4.フォックステイル

シンバは崖の上、空を見つめ続け、その目に光を焼き付けると、

「よし!」

と、笑顔で頷く。

――フックス、今日からボクは泣かない。

――どんな事があっても、もう泣かない。

――どんな事にも笑って対処する。

――大切なモノを失って来たボクには何も残ってない。

――だから泣く事もないだろう。

――もう何も失う事はない。

――後はフックスのように、与え続けるだけ。

――さぁ、素晴らしい人生の始まりだ。

清々しい爽やかな空気を鼻から吸い込み、ゆっくりと吐き出し、満面の笑顔のシンバ。

「シンバ」

さっきはリーファス、次は誰?と、名を呼ぶ者に振り向くと、カモメとパンダとシカ。

「な、何してるの? いないからビックリして探したよ」

と、カモメ。

「今は辛いかもしれないけど、乗り越えていけるよ」

と、シカ。

「自殺なんて早まるな!!!!」

と、パンダ。バカ!神経を逆撫でる台詞を言うなと、カモメがパンダを怒るが、シンバは、自殺!?と、眉間に皺を寄せ、

「空を見てただけだよ。そっちこそ、早まりすぎ」

と、笑うから、カモメもパンダもシカも明るい声と笑い声を出すシンバに驚く。

シンバは、3人の所へ歩み寄ると、

「リーファスに会ってない? 探してるみたい。飛行気乗りのオジサンも一緒みたいだから、みんなでフォータルタウンに帰るといいよ」

と、何もなかったような表情で言うが、

「帰るといいよって・・・・・・? シンバは?」

と、カモメが問う。

「ごめん、ボクは一緒には帰れないんだ」

「なんで!? そんな思い詰める事ないよ! そりゃ今はそう簡単には割り切れないと思うけど、オイラ達だって家族を失ってるから、大事な人を失う気持ちはよくわかる! でもさ、それでも生き残ったんだから、生きていかなきゃダメだよ!」

「違う違う、カモメ」

と、興奮して大声を出すカモメに、シンバは苦笑いしながら首を振る。

「ツナくんの事? なら、一緒に探そうよ。まだサソリ団はムジカナにいるみたいだし、1人でウロウロすると危ないよ」

シカがそう言うが、それも違うとシンバは首を振る。

「ツナの事は勿論、探すつもりだけど、そうじゃなくて、ボクは最初から戻るつもりないんだ。実はツナと一緒にフォータルタウンへ来たのはカモメやパンダの付き添いと言いながら、そのまま2人で姿を眩ます予定だったんだ。ボクとツナは旅に出る予定だった」

そんなバカな!?と、カモメとパンダはビックリ顔。

「ごめん、話さなくて。話したら、2人に迷惑がかかると思って」

「だからシンバとツナって、デッカイ荷物持って来てたんだな」

と、パンダが言うから、カモメが突っ込むトコはソコか!?と、パンダを睨む。そして、

「旅って? どうして? そんなの信じられないよ。だってシンバ、騎士になるテスト受けるんだろう? 折角の夢が叶うのにどうして旅になんか?」

と、カモメが聞いた。

「夢を叶える為に旅をする予定だった。ボクは騎士になんてなりたくない。絶対になりたくないんだ」

「絶対になりたくない・・・・・・? 嘘だよ・・・・・・そんなの・・・・・・だってシンバは、騎士になりたい筈だよ、子供の頃から、ずっと剣を持って、頑張ってたじゃないか! 孤児院でも、ツナと一緒に剣の稽古してたよね!?」

「うん、でも、なりたくないんだ」

「どうして?」

そんなの嘘だとばかりに、カモメが問うが、シンバが、

「シンバ様になりたくない」

そう言うから、カモメも、パンダも、シカも、フリーズするように、一瞬、呼吸も止まった。シンバは、そんな3人に、少し笑って見せ、

「みんなも、ボクがシンバ様に戻るより、今のボクの方が好きでしょ?」

と、そう言うと、3人は、お互いを見合い、少し困った表情になる。困る質問しちゃったんだなと、シンバは、

「というか、ボクの夢はフックスだ。フォックステイルになるのがボクの夢なんだ。だから騎士にはならない。ツナもボクと一緒の夢を持ってる。こうなる事は予定外だったけど、ボクは夢を叶えようと思う。だから一緒には帰れない。ごめん。牧師さんには、賊に襲われた時に逸れてしまったとか、うまく伝えてほしい」

そう言って、カモメとパンダを見る。

「シンバくん、フォックステイルって、僕達を助けてくれた彼等の事でしょ? 彼等は何者? シンバくんとどういう関係?」

シカの疑問に、シンバは何から話せばいいかと、少し考える。

「フックスは・・・・・・魔法使いなんだ・・・・・・。でもたまに失敗するみたいで、ボクやツナに見つかってしまって、ボクとツナはミリアム様の金貨の涙を流すと言う奇跡の種と仕掛けを知ってしまった。フォックステイルは世界中で奇跡を起こす怪盗なんだ。賊達が手に入れた財宝、あくどい国の王が隠し持った宝石、或いは悪徳な手段で稼ぐ連中の大金を奪って、貧しい人達に配ってる。すっごいカッコイイんだよねぇ。ボクはフックスの虜になった。彼に会う度に、彼に惹かれて、彼になりたいと思った。彼はね、ボクとツナの憧れで理想で、フックスはボク達のヒーローなんだ」

目を輝かせながら、フォックステイルを語るシンバ。

「フォックステイルを探そう。ツナがそう言ったよ。ボクは正直、迷った。まだボクはフォックステイルになれる自信なんてないし、そんなボクが、フォックステイルを探して、出会ったとしても、迷惑をかけるだけだと思ったから。でも騎士の試験を受けるよう、牧師さんに言われて、ボクがなりたいものは騎士じゃないと、ツナの計画に乗る事にした。だからボクは計画をそのまま続行するつもり。キミ達と一緒には帰れないけど、心配はしないで。大丈夫、ボクは死なないし、もう泣かない。フックスと約束したから。生きて、生き抜いて、笑って過ごすんだ」

もう決めたんだとばかりに話すシンバに、カモメはどうしたらいいか、オロオロ。すると、

「いいね、その計画、僕も乗っていいかな」

などと、シカが言い出した。えぇ!?と、カモメはシカを見る。

「何て言うか・・・・・・彼等に助けられなければ、僕の命はなかった。恩を返したい。僕は悪魔の子だし、未来なんてないと思ってたし、こうして生き残っても、行く場所がない。今は、賊がいるから、ムジカナに戻る訳にもいかないし。それに、何より、シンバくんの力になりたい」

「ボクの?」

聞き返すシンバに、コクンとシカは頷き、

「僕の目を天使の刻印だと言ってくれたろう? 本当に救われたよ。ありがとう。キミの役に立ちたい。とは言っても、僕には薬を作る事以外、脳がないけど、少しは役に立つんじゃないかな」

そう言った。するとパンダが、

「そっかぁ、そうだなぁ、うん、あの人達に助けられなければ、オラも死んでたんだ。オラが今、こうして生きてるのは、あの人達のお蔭だもんな。よっしゃ! オラもシンバの計画に乗る! シンバの力になるさ! オラ、大工なんて本当はなりたくなかったし、調度いいや。オラも賊に襲われて逸れてしまった事にして戻らないよ」

「い、いや、パンダ、それはちょっと」

慌てるシンバに、

「オラは何でもソックリに作り上げる事が得意だけど? 役に立つでしょ?」

と、自信満々に言うから、カモメが何言ってんの!?と、パンダとシカを交互に見る。シンバが、

「いいのかな? ちょっとボク1人だと不安だったから、そう言ってもらえると、有り難いと言うか・・・・・・そうしてもらいたいと言うか・・・・・・」

などと言い出し、カモメが

「正気!? ねぇ、正気なの!? シカは、今後の事をちゃんと考えた方がいいよ、もう子供じゃなくなるんだ、大人として生きてく為に、ちゃんとしないと! パンダだって、折角、大工の仕事が決まろうとしてるのに、遊んでる場合じゃないよ! というか、シンバ、本当に自分が言ってる事わかってる?」

と、カモメはシンバを見る。そして、

「大体、そのフォックステイルを探すって、彼等は死んだんだよ!?」

禁句かもしれないが、敢えて大声で言い聞かすように言う。

「死んでない。フォックステイルは生きてる」

当たり前のように言うシンバに、

「現実逃避しないで!! ちゃんと現実を見て!! 死んだでしょ、昨夜!!」

と、カモメは大きな声で、シンバの肩を持ち、彼等は死んだんだと何度も言う。

「わかった、カモメ。わかったから声のトーン下げて落ち着いて? ボクの言い方が悪かった。確かにフックスはこの世を去った。だけどフォックステイルの正体ってハッキリしてない。誰も知らないフォックステイルを、この世から完全に消すには、フックスの想いが、世界に通じた時だと思ってる」

「つまり、何が言いたいの?」

カモメが眉間に皺を寄せ、聞き返し、シンバは、

「ボクがフックスになるんだ。うん、つまり、その、ボクがフォックステイルとして、フックスのやって来た事を、そのまま続けるつもり。世界中で奇跡を起こす」

そう言うから、冗談でしょ!?と、カモメは目を丸くする。

「だって悪党から金を奪うんだろ!? それって危険極まりないだろ!?」

「カモメ、落ち着いて! 別に戦う訳じゃない。まぁ、時と場合によって戦うけど」

「そんなの無理だよ!」

「どうして?」

「だってオイラ達、大人になるって言っても、今はまだ子供だよ!?」

「フックスも子供だったんだよ、12歳で教会を出たらしい。彼もボク等と同じブライト教会にいたんだ。リサシスターとは友達だったみたい」

「いや、そんな朗らかな笑顔で、そんな暢気な話してる場合じゃないでしょ!?」

「どうして?」

「どうしてって、大体、シンバはあのフックスって彼と似ても似つかない!」

「傷付くなぁ。ちょっとは似てるよ」

「似てないよ!!」

「髪の色が違うから?」

「そこだけじゃなくて!! 顔が似てない!!」

「顔は誰も知らないし、ボクも当然仮面をするから平気だよ」

「え、えっと、だから、髪の色! 髪の色だよ! シンバの言う通り髪の色が違う! 彼はかなり薄い色だったと思う、でもシンバは濃いオレンジで目立つ! 夕焼けみたいな色の髪は、余り見ないからね! 直ぐに正体がバレる!」

