを見る。

「闇で蠢くから、奴等はどんどん悪くなる。光の中で生きてもらう事で、少しはまともになるかもしれない。奴等を後2年程で全滅させるのは無理だけど、舞台を空へ移す事はできる。なんて言ったって、あの最強のサードニックスは空にいる。賊なら誰もがサードニックスを追いたい筈だ。それを利用する手はない」

「お前の狙いは、あのサードニックスか?」

「あぁ。飛行船の設計図さえあれば、賊達はみんな空飛ぶ船を手に入れる。そもそも船を空に浮かべるなんて、非常識で、そんな技術、在り得ない。シャーク・アレキサンドライトでさえ、大金を継ぎ込んで、船を完成させたが、ボク等に原動力を爆破され、空に行けなかった。飛行船の設計図を持ってても、只の整備士じゃ、理解できないんだ。なら、飛行船を作った整備士を雇えばいいと思うだろう? 所が、シャークは他の賊達を空へ行かせたくなかったんだろう。飛行船の設計を理解していた整備士を殺してしまっている。奴の大きな誤算だろうな。なら、どうするか、大金使って、整備士だけでなく、科学者なども集め、飛行船を作れる奴を探すしかない。高度な技術を持ってる連中を集め、必要なモノがあれば、なんでも手に入れる。その為に必要なのは金だ。シャークは、今、資金集めに必死だよ。フォックステイルは、その資金を盗む気はない。とっとと空へ行ってもらった方がいいからだ」

「ちょっと待てよ、それじゃあ、サードニックスから設計図を盗んでも、それを理解する奴がいなきゃ意味ないだろ? 理解する奴等を集めるのに大金が必要で、あのアレキサンドライトでさえ、その大金集めに必死こいてんだろ? なら、他の賊連中は到底無理だろ」

「あぁ。でもカモメなら、簡単に設計図を理解すると思うんだよね」

そう言ったシンバに、ツナは、カモメって、アイツだよなぁと、カモメを思い出しながら、アイツ、そんな凄いのかと、

「そういやぁ、奴の発明品は魔法みてぇなもんだったな」

と、思い出に頷きながら、呟く。

「カモメが設計図を簡単にわかりやすく説明書にする。それを世に出せば、賊達は飛行船を手に入れられるんだ。船を買うくらいの金、指名手配中の連中なら、軽く持ってるだろう。強い賊連中は空へ行く。然程、強くない連中が、地上に残るかもしれないが、後は国の兵がなんとかするだろう」

「・・・・・・成る程。悪くない計画だな」

「だけど、サードニックスに手を出す前に、やらなきゃならない事がある。フックスが揃う事を心配していたスカイピース。それを敢えて揃えて、この手で葬って、未来永劫、フックスの心配事を、この世から消し去りたいんだ」

「スカイピース?」

シンバは、自分がしているペンダントを、ツナに見せると、

「オヤジがしてた奴だな」

と、そういやぁ、バニが持って逃げたか?と、んんんん?と、腕を組み、考え出したから、思い出したかなと、

「ボクも似たようなペンダントを持ってたろ? ラビに盗まれた奴」

シンバがそう言うと、ツナは、あぁ!と、頷く。だが、

「ん? あれって、確か、お前、母親からもらったとか言ってなかったっけ? ていうか、ラビから取り返せたのか?」

と、再び、考え込むツナの足元で、狼が、大人しく座って、考えているツナを見上げているから、シンバは、綺麗な狼だなぁと、見惚れてしまう。

逞しい体と足腰と、鋭い瞳と牙と爪。何より、その瞳は、何でも見透かすようで、全てを理解しているようで、シンバは目が離せなくなる。

急に黙り込んだシンバに、ツナは、シンバの目線を辿って、

「そのスカイピースについての詳しい話は長くなりそうだから、みんなと合流してからにするか」

と、

「仲間はどこにいるんだ? リーダー? 紹介してくれよ」

そう言うから、シンバはリーダーじゃないと、首をブンブン左右に振った。

ツナは、眉間に皺を寄せ、

「リーダーじゃない? お前、リーダーじゃないのか?」

そう問うと、

「お前の仲間って誰なんだ? さっきカモメが設計図を簡単にするって話しが出たから、カモメは仲間なんだよな? 後は何人いるんだ? 俺の知ってる奴は他にいるのか? カモメがいるなら、パンダとか思ったんだが、どうなんだ?」

と、聞くので、シンバは、ウンウンと頷きながら、

「カモメもパンダもフォックステイルだ」

そう言うと、やっぱりアイツ等かと、

「まさかリーダーはカモメなのか? それともパンダ? そりゃちょっと、いや、かなり考えるな。奴等はタイプ的に上に立てる感じはしない。今迄やって来れてるのが不思議だ。なんでお前がリーダーやらないんだ?」

と、フォックステイルはソレで大丈夫なのかと、シンバに詰め寄る。

「違う違う、今迄ボクがリーダーやってたよ。でもこれからはツナがリーダーだ」

「は?」

「フォックステイルのリーダーはフックスだから、フックス役はツナだ」

笑顔でそう言ったシンバに、ツナは大きな溜息を吐き、額を押さえ、狼を見下ろした。狼も、ツナの態度と似た態度で、鼻から溜息を吐き、シンバを見る。

「なに? なんでそんなガッカリみたいな感じなの? ツナ、フォックステイルになるの夢だろう? フックスになるのが夢だったよね?」

「何言ってんだよ、ソレお前の夢だろ。俺の夢じゃねぇよ」

「え!?」

「お前、ホントに俺の事、半身だと思ってんのか?」

「お、思ってるよ!」

「だったら、ちゃんと覚えとけよ。俺の夢はフォックステイルの役に立つ事。俺の強さがフックスの役に立てるならと、俺は剣の稽古をお前と続けてたんじゃないか。忘れんなよ」

「え、で、でも――」

「お前がフックスだろ、誰が見てもお前しかいねぇよ、フックス役は。だから俺はフックスであるお前の為に、この強さを使う。お前の役に立つなら、どんな敵が現れても勝ち続けてやる。リーダーはお前だ、シンバ」

笑って、そう言ったツナの笑顔が懐かしく、

「・・・・・・ツナ、ボクを許してないと言ったよね。でも許してくれるの?」

そう聞いた。ツナは、シンバから目を逸らすように、空を見上げ、そして、足元の狼を見下ろした後、シンバを見て、

「俺が悪かった」

そう言って、話しを続けた。

「言って欲しかったよ、言って欲しかった。それは今もそう思う。でも、今、思えば・・・・・・言えないよな、俺のオヤジがお前の故郷を襲ったなんてさ。お前の気持ちになれば、言えないよ。でも、お前の気持ちになれなかった。ごめん。俺が全面的に悪い。でも、言ってくれなかったら、お前を許さないと思ってたんじゃないんだ。シンバに、言わせなかった自分が許せなかった・・・・・・」

「・・・・・・」

「なのに、言ってほしかったとか、許してないとか、お前のせいにしたんだ」

「・・・・・・」

「ごめんな」

「ツナは、昔のまま、優しいね」

「は?」

「いつもボクの心を軽くしてくれる。ホント、敵わないな」

と、笑うシンバに、ツナは、何の事だ?と、俺がいつ優しかったんだ?と、お前、記憶が美化してないか?と、笑ってんじゃねぇよと、言うが、シンバは笑い続ける。

長い長い時間、切れていたモノが、今一度、結ばれ、2人、あの頃に戻ったようだ。

「いつまでもふざけてないで、仲間のトコに行こう、みんな、どこにいるんだ?」

「待って、ツナ」

「ん?」

「フォックステイルは後2年・・・・・・その話はみんなには、まだしないでほしいんだ」

「なんで?」

「サードニックスが空軍を一掃し、賊達も我こそはと強さを求め出してから、国同士の戦争が減って、国の軍は賊を相手に戦い出した。その為、国同士が同盟を結び出し、国と国を繋ぐ道が舗装されて綺麗になった。まだまだ未完成の世界だけど、車が通れる道が増えてきたし、高級で手が出せないと思っていた車を普通の家庭でも持ち始めて来てるのは、旅をして来たボク等も見て来てる。みんなも、きっと気付いてる。そろそろフォックステイルとしてやっていく事の難しさを――」

