2-6.

シンバ達は12歳になっていて、15歳になると孤児達は教会を巣立って行く為に、そろそろ身の振りを考え、仕事などを決め始める。

まだアルバイトのようなもので、見習いとして、2時間程度、手伝いをしながら仕事を覚える者もあり、まだ3年も時間はあるのだが、今年12歳になる子達は焦り出す。

裏山の草原となる場所で、寝転がり、青く澄み渡る空を見ながら、シンバとツナは溜息。

「フックスはボク等と同じ年齢で、旅立ったんだよなぁ」

ぼんやりと呟くシンバに、無言のツナ。

「・・・・・・」

2人は、まだ教会を巣立って行く準備が、何一つできていない。

「やっぱりここにいた」

と、山を登って来たのはカモメ。

ムクッと起きて、シンバとツナはカモメを見る。

「パンダが、一週間後に大工仕事の手伝いを始める事になったんだ。パン屋とどっちにしようか、ずっと悩んでたけど、大工にしたみたい。オイラも整備工場に、遠くの町まで見習いに行ってるし、そこに落ち着くと思う。後は教会にいる12歳の中で、何も決まってないのはシンバとツナだけだよ」

そんな報告かと、シンバとツナはまたコロンと仰向けに寝始めるから、

「いろんな職場を見学に行くとかしようよ! オイラも協力するから!」

と、カモメは、2人の事が心配で、そう言うが、2人からは何の反応もない。

「あのさぁ、2人が将来の事、決まったら、一緒にフォータルタウンへ行かない?」

そのカモメの台詞には反応の早い2人。ムクッと起きて、カモメを見る。

「オイラとパンダとラビは、フォータルタウンの教会の孤児院出身でもあるだろ? 向こうの教会で仲良くしてくれてたリーフに会いたくてさ。リーフは将来どうするのか気になって」

「リーフ? あぁ、サードニックスに夢中の奴だっけ?」

「うん、そう。よく覚えてるね、シンバ」

「なんとなく」

「リーファス・サファイア。リーフ、まさかサードニックスに入団とか・・・・・・有り得そうでさ、気になって、最近、オイラ眠れないんだ」

フルネームを聞いたところで、そして、サードニックスに入団してようが、なんだろうが、そんな賊に憧れてる奴の事はどうでもいいとシンバは、フーンと、どうでも良さそうに頷く。

ツナも最初から、どうでも良さそうだが、

「俺達に気を遣うなよ、お前等が将来について決まったなら行けばいい。付いて行ってやるから」

と、フォータルタウンには行きたいようだ。

シンバもウンウンと頷くので、そう?と、カモメは、

「じゃあ、パンダにも話して来るよ」

と、山を下りて行く。カモメの姿が見えなくなると、ツナはシンバを見て、

「ここを出ないか、シンバ」

唐突な台詞を吐いた。

「ここって? 教会を出るって事?」

「この町から出るんだ。フックスのように」

「・・・・・・え? それでどこへ?」

「わからない。先の事は考えてない。只、町を出て、フックスを探す旅をしようと思う」

「・・・・・・」

「シンバが嫌なら、俺ひとりで出て行くつもりだったんだ。いつにしようか考えてたけど、フォータルタウンへ行くなら、それを理由に多少の荷物を持って出て行ける。向こうへ着いたら、ずらかる。まずは世界中で奇跡が起こってる場所へ行ってみるつもりだ」

「・・・・・・お金とかないのに?」

「フックスだって最初は何も持ってなかったと思う。とりあえず適当にその場その場で働く場所見つけて、金が貯まったら移動して・・・・・・」

「・・・・・・」

黙ったままのシンバに、

「返事はフォータルタウンで聞くよ」

ツナはそう言って、またゴロンと寝転がり、空を見上げる。

一機の飛行機が空を飛んでいく。ツナは人差し指をその飛行機に向けて、

「バーンッ!」

と、撃つ真似をする。

飛んでいく飛行機を見ながらシンバも、空軍はサードニックスが撤退させたのに、最近、飛行機をよく見るなぁと思う。

流れる雲と共に飛んで行く飛行機を見つめて思う不安は、今の自分の存在がフックスの役に立てるのかと思う事であり、また、フックスに運良く巡り会えたとしても、受け入れてもらえるのかと言う事。あんなに仲間にしてほしいと願ったが、受け入れてもらえなかったし、フックスになるという夢も、やめとけと言われた。なのに勝手にフックスを探し出して、仲間にと志願した所で、フックスは逆に悲しむような気がするし、迷惑をかけてしまうんじゃないかと思う。

では、どうすればいいのか。

とりあえず職を決めて、フックスが来るのを待つのか。

いつ来るかもわからない神出鬼没のフォックステイルを待つだけで、仲間になれるのか。

だからと言って、フォックステイルを追ってもいいのか。

答えが出なくて、不安だけが募る。だが、そんなシンバの背を押したのは、夜、就寝前に話があるから部屋に来るようにと、牧師に言われ、その話を聞いた時だった。

「え? 騎士に? ボクが――?」

「あぁ、騎士になる為の試験を受けてはどうかな?」

「・・・・・・どうしてですか。牧師さんは兵がお嫌いでしたよね?」

「うん? 誰に何を聞いたかは知らないが、嫌いなのは無闇に人を殺し、力が全てだと無力な人々を苦しめる戦争だ。サードニックスが空軍を一掃した事で、国々の戦士達は賊を相手にし始めた。それは正義だと思う。シンバもその仲間入りができる素質がある。私がキミの保証人になるから、一ヵ月後の試験を受けてはどうだろうか。ツナとキミはかなりの強さを持っていると聞いているんだが?」

黙っているシンバに、

「ツナの事が気になるのか?」

と、とんちんかんな牧師の問い。

「ツナも本来なら騎士にと思うのだが、あの子は賊の子供だ。シンバのように記憶がないのならば、まだいいが、あの子は自分が賊の子であった事をよく知っている。そして、それを偽る事をしない。良くも悪くも真っ直ぐな子だ。そうだろう?」

コクンと頷くシンバに、

「だからツナは出生に問題がある為、騎士に志願はできない」

牧師は残念だと呟きながら、そう言って、シンバを見つめると、

「キミなら出生に問題もないだろう。私が保証人にもなる。その試験に受かれば、キミは直ぐに向こうで騎士の訓練を受ける事になる。皆より少し早く、ここを巣立ってしまうが、キミの将来の為だ」