カモメの言い分に、そうなんだよなと、シンバは自分の前髪を人差し指と親指で摘んで、上目遣いをするような目で、その髪を見ながら、溜息。

「でもさ、ほら、フォックステイルは、謎の怪盗だから、姿もコロコロ変わるんだよ。ある時は、大道芸人、ある時は――」

シンバの、そのセリフを止めるように、

「髪の色なら僕に任せて」

と、シカが、

「彼は薄いブラウン?」

と、フックスの髪色を思い出しながら問う。

「アンバー」

シンバがそう答えると、シカは頷き、

「アンバーね、なんとかなるよ、僕の薬で」

そう言うから、カモメは口を開けたまま、シカを見て、そしてシンバを見て、またシカを見て、何か言おうとするが、シカには何も言わず、シンバを見て、

「まだある! 身長はどうするの!? 確かにシンバは年齢的に考えて、低くはないよ、高い方かもしれない、でもどう考えても足りないよ! いつか追いつくかもしれないけど、今は足りない! 数十センチは足りてない!! 絶対に!!」

そう言った。それもそうだと、シンバが背伸びすると、

「それはオラに任せて。数十センチの厚底の靴を作ってあげるさ。見た目は厚底なんてわからない靴で、尚且つ、軽くて動き易くて、見た目にもお洒落なのを作るよ。大体、頭ん中でイメージできれば、ちゃんとそのまま作れるから、期待していいよ」

なんてパンダが言うから、カモメはまたも口を開けたまま、パンダを見て、シンバを見て、またパンダを見て、何か言おうとするが、パンダには何も言わず、シンバを見て、

「まだある! これが一番の問題だ! シンバに魔法は使えない!!」

そう叫んだ。シンバはコクンと頷き、そう、それが一番の問題と腕を組んで悩み出す。

どうだとばかりの顔でカモメがパンダとシカを見ると、2人共、カモメをジッと見ている。

「な、なんだよ、2人共・・・・・・」

そう問うが、パンダとシカは何も言わず、只、ジィーッとカモメを見つめる。

その視線に耐え切れず、

「わかったよ!!」

カモメはそう叫んだ。シンバは何が?と、きょとんとした顔でカモメを見る。

「オイラもシンバの計画に乗る! オイラも整備工場で働く事には抵抗があった。オイラの発明品を活かせるなら、オイラもシンバの力になる。只、言っておく。オイラの発明品は魔法じゃない。シンバもフックスじゃない。パンダもシカもフォックステイルじゃない。でも彼等を名乗るのであれば、彼等の恥にならないよう、完璧に演じよう。オイラも彼等に感謝してる。無償でサソリ団から命を捨てて助けてくれた恩は忘れない。それに、まぁ、確かに、憧れるのはわかる。カッコよかったし・・・・・・」

と、不貞腐れた顔で言うから、パンダが、笑いながら、ウンウンと頷いて、カッコよかったよねーと、シカも、ホントにヒーローだったよねーと、そんな2人に、カモメも、頷きながら、あれは本当にズルいくらいカッコいいと、笑顔になる。

シンバは、そんな3人を嬉しそうに見つめ、ありがとうと聴こえない声で囁いた。だが、ここで、ちゃんと言わないとダメだと、シンバは、真面目に、真剣な顔で、

「本当はキミ達の申し出を断るべきだと思う。カッコいいだけで、キミ達を、闇で終わらせるような、そんな生き方に巻き込んでいい訳、絶対にない。でも、実際、ボク、1人でやって行くには、やっぱり無理があるから……」

言いながら、それでも、いつか、絶対に、キミ達を光ある舞台に導くからと、今は、今は力を貸してほしいと、心の中で、シンバは思いながら、

「ボクを手伝ってほしい!!」

と、頭を下げた。

カモメが、ちょっと意地悪で、

「シンバ様が、オイラ達なんかに、頭を下げたぞ」

そう言うと、シカが、

「なら、言う事を聞かないとマズイね」

と、パンダが、

「うんうん、オラ達、従わないと」

なんて言って、シンバが顔を上げると、3人は笑いだし、冗談だよと言うから、シンバも、なんだよもう!と、笑う。

「後はツナがいれば、何かあった時の戦力になるんだけどな。ツナ、どこへ行ったんだろう、森で迷ったりしなきゃいいけど。まぁ、ツナだから大丈夫だろうけど」

確かにツナの存在は必要だとカモメもパンダも思う。まさか殺されたんじゃないかとまで考え、だが、口に出せずにいると、

「とりあえず、今はこのメンバーでやって行こう」

と、笑顔のシンバに、ツナは生きていると、信じているんだなと、なら、信じようと、皆、笑顔で頷く。

「で、具体的に、まず何をする訳? ツナ探し?」

そう聞いたのはカモメ。

「ツナは、旅をしながら探そうと思う。きっとツナもフォックステイルを探すと思うし。だから、どこかで会う筈! ボク達が、まずやる事は、フックス達を取り返す」

その台詞を吐いたシンバは笑顔ではない。真顔の、正真正銘、本気の顔。

「取り返すって?」

クエスチョン顔で、シカが聞いた。パンダが、笑いながら、

「死体を取り返すって事だったりして」

なんて言うが、シンバが、頷くから、ええええええ!?と、3人は声を上げて、

「死体をサソリ団から取り返す!?」

と、3人揃って、同じセリフを吐いた。シンバは頷いて、だが、違うと、

「シャーク・アレキサンドライトから取り返す」

そう言った。

「アレキサンドライトって、聞いたことあるよ、確か凄い悪い奴等だよね!?」

パンダが聞いた。

「まぁ、賊だからね、悪い奴等だろうね」

「悪いってだけじゃない。アレキサンドライトって言うと、かなり強い・・・・・・多分サードニックス並?」

シカが言った。

「そんな賊を相手にするなら、まだサソリ団を相手にした方がいいんじゃない? それにどうしてアレキサンドライトが出て来るの? それになんで死体を!?」

カモメが聞いた。

「サソリ団のアンタレスが、フックス達の死体をアレキサンドライトに渡すって言ってたんだ。確かにフックス達を渡される前にサソリ団から奪う方がラクかもしれないが、これはチャンスだと思った」

「チャンス? 何の?」

シカが問う。

「フォックステイルは死んでないと賊達に思わせるチャンス。いや、魔法で蘇ったと思わせるチャンスかな。どちらにしろ、そうする事でサソリ団は終わりだ。なんせシャーク・アレキサンドライトにフォックステイルが死んだと嘘を言う事になる。恐らく、敵にはしたくない相手だろう? アレキサンドライトは――」

成る程とシカは頷いて、

「復讐?」

そう聞いた。シンバはハッと笑いを零し、まさかと言うと、

「フォックステイルは復讐と殺しは絶対にやらない。これは宣戦布告かな。今回はフックス達の死体を奪う事が先決だけど、何れ、アンタレスからは、奪いたいモノがあるから」

と、3人にフックスから受け取ったペンダントを見せる。

「アンタレスの首に雨とリヴァイアサンのエンブレムのペンダントがあったらしい。このペンダントは太陽とフェニックス。そしてラビがボクから奪ったペンダントは雪とフェンリル、後、雲とユニコーン。そのスカイピースと呼ばれる4つのプレートがこの世のどこかにあるんだ。全部揃うと、空の彼方で眠っている魔人を呼び覚ますって言う神話があるらしい。その意味はどういう解釈をすればいいか、わからないけど、もし魔人と言うのが戦力となる力を意味するものだったら、絶対に誰にも渡せない。だからフックスはペンダントが揃わない為にも僕にコレを託したんだ。でもどうせなら4つ全部を揃えて、海の底にでも葬ってやろうと思う。そうすれば誰も揃えられない。だからアンタレスが持っているペンダントは、いつか奪ってやるつもりだ」

そもそも、それってホントの話し?とか、信憑性はある情報なの?とか、そう思うが、3人は、そうかと、直ぐに納得して、きっとシンバとフックスには、運命的な繋がりがあるんだなと感じて、何も聞かずに、わかったと、頷いて言う3人に、

「とりあえず、ムジカナを抜けた先に、今は使われてない港があるらしい。そこの倉庫裏で、アレキサンドライトが賊達に集合をかけたらしいんだ。その集合場所にアンタレスが動き出したら、ボク等も動かなきゃならない。だから、奴等の動きが探れるくらい近くにいながら、イロイロと準備したい」

と、ペンダントの事は後回しと、シンバはポケットに仕舞って、そう言った。

「アイツ等、シンバの屋敷に拠点を置いてるみたいだし、オイラ達は遠くに逃げたと思ってて、まさか、戻るとは思ってないだろうから、みんなで、ムジカナに戻ろう。オイラは、一旦、自分の家に行くよ。オイラの家、潰れてなかったし、残してきた発明品が自分の部屋に置いてある筈だから、それを少し改造すれば、イロイロ使える筈だから」

カモメがそう言うと、シカも、

「うん、そうしよう、僕も戻って、薬を調合して、まずはシンバくんの髪をアンバーにしなきゃ」

そう言った。パンダも、

「オラの家、だいぶ崩れてたから、カモメんちへ行っていい? その前に材料集めて、それで靴を作らなきゃだし。靴だけでなく、フォックステイルの衣装も必要だよね? 後、仮面?」

と、シンバを見る。

「じゃあ、ボクは・・・・・・アイツ等を警戒しながら、パンダの言う材料集めを手伝ったり、後、演出を考えるよ。シャーク・アレキサンドライトを騙す演出」

と、3人を見る。

「そうだね、僕も演出は大事だと思うよ、リーダー」

と、シカが言うから、リーダー?とシンバはシカを見ると、

「更にリーダーは、発明品が必要ない簡単な魔法くらいできないと、折角の演出も無駄」

と、カモメがそう言って、

「後、お腹減ったよ、リーダー」

と、パンダがそう言うから、カモメとシカが笑いながら、パンダを見る。

シンバは、みんなのリーダー発言に、照れ臭そうに頭を掻いて、確かフックスもリーダーと呼ばれていたなぁと少し嬉しそうに笑いながら、

「とりあえず何か食べようか」

と、ムジカナへと4人で戻る事にした。

シャーク・アレキサンドライトが集合をかけたと言う事で、ここら辺は賊達がうろついているらしいが、特に森の中、誰かに会う事もなく、リーファスにさえ、出会わずにムジカナに着いた。