「だったら、余計にちゃんと話しておいた方がいいだろ?」

「うん、でも話したら、みんなは、きっと、〝気にするな〟って言うよ」

シンバは真剣な顔で、ツナを見つめ、そして、少し悲しそうな目をする。

「みんな、ボクに付いて来てくれて、ボクをずっと助けてくれて、フォックステイルをやって来た。フォックステイルを始めた時から、ボクは決めてたんだ、世界がどう進んで行くとか関係なく、フォックステイルはボクが22歳になったら終わらせるって。ボク等がサソリ団に捕まった時、12歳だった。覚えてる? ブライト教会でフックスのプロフィールを見た時、僕等と年齢が10離れてた。だからフックスが死んだのは22歳。だからフックスの年齢以上、ボクがフォックステイルをやる事はできない。そう決めていた。フォックステイルをやり始めた頃は無我夢中で、将来について何も考えてないに等しかったけど、大人になった今は、将来について、物凄く考える。22歳と決めていて良かったと思う事は、22歳なら、まだ人生のやり直しがきくだろうと言う事。カモメはあの天才的閃きと技術があれば、科学でも電子でも、なんでもやって行けると思う。パンダもあの器用さと人当たりの良さで、やって行ける。でもシカは有能な薬剤師としての能力はあっても、彼を雇ってくれる所があるのか・・・・・・」

「シカって・・・・・・ソレ誰だっけ?」

「ムジカナにいたでしょ? 覚えてない? ほら、ラブラドライトアイの――」

「あぁ! 思い出した! 片目だけ色が変わる目の奴か。確か悪魔の印」

「そう、悪魔の印。ソレを持ってて、彼を雇う人はいないと思うんだ。シカ自身、カラーコンタクトや眼帯で目を隠して、バイトをしてるけど、フォックステイルを解散したら、バイトじゃなく、ちゃんと一生、働いて生きていく場所が必要だ。目を隠して、一生、生きていくなんて、そんなの駄目だ。もうフォックステイルとして充分、隠れてやって来た。次は堂々と存在を明らかにしてボク等は生きて行くんだ。カモメもパンダも、どこでもやっていけるとしても、彼等が望む職場を用意してあげたい。ボクはずっと考えてるんだ、将来、彼等が笑顔で楽しく、生きて行く場所を――」

シンバはそう言うと、ツナに一歩近付き、

「だから今はまだ何も言わないで? 解散の話をしたら、解散後の話しも出る。カモメもパンダもシカも、自分達の事は気にするなって、きっと言うから、だからボクが先に彼等の場所を見つけるまで、まだ何も言わないでほしい。必ず、彼等に光ある舞台を用意するって、フォックステイルを一緒にやってくれるって事になった時から、ボクも決めてたから」

真剣な目を向けて言うから、ツナはフッと笑みを溢し、

「なんだ、ちゃんとリーダーやれてんじゃねぇか」

そう呟くと、わかったと頷いて、

「俺の将来は気にするな」

と、冗談っぽい口調で言うから、シンバは笑いながら、宿へと歩き出す。

「仲間はその3人だけ?」

「うん、ボクとツナ入れて、5人。あ、キミもいるから6人だね」

と、ツナの横を歩く狼を見て言う。

そして、宿の前、ツナは狼を外で待つように言い聞かせると、シンバと宿の中へ入り、みんなが待っている部屋へと向かった。

随分と寂れた宿にチェックインしてるんだなと、歩くだけでギシギシ鳴るローカと隙間風が酷い壁や窓を見ながら、ツナは、

「金ないのか? 結構、賊達から奪ってんじゃねぇの?」

そう聞いた。

「奪った宝は、全部奇跡に使ってるんだ、自分達の生活費は、バイトとかしながら稼いでるんだけど、なるべく節約してる」

シンバは、そう言いながら、ここだよと、部屋のドアをノックし、中に入ると、待ってたとばかりに、3人が出迎えた。

歓迎する3人の笑顔に、ツナはこういう和気藹々な雰囲気が苦手なのだろう、少し仏頂面で困ったようにしている。

久々の再会に、カモメもパンダも喜ぶが、ツナは苦笑いで、わかったから、余り近寄るな的なオーラを出す。

シカは、空気を読んで、喜びのセリフを言いながらも、ツナとの距離を保つ。

それからテーブルの上には、美味しそうなご馳走が並ぶ。

ツナが来ると信じていた3人はルームサービスを頼んでおいたようだ。

節約していると聞いたばかりで、しかも、こんな寂れた宿に泊まる連中から、こんな持て成しは困ると、ツナは、参ったなと言う表情を浮かべる。すると、

「いいの、いいの。こういう事がないと、ご馳走は、なかなか食べれないから」

と、パンダ。

「うん、それに、こういう嬉しい時こそ、お金って使うべきでしょ」

と、カモメ。

「今日だけだよ、普段は、多分、賊やってた方が良かったと思う暮らしとなる。ようこそ、貧乏生活へ」

と、シカ。

シンバが、そんな3人に、笑いながら、

「みんな、ツナを待ってたから、歓迎してるんだよ。おかえり、ツナ」

そう言った。すると、3人は、

「おかえり」

と、笑顔で、ツナを見る。

ツナは、俯いて、少し照れたように、人差し指で鼻を擦って、小さな声で、ただいまと、照れくさそうに言った。

そして、直ぐにスカイピースの話を始める。

料理には手を付けず、皆、黙って、シンバの話を聞いている。

「――で、ツナに聞きたいんだけど、サソリ団にいた女の子・・・・・・」

シンバがそこまで言うと、

「あぁ、アイツは俺の妹みたいなもんだ。ムジカナで捕まった時も、俺の見張りの中の1人はアイツで、オヤジはシャークに会いに行くのにガキを連れて行けねぇってアイツを置いて行ったんだけど、理由はもう1つあって、アイツ、強ぇんだよ、女にしては。しかもガキの頃から。だから俺の見張りに置いたんだ。でも俺の方が強いし、アンタレスと血が繋がってる俺を慕うようにアニキアニキって懐いて来て、ちょっと迷惑だったが、可愛いトコもあったし、剣の稽古には持って来いの奴だった」

ツナがそう話すと、みんな、フーンと頷く。

みんなは強いと言う所にフーンなのだろうが、シンバは違う所にフーンと頷いて、何故か引き攣った笑顔で、

「フーン、妹ね・・・・・・」

そう呟くと、

「ボクの妹でもあるんだ」

そう言うから、みんな、シーンと静かな間を開けた後、4人揃って、

「マジで!?」

と、ビックリした顔と声を上げる。

「サソリ団がムジカナを襲った時、ボクは、バニを置いて逃げちゃったんだ、きっと殺されたと思ってたけど、アイツ、賊と戦って生き残ったんだな。バニの戦い方は、母の戦闘法ソックリだった。ボクは、母と剣を交えた事があって、母の戦い方を、体が覚えてたみたいで、バニの動きが読める程によくわかったんだ。つまりバニは、子供の頃から、戦い方を知ってて、そのままその戦闘法で、大人になったって事だろうな。名前もバニと聞いて、間違いないって思った」

「そういやぁ、シンバにちょっと似てる。髪と目も同じカラーだしな。だから俺、アイツを可愛がってやれたんだな、シンバに似てなかったら、剣の稽古に誘う事もなかっただろうし、うっとうしいと思っただけだったかもしれない。まぁ、そうだな、シンバの妹なら、ホント可愛いと思えて良かったよ」

ツナがそう言って、バニへの自分の行動の謎が解けたとばかりに、1人納得している。

「それってさ、好きって事!?」

カモメが慌てるように、ツナに聞くと、好き!?と、眉間に皺を寄せ、ツナは、ハッと笑いながら、妹だぞ!? 有り得ないし、女として好きなタイプでもないと言い切った。

カモメはホッと安堵すると、皆、カモメの言動を不思議そうに見ている。

その視線に、カモメは顔を赤くし、照れる仕草をしながら、

「か、可愛くない? バニの奴・・・・・・」

それは正に恋とばかりの表情を浮かべて言う。

またシーンと静かな間を開けた後、今度はカモメ以外の4人が、

「マジで!?」

と、ビックリした顔と声を上げた。

「か、可愛くなってたよ! 可愛いと言うか、美人と言うか」

そうか?と、ツナはシンバを見て、シンバはどうかなと少し首を傾げる。

「うん、そうだね、美人だったと思う」

そう答えたのはシカ。そして、

「でもあの泣き虫バニちゃんが、あんな美人になるなんて思ってもなかったね」

なんて言うから、カモメが、

「手を出すなよ!」

と、焦った声で言った。

ツナがシンバを見るので、シンバは、シカは女の子のハートを射止めるのが上手いんだと説明すると、あぁっと頷いて、確かにかなりの美形だとシカを見る。

「出さないよ、面倒な付き合いは嫌いだ。女の子とは一夜限りがいい。女の子も悪魔に魅入られるのは一夜だけと決めてる。それに仲間と繋がりがある女の子に手を出す程、僕は女性に困ってない。寧ろ、女の子が許すなら、お裾分けしてあげたい程に余らせてるくらいだ」