と、シンバが頷くように話すが、シンバは騎士になんて絶対になるものかと黙ったまま。

「シンバ? 他に何かやりたい事でもあるのかい?」

「・・・・・・いえ、わかりました。一ヵ月後の試験を受けます」

「そうか、良かったよ、キミが納得してくれて。早速、書類を出しておこう」

そう言った牧師に、シンバは頷きながら、ここをツナと出ようと決意する。

騎士になるくらいなら、無職でいいとさえ思うシンバ。

あんなに父親の事を尊敬していたシンバだったが、今は軽蔑する対象でしかない。

それは思い出だから良い所だけを鮮明に思い出されて美しくなるように、酷い所だけが強烈に脳裏にこびりついて寄り一掃酷くもなっていくもので、今では父の事を考えると人間失格の最低の男だとさえ思う。

年齢が大人になるにつれて、寄り、母に対しても、子供に対しても、最低な父親だったと気付かされるから、この先きっと、ベア・レオパルドという人間を、良く思う事は絶対にないだろう。

大部屋に戻ると、消灯時間も過ぎているので、薄暗く、皆、眠っている。

「シンバ」

自分のベッドに行くと、小声で声をかけて来たのは、上のベッドにいるカモメ。

カモメは布団の中から顔だけを出し、そして、シンバに小声で話しかけるから、シンバも小声で答える。

「なんで呼び出されたの? 何か怒られた?」

「ううん、特に大した話じゃないよ。それよりフォータルタウンへはいつ?」

「あぁ、うん、今週中に行けたらと思う。オイラも整備の手伝いを数日間、休みをもらわなきゃならないし、旅行したいって事も牧師さんに話さなきゃならないよね。多分、道中を賊に襲われるかもしれないって考えたら、牧師さんは駄目だって反対しそうだな」

「その時は置手紙だけして行っちゃおうよ」

「・・・・・・シンバにしては大胆な考えだね」

「え、そ、そう?」

「結構、慎重派だと思ってたから。それに、どうしてもフォータルタウンへ行きたいって訳じゃないだろう?」

どうしても行きたいんだと、シンバは、

「だってさ! ここを巣立ったら、もうカモメやパンダ、ツナと今みたいにずっと一緒にいるなんてできなくなるんだよ!? もう遊べなくなるんだよ!? だからみんなで楽しい思い出作りたいんだ!!」

と、大きな声で言ってしまい、カモメはシィーッと人差し指を口元へ当てる。

「そんなにシンバがオイラ達と離れるのを寂しがってるとは思わなかったよ。確かにずっと一緒は難しくなるけど、いつでも会えるのに」

「と、兎に角、絶対に行こう。じゃあ、おやすみ」

「おやすみ」

シンバはベッドへ潜り込み、カモメも布団の中へ顔を潜らせる。

久し振りに眠れない夜だと、シンバは羊を数え始める――。

次の日、カモメとパンダとツナとシンバは牧師にフォータルタウンへ行きたいと願い出るが、カモメとパンダが一度はお世話になった教会もあるし、ツナとシンバもカモメやパンダと仲がいい事もあるので、行きたいと言う気持ちはわかるが、許可はできないと、理由は子供だけで行くには遠すぎると言う事と、この時期は忙しい為、付き添いはできないからと言う事だった。

「やっぱり子供だけで行くのは駄目かぁ」

残念そうに言うカモメ。

「オラ、大工の手伝いを本格的に始める前に行っておきたかったなぁ」

パンダも残念そうに呟く。

「もう諦めるのか? パンダ」

ツナがそう言って、

「みんなに協力してもらって、手紙残して、牧師さんとシスターにだけ内緒でコッソリと行こうよ」

と、シンバ。

「でもなぁ、それだと・・・・・・みんなに迷惑がかかるんじゃないかなぁ?」

「うん、オラもそう思う」

「それに・・・・・・」

と、カモメは辺りをキョロキョロして、誰もいない事を確認すると、小さな声で、

「そのみんなって中にはラビも入ってるんだ。アイツが只で手を貸してくれる訳がない。余計に高くつくと思うんだよね」

そう言って、シンバとツナとパンダを見るが、3人は無言で、カモメを見ているから、

「? どうした?」

と、問うが、3人は何も答えず、よくよく見れば、3人の視線はカモメの背後にあり、カモメはまさかと、ソーッと振り向くと、

「そんな風にアタシを思ってたの? やぁだ、カモメったら」

と、うふふと穏やかに笑っているラビに、カモメの顔がサーッと青冷めていく。

大体、誰もいないと確認したのにも関わらず、どこから湧いてきたのか、いや、自分の事を噂されるとどこにいようと現れる女だから怖いんだとカモメはゴクンと生唾を呑み込む。