恐らくリーファスは、オグルと共にフォータルタウンへ戻ったのだろう。

サソリ団がムジカナにいる事で、なかなか見つからないカモメやパンダを延々と探していると、リーファスの身にも危険が及ぶかもしれない。

オグルの判断で、子供達の捜索は打ち切り。

それに対し、シンバと会話をしているリーファスはシンバの意思を知っている為、反対はなく、素直に頷くだろう。

カモメやパンダもシンバと一緒だろうとリーファスは悟っている。

もうここには誰も助けは来ない。

ムジカナの一番大きな屋敷はサソリ団が占領し、昨夜は遅くまで騒いでいたせいか、日が昇っても、誰も起きて来ないのだろう、いつもの静かなゴーストタウンだ。

シカの家で、シカが買い置きしてあったクッキーやらスコーンやらを、食べ終えると、それぞれ自分のやるべき事をやる為、動き出す。

シンバは、サソリ団の様子を見に行こうと思い、まず、フックスの死体はどうなっているのか、見張りは何人いるのかと、昨夜の場所に行ってみるが、フォックステイルの死体はなくなっていた。

恐らく、屋敷へと運んだのだろう。

シンバは死体でも、会いたかったと、残念な溜息を漏らす。

そして屋敷へ向かって、建物に隠れながら、キョロキョロと左右を確認し、動き出すが、崩れた建物の影に大きなリュックと大きなボストンバックなどを発見した。

なんだろう?と、隠してあるような鞄を開けて、中を漁り出したシンバは、ソレがフォックステイルの持ち物である事を確認する。


今、シカが、液体と、別の液体を混ぜる為、慎重にフラスコの中へ液体を注ぎ込もうとしていた時、ドアがバンッと力一杯開き、ソレに驚いて、液体が過剰に混ざり過ぎて、フラスコの細長い小さな口からボンッと煙が上がり、軽い爆発みたいな現象が起きた。

ゴホッと煙に咳き込み、ドアを開けたシンバを睨みながら、

「賊達に見つからないように、あんまり大きな音は立てれないんだから、静かに!」

と、小声で怒鳴るように言う。

「フックス達の荷物が見つかったんだ」

「え?」

「持って来た!!」

と、シンバはドカドカと大きな荷物を次から次へと部屋の中へ入れると、

「カモメやパンダも呼んでくる!!」

と、嬉しそうに駆けて行く。まるで賊達が近くにいるって事を忘れたかのような、はしゃぎ振りのシンバに、シカはやれやれと、

「僕等のリーダーはどうも危機感がないなぁ」

と、困った笑いを浮かべる。すると、直ぐにシンバだけ戻って来て、

「ボク、カモメやパンダの家、知らないや」

そう言うから、シカはやれやれと、

「僕が呼んで来るよ」

と、困った笑いを浮かべた。

全員、シカの家に集い、フォックステイルの荷物を確認する。

「良かった、スペアの衣装があるから、これを裾直しすれば使える。キツネの尻尾アクセサリーもあるから作る必要なくなった。材料が足りなくてどうしようかと思ってたんだ」

鞄の中から服やらアクセサリーやらを取り出してパンダが言う。

「パンダって裁縫も出来るんだな」

そう言ったシンバに、一度見たモノは何でも作れるよ、料理だって作れるさとパンダは自慢げに言う。その作った料理を全部自分で平らげるんだけどねとカモメが言うから、パンダは味もソックリに作れたか確認しなきゃと、それなら味見の一口でいいんじゃないかと、シンバが言うと、痛いところを付いてやるなよとカモメは笑いながら言い、鞄の中から、いろんな道具を出して、

「凄いや、オイラが発明したモノに似てる。コレ、使えるよ! ちょっと壊れてるモノもあるけど直ぐに直せる! オイラの部屋に残ってる発明品を加えれば、ビックリさせる代物が揃う! まさに魔法だね! おっと、コレはなんだろう? ん? ちょっと、そのノート見せて? 発明の設計と説明書! うわ、すごッ! これ考える奴って、オイラ以外いないと思ってたなぁ、まさかだよ! ビックリだ!」

と、楽しそうにノートを捲っている。

シンバは分厚いファイルを取り出し、なんだろう?と中を開くと、賞金首となっている賊達のDead or Aliveの指名手配所が綺麗に保存されてあり、手配書には書かれていない特長を付け足すように、走り書きされている。

「見てよ、コレ。サソリ団の連中も全員じゃないけどファイルされてる。それぞれ身長や体重だけじゃなく、癖や喋り口調まで細かく書かれてる。フックス達が観察して書いたのかなぁ? シャーク・アレキサンドライト一味のもある。アレキサンドライトには似つかわしくない奴もいるよ。ほら、このトビウオって人は身長も低くて体重もそんなにない。小柄で、顔も普通に怖くないけど、アレキサンドライトの1人なんだね。愛称トビーか。見て、こっちにサードニックスのもファイルされてる!」

真剣な顔で一枚一枚ファイルを捲りながら、シンバは、コレは使えるかもと思っていると、シカが、大きなボストンバックを開けて、

「こっちは武器だ」

そう呟き、今、シンバの目をファイルから武器に向けさせた。

そして、ボストンバックの中を覗き込む4人。

長剣が2個、短剣が4個、銃が5個――。

「フォックステイルは殺しはやらないって、シンバ言ってたよね?」

不安そうな声で、カモメが問う。シンバは短剣を取り出し、

「殺さないけど、戦わなきゃいけなくなる場合もあるよ」

と、フックスの背後の腰部分となる所に、短剣が装備されてたなぁと思い出す。

「戦うの? 賊相手に?」

そう聞いたパンダに、

「賊とは限らないよ、立ちはだかる敵を相手に戦うんだ。今回は賊だけどね」

言いながら、シンバはツナの存在がやはり必要だと思う。

今、この3人の中で、戦力になる者はいないに等しい。

個々の才能は必要だからこそ、無理に戦わせて失いたくはない。

そうなると、戦えるのはシンバ1人。

フックスは短剣ひとつを装備していたが、やはり二刀流でいくかと、シンバは短剣をもう1つバックから取り出す。すると、シカも銃を1つ取り出し、

「コレ麻酔銃だ、コレを僕の武器にしていい? 弾に仕込む麻酔薬は僕が調合する」

そう言うから、シンバはコクンと頷いた。

「シカ!? 戦う気!?」

カモメが驚いて聞くと、シカはううんと首を振り、

「シンバくんは、なるべく戦わないで済む方法を考えてくれるよ。でも万が一って事もある。これは遊びじゃないし、相手は人を殺す連中だろう? 備えとく必要はあるし、もしもの時は、自分の身くらいは自分で守らないと! カモメもパンダも自分の武器を考えて装備した方がいい。ほら、思い出してごらんよ、フォックステイル全員、何かしら武器を装備してたよ。影で動いてた者達全員ね」

そう言って、他の銃も手にとって見ている。

カモメとパンダはお互い見合い、武器と言われても・・・・・・と、少し考え、そして、カモメは閃いたように、別の鞄に入っていた大きめのスパナを取り出した。

「コレ、武器になるよね。オイラは剣も銃も扱えないけど、スパナや螺旋回しなら、誰よりも器用に扱えるよ」

成る程と、シンバは頷き、

「そうか、そうだね、ボク等は戦って勝利する必要はない。戦うのも身を守る為で、身を守る手段で武器を持つとしたら、そういう武器もアリだね。別に敵を殺す必要はないんだから。螺旋回しも身につけて装備しとけば、いざと言う時、何かの役に立つかもしれないし、手馴れたモノを持った方が身を守り易い」

そう言って、カモメも、その意見にウンウンと頷く。

パンダは少し焦りながら、何かないかなと鞄の中をガサゴソ漁り、そして、

「オラ、これを武器にするよ!!」

と、取り出したのは大きなハンマー。

「オラ、作るのも得意だけど、壊すのも得意! 作ったモノは壊す! 壊して作る! 大体、ハンマーで壊すから、コレなら持つのに手馴れてる」

そう言って、重そうな大きなハンマーを軽々片手で掲げて見せる。

いいかもとシンバが頷くと、

「じゃあ、長剣はいらないから、どっかで売っちゃおうか?」

シカが、そう言い出した。シンバはダメダメと首をブンブン左右に振る。

「フォックステイルは後1人いるんだ、長剣はソイツが装備する!」

「後1人って?」

シカは不思議そうに尋ねる。

「ツナだよ、ツナ! 忘れるなよ、ツナの存在! ツナこそフォックステイルになるべき存在なんだから! 見つけ次第、仲間にする。絶対に!」

シンバがそう言うから、3人はそうだったと頷いて、

「そうだな、ツナは長剣を装備できるもんな」

と、カモメ。

「へぇ、彼は長剣を扱えるの? それは心強い仲間だね、早いトコ見つけないと」

と、シカ。

「ホント死んでなきゃいいけど」

と、そうぼやくパンダに、カモメとシカが、腹部に肘を入れ、どうしてそう思ったまま口を吐くんだと睨んだ。パンダは肘を入れられた腹を押さえ、前屈みでゴメンと呟く。

「そ、それよりシンバ! これはシンバにだな」

と、カモメは話題を変える為に、鞄の中に入っていた手帳を、ここぞとばかりに手渡して来た。なにこれ?と、シンバは受け取って手帳を開いて見て、

「・・・・・・」

直ぐに言葉が思いつかず、無言のまま、手帳のページを捲っていくシンバ。

そして嬉々とした表情で、カモメを見ると、カモメが、

「多分、あのフックスって人の手帳だよね、手品の種明かし帳だ」

そう言ったが、その言葉を思いっきり遮って、シンバが、

「魔法の書だ!!」

と、大声で言うから、カモメは、あくまでも手品とは認めないんだなと苦笑いする。

「見てよ、これ、魔法の書だよ! この魔法! ボクが最初に見たフックスの魔法だ」

そう言って手帳を開いて、3人に見せる。

そのページには、何も持っていない手の中からモノを出してみせる手品・・・・・・いや、魔法が記されている。シンバは嬉しそうに、

「ボクにキャンディを魔法で出してくれたんだ。うわ、見てよ、コレなんて色んな鍵穴の説明もある。針金一本で開けれる方法を細かく書いてくれてある、こっちは声を変える方法だ。喉を潰さないようにする説明がある!」

