3.光ある方へ

いつの間にか森の中で眠っているカモメとパンダとシカ。

シンバは一人、崖の上に立っていた。

そこは昔、妹を見捨てて逃げたにも関わらず、結局サソリ団に追い詰められて、落ちた崖。

今、こうして命ある事を奇跡に思う。

なにもかも夢なのかもしれないと思うが、そんな都合良く夢に出来る事じゃないと、晴れ渡る眩しい空を見上げる。

泣き腫らした目に、光ある空は痛くて、直ぐに目を伏せた。

そして、手の中にあるペンダントを見つめ、引き千切られた為、鎖を直さないとと、大事なフックスのペンダントだからと思っていると、

「おい」

と、背後から声をかけられ、振り向くと、そこにリーファスが立っている。

今、駆け寄って来るリーファスに、なんでいるんだろう?と、シンバは首を傾げた。

「オグルのオッサンと探しに来たんだ。ここ等辺、賊がうろちょろしてるらしい。オッサンが町にも賊がいるって言って、子供達は森に逃げたかもって言うから、探してたんだ。カモメとパンダはどうした?」

「・・・・・・まだ寝てるんじゃないかな、森の中で」

「お前、ここで何してんだ?」

「空を見てただけ」

「空?」

聞き返すリーファスに、シンバは顔を上げて、空を見ると、

「キミ、空が好きなんだって?」

そう聞いた。リーファスは眉間に皺を寄せながら、今、そういう話するとこか?と、

「なぁ? 一旦、オグルのオッサンのトコに行かねぇ? すぐそこにいるから」

そう言った。シンバはリーファスを見て、

「オグルって、飛行気乗りのオジサンだよね、あの人、カッコイイね」

と、笑顔で言うから、リーファスはどこが!?と、眉間に皺を寄せたまま。

「カッコイイと思わない?」

「サードニックスのがカッコイイ。オレはガムパスに忠誠を誓い、サードニックスの一員になって、空を支配するんだ」

「そんなにサードニックスがいい?」

「あぁ! ていうか、どいつもこいつもオレがサードニックスになれないと思ってやがる」

「なれないんじゃなくて、賊になってほしくないんだよ」

「只の賊じゃねぇぞ!!」

「只の賊だよ」

「何言ってんだよ、サードニックスは、最強なんだぞ!」

「だから?」

「だから!! だからサードニックスは最強なんだって!!」

「だから只の賊じゃん」

と、笑うシンバに、

「サードニックスだぞ!!!!」

と、吠えるリーファスを、ジッと見て、

「勿体無いなぁ」

と、シンバは呟く。

「何が!?」

「キミは光が似合うのに」

「は!?」

「空が似合う。なのに、賊になったら、折角、空を舞台に活躍しても、光の中で活躍せずに、闇の中にいる事になる。サードニックスはどんなに正義を盾にしても、賊は賊で、闇で生きてる存在だよ。確かに、同じ賊や、偉そうにしてる騎士や戦士を相手にしか戦わない所とか、挑まれない限りは手を出さない精神とか、地上ではなく、無関係の人々を戦いに巻き込まない場所である空へ出た事は、他の賊より、カッコいいかもね。多分、キミもそういうサードニックスに憧れてるんだろう? だからキミもそうなればいい。サードニックスの憧れる部分だけを辿ればいいんじゃないかな。でも、サードニックスになったら、そうは言ってられなくなるだろうね」

シンバはそう言うと、空を見上げ、

「光イッパイだね、空は――」

そう呟く。リーファスも空を見上げ、青く輝き、広がる空を見つめる。

その大いなる空を、今、一機の飛行機が駆けて行く。

一本の白い飛行機雲を残しながら――。

シンバはその雲に手を伸ばし、

「憧れを辿れたらいいね、残してくれる足跡を踏み締めて生きていけたらいい。大好きな人を追いかけて、その姿になれたらいい。ボクも、キミも――」

なんて言うから、リーファスはムッとした顔で、俯き、頭をボリボリと掻き毟る。

そして、空を見上げ続けているシンバに、

「お前が飛行機乗りになれば?」

と、言ってみるが、シンバはハッと笑いを零し、リーファスを見ると、

「ボクは空を見るのは好きだけど、空を舞台にしたいとは思わない。然程、空に興味もなければ、空を好きな訳でもないのに飛行機乗りになる気なんて、ちっともないよ。そこに憧れもないし、理想もない。それにキミの方が似合ってる、多分、みんな、そう思う。キミは飛行機乗りが似合う」