「何の相談してるの? 教えて?」

教える訳ないだろと、カモメがブンブン左右に首を振るが、

「教えて? パンダ?」

と、ラビはパンダに近寄る。パンダは焦りながら、

「オラは何も知らないよ」

そう言うが、ラビはふふふと笑いながらパンダに近付いていく。

「知ってる事を話してよ。そういえば、アタシ、この前、パンダに夕飯わけてあげたね」

「え!? だってラビ、ダイエットしてるからいらないって!」

「別にパンダにわけてあげる必要はなかったわ。でもアタシはパンダに分けてあげた」

「うっ・・・・・・」

「それに対して、お礼がなかったわねぇ、パンダ?」

「お、お礼って・・・・・・ありがとうって言ったよ!?」

「あら、モノをもらっておいて、言葉だけで済ませる気? いいのよ、別に、それでも。只、パンダはそういう奴だって、みんなガッカリするんじゃないかしら?」

「ガ・・・・・・ガッカリって!?」

「女の子にお返しもできない、恩も返せない、そういう奴って事じゃないかしら? 知ってるでしょ? 女の子はおしゃべりなの」

パンダはどうしようと、カモメを見る。

やれやれとカモメが額を押さえ、ツナは女は嫌いだとソッポを向いたまま。

冷や汗をかきながら、今度はシンバを見て、パンダは助けてと目で訴える。

「別に内緒にする事じゃないし、話してあげれば」

苦笑いでそう言ったシンバに、パンダは助かったと、ラビにフォータルタウンへ行く計画を話す。するとラビはニッコリ笑い、

「つまり、牧師さんの許可があれば問題ないって事ね? ねぇ、許可、アタシがもらってあげる。その代わり、アタシも一緒に行ってもいいでしょ?」

などと言い出した。これにはツナが噛み付く。

「女なんか連れてく訳ないだろう!!!!」

「あら、どうして?」

「女は嫌いだ!!」

「心配しないで? アタシもアナタには興味ないから」

「なに!?」

「それとも、アナタがアタシに興味があって、アタシと一緒にいると困る訳?」

「そんな訳ないだろう!!!!」

「だったら問題ないじゃない?」

「お前が女だから嫌だって言ってんだよ!!」

「そっか。アナタ、アタシの誘惑に負けるのが怖いんだ?」

「なんだと!?」

「アタシは誘惑する気なんかないけど、アタシの魅力に負けちゃうから、そんなに嫌だって言ってるんでしょ? なら、仕方ないわ、諦めてあげる」

「バカ言え!!!! 俺がお前なんかに負ける訳ないだろう!」

「そうかしら?」

「魅力なんてあると思ってんのか!!!!」

「アタシと一緒にいて、アタシの魅力に負けないなんて有り得ない」

「バカだろ、お前!!!!」

「だったら、証明してみて? 一緒にいて、本当にアタシに魅了されないか」

「望む所だ!!!!」

――おいおい、ツナ、まんまと一緒に行く事に納得してるけど!?

「決まりね、じゃあ、後は牧師さんの許可ね。待ってて。直ぐに許可が出るわ」

と、ラビは牧師の部屋へと向かい、ツナが、ハメられたと今になって気付いて頭を抱え出すから、シンバもカモメもパンダも苦笑い。

「大丈夫だよ、幾らラビでも牧師さんの許可なんてもらえないから」

と、カモメがフォローするが、数分後、ラビは笑顔で戻って来て、

「OKよ。フォータルタウンの方角へ向かう馬車をヒッチハイクしながらの旅になるわね」

と、どうやってOKをもらえたんだろうかと、男4人はまさかの顔。

まさか、牧師相手に手玉にとる会話で、言いくるめ、事を進めたんじゃないだろうか。

恐ろしいと、ラビに、ある意味、物凄い恐怖を感じる4人。

常に穏やかな微笑みがまた恐ろしすぎて、見た目が天使なのに、中身が悪魔だと思う。

そんなラビとフォータルタウンまで一緒ってのが、思いやられる4人だが、

「でも許可が出たから、堂々と出て行けるね」

シンバがそう言って、ツナも、

「あぁ、まぁ、あの女に多少感謝だな。荷物を持って出ても変に思われない」

そう言うから、カモメとパンダは不思議そうに、

「変に思われないって?」

と、問う。なんでもないと言うツナと、

「ほ、ほら、書き置きして出て行く計画だと、荷物持って出て行く所を牧師さんに見られたら変だと勘付かれるからって意味だよ」

と、ちゃんと理由を言うシンバ。だが、ツナはよくペラペラと口がまわるなと、いつもこういうシンバには感心する。

そして、シンバもツナもカモメもパンダも、旅行の準備を始めた。

シンバとツナは大きなリュックの中に必要以上のモノを詰めて行く。

何故かカモメも大きなリュックから溢れる程の荷物をまとめているから、

「そんなに何を持って行くの!?」

思わず、そう聞いてしまうシンバに、

「シンバだって何をそんなに持って行くのさ?」

と、逆に問われるのは当然だ。だが、直ぐにカモメは、

「リーフに、こっちで発明したモノを見せてやろうと思ってね」

と、荷物の殆どが発明品である事を教えた。シンバはフーンと頷き、

「で? パンダのその大きな荷物も向こうで友達に何か見せるの?」

パンダの場合、体も大きいから、リュックの大きさは気にならなかったが、よくよく見ると、一番大きい。

「オラ、食べ物いっぱい持ってくだけ」

パンダらしいとシンバは笑い、カモメは呆れる。

ところが、出発当日、男4人の大きな荷物の中、女であるラビは手ぶらに近く、何の準備もしてないかのようで、小さなポシェットを提げているだけ。

「おい! お前、まさか、俺達に荷物持たせようとしてんじゃねぇだろうな!?」

どこかにデカい荷物があるんだろうと、キョロキョロしながら、ツナが聞くが、

「荷物なんて何もないわよ」

と、ラビは、重いモノなんて持てないものと――。

「着替えとかは?」

カモメが不思議そうに聞くと、

「貸してもらえばいいかなと思って」

と、ニコニコしながら答え、そして、

「ていうか、大きな荷物を持っていくなら、カモメにお願いしたわよ」

と、

「荷物、ちっちゃくできるでしょ? カモメの発明で」

そう言われ、カモメは、あぁ!と、

「そうだよ、そうだ! あぁ、もう! なんだよ!」

と、大きなリュックから何か出そうとするから、

「もういいよ、カモメ。荷物は小さくしなくても、これでいいから」

と、シンバが止めると、パンダが、だったらもっと食べ物持って来れたのにと言い出して、ツナが、もういいだろ、充分だろと――。

それから仕事でフォータルタウンまで行くという人の馬車の荷台に乗せてもらえる事になり、牧師もリサシスターも、一週間後にはちゃんと帰って来るようにと何度も言いながら、5人を見送った。

馬車はかなり揺れるが、荷台は広くて、然程、窮屈さはない。

パンダは早速、リュックから、お菓子を取り出して食べ始める。

シンバとツナはこれからの行動について2人でコソコソと打ち合わせ。

カモメは、ぼんやりとしているラビに、

「ラビは15歳になったら、結婚する家に行くんだろ? 相手はどんな人?」

そう話しかけた。すると、興味があるのか、シンバもツナもパンダも、ラビを見る。

「さぁ? まだ会った事ないし、どんな人かは知らないわ。でも向こうはアタシを知ってるみたい。そりゃそうよね、アタシを指名して来るんだもの」

「フーン、知らない相手と結婚とか嫌じゃないの?」

カモメの問いは、更に興味があるのか、シンバもツナもパンダも、ラビを見続ける。

「・・・・・・カモメは今向かっている将来が嫌じゃないの?」

「え? オイラ? 整備工場で働く事?」

「嫌じゃないの?」

「・・・・・・嫌じゃないよ、機械いじりは好きだし」

「ホント? じゃあ、パンダは? 嫌じゃないの?」

「オラ? オラは・・・・・・実は嫌かも。物を作るのは好きなんだけど、大工って、ちょっと違うかなぁって。向いてるか、向いてないかで言うと、向いてる寄りではあると思うんだけどね、でも、なんか、違うなぁって思ってる」