と、まるで3歳児くらいの小さな子供みたいな笑顔で言う。

シカはそんなシンバにフッと笑いながら、

「ソレ、フォックステイルのグリモワールだね。シンバくんが覚えなきゃいけないモノだ」

そう言うと、パンダが、

「グリモワールか。そりゃ凄いね、でもグリモワールを手にするのは魔法使いだけ。魔法使いの資格なんて、リーダーは持ってないよねぇ?」

なんて、ちょっと意地悪な質問。

「あぁ、持ってないよ、それに魔法使いなんて、そう簡単になれない。資格だって得るのは難しい。さぁ、リーダー、どうする?」

と、カモメまで意地悪な台詞。だけど、シカが、

「大丈夫さ、僕等のリーダーは既に魔法を使ってる。グリモワールと言えば、悪魔召喚なんてものもある。既にグリモワールなしで悪魔召喚してるシンバくんは、既に魔法使いの資格があるって訳!」

と、自分を指差すから、カモメもパンダも〝悪魔のシカ〟と、笑い、流石リーダーとシンバに言うから、

「まだ見習い魔法使いのレベルだ・・・・・・と思う」

と、困った顔で、それでも期待に応えるように言うシンバに、3人は笑う。

リーダーとして、3人を納得させる為にも、魔法を覚えなきゃと、フォックステイルが残してくれた荷物に安易に喜んでる場合じゃないと、シンバは手帳と睨めっこ状態で、真剣に読み始め、カモメもパンダもシカも、それぞれ、またやるべき事に動き始める。

まずは簡単なジャグリングの練習をしながら、自分の屋敷を見張るシンバ。

夕刻になっても静かな屋敷は、まるで誰もいないように思える。

だが、夜になるとバカ騒ぎする声が聞こえ、どうやらまた酒を飲み始めたようで、いつになったらアレキサンドライトが集合をかけた場所へ行くのだろうかと思いながらも、シンバは何も持っていない手の中にキャンディを出す練習を始める。

その夜は、それぞれ交代で仮眠をとりながら、屋敷を見張りながらの作業を行い、朝日が昇ると、サソリ団はまた眠ったのか、屋敷が静かになった。

今の内に少しでも多くの魔法を覚えなければと必死のシンバ。

今回使う発明品に不備はないか何度もチェックを念入りにするカモメ。

丁寧に細かい所まで全てを完璧にコピーするように作り出すパンダ。

万が一の事も考えての薬の用意も怠らないシカ。

そして4人は仕上げに入る――。

その日の朝、サソリ団達が荷物を纏め出しているのを目撃。

昼過ぎ辺りには移動するだろう、今夜には集合場所へ着いてなきゃならないと言う男達の会話も耳にした。

シンバは、シカの薬で髪をアンバーに染め、パンダが肩幅を詰め、裾上げしてくれた衣装と厚底になっている靴を履いて、仮面を付けて、全身が映る鏡の前に立っていた。

「彼の瞳の色はブルーだっけ? 流石にカラーコンタクトまで用意はできなかったけど、まぁ、そこまで拘るなら、今回の事が全て終わったら、買いに行けばいいし、フォックステイルの姿は影のようなモノで余り知られてないなら、目の色まで誰も知らないかもしれないから、そのままオレンジでも問題ないと思うし。あ、髪は水で洗い流せば、元のオレンジに戻るから心配はしなくていいよ。だから雨に濡れたら色が落ちるからね、水には注意して」

シカがそう言って、鏡に映っているシンバを見ながら言う。

「靴の具合はどう?」

パンダも鏡に映っているシンバを見ながら問うが、シンバも鏡の中の自分の姿を見つめ、黙ったまま、動かないから、カモメが、

「後はシンバがやる事だけだ。気持ちの整理もあるだろうから、少し1人にしてあげよう、オイラ達は外に出て、サソリ団の動きでも探って来よう」

そう言って、シカはコクンと頷き、

「そうだね、フォックステイルをうまく演じれるかどうかは、シンバくん次第」

と、パンダもコクンと頷き、

「しかもフォックステイルが蘇ったとばかりに派手に登場させるんだから、新たなフォックステイルとして演じるなんて難しいもんな。シンバ頑張って」

と、3人は部屋を出て行った。

だが、これからの事を心配している3人の気持ちとは全く違い、シンバは鏡の中の自分に、フックスを見ていた。

「・・・・・・フックス」

と、手を伸ばし、触れてみるが、互いに伸びた手の平に感じたのは冷たい感触の鏡。

仮面で目の部分である顔半分は隠れているとは言え、思った以上にソックリになったせいもあり、シンバはフックスが目の前にいるように思える。

顔は似ていないのだが、鼻や口などのパーツだけ見ると、シンバとフックスは、似てるようだ。

「フックス、今迄、沢山ボクを救ってくれたね。ありがとう。フックスと出会ってなかったら、ボクは、どうなってたかな。だって、フックスが、ボクをずっと笑顔にしてくれてたんだから。これからも、ボクは笑顔で過ごすよ。最後は心だけじゃなく、命も救ってもらったんだから、約束は守る。そして今度はボクの番だ。待っててね、必ず救う! 必ず助け出してみせる! 心配はしないで? 約束通り生き抜いてみせるよ。フックスとの約束は絶対にやぶらない!」

鏡の中のフックスに誓いのような台詞を言う。

そして、今度は鏡の中のフックスが、自分に言っているかのように、

「・・・・・・笑えよ、シンバ」

と、自分に言い聞かせる。

緊張もある、不安もある、恐怖もある、しくじったら命はない。

そこでジ・エンド。

絶対にフォックステイルになりきらねばならない。

時間もなく、まさにぶっつけ本番。

顔が強張るのは当然の状況で、笑っている場合ではないが、フックスが言うなら、シンバはどんな状況でも笑う。

「笑えよ、シンバ」

今、シンバの口元が微笑む――。


サソリ団達は昼過ぎにムジカナを出発したが、シンバ達は昼前に出発し、先回りして、小さな港の倉庫裏へと向かった。

寂れた小さな港に似つかわしくない大きな船が一艘――。

倉庫裏では、その船を目の前に、賊達が祭り騒ぎ状態。

腕相撲で力試しをしてる奴等もいれば、トランプで賭け事してる奴もいるが、皆、共通して酒を飲み、大笑いしている。

自分の縄張りで出会えば敵となる相手とも、シャーク・アレキサンドライトが集合をかけた場所と言うせいか、集まった連中は、ご機嫌に仲良くやっているようだ。

どいつもこいつもフォックステイルのファイルにあった賞金首の手配書に載っている顔。

肝心のシャーク・アレキサンドライトはと言うと・・・・・・

「トビー! トビーはどこだ!?」

船の中、船長室となる場所で大声を上げていた。

「へい、なんでしょう、ダンナ」

そう言って現れたトビウオと言う男。ファイルにも記されていたが、愛称はトビー。

「何度言えばわかる? ダンナでもオヤジでもねぇ。キャプテンと呼べ」

「・・・・・・はぁ」

「何してた?」

「ダンナの武器を磨いてやした」

「それはいい心掛けだ。で、サソリ団からもらった死体はどうした?」

「・・・・・・どうしたんでしょう?」

そう聞いたトビーに、シャークは苛立って、髪をぐしゃぐしゃと掻きながら、

「地下へ仕舞っておけと言ったろう!?」

そう怒鳴る。

「あぁ! ハイハイ、地下へね! 仕舞っておきましたよ、そりゃもぉバッチリ!」

「お前のバッチリは信用ならねぇ。いいか、フォックステイルの死体を船旗の下へ磔にしろ! あの忌々しいキツネ共を生かして連れてくればサソリ団にも褒美を考えたが、死体で渡されちゃ、見せしめとして使うしかねぇ。ハッ! キツネ共のせいで、この飛行船を手に入れるのが遅くなり、キツネよりもムカつくサードニックスに先を越され、あのガムパスの野郎に空を奪われたんだ! だが、ガムパス・サードニックスも終わりだ、俺様が強い男達を大勢手に入れ、潰してやるからな。空の領土は全てこのシャーク様のモノとなる!」