そう言ったシカに、アイツの将来を考えてやるのはやめろとツナはシンバに耳打ち。

シンバが苦笑いしていると、

「確かにバニ、綺麗になってたけど、オラは、どっちかって言うと、やっぱりラビの方が好きだなぁ」

なんて、パンダが言い出し、また静かな間が開いて、

「マジで!?」

と、パンダ以外の4人がビックリした顔と声を上げた。

「彼女は、幾ら僕でも、ちょっと考えるなぁ」

と、シカ。

「ボクのペンダントを盗んだ女だぞ!?」

と、シンバ。

「ラビの性格わかってて、それでもラビの方が好きって、それ顔だけでだろ!?」

と、カモメ。

「・・・・・・どっちもどっちだろ」

と、ツナ。

そして、テーブルの上の料理に目を向けると、ツナは、ポケットから何か取り出し、

「酒って飲む奴いるのか? 酒場でクーポンもらったんだ、何回か買い物したからな」

そう言って、みんなを見る。

「僕は飲むよ」

と、シカ。

「オラも飲む」

と、パンダ。

「オイラは飲めるけど、そんな好きじゃない」

と、カモメ。

「ボクは飲まない」

と、シンバ。

「そうか。じゃあ、お前等にやる。俺も飲まねぇから」

と、ツナはシカとパンダにクーポンを渡す。

「飲まないの? 飲めない訳じゃないんでしょ? 飲めそうだから」

シカはクーポンを受け取って、そう聞くと、

「酒に興味ねぇ」

と、ツナは言う。

「へぇ、じゃあ、煙草は?」

またシカが問う。ツナは首を振る。

「へぇ・・・・・・酒も煙草も興味ない? 見た目と違って随分と健全だねぇ」

そう言ったシカに、

「シカと正反対だね、酒も煙草も、更に女も好きだけど、不健全に見えない。見た目だけなら、まるで正統派の王子様。そのラブラドライトアイさえ、なければね」

と、パンダが言い、シカは笑いながら、

「悪魔ってのは、そういうもんだよ。見た目は美しくて、健全そうで、優しく近寄って来るから、悪魔なんだ。だけど僕はまだ善良な悪魔だよ、だって、ラブラドライトアイで、悪魔だと主張してる。だから僕は結構いい奴さ。悪魔だとわかった上で女の方から僕に近寄って来るんだから、ソレ僕のせいじゃない。世の中の普通の男が悪いのか、普通じゃ物足りない女が悪いのか。でしょ?」

開き直った台詞。ツナが、アイツの将来を考えるのはよせと、またシンバに耳打ち。

「オラ、クーポンで酒を買って来るから、そしたらもう食べるよね!」

と、食事を目の前に、もう腹ペコなんだと、パンダが言うと、

「悪い、俺はもう行く。リブレが待ってるから。シンバ、食い物、少しもらってもいいか?」

ツナはそう言って、何か容器みたいなものあるか?と、カモメに問う。

リブレって?と、カモメもパンダもシカも聞きたそうな顔をしていると、シンバが、

「リブレって、あの狼の名前?」

そう聞いて、3人は、あの狼?と、双眼鏡で見た時にツナの傍にいた白い犬がいたけど、あの犬の事?と、あれ、狼なの?と、ツナを見る。

「あぁ、自由って意味だ」

ツナがそう答えると、いい名前だと、シンバは頷き、

「テントがある。宿に泊まれない時はテントを張るんだ。でもリブレも大事な仲間だから、これからは宿じゃなく、リブレと一緒に、みんな野宿しよう」

そう言った。勿論、カモメもパンダもシカもフリーズ。そして、シカが、

「さてと、そろそろ話題も尽きたし、僕は、ここで出来たガールフレンドの所に行って来る。食事は彼女の所で食べるから僕の分は残さなくていいよ」

と、サッサと部屋を出て行く。

シカの奴、逃げやがったとカモメ。

ベッドのない外は嫌だと泣きそうなパンダ。

「そんな野宿嫌なのか!?」

怒ったように言うシンバに、嫌だとハッキリキッパリ言うカモメとパンダ。

結局、テントを持って出たのは、シンバとツナだけ。

ツナは笑いながら、

「無理に野宿する必要ない。俺は賊だったし、野宿は慣れてる。お前は宿に戻れよ」

と、不貞腐れているシンバに言う。

「ボクをリーダーと言いながら、全然、ボクの言う事を聞かないんだ」

ブツブツ文句を言いながら、シンバはテントを張る。

そんなシンバの傍に、リブレが、まるでゴメンネと言う風に、鼻を鳴らしながら来るから、シンバはリブレの赤い瞳を見つめ、恐る恐る手を出してみる。そして、ソッとリブレの頭に触れると、フワッと白い毛並みが柔らかく、シンバの手の平に優しさを持たせた。

「うわぁ、ボク、狼触ったの初めてだ、モフモフだね!」

無邪気な子供みたいな顔で言うシンバに、

「あぁ、モフモフなんだ」

と、ツナは笑いながら言う。そして、リブレにおいでと、その場に座って、持って来た料理を一緒に食べ始める。シンバも座って、ツナから料理を分けてもらい、一緒に食べながら、ツナが、リブレに、肉を食べさせ、美味いか?と、聞いているのを、微笑ましく見つめる。

「オス?」

「いや、メスだ」

「女の子なんだ」

「あぁ」

ツナがリブレに向ける瞳は優しい。

きっとバニにもそうだったに違いないと、シンバは思う。

自分が妹にしてあげれなかった事を、ツナがしてくれたんだなと感謝に思う。

「よし! ボク、テント張っちゃうね。ゆっくり食べてて」

「いや、俺も手伝う」

「いいよ、リブレと食べてて」

「そうか? 悪いな。明日はどうするんだ?」

「暫く、ここに滞在する予定だったんだけど、急いでジェイド国へ向けて出発したいと思ってる。明日の昼くらいには出発できるといいんだけど」

と、シンバは、テントを張りながら、話す。

テントが出来上がると、シンバは中に入って、ゴロンと寝転がった。

ツナが来てくれて良かったと、そう思いながら、目を閉じると、幼いバニの姿が浮かんで来た。

〝おにぃたーん!〟

まだうまく喋れなくて、呂律が回らないバニが・・・・・・・

〝宝は分け前として8:2ね、勿論、私が8で、アンタ2ね〟

シンバはバチッと目を開け、ムクッと起き上がると、あのバニが、ああなるのか?と、更に再会したバニの言動を頭の中でリピートしながら、何度も嘘だろ!?と、自分に疑問。

今、テントに入って来たツナが、

「どうした?」

と、難しい顔をしているシンバに問う。

「え、あ、いや、ほら、バニがスカイピースを持って行っちゃったからさ」

「あぁ、でもアイツ、またって言ってたからなぁ。金がない筈だから、どっかで俺達を待ってるかもな。ま、どこ行ったか、わからない奴を追うより、スカイピースがある確実な場所へ行った方がいいだろ」

シンバは頷くと、再び、ゴロンと横になり、あのバニがねぇ・・・・・・と、また幼い頃のバニを思い出しながら、成長したバニを思い出し、兎も角、生きていてくれて良かったと思う。

あの時バニを置いて逃げた事をバニはどう思ってるだろうかとか、ずっとサソリ団で辛い思いをして生きて来たんだろうかとか、幾ら自分のモノだったとしても、元は他人から受け取ったスカイピースを、何故、奪って行ったんだろうかとか、次に会ったら、何を言えばいいのだろうかとか、寧ろまた会えるのだろうかとか、いろいろと考える事はあったが、生きていてくれてた事だけで本当に良かったと思うと、今までの罪悪感が少しだけ解けて、安堵が増したせいか、眠くなっていく。

傍にツナがいる安心感もある。

ツナがいなかったこの8年間、ずっとツナの分もと、突っ走って来た――。

これからはツナと共にフォックステイルをやっていける。

悲しみも苦しみも痛みもあるけど、全部、半分。

嬉しい事、喜べる事、楽しい事は、2倍になる。

「シンバ」

「・・・・・・うん?」

「もう眠いか」

「うーん、ちょっと眠いかな。どうして?」

「お前と会えて、なんか興奮してるのか、全然眠くならなくてさ。なぁ? フォックステイルやって来た話し、聞かせてくれよ」

「あぁ、うん、そうだね! イッパイ話したい事があるよ!」

「聞きたい、聞かせてくれ」

「シャークの腕、切り落としたの、ボクなんだよね」

「マジか? その話し、噂でちょっと聞いてたんだが、オヤツが話したがらないから、よくわからなかったんだけどさ、まさか、お前が?」

「そう、ボクが! で、その時、ボクも腹を刺されててね、見る? 跡残ってんの」

「見る見る!」

まるで子供の頃に戻ったように、2人は無邪気に笑い、終わらない話を続け、声も弾んでいたが、シンバがフォックステイルとして、宝を奪った賊達の話の途中で・・・・・・

「それで・・・・・・ボクは言ったんだよ・・・…笑えよって・・・・・・わら・・・・・・」

「シンバ?」

「うーん・・・・・・笑えよ・・・・・・って言って・・・・・・あぁ・・・・・・そうだ・・・・・・ツナに渡す剣があるんだった・・・・・・」

「剣? 剣なら持ってる」

「違うよ・・・・・・フォックステイルが持ってた長剣が・・・・・・」

「そんなものがあるのか」

「あれは・・・・・・フォックステイルが持ってた・・・・・・武器の中でも・・・・・・最高のものだ・・・・・・きっとどっかの・・・・・・国の・・・・・・由緒正しい・・・・・・騎士隊長とか・・・・・・」