パンダが本音を吐いた事で、カモメも、

「そんなの、オイラだって発明品を作って行きたいよ。だけどしょうがないじゃないか。大人になるって事は好きな事だけをして生きていけないんだ」

そう言って、シンバを見ると、

「シンバはいいな、騎士になるんだろう?」

と、幼い頃、騎士隊長の父であるベアの跡継ぎにと、ムジカナで剣の稽古に励み、今もツナと稽古を続けているシンバを見ているカモメは、シンバの夢は騎士になる事だと思っている。だが、シンバは騎士になるつもりは絶対にないが、牧師が騎士になる為の試験を受ける話を、皆にしたので、ここは黙っていようと、無言で、俯く。

「ツナはどうすんの?」

パンダがお菓子をモゴモゴと、口に入れたまま、問う。

「俺? 俺は・・・・・・つーか、この揺れ具合が微妙に眠気を誘うな」

と、ツナはゴロンと横になった。

すると、シンバもゴロンと横になり、2人共、目を閉じたので、カモメもパンダもラビも、将来についての話を終了し、それぞれ、ぼんやりと過ごす。

何時間経っただろうか、シンバは寝たふりを続けていた。

騎士にはならないと、カモメやパンダにも話せたら気は楽になるんだろうが、もうブライト教会には戻らないと言う話もしなきゃならなくなるだろう。

そうすると、2人に迷惑がかかる。

やはり黙っていなくなるべきだと、それからフォータルタウンの教会の人にも迷惑がかからないように、いなくなる時は、向こうを出発する帰りの時がいいだろうと、シンバは目を閉じたまま、いろんな事を考えていると、首筋に触れる何かに、ゾクッとくすぐったさが走り、バッと起き上がった。見ると、ラビが、直ぐ横にいて、

「あら、起きてた?」

と、笑顔で言うから、シンバは触られた首を手で押さえながら、

「な、なに!?」

と、裏返った声で聞く。

「何も。ゴミが付いてただけよ」

「そ、そう? ありがとう」

見れば、みんな眠ってしまっている。パンダなどイビキまで掻いている。

シンバはラビから目を逸らしているのだが、ラビの、ジィーッと見つめて来る視線が気になり、顔を真っ赤にしながら、

「あんま見ないでくれる? なんか石化しそうだから!!」

と、目を逸らしたまま言う。なにそれ?とクスクス笑うラビ。

フォータルタウンまでは馬車で2日はかかる。

途中の町で、食事休憩などをし、馬車から降りた時は、5人共、体を伸ばした。

賊に会う事もなく、天候も良いまま、馬車は無事にフォータルタウンに着き、5人は教会の前で降ろされた。

5人が来る事は前以って連絡を受けていたらしく、牧師もシスターも歓迎してくれ、孤児達も笑顔で迎えてくれて、カモメやパンダ、ラビに対しては、再会を喜んだ。

「ところでリーフは?」

教会から出てきた孤児達の中に、リーファスがいなかったのだろう、キョロキョロとカモメはリーファスの姿を探しながら聞くと、牧師が、

「あぁ、アイツは・・・・・・逃げてるんだよ」

と、困った表情で言う。逃げてる?と、カモメもパンダも首を傾げると、

「オグル・ラピスラズリって飛行気乗りがリーフをスカウトしてて、リーフは嫌だって逃げてるんだ。さっきもオグルが来てたから、どこかに逃げて行ったよ」

牧師がそう説明したが、カモメもパンダも、それからシンバもツナも、更に首を傾げる。

「飛行気乗りってなぁに? 飛行機に乗せてもらえるとか? だったらオラも乗りたい」

パンダがそう言うと、牧師は笑いながら首を振った。

「飛行気乗りって言うのは、まだ本の僅かな者しかいないが、飛行機で、スピードを競ったり、高度な操縦技術を見せたりするパフォーマーみたいな存在の者かな。スピード競争では賞金なども出るが、まだそれを職業とする程ではなく、皆、趣味程度のモノなんだが、オグルはリーフを飛行機乗りにさせたがっていてね」

「趣味で飛行機に乗れって? 趣味くらいリーフの好きな事させてやればいいのに」

パンダがそう言うと、牧師は笑いながら、また首を振る。

「オグルはリーフを飛行機乗りとして育てたいんだ。彼自身も趣味で飛行機に乗ってる訳じゃない。彼が操縦する飛行機は趣味なんてモノじゃないんだ。世界中の空に部隊を持つ国から、オグルは呼ばれてたんだ。なんせ彼の飛行機の操縦は神業だ。オグルが空軍の一員だったら、今頃サードニックスは負けてたかもしれない。だが、オグルは軍などに興味もなけりゃ、戦いなど、したくもないってね。どこの国も大金をチラつかせたりしたが、オグルは全員をフッて、最愛と生きる事を選んだ」

「さいあい? それ美味い?」

パンダの問いに、牧師はまた笑い、首を振る。

「オグルは空を愛し、飛行機を愛してる男なんだよ。何にも縛られず、最愛の空と飛行機と共に生きていけるなら、それこそ何もいらないとさ。勿体無いよ、彼の技術で金を稼げるのに。だが、金などに目が眩まない男だからいい。もし、オグルが、空軍にいたら、サードニックスは、子供達のヒーローにはならなかっただろう。きっと今頃、空軍の天下で、戦争も終わらなかっただろう」