へいへいと、シャークの長い話に頷いているトビー。そんなトビーに、

「トビー、サッサとしろ」

と、言うから、トビーはへい?と、首を傾げると、

「サッサと死体を磔にしろと言っているのがわからんのか!」

そう怒鳴られ、トビーは急いで走り出すが、直ぐに戻って来て、

「えぇっと・・・・・・そりゃフォックステイルの死体をって事っすよね? ダンナ?」

と、聞いて来るトビーに、シャークはイライラしながら、

「何度も言わすな」

と、呟きで答える。だが、トビーは、

「ダンナ? そう苛立ちなさんな。朗報があるんすから」

と、シャークに軽やかな足取りで近付く。

「朗報?」

眉間に皺を寄せ、大層な椅子にドカッと座り、足を組みながら、トビーを見るシャーク。

トビーはへいへいと頷きながら、シャークの耳元に顔を近づけ、

「あの忌まわしきフォックステイルが今宵ダンナの元へ現れるらしいっすよ」

と、小さな声で告げる。なに!?と、眉間に皺を寄せ、

「フォックステイルが俺様の所に来るってのか?」

と、聞くシャークに、コクコクと首を縦に振りながら、

「ダンナ、言ってたじゃないっすか。キツネ野郎を生け捕ってやりたいと! それが今宵、叶うんすよ!」

と、嬉々として言うから、シャークは呆れたように溜息を吐くと、

「そうか。で、貴様は誰の死体を磔に行くんだ?」

と、問う。トビーは、

「誰って、ダンナ、そりゃフォックステイルの死体じゃないっすか!」

と、答える。

「そうか。で、今宵、誰が俺様の所へ来るって?」

「そりゃフォックステイルっすよ」

「成る程。それは朗報だな」

「でしょ!」

「で、それは誰からの情報だ?」

「集まった賊達、みんなが口を揃えて言ってるんすよ」

「成る程。態々、賊共のくだらん話しを俺様の耳に入れて、俺様が喜ぶとでも?」

「だってダンナ、フォックステイルを生け捕りにしたいって前々から言ってたじゃないっすか。奴等がわざわざ現れてくれるんすよ! これはチャンスでしょ!?」

「そうか、それはチャンスだな。で、お前は今から誰の死体を磔にするんだ?」

「フォックステイルの死体っす」

「そうか」

「へい!」

「もういい。サッサと死体を磔て来い!」

そう怒鳴られ、何故、怒鳴られたのかわからないトビーだったが、急いで、死体の磔に向かい、シャークは苛立ちながら、椅子にドカッと座り直し、

「・・・・・・フォックステイルが現れる? 不可解な」

そう呟いた。

だが、シャークの苛立ちも、日が沈み、賊達の注目を浴びながら、船の先端に立つ頃には治まっていた。

大きな船の先端に立ち、賊の中でも賞金首が高額の連中を見下ろしながら、

「よく集まってくれた同胞よ」

と、ご機嫌な声で叫ぶ。

皆、シャークを見上げ、ワァッと歓声を上げる。

「悪名高いテメェ等に集まってもらったのは、俺様の手下にならねぇかって話を持ちかける為だ。今の名を捨て、アレキサンドライトになり、共にサードニックスを潰そうじゃねぇか。空で優雅に泳いでる奴を地に叩き落すんだ。あぁ、心配ねぇ。その後、アレキサンドライトを抜けても構わねぇ。残っても構わねぇ。どの道、サードニックスを潰さなきゃ、テメェ等の天下はねぇ。だが、そう簡単に潰せる相手じゃねぇだろう? この俺様が手を貸してやろうってんだ。悪い話じゃねぇだろう?」

船の先端に立ったシャークの提案で、賊達はザワザワと騒ぎ出し、酔っ払っている連中も酔いが一気に冷め始める。

「ここに集まった連中の親玉が結論を出せばいいだけの話しだ、サッサと答えをくれ」

そう吠えたシャークに、

「悪い話じゃねぇが、アレキサンドライトと名乗ると言う事は、その時点でサードニックスのガムパスの首を、オレがとったとしても、オレの名でサードニックスを潰したと言えねぇって事だよなぁ?」

親玉の1人が吠え返す。

「そりゃそうだ、アレキサンドライトになるからには、誰がトドメを決めようが、首をとろうが、サードニックスを潰したのはアレキサンドライトになる。だが心配ねぇ」

シャークはそう言うと、ニヤリと笑い、

「ガムパスの首を、そう簡単に、テメェ等如きがとれる訳ねぇだろ、テメェ等がトドメを決めれる訳もねぇ。奴を殺せる奴がいるとしたら、俺様だけだ。それに便乗させてやろうってんだ、俺様は優しいだろう?」

そう吠え、不敵な笑みを浮かべたまま、賊達を見下ろしている。

「おい、シャーク、別にお前に便乗してやってもいいが、この集まった賊達の中での上下関係はハッキリしてぇよなぁ? この俺が率いるサソリ団はテメェに貢献してやった恩があるだろう? アレキサンドライトだけじゃねぇ。貴様等も迷惑していた筈だ、コソコソと戦利品を奪ってくキツネにはな! それを仕留めてやったんだ、俺達サソリ団はテメェ等に感謝される存在の筈だ!」

アンタレスが、シャークや周囲にいる賊達に言い放つ。だが、

「キツネを仕留めた? フォックステイルの事か? だが、奴は今宵、ここに現れるって噂だぞ?」

と、誰かが言う。すると、皆、口々に騒ぎだす。

「あぁ、そう聞いた。だから宝は倉庫に隠した」

「そうだ、そうだ、大体、フォックステイルを仕留めるなんて無理だ、奴は妙な術を使って直ぐに姿を眩ます。まともにやりあわねぇ」

「実在するのかさえ怪しい奴だぞ、そのキツネ野郎は」

「おい、サソリ団、テメェ、おれ達を下っ端にしようと嘘吐いてんじゃねぇのか? いいか、シャークの下っ端になっても、テメェの下っ端になどなる気ねぇぞ!?」

そう怒鳴るように言われ、アンタレスは、

「それはシャークが決める事だろう! なぁ!? シャーク! コイツ等にフォックステイルの死体を拝ませてやってくれ! そうすりゃ少しは納得もするだろう」

シャークを見上げ、そう吠えた。シャークはクックックッと喉で笑い、

「アンタレスめ。キツネの死体如きで俺様に恩を着せ、ここにいる連中を自分の支配下に置こうって考えか。まぁ、それも悪くない。連中が暴れ出したら、アンタレスに全て任せればいい事だ。俺様はサードニックスさえ潰せれば問題ない。後の連中などクソ同然」

と、独り言を呟き、

「トビー!!!!」

と、トビーを呼ぶ。

「へいへい、なんでしょう?」

シャークの背後で大勢のアレキサンドライトの連中がいる中、ヒョコッと顔を出すように現れるトビー。

「吊るしたか?」

「何をでしょう?」

「・・・・・・フォックステイルの死体をだ!」

「あぁ! へいへい、吊るしましたよ、だけど、こう暗闇だと見えませんね」

と、船の帆の先の方を見上げながら言うトビーに、

「灯りを出せ。死体にスポットライトだ」

そう言うから、トビーはポンッと手の平をゲンコツで叩き、

「流石ダンナだ」

と、ライトを探しに行く。シャークはまた賊達を見下ろし、

「今、我等賊の天敵でもあるキツネの死体を拝ませてやろう」

そう言うと同時に、トビーが大きなライトを引っ張って持って来た。

トビーにしてはグッドタイミングだと、

「随分とデカイな。そんなものどこにあった? まぁいい。奴等の死体を照らせ」

と、シャークがトビーに命令しながら、賊達を見下ろして、

「見るがいい! フォックステイルの屍だ!」

そう叫んだ瞬間、

「誰の屍だって?」

誰かがそう言った声が聞こえ、シャークは振り向く。

皆、誰の声だ?と、キョロキョロする中、トビーがあそこだと船の帆の高い場所を指差す。

だが、皆、どこ?どこ?と、キョロキョロ。

「ほら、あそこっすよ! あそこ!」

と、トビーはライトを死体ではなく、誰かに向けた。

今、スポットライトの中、その誰かが姿を現す。

海風がキツネの尻尾のアクセサリーを靡かせている。

「フォックステイルだぁ!!!!」

トビーがそう叫び、賊達が騒ぎ出した。

中でも、どういう事だと目を丸くして、フォックステイルを見上げているアンタレス。

「・・・・・・フォックステイルか?」

そう尋ねたのはシャーク。黙っているフォックステイルに、

「何の用だ?」

と、また尋ねる。フォックステイルはフッと口元に笑みを浮かべた。

「忠告に来たんだ、シャーク」

「忠告!?」

「偽者をつかわされたアレキサンドライトにね」

「偽者? フォックステイルの死体が偽者だと言うのか?」

「ボクは生きてる」

「奇怪だな。寧ろお前にとっちゃ好都合なんじゃねぇのか? 偽者をつかわされた方が、後々、動き易いだろう? それをわざわざ登場して、生きてるだと?」

シャークの問いに、フォックステイルが答える前に、

「ソイツは偽者だぁ!!!!」

アンタレスが、そう叫んだ。

「まぁ、落ち着けよ、アンタレス」

シャークはそう言うと、またフォックステイルを見上げ、

「死体がフォックステイルじゃなければ、死体は誰なんだ?」

と、当然の問い。

だが、何も答えないフォックステイル。

「いいか、フォックステイル、5体の死体は俺様もこの目で確認済みだ。それとも何か? 地獄から蘇ったとでも言うのか? 貴様が妙な術を使うのは知ってるが、死んだのに生き返る事なんて無理に決まってるだろう!」

だが、現に生きたフォックステイルが現れたのも事実。

「・・・・・・トビー! 死体にライトを当てろ! 何してる! 早くしろ!! あそこに死体の影が揺れてるだろう!! あそこにライトを当てるんだ!!」

シャークにそう吠えられ、トビーはあたふたとライトを死体へと向けようとして、何故かライトを切ってしまい、

「ひぃ、ダンナ、怒らないで」

と、しゃがみ込むから、シャークは苛立って、

「いいからライトを点けろ!!!!」

そう怒鳴る。トビーは頷きながら、ライトを点けると、光を死体へと向ける。

だが、ライトの中に浮かび上がったのは死体ではなく、5体共、人形だ。

船の帆に当たる時に、カタカタと音を鳴らし、人形が揺れている。

「どういう事だ!? トビー!?」

と、シャークが怒鳴るが、トビーはビクビクしながら、どういう事と言われましてもと、首を傾げるばかり。そして、今、フォックステイルが、

「シャーク、騙されたんだよ、サソリ団に。ボクは、その忠告をしてあげただけ。ついでに、もうひとつ忠告だ。この飛行船の原動力部分が、もうすぐ爆破するよ」

なんだと!?と、シャークはフォックステイルを見上げるが、どこにいるのか、わからない。トビーは、あたふたと、ライトを当てようとするが、フォックステイルの姿はどこにも見つからないまま、声だけがする。