「フーン?」

「ツナが・・・・・・持つ・・・・・・剣だよ・・・・・・」

「そんな大層な剣、俺じゃなく、お前が持てよ」

「あれは・・・・・・絶対に・・・・・・ツナの剣だから・・・・・・明日・・・・・・渡すね・・・・・・」

「俺が装備していいのか?」

そのセリフが聴こえてるのか、それとも夢でも見てるセリフなのか、シンバは、ニヤニヤとした表情で、

「絶対似合う・・・・・・」

そう言った後、スースーと、寝息を立てるシンバ。

そして、ゴロンと寝返りをうって、シンバとツナの間で、既にグッスリ寝ているリブレをギュッと抱き枕のように抱き締めた。リブレは、顔だけ起き上がらせ、抱き締めて来るシンバを見て、ツナを見て、ツナが、シーッと人差し指を立てるので、そのまま、また眠りに入るリブレ。

ツナは、リブレのモフモフを抱き締め、幸せそうな寝顔をするシンバに、ガキの頃、こうして一緒に草原で寝転がってた時があったなぁと、少し微笑んで、

「またお前の寝顔見る事になるとはな」

と、嬉しそうに呟いた――。


ゴゴゴゴゴォっと大きな風の音で目が覚めたシンバは、テントから出ると、既に起きて、空を見上げているツナとリブレが、直ぐそこの芝生の上に座っている。

シンバも青空を見上げ、

「飛行機」

大きな風の音を重低音で響かせながら、低く飛んで行く飛行機に、そう呟くと、

「起きたのか」

と、ツナ。リブレも振り向いて、おはようと言っているように、シンバを見る。

「今、何時くらい?」

「まだ6時ちょい過ぎくらいか?」

「そう、じゃあ、カモメもパンダも、まだ寝てるな。シカは女の子の所で10時くらいまでいるだろうし、先に荷物の整理して、出発の準備しておこうか」

シンバは青空を見上げたまま、そう言うと、ツナは頷き、

「ジェイドエリアは飛行機をよく見る。飛行機乗りが頻繁に通るスカイラインみたいだ」

そう言った。

「スカイライン・・・・・・そうか、今は空を舞台としてる賊はサードニックスだけだから、サードニックスが通らない場所は飛行気乗りが占領できるけど、ボク等が賊達を空へ行かせたら、連中はスカイラインなんて守らないよな」

「そりゃ賊だからな。規律に従う賊がいると思うか? それに空には邪魔な民達がいないなら、場所は関係なく戦争をおっ始めるだろうな。今でさえ余り考えなく、戦い出すからな、野郎共は。それに王も騎士も軍も国も、空にはない。自由なんだ」

「・・・・・・ソレ、なんとか考えないと、飛行気乗り達が被害に合ってしまう」

思い詰めたシンバの顔を覗き込み、ツナはヘッと笑うと、

「なんとかなるって! 飛行機乗りはそんなヤワじゃねぇしな。とりあえず今はやれる事をやっていこうぜ」

と、前向きな台詞で、シンバの表情を笑顔に戻す。

ツナは決めている。

幼い頃、フックスに出逢った時から、この人の役に立つ為に生きていくと決めている。

そのフックスの魂を受け継いだシンバを、これからは支えていくんだと、決意している。

だからシンバと共に生きていくと決めたからには、シンバの笑顔は何が何でも守ろうと決めた。

きっとフックスは、どんな困難が訪れようと笑う人だっただろう。

シンバもそうでなきゃいけない。

シンバが笑って、フックスとして生きて行けるなら、ツナは、自分を犠牲にする事も惜しまない。

フックスが生きれなかった分、シンバは生きなきゃならないんだと、ツナはフックスに助けてもらった自分の命を懸けて、シンバを守り抜こうと誓う。

笑えなくなった時は、笑えるようにするんだと、それは自分の役目なんだと、ツナは思う。

そして、シンバで良かったと思っている。

フックスの魂を受け継いだのがシンバで良かった。

シンバだから、誓いも決意もできたんだと、ツナは思っている。

だからツナは、後2年でフォックステイルが解散しても、一生をシンバの為に何か出来る事をして生きていこうと考えている。

今、テントを片付けているシンバを見つめ、ツナはシンバの未来は、自分の強さが必要であってほしいと願っている。

「俺にはソレしかないからな」

と、リブレを見て、呟くと、リブレは鼻を鳴らした。

「何か言った?」

と、振り向くシンバに、何もと首を振り、片付けるのを手伝い出すツナ。

昼前には全員集合で、再び、移動をする。

カモメもパンダもシカも、この町でバイトを決めてしまったので、暫く滞在したかったが、ジェイド国へ急ごうと言うシンバの提案に反対はなかった。

理由は皆がそれぞれバニについて思う事があり、統一して思っている事は、彼女がスカイピースを持って去ったと言う疑問点だ。

宝を持って逃げるならわかるが、何故、態々、アンタレスの首からスカイピースを奪ったのかが謎だ。

スカイピースは、世間では、価値がわからないらしく、売れない代物だ。

それはシンバの持っている太陽とフェニックスのスカイピースを質屋に見せてわかった事だ。

そして、スカイピースの神話は余り知られていない。

シンバも、未だ調べてはいるものの、その手の文献も聖書も魔書や御伽噺でさえ、手に入れてない。

だが、フックスがスカイピースは賊達が喉から手が出る程に欲しがる代物だと言っていた。

例えば賊達の間で言い伝えられたものだとすれば、無論、アンタレスも知っているだろう。

しかしツナの話に寄ると、サソリ団はスカイピースについて、何も知らない筈だと言う。だったら尚更、バニがスカイピースを持ち去った理由がわからない。

あんなペンダント1つを奪って逃走するより、宝を1つ持って逃げた方が、金になるのはわかっている筈。

それにバニはアンタレスから解放されるチャンスを待っていたと言っていたが、逃げるだけなら、そのチャンスは今迄もあった筈。

つまり、アンタレスからスカイピースを奪うチャンスを待っていたんじゃないだろうか。

そう考えると、バニもスカイピースを集めている可能性が高い。

そして、バニはツナに〝またね〟と、最後に言っていた。

彼女はジェイドエリアをまだ出る気はなく、ジェイドにまだ留まるのだとしたら、その台詞も納得できる。

普通なら逃げる為にサッサとジェイドエリアを出るだろう。

何故、出ないのか。

やはり彼女の狙いもジェイド国にあると言われるスカイピースなのでは――?

だとしたら、バニからスカイピースを奪う為にも、そしてジェイドにあるスカイピースを頂く為にも、一刻も早くジェイド国へ向かうしかない。

「つまりバニはスカイピースの神話を知ってるって事?」

歩き難い獣道を、大きなリュックを背負って行く男5人。今、その中のカモメが、誰に聞く訳でもなく、疑問を口にした。

リブレの姿がないが、こういう場所では、自由にさせてるらしい。

だが、ツナが呼べば直ぐに来るらしいから、姿は見えないものの、近くにはいるのだろう。

「多分ね」

答えたのはシンバ。

「やっぱりあれかな? バニもシンバ同様、小さい頃から本を読んで、物知りだから知ってるとか――」

パンダがそこまで言うと、

「それはない」

と、シンバが首を振り、

「自分の家にあった本は全て読み尽くしてるボクが、スカイピースの神話なんて知らなかったし、バニに本を読んでやった事はあるけど、バニが本を読んでた事なんてないよ。だってアイツ、まだ字が読めなかった」

そう言いながら、幼い頃のバニを思い出し、あんなに可愛かったバニが、本当にああなるの!?と、また成長したバニに、シンバは疑問。そして振り向いて、後ろで歩いているツナに、

「やっぱりアンタレスから聞いたんじゃないかな?」

そう問うと、ツナも首を振り、

「オヤジからスカイピースについてなんて聞いた事ねぇし、オヤジはあのペンダントを付けてたんだぜ? そんな神話を知ってたら、身に付けず、隠し持って、他の賊に取引を持ちかけてた筈だ。その神話を知ってるとしたら、もっと上の連中じゃねぇか?」