牧師がそう話すと、シンバはフーンと頷きながら、空を見上げる。

そして眩しくて目を細めながら、光一杯の世界だなぁと、思う。

「さぁ、疲れただろう、中に入って、食事の時間までゆっくりするといい」

と、4人を教会の中に招いた。ラビはとっくに中で休んでいる。

シンバは荷物を置くと、礼拝堂で、ミリアム様の像を見つめる。

どこも同じで、ミリアム様は無表情で祈りを捧げている姿をしているが、ここでは奇跡は起きていない。

フォックステイルが来ない場所なんだと思っていると、

「くはっ!!!! いい加減にしてくれ!!!! しつこいオッサンだ!!!!」

と、バンッとドアが開いて、外から人が入って来た。

シンバと同じくらいの年齢の少年だ。

少年は急いでドアを閉め、鍵まで閉めた。そして呼吸を整わせ、最後に大きな溜息を吐くと、安心したような顔になり、ふと、シンバと目を合わせた。

「誰だ? お前?」

それはこっちの台詞だと思うが、ここの孤児かなと、シンバは、

「カモメやパンダの付き添いで一緒に来たんだけど、キミは?」

と、聞いてみる。

「オレはリーファス。リーファス・サファイア。ここで養ってもらってる孤児の一人」

「あぁ、キミがあのリーファス」

そう言ったシンバに、首を傾げるリーファス。

「アタシが教えたの。リーファスの事」

と、そこへラビが現れ、そう言うと、リーファスは、ラビ!と、笑顔。

「遊びに来たのか? カモメもパンダも? 今どこに?」

「みんな客室で荷物整理してる」

ラビがそう言うと、リーファスは嬉しそうに奥へ繋がる通路へと走って行く。

シンバはそんなリーファスを見ていると、

「ちょっとカッコイイでしょ?」

と、ラビが言うから、どうかなと首を傾げると、

「あら、自分の方がカッコイイ?」

なんて聞かれ、それは違うと首を振るシンバに、うふふとラビは近付いて来るから、シンバはまた石化させられると、急いで、リーファスを追うように、客室へと逃げ出した。

ラビはチッと顔に似合わない舌打ちをする。なにやら悪巧みでも考えてるような表情で。

既にカモメとパンダはリーファスとの再会を大喜び中で、ツナは何故か不機嫌そうな顔でいるから、シンバは声をかける。

「どうかした?」

「どうもこうも、あの女が一緒に寝るとか言い出して」

「え? あの女ってラビ?」

「もう一室くらい用意してもらえって言ってんのに、そんな面倒かけたくないだの」

「あぁ、うん、いいんじゃない?」

「バカだろ、お前!!!!」

「だって、面倒をかけるのは悪いよ」

「あの女がそんな事言う訳ないだろ、なのにそんな事言うなんて怪しい! それに俺達と一緒に寝るなんて、あの女、絶対に怪しい!!!!」

「考えすぎだよ。だって一緒に馬車に乗って来たんだし、今更、一緒に寝るくらい」

「女と一緒の部屋なんて絶対に嫌だ!!!!」

吠えるツナに、リーファスが気付き、カモメが、

「リーフ心配してたけど、オイラやパンダにも友達直ぐにできたんだぜ」

と、シンバとツナの事を紹介しようとしたのだが、

「やめろ、ソイツだろ、サードニックスになりてぇって言ってる奴は」

と、機嫌の悪いツナが機嫌悪く突っかかり出すから、カモメは黙ってしまう。すると、

「オレがサードニックスになりたいって、何か問題あんのか?」

と、リーファスは不思議そうにツナに問うが、答えたのはツナ。

「別に。只、俺は賊になりてぇなんて言うような奴に、俺の事を紹介なんてしてもらいたくねぇんだよ」

「どういう意味だよ」

「頭悪ぃな、お前! 賊になりがる奴なんて、最低の人間だって意味だよ!」

「サードニックスをバカにしてんのか!?」

「ハッ! サードニックス? バカにしたくても、生憎知らねぇな、そんな賊」

まるで喧嘩を売っているようなツナに、シンバがやめなよと袖を引っ張るが、ツナはシンバの手を振り解いて、リーファスを睨みつけている。

ツナの目付きは元々悪いので、睨みつけると、かなり人相も悪い。

「サードニックスをバカにする奴は、例えカモメやパンダの友人だとしても許さない。サードニックスは英雄だ。空賊として空を支配し、空軍をやっつけたんだぞ!!!!」

「誰の為に?」

「え?」

「誰の為にやっつけたって?」

「誰って・・・・・・」

「お前の為か?」

「ち、違うけど――」

「じゃあ、地上で生きてる人々の為か?」

「・・・・・・」

「俺達みたいな孤児の為か?」

「・・・・・・」

「答えろよ!!!!」

黙ってしまうリーファスに、ツナは舌打ちをして、部屋を出て行く。

リーファスは悔しそうに下唇を噛み締め、拳を震わせながら、

「なんだよ、なんなんだ、アイツ!!!! 誰の為って、そんなの知らねーよ!!!! 兎に角カッコイイんだよ!!!! サードニックスは賊だけどカッコイイじゃんかよ!!!!」

怒鳴るように、そう言った。カモメもパンダも困った顔になっている。

「ボクはツナの意見に賛成だな」

ツナとは違う冷静な声で、だが、リーファスを批判するシンバの台詞。

「確かにサードニックスは無敵で、偉そうな空軍を一掃させてカッコイイとは思うけど、空軍を一掃したのは空で邪魔だったからだと思うし、誰の為でもなく、自分達の名を挙げる為の強さだよね。賊だから別にそれでいいんだろうけど、だったらヒーローみたく言われてるのは違うって思うよ」

「なんだよ、お前等! サードニックスはな、そこ等の賊とは違うんだ! サードニックスの親であるガムパスは多くの強者を従わせる程の強さを持ってるんだ」

リーファスの台詞に、父を思い出すシンバ。

強い者を従わせる為に、強くなる。

だが、そんな強さ、強さではないのだと、シンバは知ってしまった。

今は強い者を従わせる為に強くなろうとは思わない。

弱者を守る為に、強くなろうと、自分さえも犠牲にできる強さを得ようと頑張っている。

それを教えてくれたのはフックスだ。

そしてフックスは世界を平和に導こうとしている。

その為には賊なんていちゃいけない。

「どの賊よりもサードニックスの連中はみんな強い! 更に深い絆で結ばれてて、ガムパスに皆が忠誠を誓って、強い旗の下、集まってる仲間なんだ。だから空軍すらも一掃させたんだ。そのお蔭で、戦争は減っただろ!」

「戦争は減っても争いは減ってないし、サードニックスがどんなに凄い賊でも、賊は賊だ。ヒーローじゃないし、憧れる対象じゃない」

「・・・・・・」

「でも・・・・・・誰かを強く憧れる気持ちはわかる。だから、もし、キミが言うように、本当にサードニックスがカッコイイのであれば・・・・・・」

シンバはそこまで言うと、リーファスの目をジッと見つめて、

「キミは絶対にサードニックスにはなれないよ」

そう言った。リーファスの顔は既に怖かったが、更に怒りが込み上げた表情で、

「なんだよソレ!? オレがサードニックスに入れない弱虫とでも思ってんのか!? それともオレはサードニックスに入れるようなカッコイイ男にはなれないとでも言いたいのか!?」