「悪いが、まだ空へは行かせないよ。まだまだ賊のみんなには、この地で頑張って稼いでもらわないとね。期待してるよ――」

そう言うと、海の中へ飛び込んだのか、バシャーンと言う水飛沫のような音が響いた。

シャークが、

「野郎共!! 海へ逃げたぞ!! 奴を捕まえろ!!」

そう叫んだ。アレキサンドライトの連中はシャークの怒鳴り声に、皆、海の中へと飛び込み、そして、

「サソリ団を1人残らず捕まえろ!!」

その怒鳴り声に、港にいた賊の連中は、逃げ惑うサソリ団を追い駆ける。

瞬間、船の後部がドカンッと音が鳴り、黒い煙が、夜空へと昇る。

船は先端が少し浮き上がり、斜めになるが、沈む様子はなく、シャークは、

「逃げ足だけは早いクソ忌々しいキツネめ! 生け捕ってミンチにしてやる!」

と、船の先端に立ち、海の中でフォックステイルを探している連中に、見つけた奴には宝の中から好きなモノをくれてやると、叫ぼうとした時、

「まだ逃げてない」

と、背後にいたトビーが言う。シャークは振り向き、トビーを見る。

「逃げてないだと? なら、どこへ行きやがった!?」

「ずっと傍にいたさ、シャーク」

「!?」

今、トビーが、顔の皮を剥ぐように、ベリベリっと音をたて、トビーの顔を外した。

すると仮面で顔半分を隠した少年の顔が出てきた。

シャークは眉間に皺を寄せ、

「誰だ?」

そう尋ねる。

「見ての通りさ」

「フォックステイルだとでも言うか? ふざけるなよ、クソガキ。いいか、フォックステイルはガキじゃねぇ。奴が現れてから10年は経っているんだ。ガキな訳ねぇだろ」

「そうだね」

「認めるか。貴様は何者だ?」

少年は不敵な笑みを浮かべた。

「折角ボクが目の前で、わざわざトリックを見せてあげたのに、まだわからないの? だからサソリ団に偽者を渡されても気付かないんだ。でもボクが偽者だって忠告してあげたお陰で、アレキサンドライトのバカさ加減は、サソリ団を潰す事で免除される」

「・・・・・・何を言ってる? お前はフォックステイルじゃねぇだろう!?」

「さぁ? どうかな? サソリ団にも騙され、ボクのトビーにも騙されたご感想は?」

「・・・・・・成る程。その少年の面も変装か」

「さぁ? どうかな?」

「いいだろう、その仮面と面を剥ぎ取って、フォックステイルの真の素顔を曝き出してくれる」

「ははは、そりゃお手並み拝見だな」

「本者のトビーはどうした? 殺したのか?」

「殺す? ボクが? まさか! ドジなトビーに、いつかシャークに殺されるのは目に見えてるってアドバイスしただけ。そしたら殺される前に宝の一部を持って逃げるってさ。賊家業をやめて、真っ当に生きるらしいよ。彼にしては意外に利口な考えだ」

自分の部下を無関係の奴が、勝手に解雇し、偉そうな言い分を並びたてられ、シャークはギリギリと奥歯を鳴らし、フォックステイルを見ている。

「そんな睨まないでほしいな。寧ろボクは感謝されてもおかしくない。サソリ団に騙されてるって教えてあげたんだから」

「わからねぇ。何故わざわざ教える必要がある?」

「あぁ、さっきもそんな質問してたね」

「あぁ、テメェにとっちゃ好都合じゃねぇか。わざわざ登場しなくても、いつものように、いや、死んだと思わせとけば、もっとうまく宝を盗めるだろう。それをなんで出てきた? しかも、こんな直ぐ目の前に。殺せと言わんばかりだ」

と、シャークは大きなソードを腰の鞘から抜いた。

デカイ身長のシャークは、フォックステイルを見下ろし、威圧的だが、何故か、フォックステイルはシャークを見上げながら、口元は緩く笑っている。

そしてシャークにとって、またもわからない行動に出るフォックステイル。

シャークは眉間に皺を寄せ、フォックステイルが、短剣を両手に構えるのを見て、

「戦う気か!?」

そう聞いた。いつものフォックステイルならば、逃げるのだろう。

いや、誰とも、間近で接近する事もなく、影のように消えるフォックステイル。

「正気か!? 貴様? 俺様を誰か知っての態度か?」

「シャーク・アレキサンドライト。その驚異的な強さは賊の中でもトップクラス。よく存じてるよ。寧ろ、アナタを知らない奴など、いないだろう?」

「ほぉ、心地良い褒め言葉だ」

「褒めてないよ」

「何!?」

「大の大人が、賊なんて、くだらない生き方をしてて、恥ずかしい。そのトップクラスに立つシャーク・アレキサンドライトを知らない奴はいないって意味だ」

「・・・・・・早く死にたいようだな。次に蘇る事はないぞ」

「どうかな」

「くだらない生き方をしている賊の宝を狙ってるテメェの生き方はどうなんだ!!?」

シャークはそう怒鳴ると、剣を振り上げ、フォックステイルに向かって振り下ろした。

だが、フォックステイルの動きが思った以上に速い!

そのスピードに、シャークはまさかの攻撃を受ける。

身を低めたフォックステイルに懐に入られ、上から下へと短剣を振り上げられ、腹部から胸囲にかけて服にスッとスレッドが入った。

しかもフォックステイルは攻撃をした後でさえ、動きを止めずに、うまくシャークの懐から飛び出し、舞うようにして、両手の短剣を構えた体勢をとった。

「・・・・・・驚いたな、フォックステイル」

「そぉ?」

「素晴らしい動きだ」

「そぉ?」

「なのに今迄、何故、戦わずにコソコソと逃げていた?」

「さぁ?」

「このシャーク様の服を切ったんだ、他の賊相手なら軽く頭を殺せただろう?」

「殺しの趣味はない」

「盗みの趣味はあるのにか?」

「ボクは誰も殺さない」

「そうか。だったら尚更わからねぇなぁ、何故、今になって戦おうと思った? 俺様の首をとれば、賞金も手に入り、一気に伸し上がれる事もできるだろうが、殺さないのであれば、それが目的じゃねぇって事だ。謎だらけだ、フォックステイル」

そう言ったシャークに、フォックステイルはフッと口元を緩め、

「それがフォックステイルだ」

囁くように言う。成る程と、シャークもフッと笑みを零し、

「だが、謎多きフォックステイルも終わりだ、誰も殺さないと宣言したのが浅墓だったな。悪いが、俺様は殺すぞ? 知っての通り俺様は賊なもんでね、殺してなんぼだ。殺意ある者に、殺意ない者は勝てねぇ。テメェの面の皮を剥ぎ取って、謎を明らかにしてやろう」

と、大きな剣を床に捨てた。そのソードは床にドンッと音を立て、ズシンと周囲を揺らし、その重さを感じさせた。そしてシャークはもう1つの細身の長い剣を腰の鞘から抜いた。

「テメェのスピードに付いて行くなら、軽い武器じゃねぇとな」

「・・・・・・相手によって武器を変更できるなんて、流石、戦いのエキスパート。でもその剣も結構、重そうだ。つまり軽いモノより重い武器の方が持ってる感覚があるんじゃない? だから軽い武器も普通だと重いモノになる」

「あぁ、その通り。どうも俺様は強くなりすぎて、ちょっとやそっとの重さじゃ、重さにならねぇからな。軽すぎると逆に持ってねぇ感覚になり、動きが鈍る。この剣も普通の連中じゃ持てねぇだろうよ、この俺様専用の軽装備って訳だ。スピードはかなり上がる」

細い刃をしたレイピア風のソードだが、どう見ても重そうで、ソレを軽装備と言ってのけるシャークに、フォックステイルの頬を冷や汗が伝うが、表情は何一つ変えず、相変わらず、緩めの口元で、余裕を表している。

「ハッ! 笑ってろ、フォックステイル。今にその顔を苦痛で歪ませてやるから」

と、シャークが踏み込み、攻撃を仕掛けた!

だが、フォックステイルも素早く身を翻す。

軽くなった武器のせいか、シャークがデタラメな程に、ソードを振り回し続けるが、フォックステイルも、うまく避け続ける。

「どうした、フォックステイル? かかってこいよ、その2つの短剣、折角構えてんだ、使ったらどうだ? 俺様の攻撃を避ける事はできても、このままじゃこの場からは逃げれねぇぞ、その内、連中も戻って来る。海に飛び込んだ、貴様の仲間を連れてな」

「・・・・・・仲間なんていない。ボク1人だ」

「ほぉ、それはそれは。1人で何役こなしてんだ? 大したもんだ」

言いながら、シャークは剣を振り回す。

うまく避けていくが、シャークは気付く。

「テメェの動きは随分と礼儀があるなぁ、賊の戦い方とは違う。騎士か?」

そう言った。思わず、動きを止めてしまうフォックステイルをシャークが見逃す訳がない。今、フォックステイルの腹部を細い刃が貫いた。

そして、ニヤリと笑いながら、シャークは痛みを存分に味あわせるように、ゆっくりと刃を引き抜く。

ガクンと膝を落とすフォックステイルに、シャークは高笑いしながら、一歩一歩、短い距離を縮めていくが、その足が止まった。

シャークの高笑いに紛れ、クックックッと喉の奥で笑う声が聞こえたからだ。

フォックステイルが、跪いたまま、俯いて、肩を揺らしている。

「・・・・・・笑っているのか?」

シャークが尋ねる。だが、その問いの答えではない答え。

「シャーク、余りボクに近付かない方がいい」

「この期に及んで不可思議な発言だ。致命傷を与えた奴に近付き、首を切り落とすのが賊の礼儀だ。礼儀作法のいい騎士に対し、礼儀で返そうってんだ、我ながら紳士だろう?」

と、またシャークはフォックステイルに一歩一歩と近付き、今、フォックステイルとの距離が数センチと言う程に近付いた時、シャークの剣ではない、フォックステイルの短剣が牙を向いた。跪いていたフォックステイルが何事もなかったかのように素早い動きで、シャークを襲う。2つの短剣をソードで受け止めながら後退していくシャークは驚いている。