そう答え、今度は先頭を行くシカが振り向いて、

「上って、アレキサンドライトとかサードニックスとか? 他にもいるとしたら、そうだな、王族と取引したり、駆け引きできる連中って事かな?」

そう聞いた。

「え? 何? 王族と取引とか駆け引きって? つまり国とって事? 国が賊を相手に取引? そんでもって賊が国を相手に駆け引き?」

と、カモメが、また誰に問う訳でもなく聞く。

「そりゃそういう国もあるだろうよ、なんせ、賊時代の中、全く賊の被害を受けてない国もあるんだからな。全ての賊相手には無理だろうが、サードニックスやアレキサンドライトくらいのデカイ勢力と取引すれば、襲われずに済む。うまく駆け引きすれば、奴等を操って、他の国を襲わせる事もできる。他の小さい賊達は、奴等がやめとけの一言で、身を引く。やれの一言で、どこでも襲いにかかるって訳だ」

ツナがそう話すと、カモメは、もう王なんて信じられないと言い、パンダも恐ろしい世の中で痩せてしまいそうだと言い、そしてシカが何か考え事をして歩いているシンバに気付き、声をかけようとした時、

「そうだ、全部揃ったスカイピースと引き換えに取引するってのはどうだろう?」

と、シンバは、ツナに言う。何の話?と、カモメとパンダとシカが、シンバを見る。

「スカイピースと引き換えに取引?」

聞き返すツナに、シンバは頷き、

「本当にスカイピースを欲しがってるのが、サードニックスやアレキサンドライトなら、それと引き換えに賊達を統一させろと条件を出す。多分、アレキサンドライトは条件を飲んでも、その場だけで、直ぐに手の平を返しそうだ。だからサードニックスの方と駆け引きをするんだ。空で自由になった賊共を、統一させろって」

自分の考えを話すが、カモメとパンダとシカは、何の話だろう?と、首を傾げている。

「成る程。賊を縛るのは賊にやらせるってか。悪い案ではないな。だが、スカイピースを賊に渡すのか?」

「まさか。それは、ほら、そっくり作り上げた偽物を渡せばいいんだよ。そういうのはパンダが得意だ。それに、スカイピースが偽物か本物かなんて、誰も見分けられないだろ? 偽物である事も、本物である事も、証明できない物なんだから。勿論、埋め込まれてる宝石は本物を使うしかないけどさ」

「成る程。賊を騙すって訳だ。だが、賊を騙してやってきたフォックステイルの取引に応じる賊はいないだろ。バカでも疑ってかかるぞ。ましてやサードニックス。奴等は軽率なバカ共とは違う、賊の中では厄介なキレ者だ、その上、最強と来てる」

ツナの意見に、シンバは、そうだよなと、

「サードニックスとまともに向き合える人がいればなぁ・・・・・・あのサードニックスと、戦わず、対等に話ができる人物・・・・・・そんな人・・・・・・いないよなぁ。いたら、その人物に変装して、サードニックス相手に取引できるのに・・・・・・」

と、ぼやく。何の話なんだと、いい加減、カモメが聞こうとした時、リブレが走って来る。

「どうした?」

と、膝を着き、リブレと目線を合わせるツナ。リブレはツナの瞳をジッと見た後、付いて来てとばかりに走り出した。

「何か見つけたみたいだ」

そう言って、リブレを追い駆けて行くツナを追うシンバ、それからカモメとシカ。

「オラ、ここで一休みしてっからな」

大きなリュックを下ろし、その場で座り込むパンダ。

伸びた雑草を掻き分け、リブレを追い、そして、リブレがクルクル回っている場所でツナは、何かを見つける。

「・・・・・・何?」

と、シンバは、地面を見ているツナに訪ねると、ツナは、

「バイクの跡だな」

そう言った。

「バイク?」

聞き返すシンバ。

「こんな道もない道をバイクが?」

遠くに続くタイヤの跡を見ながら、シカが言う。

「しかもタイヤの大きさからして、結構デカいバイクだ」

カモメが言いながら、タイヤの跡を手を広げて計っている。

「こんなロードでもない場所をバイクで走らせるのは相当のテクニックが必要だ。町中の移動にバイクを使う人はいるが、まだ国境を越えるような道はバイクでは無理に等しい」

と、タイヤの跡が続く遠くを、ツナは見つめて言う。

「しかも大きなバイクなら尚更だね。車ならわかるけど、バイクでの町越えの移動は、僕も難しいと思う。何者なんだ?」

シカも遠くを見つめたまま言う。

ツナはシカを見て、シンバとカモメを見ると、

「何者でも関係ない。俺達の邪魔をしなければな」

そう言って、リブレの頭を撫でると、心配ない、敵じゃないだろうと言い聞かせる。

「おーい!」

獣道で一休みしているパンダが手を上げて、大声で呼ぶ。そして、

「トラックが止まってくれたぞぉ!」

と、ヒッチハイク成功と、ブイサインをしてるから、カモメが、ブイサインを返し、

「行こう、オイラ達もバイクに続く道を急がなきゃ」

と、大きなリュックを揺らしながら走り出し、シカも、カモメに続き、伸びた雑草を掻き分け、パンダの所へ戻っていく。

「リブレも乗せてもらえるかな」

ツナが言いながら、大きなリュックを背負い直す。

「トラックだから、後ろに乗せてもらえるよ。パンダはその辺、抜け目ないから、ちゃんと大きな犬もいるって話してると思う」

シンバも大きなリュックを背負い直し、歩き出し、

「気になる? バイク」

そう聞いた。ツナは、どうかなと、

「バイクと言うより、リブレが態々、俺に教えに来た事が気になる」

と――。

「・・・・・・動物的本能が何か危険を察知してるのかな?」

「わからん。何者かの存在を教えてくれたんだろうが、それが敵なのか、味方なのか、無関係なのか――」

「そうか、そうだよね、うん、ボクはバイク欲しいんだよね」

突然、そんな意味のないカミングアウトをするシンバに、ツナは笑いながら、俺もと答え、横を歩くリブレとアイコンタクトをとっている。

シンバはリブレを見ながら、なんて賢い動物なんだろうと思う。

それからトラックに乗せて貰い、ジェイド国へと向かう。

ガタゴトと揺れるトラックは、たまに大きく揺れて、そして泥濘にタイヤが嵌ると、みんなでトラックを押して、何とか進んでいく。

まさに、こんな道をバイクが行くのは難しいし、タイヤの跡があった場所は獣道でさえなく、あの場所を通って行ったとなれば、相当のテクニックが必要だろう。

「今度はシンバが助手席に乗る番だよ」

と、助手席に座っていたカモメが交代だと降りた。

助手席に座る順番はじゃんけんで決めたが、ツナはリブレと一緒でいいからと、じゃんけんには参加しなかった。

シンバが助手席に乗ると、運転手のお爺さんが、にこやかに、

「アンタ等拾って助かった。この道を夕方までに越えるには、わしだけじゃ無理だった」

そう言って、煙草を吹かした。

運転手は白い髭の生えたお爺さんで、荷台に積んである荷物をジェイド城まで届けるんだと話した後、

「アンタ等は何しに?」

そう聞かれ、シンバは、笑顔で答える。

「世界中で孤児院を作る為のプロジェクトを組んでます。ジェイドには孤児院がないので、その施設を作る為の案を。つまり他の国の教会からの使いです」

と、こういう時、いつもながら、滑るように口が回る。

孤児だの、施設だの、教会だの、そういうキーワードを話題に出せば、反論はなく、しかもプロジェクトなどと言う台詞を出せば、何やら凄い事なんだと、大体の人は納得する。

「そうかい、そんな大層な事をやる為に、ジェイド国へ」

「はい」

「わしはまた騎士志願かと思った」

武器は鞄の中に仕舞ってあるのに、どうして?と、シンバはお爺さんを見ると、

「深い意味はない。只、アンタが誰かに似てる気がしてな」

「・・・・・・誰か?」

「あぁ、思い出した、その髪の色が余計に似させるんだな。ジェイドみたいなデカい国じゃなく、小さい国なんだが・・・・・・」

そこまでお爺さんが言うと、シンバは、

「お爺さんは、ジェイド城に何を届けるんですか?」

と、お爺さんの台詞を遮って尋ねた。

「話さなかったか? わしは武器商人。武器を届けに行くんだよ」

「・・・・・・武器商人」

シンバはそう呟き、お爺さんが言う、誰かに似てると言うのは、父の事だと気付く。

「双子じゃないよな?」

「え?」

「ある国の戦士がアンタにソックリだからさ」

「・・・・・・双子って、その人、ボクと同じくらいの年齢なんですか?」

「あぁ、確か、そう、レオンって言ったかな」

「・・・・・・レオン?」

「あぁ」

「レオン・・・・・・レオパルド・・・・・・?」

「あぁ。なんだ、知ってるのか、やっぱり兄弟なのか?」

今、シンバの目の前が真っ暗になる。

闇の中、思い出したくもない映像が浮かぶ。

〝シンバ、私には、お前の他に息子がいる〟

ベアがそう言っていた。

〝シンバと同じ5歳の子でね、違う町に住んでいる。その子もまた素晴らしい素質の持ち主でね、私の全てを継いでもらいたいと思う程〟

それが・・・・・・レオン――?