怒鳴り散らし、今にもシンバの胸倉を掴みそうな勢い。

シンバはううんと首を振りながら、恐れず、

「サードニックスはキミを・・・・・・未来ある子供を賊になんかしない」

そう言った。リーファスの怖い表情が、キョトンとした顔になる。

シンバは、フォックステイルになりたくても、仲間にしてくれなかったフックスの事を思い出しながら、リーファスに、

「本当にカッコイイなら、本当にヒーローなら、きっとサードニックスはキミを賊にはしない。それなら、サードニックスへの憧れを捨てる必要はないと思う」

と、そう言うと、シンバは、ツナを探す為、部屋を出た。

礼拝堂にもいないツナに、シンバは外に出たが、見知らぬ街で、ツナを探すには迷子になりそうだと、シンバは諦めて、その内戻って来るだろうと、教会の中へと戻ろうとした時、

「よう、お前さん、ここの新入りか?」

と、中年の男に話しかけられた。

「ボクはこことは別の孤児院から来ました」

「なんだそりゃ? 新入りとは違うのか?」

「新入りじゃなくて、ちょっと遊びに来たんです」

「へぇ、遊びにか? 随分と自由なんだな」

自由なのかなと、シンバは少し首を傾げていると、

「ちょっと頼まれてくれねぇか? リーファスってガキを連れてきてほしいんだが」

と、男が言うので、その頼み事は、今はとても気まずいなぁとシンバは苦笑いしてしまう。

そしてシンバは男の頭の上にあるゴーグルやら革ジャンやらブーツやらの姿を見て、賊や兵士とは違う雰囲気の、だが、自由な男の身形に、もしかしてと、

「飛行気乗り?」

そう聞いた。

「おう、よくわかったな」

「なんとなく・・・・・・」

「おれがリーファスを跡継ぎにしてぇって話も聞いてるか?」

「それもなんとなく」

「ははっ、そうか。お前、どう思う? やっぱり飛行気乗りなんてダサいか?」

「え? ダサい?」

「リーファスがよぉ、ダサいって言うからよぉ。サードニックスみてぇに強さを誇りに空を飛びてぇってさ。スピードを競ったりするなんてダサいってよ」

「・・・・・・ダサいのか、どうかはわからないけど、ボクは賊よりいいと思う」

「だよな!!」

と、男はニッと笑い、シンバの背中をドンッと押すように叩くと、

「お前、話のわかるガキだな。賊なんて、群れてるだけの野蛮人じゃねぇか。それに引き換え、飛行機ってのは、空でたった独りで、常に自分との戦いだ。それこそ男のロマンだ。そう思わねぇか?」

なんか語り出してしまった。

「流行はサードニックスかもしんねぇが、必ず飛行気乗りの時代が来る!」

そう言って、空を見上げる男に、シンバも空を見上げる。

フォックステイルの時代は来ないだろう。

闇で幻のように消えてしまうフォックステイル。

光一杯の空の舞台で、輝ける存在ではないが、世界中で奇跡を起こすフォックステイルは、シンバにとって、空よりも光り輝く存在。

「どうだ? お前も飛行機乗りになってみてぇだろ?」

「ううん、ボクは、もうなりたいものがあるから」

「ほぅ、何になりてぇんだ?」

「世界で一番カッコいい魔法使い!」

そう言ったシンバに、魔法使いかと、笑いながら、子供らしい夢だなと、男は目を細め、青く美しい大空を見つめ、

「おれはよぅ、サードニックスが悪だとは思ってねぇんだ」

そう呟くように言うから、シンバは真顔になり、

「・・・・・・賊なのに?」

そう問う。男はスッと顔を下ろすと、シンバを見つめ、フッと笑みを零し、

「まだ子供なのに周りに惑わされねぇとは、お前はいい奴に出会えたんだなぁ」

また呟くように言う。

「サードニックスは賊だが、悪だとは思わねぇ。サードニックスにはサードニックスの信念があるんだろう。例えそれが世間から悪だと言われようが、揺るぎなく貫く事は己に偽りのねぇ正義だ。男ってのは、そうでなくちゃいけねぇ。何事も自分を信じる事だ。だが、おれは今の子供達がもっと光ある世界で活躍するよう願う。多分な、みんなそう願ってる筈なんだ。だから、おれは、サードニックスがヒーローだの言われ、ガキ共がソレを夢見て、理想を追う事をやめさせたいと思う。特にお前達の年齢は、そろそろ理想ではなく現実を見て、時に憧れを見直し、捨てなきゃならねぇ時期だ。お前も、わかってんだろ? 魔法使いなんてのは、実際はなれねぇって」

黙って男の目を真っ直ぐに見つめて、黙って、話を聞いているシンバ。

「まぁ、賊と魔法使いは違うし、実際、賊は、なれてしまう。リーファスは空が好きだと言った。空で活躍したいと言った。なら、賊なんて輩にならねぇで飛行機乗りになりゃいい。飛行機乗りなら空で活躍する。だが、もし、リーファスが、本気でサードニックスになりてぇと思い、それが絶対正義だと言うなら、その信念を曲げてまで、おれは奴を無理矢理に引っ張る事はできねぇ。だってなぁ、そこに本当の理想があって、憧れが手に届くなら、そしてそれが現実でやっていけるなら、何の問題もない。こればかりは本人の問題だ、誰も口出しできねぇ」

それは諦めではなく、信じているのだろう、子供達が自分で選ぶ道を――。

「もしリーファスが空じゃなく、別の場所で活躍してぇなら、それはそれでいい。良き大人の下でいろんな事を教えてもらって生きていきゃいい。そう、アイツが選ぶ道だ。そこで学んだ事を、また次の子供達にアイツが教えていく為のな。だからガムパス・サードニックスの下でも、それがアイツの真実の道なら――」

「その道は真実じゃないよ。子供達が思っているサードニックスへの理想なんて、ホンモノじゃないよ。勝手な思い込みで作り上げたヒーローと言う空想の理想だ。そんなの捨てなきゃ駄目だよ。じゃなきゃ、ボク達は次の子供達に何も残せない」