何故なら、フォックステイルの動きが別人のようにガラッと変わったからだ。

雑で、隙だらけだが、力強く、荒々しく、死を恐れない、それはまるで賊の戦い方。

騎士なのか、賊なのか、いや、奴はどちらでもない、怪盗だと、シャークは冷静に判断しようとするが、驚く事は別人のようになっただけじゃない。

確かにシャークは、フォックステイルの腹部に剣を差し込んだ筈なのに、フォックステイルの動きに、負傷を全く感じられない。

シャークはフォックステイルの腹が血で溢れているのを確認したいが、素早い動きに、血を確認できない。しかも、そのシャークの無駄な動きが、隙を与える事になる。

今、フォックステイルが、シャークの左腕を斬り落とし、辺りに赤黒い血が飛び散った。最早、フォックステイルが流しただろう血など、確認できない。

ゴロンと転がり落ちるシャークの左腕を、シャークは冷めた目で見下ろしている。

痛みが感じないと言うのではないだろう、何が起きたのか、理解できてないようだ。

だからこそ冷静に今の状況を分析しているシャークに、

「忠告した筈だ、余りボクに近付かない方がいいと――」

そう囁くフォックステイル。

シャークの返り血を浴びて立っているフォックステイルを、ゆっくりと目に映し、

「覚悟はできてるんだろうな、俺様の左腕は貴様の首だけじゃ足りねぇ」

そう言うと、怒り露わの表情で、シャークは剣を振り回した。

頭に来すぎて、フォックステイル目掛け、大振りで剣を振り回すから、船の床や壁さえ、ぶった切るシャーク。

だが、左腕を失ったシャークはバランスが悪いらしく、フォックステイルは、攻撃をヒョイヒョイと軽く交わして行く。そして、後退しながら避けて、トビーが、いや、フォックステイルが用意しただろう、大きなライトの背後に立った。

今だとばかりにシャークは剣を大きく振り上げ、フォックステイルも今だとばかりに振り落とされる剣を避ける。

剣の切れ味は抜群で、大きなライトは真っ二つに一刀両断された。

チッと舌打ちし、

「トビーめ、こんなライトを持ち出しやがって。いや、トビーじゃねぇか、テメェだったな、フォックステイル」

と、睨みつけようと、フォックステイルを見るが、フォックステイルの姿がない。

どこに行きやがった!?と、シャークがキョロキョロと辺りを見回すと、フォックステイルは船の先端に立っている。

「貴様、逃げるのか!?」

「これ以上、戦ってもボクに利益はない。おっと、忠告しておこう、シャーク」

と、フォックステイルは相変わらず口元緩く、微笑んでいる。

「海に潜ってる連中やらサソリ団を追って行った連中を呼び戻した方がいい。こうも無防備だと、折角、倉庫に隠した宝も簡単に持って行かれるぞってね。あぁ、手遅れかな、賊のいない間に宝は盗まれたかもしれない。悪い奴がいるからね、用心しないと――」

「貴様ぁ!!!!」

と、シャークが船の先端へ向けて歩き出そうとした時、

「おっと、忠告した筈だ、ボクに余り近付かない方がいいってね」

フォックステイルはそう言って、シャークに笑っている。

シャークは、足を止め、ならばと、銃を抜き、フォックステイルに銃口を向け、

「ご忠告感謝する」

と、引き金を引いた。パンッと甲高い音が辺りに響き渡り、銃口から出た紙吹雪。

驚いた顔をして、シャークは、銃を見つめたまま、フリーズ。

「忠告したろ? ボクに近付くと、その立派な剣もオモチャになるかも」

ギリギリと奥歯を鳴らし、シャークは嘗てない程の怒りで、フォックステイルを睨みながら、銃を床に叩きつけた。

「シャーク、ここ笑うとこ」

「・・・・・・黙れ」

「笑えよ、シャーク」

「笑えるかっ! ここは貴様の妙な術を披露する場じゃねぇ!! テメェにとっちゃスポットライトで登場し、世紀のマジックショーってタイトルの如く、派手に蘇って、俺様の船を爆破させ、賊達の宝を奪い、更に俺様の左腕まで奪って、気分上々だろうよ!! こんな屈辱は初めてだ!!!!!!」

そう怒鳴りつけたが、フォックステイルはバイバイとご機嫌に手を振り、船の先端から飛び降りた。誰もいない港を駆け抜けて行く影。

数メートルはある倉庫の屋根の上に、簡単に飛び乗って行く影を、シャークは目に映しながら、失った左腕に思う事は、痛みと苦痛と、確かに奴の腹部に剣を刺し込んだ筈だと、その感触を思い出しながら、ならば、何故、奴は、あんなに普通に動けるのだろうかと言う不思議。

片腕を切り落とされて、平然としていられるのは、人を殺し続けた痛みを持っている分、自分への痛みは鈍感になり、シャーク・アレキサンドライトであるというプライドがあるからこそ。

フォックステイルは人を殺した事がないとすれば、その痛みなど持ち合わせてもなく、あるとしたらプライドだろう、だが、コソ泥に何のプライドがあると言うのか、プライドだけで、痛みを消し去り、笑えるものなのか。

それだけじゃない、普通に動けるものなのか。

片腕を失い、バランスが悪く、無感覚と言う訳ではない為、鈍感なりにある痛みで、動きが鈍った事に、直ぐに完璧に平然と普通にはできないと、シャークは思う。

「・・・・・・俺は奴を刺してねぇのか?」

わからねぇと、シャークは自分の血で一杯になっている景色に溜息を吐いた。

だが、フォックステイルが相手にしたのは、シャーク・アレキサンドライト。

この世で尤も強いと言われる男の1人。

そんな男とやりあって、当然、無傷な訳はなく――。

「シンバ! シンバ! 返事して!? 意識あるよね!?」

「凄い汗だ、シンバ、死なないよね?」

「兎に角、急いでこの場を離れて、ムジカナに戻って手当てしよう!」

沢山の宝は前もって運んでおいたが、少し残っていた宝と、更に大きな棺桶に入ったフォックステイル5人の死体を乗せたリヤカーをカモメが引っ張り、シカが押し、パンダはシンバを背負い、4人は、賊に出くわさないように遠回りしながらも、確保しておいた逃走ルートを走る。

走っている3人の呼吸より、シンバの呼吸の方が荒く、嘔吐もしている。

賊達といつ出くわすかもと言う不安やシャークが追って来るかもと言う心配もあり、カモメもパンダもシカも、必死で休まず走り続けた。

重さなど感じないくらい、必死で走り抜いた。

何が何だか、混乱してしまいそうになりながら、走り切って、ムジカナに辿り着き、シカの家のベッドにシンバを寝かせ、シカが手当てをしている間、カモメとパンダで、宝と死体を隠し、気がついたら3人は、安定して、スヤスヤ眠っているシンバをぼんやりと見下ろしていた。

「凄かったね・・・・・・」

最初に声を発したのはカモメ。

「うん・・・・・・凄かった・・・・・・彼は・・・・・・フォックステイルだったよね・・・・・・」

そう言ったシカに、

「シンバだったと思う・・・・・・多分だけど・・・・・・」

と、パンダが答えた。シカは、やっぱりシンバくんだったの?と、全ての出来事を頭の中で再現し直し、そして、

「途中で戦い方が変わったね・・・・・・急に荒々しくなった・・・・・・」

と、シンバの動きが変わった事を思い出し、そう言った。

「あれはツナだ」

答えたのはカモメ。

「うん、ツナだ。遠目でツナだと思ったくらいツナだった。でも、あれはシンバだった。シンバとツナは一緒にいつも剣の稽古してたからな。シンバはツナの動きを真似たんだ」

答えに式を並べ立てたのはパンダ。

「ツナくんの動きを?」

と、シカは聞き返し、

「それが本当なら彼は凄い」

と、カモメとパンダを見る。

「多分ツナくんは、シンバくんの動きを真似できないと思う。それぞれ個性あるものを真似るのは難しい。只のモノマネじゃない、戦闘だ。しかもあんな賊みたいな動きは、絶対に真似れない。賊の動きは自由すぎて型にも嵌ってないのに真似れるものじゃないよ。それに――」

それに、その後の台詞を言わず、眠っているシンバに目を向けるシカ。

「それに?」

聞き返すカモメ。

「カモメもパンダも待機してる場所から見えなかったかもしれないけど、僕は見たんだ」

シンバを見つめながら、シカは、シンバとシャークが戦っているのを思い出し、話す。

「何を見たの?」

パンダが問う。

「彼はシャークに刺された時から一滴も血を落としてない。カモメの発明した双眼鏡で見たんだ、間違いない。念の為に彼は自分が怪我などしていないと言う演出の為、シャークの腕を切り落とし、周囲を血だらけにしたけど、そんな必要なかったかもしれない。うまく彼はシャークに気付かれないよう、血を押さえきっていた。それだけじゃない、彼は刺されながらも、ライトを壊す目的の為、うまくシャークを誘導しきった。最後の最後まで、やりぬいた。始終、笑顔で――」

「だから?」

パンダが聞く。

「だから凄いって思うんだよ。彼は凄い」

シカはそう言って、カモメとパンダを見ると、2人はポカーンとした間抜け面。

なんでそんな顔なの!?と、

「わかってる!? 彼は凄い事をやってのけたんだ!! 騎士の本格的な訓練を受けた訳でもないし、彼は賊でもないんだ、でもあのシャークと戦い抜いたんだ! 正直、ここまで凄いとは思わなかった。この作戦に僕は死を覚悟してたくらいだ。だって相手はあのシャーク・アレキサンドライトだ、それに彼は僕と同じまだ12歳。凄過ぎる」

と、わかってないような2人に、説教するように言うシカ。

「シカ、彼を誰だと思ってんの?」

カモメが妙な質問。

「誰って?」

「彼はあのシンバ様だ」

そう答えたのはパンダ。

「そう、シンバはあのシンバ様だ。オイラ達が憧れ、大人達が褒め称えたシンバ様。ま、オイラ達は子供過ぎて、憧れが、妬みや嫉妬で、陰口ばかり言ってたけど、本当はみんな思ってた。シンバ様みたいになるのが夢だって――」

カモメはそう言うと、眠ってるシンバを見る。

「オラも子供の頃、みんなに隠れてシンバ様の真似して、小枝を剣みたいにして振り回したりしてた。シンバ様はオラ達の友達のシンバになったけど、あの憧れのシンバ様に変わりない。みんな、あの頃から知ってたよ、シンバ様が凄い事なんて」