ガタンと大きな揺れと共に、チクショウとお爺さんが呟き、また嵌りやがったと、窓を開けると、押してくれと、荷台に乗ってるツナやカモメ達に言う。

暫くすると、車が走り出し、一旦、止まると、助手席のドアを開けたパンダが、

「シンバ、交代だぞ! 次の泥濘までオラが乗る番だ!」

と、ぼんやりしているシンバに言った。シンバはぼんやりしながらも、頷き、下りると、荷台へと乗り込み、車酔いと言いながら、横になって目を閉じた。

何も考えたくなくて、そうした行動だったのに、眠くもないから目を閉じたら、色々と考えてしまう。

――レオン・・・・・・。

――それはもう1人のボク・・・・・・。

――父を尊敬し、父を誇りに思い、父を偉大だと疑わないボク。

――父の足跡を追い駆け、父のような騎士になり、父の全てを受け継いだ者。

――幼い頃から敷かれたレールの上を走り続けたボクはレオンなんだ。

――絶対に会いたくない。いや、会う事なんてないだろう・・・・・・。

シンバは、何も考えないようにしようと、羊を数え出した。

日が沈み、暗くなる頃には、舗装された綺麗な道とまではいかないが、車が走り易い道に出る事ができ、トラックはライトを付けながら、スイスイ進んで行く。

いつの間にか寝ていたシンバは目を擦りながら辺りを見回すと、ツナもカモメもパンダも、リブレも眠っている。

助手席にシカがいるのだろう、パンダと交代したんだなとシンバは思いながら、荷台に乗っている箱の中身が気になって、ソッと開けて見ると、機関銃が1ダースの鉛筆のように綺麗に並んでいる。

シンバは小さな溜息を吐き、箱を閉めて、またゴロンと横になる。

車の揺れも小さく、安定したスピードを保ち、トラックは走る。

シンバは起き上がると、今度はシートカバーから顔を出して、外の様子を見る。

暗くてよくわからないが、林道を走っているようだ。

空には大きく丸い月が浮かぶ。

顔を荷台の中に引っ込めて、お腹減ったなと、リュックの中を漁り始めると、

「落ち着きないな、どうかしたのか?」

座った体勢で目を閉じているツナが聞いた。シンバはツナを見て、

「ごめん、起こした?」

そう問うと、いやと、目を開け、

「俺は元賊だ、寝てても気配で周囲の動きを把握してる。いつ命を狙われるかわからねぇからな。もう体に染み付いてるから、爆睡してても、リブレの欠伸でさえ、わかるよ」

そう言って、シンバはそりゃ凄いと感心する。

「明日の午前中にはジェイド城下町に着くってよ。何か問題でもあるのか?」

「え?」

「落ち着きないのは、何か気になるからだろう?」

「あぁ、いや、お腹すいただけだよ」

「パンダじゃあるまいし、腹が空いたくらいで、イライラしないだろう」

「イライラなんてしてないよ」

「・・・・・・そうか? ならいいが、もし話したくなったら、何でも話してくれ」

ツナはそう言うと、また目を閉じる。

何を話せばいいんだと、シンバはリュックを漁るのを止めて、またコロンと横になる。

会った事もないもう1人の自分の事が気になるなんて、どう説明していいかもわからない。

早く日が昇り、朝になって、ジェイド国へ着いてほしいと、シンバは思う。

そうすれば、新しい世界に目を向けられる。

待ち受けているジェイド国はどんな所なんだろうかと――。

案の定、ジェイド城下町に着き、トラックから降りた時から、そのジェイドの独特の雰囲気と賑わいに、嫌な事など全て吹っ飛んで、シンバの目は輝いた。

カモメやパンダも、わくわく顔で、町を見回し、空を見上げる。

「飛行機が一杯だ」

シンバが青空を見上げ、そう呟く。

空を何機もの色とりどりの鮮やかな飛行機が飛んでいく。

あちこちの店には飛行機の絵柄が入った看板があり、飲食店までが、飛行機定食などと言って、料理を出している。

人も大勢いて、誰もリブレの存在など、気にしない。

「凄いねぇ、みんな、革ジャンとかブーツとか、ゴーグルまでアクセサリーとして付けてて、飛行機乗りの格好みたいなスタイルで、お洒落だ」

パンダがそう言って、行き交う人々を見る。そして、シンバやカモメ、シカ、ツナ、それから自分の格好を見て、

「ダサいなぁ、オラ達」

と、呟くから、皆、自分の格好を見直して、確かにと頷く。

「でもオイラ、ゴーグルはやってるし」

カモメが頭の上にあるゴーグルを指差して言うと、

「ソレ、発明品を作る時に必要なルーペみたいなもんで、実用的に使ってるゴーグルだろ、お洒落じゃないよ、なんか使いこなし過ぎて、汚いし、横の部分は錆びてる」

と、パンダは溜息。

「しょうがない、ボク等に必要以上の金はないんだ、贅沢言ってる暇があったら金稼ぎと情報収集!」

シンバはそう言うと、町を見下ろして聳え立つ城を見上げると、

「ジェイド城に潜り込んで、スカイピースの在り処を探るには・・・・・・城で求人してる仕事をすればいい。金も稼げて一石二鳥」

と、4人を見る。4人は頷き、皆で城へと向けて歩き出す。

ジェイドはこの世界でも、尤も大きな国で、特に王が空を走り抜ける爽快な飛行機と言う乗り物を愛し、空軍の戦闘機の数は、どこの国よりも多くあると言われている。

だが、今はサードニックスの天下により、ジェイドが誇る空軍も撤退状態のままだが、ここ数年で飛行気乗りと言う者が増え、この国は空を愛する国として、更に賑わう。

「すげぇ・・・・・・」

城の門前に並んだ沢山のバイクにパンダは呆気顔でそう呟く。

「ジェイドでは、騎士という者は城内警備の者達の事を言うんだ」

バイクに見惚れている5人に、そう話しかけて来たのは、トラックに乗せてくれた運転手のお爺さん。

「機関銃を持って、バイクで現場に行き、戦う者をソルジャーと言うんだ」

その機関銃を渡して来たのだろう、大金を数えながら、そう言って、

「お前さん等、孤児院を作る為に王に話しに行くのかい?」

それはシンバが勝手にそう言った事で、4人は何の事かわからず、は?と、お爺さんを見るが、シンバが直ぐに頷いたので、4人もそういう事にしとくのかと、頷く。

「グッドラック」

そう言って、お爺さんは親指を立てるから、この国に来ると、只の武器商人のジジィまで飛行機乗りに影響されるんだなと、親指を立て、苦笑いで返す5人。

「――あのバイク」

今、お爺さんがトラックを動かし、その影にあったバイクを、ツナが指差した。

それはソルジャー達のバイクとは違い、かなり大きなバイクで、

「多分、あのタイヤの跡のバイクだ・・・・・・」

と、ツナが言うので、シンバは城を見上げ、

「じゃあ、相当のバイクのテクニックを持った奴も城内に?」

そう呟く。しかし、それは何者なんだろうか、ソルジャー志望者なのだろうか。

とりあえず、リブレを門前で待たせ、中に入り、城内での求人掲示板を確認する。

「流石、デカイ城なだけあって、仕事もあるな」

ツナはそう言うと、掲示板に貼られた紙を目で読んでいく。

「オラ、これにしよ」

と、一番最初に紙を取ったのはパンダ。

「子供の世話係? メイドや城内で働く女性達の子供を預かり、女性達が仕事を終える迄、子供を預かる仕事です?」

シンバはパンダが手に取った紙を覗き込み、書かれてる内容を口にする。

「オラ、子供達に折り紙とか、粘土とか、いろいろ作って遊んでやれるし」

ニコニコ笑顔で言うパンダに、シンバも自分も早く何か見つけないとと、焦り出すが、

「オイラはコレだな」

と、次に紙を取ったのはカモメだ。

「飛行機やバイクなどの整備? 軍が使う乗り物を整備する者の手伝いをする仕事?」

シンバはカモメが手に取った紙を覗き込み、また書かれてる内容を口にした。

「オイラにピッタリだ。ま、手伝いっつーか、逆に整備士に手伝わせてやるよ」

自信満々で言うカモメに、シンバも自分に合う仕事を見つけないとと、焦りが増すが、

「僕にしか出来ない仕事だ」

と、次に紙を取ったのはシカだ。

「薬調合士募集!? それバイトの域超えてない!?」

シンバがそう言うと、シカはそう?と、紙を見ながら、

「数日間の見習いからって書いてある。見習い中はバイト扱いだってさ。どうせ数日しかいられないんだし、いいんじゃない? 本気でやっちゃうと即職が決まっちゃうから、手を抜いてやらないとね、そう考えると気楽でいい」

余裕綽々のシカに、シンバも気楽にやれる仕事を見つけないと、働くだけでイッパイイッパイになったらスカイピースどころじゃなくなると、一層、焦って、掲示板に貼られた紙を見ていくと、騎士募集の紙を発見!