そう言って、

「ボクは闇の中で光を支える方がいい、その方が似合うと・・・・・・思われたい」

と、笑顔で言う。

「なにそれ? 随分と裏方作業みたいだけど、それを似合うと思われたい? どういう意味で言ってる?」

「さぁ?」

「闇の中って・・・・・何も闇にいる必要ないじゃないか、光の中に来いよ」

「どうして?」

「そりゃ闇より光の方がいい」

「うん、そうだね、よくわかってるじゃないか。キミは堂々と人々に胸張って生きていける光の中で活躍するのがいいよ。本当にその方がいい」

「お前は? お前も光の中に来いよ」

「ボクは光の中には出ないけど・・・・・・場所じゃなく、自分を光だと信じて進む」

言いながら、空を見つめるシンバに、フゥンと、リーファスは、わかってないが、頷いておく。

「ボク、行かなきゃ」

「どこへ?」

「ボクが活躍する場所・・・・・・かな?」

「闇?」

「かもね」

「フォータルタウンへ戻らないのか?」

「うん。ここでボクに会った事、内緒にしといてくれない? 誰にも言わないで?」

「それって、このまま姿眩ますのか? なんで?」

「行かなきゃいけないから。ボクはやらなきゃいけない事があるんだ」

「・・・・・・よくわかんねぇけど、それは闇の中でって事か?」

「さぁ?」

〝さぁ?〟とか〝かもね〟とか、ハッキリしないが、シンバの表情と瞳は決心が固そうだと、リーファスは思う。

そして、シンバの意思に比べると、自分はどうなんだろうと考える。

サードニックスになると言う決心は、絶対なのだろうか。

闇だとしても、負けないで生きていけるのか。

何があってもサードニックスを信じていけるのか。

決心は揺るがないのか。

最初にサードニックスになろうと決断したキッカケはなんだっただろうかと、リーファスは考えながら、安易な自分の憧れに虚しくなって行く。

同じ年のシンバに比べ、自分がガキすぎると悔しくもなる。

だからリーファスは、黙って、その場を去ろうと、背を向けて歩き出したが、直ぐに足を止めて、振り向くと、空を見つめ続けているシンバに、リーファスも空を見上げる。なんだかモヤモヤした気持ちで一杯になるリーファスは、

「なぁ!」

と、空を見つめているシンバに、声をかけた。

振り向くシンバに、

「お前、名前なんだっけ?」

そう聞いた。シンバはこれから自分がやろうとしている事を考えて、〝シンバ〟と名乗っていいのかわからなくて、本の一瞬、沈黙になったが、

「ブライト」

教会の名前を言った。つまり、ファーストではなく、セカンドの方で答えた。

それは、フォックステイルのブライト団のブライトだ。

リーファスは、コクコク頷き、

「もしオレが光イッパイの空で活躍したら、お前の事も連れて行ってやるよ」

と、意味不明な台詞を吐く。コテンと首を傾げるシンバに、リーファスはニッと笑い、

「ブライトって、輝く、光る、眩しいって意味なんだぜ」

そう言うから、知ってるよとシンバは頷く。

「ブライト、お前が何を考えてるのか、何をしようとするのか、わかんねぇけどさ、オレは止めねぇ。だって、お前、悪い事はしなさそうだし、いい奴だと思うし、まず自分が正しくなきゃ、オレのサードニックスになりてぇって事を止めたりしねぇだろうしな。だからオレはお前を止めねぇよ。それに闇の中に行くにしても、光は闇に消えない。空だって闇になるけど、星がピカピカして輝いてるだろ、お前も、そういう風になれよ。オレに光が似合うって言うけど、お前だって光が似合うからさ。でも光の中で活躍できないってなら、オレが連れて行ってやるよ、いつか――」

そう言うと、バイバイと手を振り、リーファスは行ってしまう。

リーファスなりに、サードニックスへの憧れを捨てたと言う事を伝えたかったのだが、まだリーファス自身が飛行機乗りになると言う決断もできず、かと言って、サードニックスを諦めたと言い切れる程の自信もない為、率直な言い方はできなかった。

だが、もし、これから先、自分が生きていく場所を決めれるとしたら、それは空だと、その想いだけは絶対だと、リーファスはこれからの自分を信じている。

リーファスはシンバに出会い、光ある方へ歩き出したのだ。

フックスがシンバを光ある方へ導いたように、シンバはリーファスを導いた。

フックスの魂はシンバにしっかりと受け継がれている。

だが、そんな事、今のシンバには、わかる筈もなく、只、リーファスを見つめて、どうか光ある方へと願っていた。


――ボクは去っていくリーファスの背をいつまでも見つめていた。

――この時のボクは彼が何を言いたかったのか、わからなかった。

――だけど彼が大人になって、彼の相棒と共に、彼が空で活躍した時、ボクは知る事になる。

――彼の相棒の赤いボディに刻まれたNeverと言うゴールドの文字。

――まさに赤と黄金の王者の色に相応しい彼の相棒の名はブライト。

――そしてボクの名がシンバであると彼が知るのは、ちょっと遠い未来だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る