パンダもそう言うと、眠っているシンバを見る。

「本人はシンバ様に戻りたくないみたいだけど、本質は変わってない。そのシンバ様が、本気を出したって事だよ」

と、

「凄過ぎて誰も手が届かない。憧れのシンバ様には――」

と、ぼんやりした目で、シンバを見つめながら、カモメが言った。

「・・・・・・そうだったね、彼はシンバ様だった」

シカもそう呟くと、眠っているシンバを見つめる。だが、直ぐに、

「だからこそ! だからこそいいのかな!?」

と、シカは大きな声でカモメとパンダを見て言う。

「彼にこんな事させていいのかな!? 彼はあのシャーク・アレキサンドライト相手にやりきったんだ、ちゃんとした騎士になった方がいいんじゃないかな!? 彼はまだ僕らと同じ子供で、これからがある。本当にちゃんとした訓練を受ければ、彼は将来的に驚異的な戦士に成り得る!! どこの国の軍も彼を欲しがるよ!!」

カモメはシカの台詞を聞きながら、シンバを見つめ、そして、

「でもシンバは騎士になりたくないって、フォックステイルになるって言ったんだ」

と――。

「でも!」

「シカ、オラも騎士になった方がいいんじゃないかって、シンバを説得した方がいいんじゃないかって思う。でもオラなりに、フォックステイルの衣装を手直ししながら、考えてみたんだ。シンバがやろうとしている事は・・・・・・フォックステイルがやっていた事は、世界に必要な事だ。危険な道で、誰にも認めてもらえない、そして褒めてももらえない、誰にも知られちゃいけない、まるで全ての犠牲になるみたいな、そんな孤独な道だけど・・・・・・誰かが行かなきゃいけないとしたら――」

そこまで話すと、パンダは、一呼吸し、自分の考えは間違っていないんだと、改めて、自分自身に頷いて、

「ミリアム様の奇跡を起こしても、世界を平和にする為に頑張っても、子供達の笑顔を守る為に、怪我しても、そして、死んでしまっても、誰にも知られないし、何の利益もなければ、孤独で、悲しいだけで。でも、それが、フォックステイルがやっていた事で、そのフォックステイルをやるとしたら・・・・・それはシンバじゃなきゃ駄目なような気がするんだ・・・・・・」

パンダは、そう言って、そうだろう?と、カモメを見て、シカを見た。そうだねと頷くカモメ。そして、シカも、コクコク頷き、フォックステイルの役目は、あのシャークにさえ恐れなく、欺く事ができたシンバしかいないと思う。

「シンバ様は騎士になるものだと思ってた。あんなにお父さんを慕ってたし・・・・・・」

シカがそう言うと、カモメもパンダも頷いた。そして、カモメが、

「人を見下すような目をして、オイラ達と一言も喋らなかったあの頃のシンバ様じゃないんだ。何があって、シンバは、今のシンバになったのか、フォックステイルが大きく関わるのか、だとしても、レオパルドの名をどうして捨てたのか、オイラ達にはわからない。ツナもサソリ団の子供だった事、オイラ達は知らなかったけど、シンバは知ってたみたいだった。だからシンバの複雑な所、ツナなら知ってるのかもしれないけど、今はツナはここにいない。シンバの心の奥の奥にあるものを見せてもらうのは、オイラ達じゃ、まだ駄目みたいだ」

少し寂しそうな表情を浮かべながら、そう話した後、直ぐに笑顔になり、パンダとシカを見て、

「でもシンバが、オイラ達のリーダーで、フォックステイルで、オイラ達もフォックステイルなんだ。あの頃のシンバ様に追いつけなかったオイラ達は、今こそシンバに追いついて、シンバの期待に応えなきゃ、只の友達としても失格だ! いつかシンバにコイツは親友だって、大事な仲間で、フォックステイルなんだって、言わせてやろう! シンバに、オイラ達がいないとダメだって思わせてやろうよ!」

そう言って、シカもパンダも、笑顔でそうだねと頷いた。

「それにオイラ達も結構頑張って凄かったよ、オイラの発明した電動付きリヤカーが、ギリギリで壊れたのは幸いだったよね。フォックステイル5体をここまで運びきれて良かったよ! あの道のない道と、かなりの距離で! これはシンバにかなり褒めてもらえると思う!」

そう言ったカモメに、パンダも笑いながら、

「オラもシンバを背負ったまま走り抜いた! 見て! オラ、シンバのゲロまみれだから! シンバ、オラの背中で吐くんだもん! でも気にしてらんなかった! 実は、今、足がガクガクなんだ。火事場のクソ力ってのが切れたんだな」

そう言って、シカも、

「兎に角、何が何でもって必死だったからね、帰って来てシンバくんの手当てをする僕の手の震えが暫くは止まらなかったよ」

と、今では笑い話だと言う口調で、明るい表情になる。

後はシンバが目覚めれば、もっと笑い話ができて、この冷めない興奮を語り合えるのにと、3人はシンバが回復するのを見守った。

シンバは3日間、眠ったままだった。

何度か意識は取り戻したが、麻酔をしてる訳でもないのに、直ぐに眠ってしまい、シンバの体が休む事を強制しているようだった。

そして、ゆっくりと目を覚ましたシンバは、何が現実で、どこからが夢だったのかと、靄のかかった景色を見ているような目で、

「フックスは? フックスはどこ?」

と、朦朧とした表情で、そう言った。だが、直ぐに、

「ボクは・・・・・・フォックステイルを・・・・・・フックスをちゃんとやれてた?」

と、掠れた声で聞いた。

カモメも、パンダも、シカも、3人、見合い、そしてシンバを見ると、

「バッチシだったよ、何も問題ない」

と、カモメ。

「カッコよかったよ、凄く!」

と、シカ。

「ハラハラドキドキしたけどね」

と、パンダ。

「ホント? 何もバレてない? ボクは失敗してない?」

「あぁ、本当だよ。フォックステイルの立体映像が映るライトも、ちゃんとシャークがぶった切ったから、証拠はないし、確かに映像のフォックステイルは、シャークの問いかけに答えてはなかったけど、特におかしな会話になった訳でもなく、うまく事は進んだ」

そう言ったカモメに、シンバはホッとした後、

「フォックステイル達は!?」

と、みんなを見回した。

「ちゃんと連れて来たよ」

と、パンダ。

「でもずっと置いとく訳にいかないと思って、僕等で埋めて、お墓を作ってみた」

と、シカ。

「シンバは、フォックステイルをどうするつもりだった?」

と、カモメ。

「ボクは・・・・・・今は・・・・・・森の中にある崖の上なんだけど・・・・・・あそこなら空が見渡せるし、光が一杯注ぐ場所だから、そこにいてもらおうかなって思ってた。もうフォックステイルは充分、闇にいたから、今度は永遠に光の中にいてほしい。光の中で安らかに過ごしてほしいんだ。夜も月が光を注ぎ、満天の星が光る場所で。もっといい場所があれば、移す事も考えるけど、今はそこで――」

そう言ったシンバに、カモメとパンダとシカは、また3人で見合うから、

「ごめん、ボクの意見は気にしないで。それで、フォックステイルはどこに?」

と、ちょっと焦りながら、すまなそうに言うシンバ。

3人は、そんなシンバに笑い出し、笑われる事にキョトンとするシンバを見て、

「そこに埋めたんだ、オイラ達」

と、カモメが言う。

「どこがいいかなってオラ達で勝手に話し合って、きっとシンバならって考えた」

と、パンダが言う。

「きっとあの光一杯の崖の上だって、僕等なりに思った」

と、シカが言う。

「ありがとう・・・・・・ボクの気持ちを考えてくれて。本当にありがとう。きっとフックス達も、あの場所、気に入ったと思う。キミ達がいてくれて本当に助かった。ボク1人じゃ何もできなかった。カモメもパンダもシカも、ボクを助けてくれて本当にありがとう。これからもボクを助けてくれると信じてる。だから何度でも伝えたい。ありがとう、本当にありがとう」

そう言って、何度もありがとうを繰り返すシンバに、

「わかってはいたけど、どうやら昔の距離より、かなり遠ざかった」

と、カモメが妙な呟き。

「そうだな、昔のシンバ様の方が追いつきやすかったかも」

と、またも妙なパンダの意見。

「確かに上から目線で嫌な奴だった頃の方が良かったかも。今のシンバくんだと、追いつくのは、かなり手強いな。完璧過ぎる」

と、シカまで妙な事を言い出すから、

「何の話? 昔のボクの話?」

そう問うと、3人は、

「憧れの人の話だよ」

と、笑顔で答えた。益々わからなくて、フックスの話?と、問うシンバに、そうかもねと、カモメとパンダとシカは笑う。

何の話か教えてよと言うシンバに、

「兎に角、シンバくんはもう少し休んで、ちゃんと傷を治してから、憧れの人の墓参りに行く事! まだ勝手に動いちゃ駄目だよ? 余計に治りが遅くなるから」

シカにそう言われ、シンバは、わかったよと拗ねた感じで、布団に潜り込んだ。

それから数日後、まだ腹部の傷は治ってはなかったが、普通に歩ける程に回復して、シンバ達はムジカナを離れる事にした。

とりあえず、ミリアム様の奇跡がある教会へ、奇跡を起こす為に、奪った宝を置いて来なければならない。

そしてツナを探す旅でもある。

そしてフォックステイルを続ける旅――。

シンバは、崖の上に立つ十字架に彫られた石を見つめる。

綺麗に十字架に彫られた石はパンダの作品だ。

辺りには綺麗な花が植えられ、それはシカが薬でうまく掛け合わせた新種の花だ。

そして日照り続きでも、墓石と花に水が浴びせられるように、崖下の川から水を引いて、自動スプリンクラーを設置。勿論ソレはカモメの発明品。

「フックス・・・・・・また会いに来るよ・・・・・・」

シンバはそう囁くと、今、シンバを呼んでいる仲間の元へと歩き出す。

フックスに背を向けたシンバは、途中で足を止め、振り向いて、墓石を見る。

そこにフックスが立っている。

〝シンバ〟

そう呼ぶフックス。

フックスは行くなと言うような表情をして、フォックステイルなんてやるなと言いたそう。

だが、そんな心配そうに見つめるフックスに、シンバは微笑んで、

「笑って、フックス」

そう言った。

フックスは笑ってくれただろうか、それとも心配そうな目で見つめ続けてるだろうか、幻影は光の中で直ぐに消えてしまうから、わからない。

「笑って、フックス。ボクは夢が叶って最高に嬉しいんだから」

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