これだと手を伸ばすが、先に紙を取られ、シンバは紙を取れずに、掲示板に手を付いた。

ツナは騎士募集の紙をヒラヒラとさせ、シンバに、

「悪いな、コレは俺の仕事だ。騎士は城内警備だっけ? それともソルジャーの方もあるのかな? ま、スカイピースについて堂々と情報を集めてきてやるよ」

と、大胆不敵な微笑で言う。

「ちょっ、ちょっと待ってよ、ボクもその仕事がやりたい!」

「残念だな、1名募集だ」

「じゃんけんにしようよ!」

「嫌だ」

「リーダーの命令だとしても!?」

「おいおい、リーダー、必死だな。ま、頑張って、そこにある庭師の手伝いってのでもやってろ。庭にも情報が落ちてるかもよ? ここ掘れワンワンってな」

ツナはそう言うと、面接に行くと、紙を持って行ってしまう。

カモメもパンダもツナも、落胆するシンバの肩を励ますようにポンポンと叩くが、ここ掘れワンワンって笑えるとパンダが言い、笑っちゃ悪いよとシカが言い、庭ならリブレも入っていいとして、ここ掘れワンワンってリブレに情報も取られたりしてとカモメが言って、3人は笑いを堪えながら面接に向かう。

シンバはムッとしながら、絶対にボクをリーダーだと思ってないだろ!!と、城内へ入って行く4人の背を見送ると、大きな溜息を吐き、掲示板を見る。

残っている仕事は――・・・・・・

庭師の手伝い1名募集、料理場の皿洗い残り3名募集、ドレスの仮縫いの手伝い5名募集、馬の世話2名募集、フロア清掃残り2名募集。

どれもできなくはない仕事だが、やりたい仕事ではないと、それでもやらなければと、城内をうろつけそうな、フロア清掃かなぁと、それとも皿洗いかと、考えながら、考えて考えて・・・・・・うーんと、唸っていると、横から知らない人に、清掃と皿洗いの紙を全部持っていかれた。もう悩んでたらダメだコレと、

「ここ掘れワンワン、お願いします」

そう呟き、庭師の手伝いの紙を取り、面接へと向かう。

面接は簡単なもので、受付を通し、大臣に会い、仕事内容を聞くだけで、身元確認もなく、名前さえ聞かれなかった。

それは好都合だが、余計にやる気を失くす。

しょうがない、庭師の手伝いだしなと、シンバは溜息を吐きながら、案内してもらった小屋の中で、作業着に着替え、庭師に、やるべき仕事を聞く。

庭師もシンバの名前を聞く事もなく、まずは肥料を運んでくれと、仕事を与えるだけ。ガーデンを作る為に雇っただけの短期のバイトの者が何者だろうと、どうでもいいらしい。

しかし広い庭だなぁと中庭をグルリを見回す。

「・・・・・・なんで1名だけ募集したんだろ? 残り1名とは書かれてなかったから、元々1名だけを募集してたんだよな」

そう呟くと、

「ガーデンを作るだけだ、1名いれば充分だ。大勢いても役に立たん」

庭師の男が、肥料を担いで、シンバの背後で、そう答えた。シンバは苦笑いしながら、肥料を運ぶ為、走り出す。

その後は、沢山の鉢花を運ぶシンバと、土を耕していく庭師。

いい感じに汗も掻き始めた頃、パンダがシンバを探していたようで息を切らせ、駆けて来るから、何事だろうと、シンバは庭師の目を盗み、パンダと話す。

「シンバ、やっぱり庭師にしたんだね」

「なんだよ、からかいに来たのか?」

「バカ!!!! どんな仕事でも立派なんだ! からかうもんか!」

よく言うよと思いながらも、尤もなので、だったら他に何の用件が?と、鉢を運び始める。

「フロア清掃の仕事をしてる中にバニがいる」

鉢は運ばないが、シンバと一緒に歩きながら、小声で、そう報告するパンダ。

ホントか!?と、シンバはパンダの顔を見ると、

「多分、間違いないよ、あれはバニだ。サソリ団にいた女だもん。髪の色もシンバと同じオレンジだし、目の色まで確認する余裕なかったけど、絶対にそう! 子供達を預かってる部屋に行く途中で見たんだ。今はトイレに行くふりして、ここに来たんだけど、直ぐに戻らないと、まだ仕事の最中だから・・・・・・」

「そ、そうか、わかった。報告ありがとう」

「うん、一応ね、耳に入れといた方がいいと思って。ツナにも話そうと思ったんだけど、アイツ、この広い城のどこに配属されたのか、わかんなくてさ。あちこちに騎士はいるんだけどね。もしシンバがツナに会ったら伝えといて? でもカモメには言わない方がいいかも。ほら、アイツは・・・・・・」

「あぁ、バニを気に入ってるみたいだから、近くにいると知ったら、テンパりそうだ」

パンダは、ウンウンと頷くと、じゃあと手を上げて、仕事場へと戻っていく。

シンバは、鉢を運びながら、バニがいる?と、何度も頭の中で、自分に言ってみる。

――バニがいるのか?

――ここに? バニが?

――てことは・・・・・・やっぱりどう考えてもスカイピース狙い?

――いや、賊を辞めて、働き出したって事かも。

――でも、だとしたら、城内でバイトってのは出来過ぎだよな。

――フロア清掃って言ったら、確か、短期バイトの掲示板にあった奴だ。

――金がないが為に働いてるなら、短期のバイトは変だ。

――何が狙いかって言うと、やっぱりスカイピースか?

――そんでもって、やっぱりわからないのは、なんでバニがスカイピースを狙う?

兎に角、妹とは言え、バニは元サソリ団だ、油断はできないとシンバは思う。

――アイツの考えも行動も意味不明だが、アイツはスカイピースを持ってる。

――つまりこれは絶好のチャンスでもある。

庭師じゃなく、フロア清掃にすりゃ良かったなと、シンバは思う。

さっさと、フロア清掃の紙を手にしてれば良かった。

そうすればバニにうまく近付けたかもしれない。

「これ、何て花?」

その声に振り向くと、女の子が立っていて、

「あ、えっと、それは・・・・・・すいません、今日からのバイトなもんで・・・・・・わかりません・・・・・・」

と、今は庭師の仕事に集中しなきゃと、苦笑いしながら答える。

「そうなの、わかんないのね、残念。可愛い花だから」

「あぁ・・・・・・すいません、ちゃんと勉強しときます。あの・・・・・・直ぐ知りたいなら、今、聞いて来ましょうか?」

「そこまでしなくていいよ、ちょっと気になったから聞いただけ」

「そうですか? 確かに名前を知りたくなるくらい可愛い花です」

年齢はシンバと然程変わらない感じの若い女の子で、シンバはメイドかな?と、誰かはわからないが、一応、愛想良く笑顔で受け答え。 

女の子はふんわりしたスカートを少し上へ持ち上げて、腰を下ろし、鉢の花をジッと見つめ、人差し指で、花びらをツンッと軽く触る。

「でも、なんで今、ガーデンを作るんですかね、こんな大きな庭、わざわざ全部イメージ変えするなんて、何があるんだろう?」

シンバは庭を見渡し、そう言うと、女の子はシンバを見上げ、

「一週間後にパーティーがあるから」

そう答え、シンバも女の子を見下ろし、

「パーティー?」

と、聞き返した。

「そう、盛大なパーティーがあるのよ」

「そうなんですね。道理で短期バイトが多い筈だ、しかも一週間しか時間がないから、面接も簡単なんだな。名前も聞かないのに、よく雇うなぁとは思ったんだよ」

と、納得だと頷くシンバ。女の子は、そんなシンバを不思議そうに見ているから、

「あ、ほら、盛大なパーティーなら騎士も大勢配置しなきゃいけないんでしょう? 馬の世話って言うのは、馬をパレードか何かに使うんですかね? 料理も沢山出るんでしょうね、そりゃ次から次へ出る料理に皿洗いが間に合わなきゃ意味がないし、当日までにフロアはピッカピカにしなきゃいけませんしね。ドレスも当日までに必要だ。これ全部バイト募集してたんですよ。お披露目する庭も完璧なガーデンにしなきゃですね、ソレはボクの仕事。まだ花の名前も知らない只のバイトだけど、一週間後、ここは素晴らしいガーデンになって、パーティーを完璧に演出させてみせます。そして王に表彰され、ボクは只のバイトから一躍有名なバイトに」