そう言ったシンバに、そうだと頷き、

「お前は誰に出会って、それを自分で思う事ができたんだ?」

眉間に皺を寄せ、だが、口元は笑顔で、男は問う。

「オジサンと似た考えの人だよ。でもオジサンより、うんと若くて、もっともーっとカッコイイけど」

と、言うから、男はハハッと声を漏らし笑いながら、

「いい奴に出会えてラッキーだな」

そう言った。それを言うなら、ツナもラッキーなんだろう。フォックステイルに出会えた。

そして、多分、リーファスもラッキーなんだろう。この男、オグル・ラピスラズリに出会えて、人生の道標になろうとしてくれている。

それにリーファスが気付けばいいとシンバは思う。

子供を見捨てずに、一生懸命になってくれる大人に感謝するべきだと――。

「シンバ」

「ツナ」

駆けて来るツナに、男は、友達が来たかと、

「今日は帰るとするか。リーファスにまた明日と伝えといてくれ」

と、行ってしまった。シンバは男の背を見つめながら、今、傍に来たツナに、

「あの人・・・・・・カッコイイなぁ・・・・・・飛行気乗りだってさ」

そう囁いた。

「なんだよ、飛行機乗りになりたいのか?」

「違うよ」

と、笑いながら、シンバはツナを見て、

「フックスに似てたから」

と、空を見上げる。ツナは去っていく男の背を見ながら、どこが似てんだ?と、首を傾げる。

「リーファスが気がつけばいいな」

「何に?」

「ラッキーだって事にだよ。ボクもツナもラッキー」

「孤児の俺達がラッキーだってのか?」

そんな事を言うツナに、シンバは笑いながら、でも孤児になれたから、このラッキーを手にする事ができたんだと思う。

笑うシンバに、ツナもご機嫌になったのか、笑顔を取り戻していたが、夜、寝る時に、同じ部屋にラビがいる事で、また不機嫌な顔に戻り、サッサと不貞寝するようにベッドに潜り、シンバもカモメもパンダも、馬車に乗っていただけとは言え、疲れたのだろう、皆、サッサと消灯前に眠りについていた。

朝、目が覚めた時には、もう部屋にラビの姿はなくて、だが朝食の時も食堂にラビの姿はなく、ラビが持って来ていたポシェットもなくて、皆、ラビはどこへ行ったんだ?と思っていた時、シンバのポケットから一枚のメモが見つかる。

「・・・・・・どういう意味かな?」

シンバがメモを読んだ後、クエシュチョンマーク顔で、首を傾げ、ツナとカモメとパンダにメモを見せた。

「ていうか、なんでシンバのポケットに?」

と、カモメ。

「いつ入れたのかな?」

と、パンダ。

「そりゃ昨夜だろ。寝てる隙に・・・・・・」

と、ツナ。

「わざわざ、こんなメモを?」

と、カモメ。

「いちいち伝えなくてもわかってるよね」

と、パンダ。

「あの女はそういう女だからな」

と、ツナ。

メモには〝欲しい物は手に入れたいの〟と、書いてあるだけで、何が何だか?と、シンバは首を傾げながら、ふと自分の首に触れた瞬間、固まり、

「・・・・・・ない」

と――。

え?と、ツナとカモメとパンダはシンバを見る。

シンバは自分の首を両手で触りまくりながら、ナイナイナイと騒ぎ出す。

「どうしたんだよ、シンバ? 落ち着けよ。一体何がナイんだ?」

ツナの問いに、青冷めた顔で、

「母からのペンダントだよ! どこでなくしたんだ!?」

と、辺りを見回し、

「昨日、寝る前まであったのに!」

そう叫んだ。カモメは、ラビのメモを見て、

「ねぇ、ラビが持って行ったんじゃ?」

と、メモをシンバに見せる。完全に動きが固まるシンバ。

「幾らラビでもシンバの大切なペンダントを盗むかなぁ?」

と、パンダはそう言って、

「だって、一緒にまた帰るんだし、顔合わせるよね? なのに、いちいちメモにそんな事を残して、自分が犯人だって言ってるようなもんになるし、幾らラビでも・・・・・・」

そう言うが、ツナが、

「あの女なら盗みそうだな。そういやぁ、アイツ、馬車の中で、将来が嫌じゃないのかとか、そういう話してたよな。まさか結婚が嫌で逃げたとか?」

と、考え込み、カモメも考え込み、まさかと笑っていたパンダも慌てて考えるフリをする。

シンバはラビが馬車の中で首筋に触って来た事を思い出し、あの時に既に盗もうと思っていたのか?と考える。

「・・・・・・まさか一緒の部屋に寝るって、ボクからペンダントを奪う為に?」

そう呟いたシンバに、ツナが、

「だから言ったろ、何か企んでるって。つーか、もしかしたら最初からペンダントが狙いで、あの女、一緒に来たんじゃねぇのか? じゃなきゃ俺達と一緒に馬車に乗ってここまで来るか? あの女に何の利益もねぇだろ? カモメやパンダじゃあるまいし、想い出を思い出してとか、友達がどうのこうのとか、そういう女じゃねぇだろ」

と、言うから、参ったなぁとシンバはその場に頭を抱えてしゃがみ込む。

「あの女、このまま教会に戻って結婚話を進められるのが嫌で、あのペンダントを売って、金に変えて、遠くに逃げるんじゃねぇか?」

ツナがそう言うと、カモメもパンダも、そうかもと頷き出し、シンバは更に頭を抱え、

「どうしよう・・・・・・兎も角、ラビを見つけなきゃ」

と、立ち上がる。

「ラビ、見つかった?」

リンシーが4人の所へ来て、そう聞くから、

「見つかってりゃ、とっ捕まえてるっつーの」

と、独り言のように言うツナと、

「見つかってないよ。リンシーは何か手掛かりとか見つけた?」

と、聞くカモメ。

「それがムジカナへ行くって言ってたらしいの」

「ムジカナ?」

シンバが問い返し、リンシーは頷く。

「最近ムジカナに立ち寄った人から、薬を購入したって話があってね、それが良く効く薬だったらしく、でも見るからにちゃんと店で売っているような代物ではなかったらしく、違法商品なら闇商人がムジカナにいるんじゃないかって噂があって。その話をリーフがラビにしたらしいの。そしたら、ムジカナに行くって言い出したらしくて――」