そう言って、フザケて笑うシンバに、女の子はクスクス笑いながら、

「アナタ、面白いのね」

と、言うので、シンバも、満更じゃない笑顔で、女の子を見て笑う。この子、笑うと、表情がうんと変わるなぁと、凄く可愛くなると思っていると、

「でも私はパーティーが台無しになればいいと思うの」

なんて、その可愛らしい笑顔の表情とは全く違うような台詞を言う。

シンバは笑った顔がフリーズし、女の子を見下ろしたまま、言葉を失う。

「ごめんなさい、折角、完璧な演出をしてくれるバイトさんに、変な事を言ってしまって」

「あ、あぁ、いや、いいんです。別に――」

そう言って、シンバは、腰を低くし、

「黄色が鮮やかな花で・・・・・・えっと・・・・・・」

話題を変えようと、花の話をしようとするが、名前も知らない花の知識は全くなく、台詞が続かない。女の子は、困っているシンバの横顔を見つめ、可愛い人と呟いた。

「え? 何か言いました?」

「困っちゃって可愛いって言ったの」

「は?」

「なんでもない」

ううんと首を振る女の子の胸元で光るペンダント――。

「・・・・・・雲とユニコーンのエンブレム」

シンバはペンダントを見て、そう呟き、スカイピースだと、

「そ、そのペンダントは?」

女の子に尋ねた。女の子は、ペンダントの中央にある黄色の宝石に触れながら、

「倉庫で見つけたの、古い箱に入ってて、いらないみたいだったから、勝手に出して、身に付けてるんだけど・・・・・・」

そう言った。

「勝手に出して!?」

そんな事していいのか!?と、シンバは思わず声を上げる。

「そんなに驚く事?」

「そ、そりゃ・・・・・・」

メイドが倉庫の掃除中にペンダントを見つけて、勝手に身につけるなんて、しかもそれを悪びれもなく言う辺り、この子、どうかしてるぞと思っていると、

「姫ー! ネイン姫ー!」

と、誰かがどこかで誰かを呼んでいる。すると、女の子が立ち上がり、

「ここよー!」

と、大きな声を出した。

「・・・・・・姫?」

そのシンバの独り言は、語尾が問いかけになっていると気付いて、女の子は、

「そう、私はジェイドの姫なの。でも見えないでしょう? 私は美しくないから」

微笑みながら言う。少し唖然として、だが、直ぐに首を左右にブンブン振りながら、

「と、とんでもない! 申し訳ないです、気付かなくて!」

と、シンバは頭を下げる。

「いいの、慣れてる。私はどこからどう見ても町娘っぽいわ。どこの国も、影響力があるくらい王族は美しいけれど、私は着飾っても似合わないから、こんな普通っぽいドレスでティアラもしてないの。だから私自身も姫なんて高貴な立場にいないようにしてるつもり。誰とでも仲良くなりたいの。だから顔を上げて? 庭師のバイトさん?」

そう言われ、シンバは気まずい感じで顔をゆっくり上げる。

「私には完璧な兄がいるの。父にソックリで、空や飛行機好きな所も、そのまんま似てて、でも私はこんなで、美しい母にも似てない。そんな私に、せめて優秀な知識や礼儀作法をと、最近、教育係が雇われたんだけど、その人、とーっても綺麗なの。惨めで悔しくなるくらいホント綺麗で、美人で、知的で、一緒にいると、私が教育係・・・・・・いいえ、お世話係に見えるの。スタイルも抜群で頭も良くて、父は凄く彼女を気に入って、直ぐに雇って、私にあんな風になれって。でもどうやって? だって見た目は努力じゃ難しいわ、足の長さからして違うのに」

と、唇を尖らせて、少し拗ねた顔をした後、シンバを見ると、クスッと笑い、舌を出して、

「でも知的な所は努力でどうにかなるかしら。勉強嫌いな私でも優秀な知識に礼儀作法を習えば、父も満足してくれるかも。そう思うのに、反抗したくなっちゃうの」

悪戯っぽい顔で、そう言って、笑う。

その表情は無理な笑顔だとわかる。さっき見せてくれた、屈託なく笑う可愛らしい笑顔とは、少し違うから。だから、大丈夫、アナタは凄く可愛いと、アナタの笑顔は、見てる人を笑顔にする程、周りを明るくすると、そう言ってあげたいのに、うまく言葉が思いつかず・・・・・・

「見て」

と、シンバは手の平を広げ、何も持ってない事を確認させると、その手の平を花に向かって、サッと広げ、そして、その手をスッとどかすと、黄色い花が白に変わる。

「え? 嘘!? 凄い! どうやったの!? 手品!?」

ネイン姫は驚いて、そう言うから、シンバはそうだよなと微笑む。

――そうだよな、ボクは所詮、手品止まり。

――魔法にはならない。

――フックスみたいな魔法使いになれなくて、未だ、もがいてる。

――このお姫様がなれないものにもがいているように・・・・・・

――ボクもなれない事にもがいてる。

――だから気持ちはわかる。

――でもネイン姫の笑顔を取り戻せたのは、本の少し魔法が効いたせいだ。

「ずっと、その笑顔でいればいいんですよ」

「え?」

「その笑顔は・・・・・・」

とても素敵だと言う言葉が、気恥ずかしくて、

「笑ってれば、幸せが来るって言いますから・・・・・・」

そう言った後、言葉がうまく続かず、そこで黙ってしまうシンバ。だが、ネイン姫は優しく微笑み返してくれて、コクンと頷いてくれたので、シンバも微笑み返したが、

「探しましたよ、こんな所で何をなさっているんです? ネイン姫」

と、現れた女に、シンバの表情は凍り付き、息を飲む。

「まぁ、マリーゴールド」

女は少し前屈みになり、花を見て言う。

「マリーゴールド? この花の名前?」

「ええ、そうですよ、ネイン姫」

「何でも知ってるのね」

「そんな事ありませんわ」

「花言葉とかわかる?」

「可憐な愛情。マリーゴールドは太陽の花と言うニックネームもあるんです。太陽が昇ると同時に花が開き、沈むと共に花が閉じる。そういう花ですから」

「フーン。太陽か・・・・・・空が好きな父が選んだ花だわ」

「王が、姫の婚約パーティーがうまくいくよう、きっとマリーゴールドを注文なさったのですよ。ここに沢山の小さな太陽が集まるガーデンができたら、きっと、婚約もうまくいきますわ。空の上の王は太陽ですもの。太陽が一杯の中で王子様と散歩でもなされば、とってもロマンチックで、見知らぬ相手でも直ぐに恋に堕ちますわ」

そう言っている女を、凄い表情でガン見しているシンバに気付いたネイン姫が、

「さっき話したでしょう? 彼女が私の教育係のラビさん。私と同じ年齢なのに、すごーく大人っぽくて、綺麗でしょう? 同じ月日を生きて来たのに、どうしてこうも違うのかしら。同じ女性とは思えないくらいでしょう。・・・・・・見惚れてる?」

と、シンバの顔を覗き込んだ時、シンバが、

「ラビ・・・・・・」

眉間に皺を寄せ、女を睨むように見つめ、そう呟いた。

「お知り合い?」

と、ネイン姫はラビを見て聞く。ラビは、ずーっと優しい笑顔を浮かべたまま、シンバに対しても、変わらずの表情で、

「いいえ」

そう答え、更に、

「駄目ですよ、ネイン姫。男性は、女を口説く時、知り合いのふりをして近付いて来るんですから、騙されてはいけません。さ、お部屋に戻りましょう」

などと言うから、知り合いのふりだと!?と、シンバは大声を上げそうになる。しかし、ラビの方からズイッと目の前に来ると、

「アナタも姫に近付き過ぎですよ。身分を弁えて下さい」

そう囁かれ、そして優しい微笑みだけを残されるから、シンバはゴクリと唾を飲む。

「さぁ、姫、行きますよ」

と、ネイン姫の背中を押すラビ。ネイン姫は振り向いて、シンバを見ると、小さくバイバイと手を振るが、シンバは振り返せず、険しい顔で、ラビを見つめる。

――ラビだ。

――間違いない。

――スカイピースに値段は付けれない。

――だからラビが誰にも譲らずに、ボクから奪ったスカイピースを・・・・・・

――雪とフェンリルのエンブレムのスカイピースを持ってたら・・・・・・

――今、ジェイド城に全てのスカイピースが揃っている。

――ネイン姫が持つ雲とユニコーンのスカイピース。

――バニが持つ雨とリヴァイアサンのスカイピース。

――そしてボクが持っている太陽とフェニックスのスカイピース。

――これは偶然の再会と集結だとしても、スカイピースが揃ったのも偶然か?

――それとも意図的に?

作為的な運命か、奇跡的な運命か――。

ピンチはチャンスとなるのか――。

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