「アイツッ! 余計な話をしやがって」

リーファスの事が気に入らないツナはここぞとばかりに憎しみを込めた声を出し、呟いた。

「ムジカナ・・・・・・」

シンバはそう呟き、そこへは行きたくないと思う。

そこはシンバが生まれ育った故郷。

無論、カモメもパンダもラビも。

そしてサソリ団に襲われた町――。

そこへ行けば、思い出したくもない想い出が蘇る事は間違いないだろう。

だが、ラビを追わなければ、ペンダントを取り戻せない。

「ムジカナまで、ここから結構、遠いけど、ラビはヒッチハイクでもして行ったのかな」

シンバのその台詞に、そこまでは知らないとリンシー。

「行くの? シンバ」

と、カモメが眉を下げて問う。パンダもカモメと似た表情でシンバを見ている。

行きたくないんだと、シンバは悟り、

「ボクとツナだけで行くから」

と、シンバは、不安な顔を隠し、笑顔でそう言うと、

「ツナ、一緒に来てくれるよね?」

と、ツナを見る。コクンと頷くツナと、

「オイラも行くよ!」

と、カモメ。そして、

「オ、オラも行くよ」

と、パンダ。シンバは2人を見て、いいの?と聞くが、2人は、

「失ったモノは同じ。だから怖いのも同じ。共に分け合おう? それが友達だよ」

と、なかなかの友情っぷりを見せる。

「それにしても、あの女はよく平気で、しかも一人で行けるよな。金を手にする為なら、過去の恐怖なんか何も怖くねぇってか? 恐ろしい女だぜ、全く」

ツナの台詞に、シンバもカモメもパンダも頷き、そしてリンシーに今夜は帰れないかもしれないが、心配しないようにと伝言をお願いし、ムジカナへと4人は向かった。

途中で自動車という、まだ珍しい乗り物をヒッチハイクできて、夕方にはムジカナへと辿り着ける事ができたが、余りにも自動車のスピードの速さに、もしかしたらラビよりも早く到着してしまったのではないかと、思う。

ムジカナはシンと静まり返っていて、崩れた建物も多くあるが、死体などはなくて、いや、あったとしても、もう腐敗されていて、ミイラ状態だろうが、でもそういうモノなど一切なく、思ったよりも人が寄り付きやすそうな雰囲気があった。

「と、とりあえず・・・・・・闇商人を探そう」

そう言ったシンバに、

「とりあえず、お腹減ったよぉ、朝しか食べてないんだよぉ」

と、嘆くパンダ。

朝食以外、今日は何も口にしてないのは、シンバもツナもカモメも一緒。

だから、4人共、かなり空腹だ。

「闇商人から食べ物を買うしかないな」

と、カモメ。

「お金は?」

と、パンダ。

「あの女からペンダントを奪って、そのペンダントを売って買う」

と、ツナ。

「絶対ダメだから」

と、シンバ。

「買うしかないってのを訂正する。事情を話して、食べ物を分けてもらおう」

と、カモメ。

「でも分けてもらえるのかなぁ。闇商人ってケチそうだよ」

と、パンダ。

「ウダウダ言っても仕方ねぇ。兎に角、探そうぜ」

と、ツナ。

「何を探すの?」

と、シンバ・・・・・・。

「何って、だから――」

と、ツナはシンバを見た時、シンバは、ボクじゃないと、首を振りながら後ろを振り向く。

「何を探すの?」

と、そこに立っている少年が、振り向いたシンバに問う。

背負っている籠の中に、沢山の花や草など、植物を入れて、シンバ達と同年齢くらいの少年が立っている。

ブラウンの髪色と右目がグリーン、左目がブルーの瞳をした少年だ。

「キミ達は誰? ここに何を探しに来たの?」

そう問う少年に、

「・・・・・・シカ?」

と、カモメが問う。パンダも、

「シカ? シカって、あの悪魔のシカ!?」

と――。

悪魔?と、シンバとツナは眉間に皺を寄せ、カモメとパンダを見る。

「・・・・・・僕を知ってるの?」

「知ってるも何も! オイラ、カモメだよ! カモメ・タックチック! 覚えてない?」

「オラ、パンダだ。パンダ・リンドン」

「・・・・・・カモメ? パンダ? え、あのカモメ? パンダも? あははははは! ホントだ、カモメとパンダだ!」

少年は、笑いながら、そう言うと、カモメとパンダと抱き合うようにして喜び合っている。

そして、カモメはシンバを指差した。

「シカ! ほら! シンバだよ! シンバ! 覚えてるだろ? バニのお兄ちゃんで、大きな屋敷に住んでたシンバ!」

「シンバ? もしかして・・・・・・シンバ様!? あのシンバ様なの!?」

「そう! シンバ様!」

と、パンダが大きく頷き、シカはシンバに、

「こ、これは失礼しました、シンバ様!」

なんて言うから、シンバは、えぇぇぇぇ・・・・・・!?と、一歩、後ろへ下がる。

「そんな改まって挨拶しなくても大丈夫! 今はシンバ様じゃないんだな。シンバは、オイラ達の友達のシンバ。普通に一緒に笑って泣いて怒って遊ぶんだ」

「それ本当!? あのシンバ様が? キミ達と友達なの!? キミ達と一緒に遊ぶの!? そりゃ凄いや。あ、もしかして、これ夢かな・・・・・・」

少年がそう言って、自分のホッペを抓って、痛いと驚くから、カモメもパンダも、わかるー!と、言いながら大笑い。何がわかるんだよと、シンバは溜息。ツナが、

「お前の過去は気にしないとは言ったが、ちょっと気になって来た。一体、どんだけ偉かったんだ?」

と、シンバを見る。シンバは苦笑いしながら、思い出させないでと呟く。

「そうか。シカだったんだ。薬って」

カモメがそう言って、シカを見る。

「え? 僕だったって? 何が?」

「フォータルタウンで、ムジカナで薬を売ってもらったって人がいたって聞いてさ、闇商人じゃないかって噂になってるらしいんだけど、そうじゃなくて、薬作ってたのはシカだったんだなって。小さい頃から薬になるような草とか調べては作ってたもんな。祖父から伝授されて・・・・・・だっけ?」

「うん。たまにここを通る人に薬を買ってもらってるんだ。でも闇商人かどうかは知らないけど、たまに旅の商人が来るよ。その時に薬と食料を交換してもらったりしてる」

「シカ、なんでここで薬売ってんの?」

パンダが不思議そうに聞く。

「僕、賊に襲われた時、隠れてて、うまい具合に見つからずに済んで、まだ他にも、重傷だったけど、生きてる人もいて、だから僕は一生懸命、薬を作って、みんなを治そうとしたけど・・・・・・結局みんな死んでしまったよ。毒でやられて――」

毒!?と、カモメとパンダが聞いた時、シンバは、フックスが、アンタレス率いる盗賊サソリ団の一味は武器に毒を塗って、一気にトドメを刺さずに、苦しんで死んでいく者を愉快に思う連中だと言っていた事を思い出し、それを話せば、ムジカナを襲ったのはサソリ団だとツナにバレてしまうと、

「じゃぁ、キミは独りでずっとここにいたの!?」

と、大声で大袈裟に驚いた声を出して聞いた。少年はシンバを見て、頷くと、

「ハジメマシテ、シンバ様。僕はシカ・オーラム」

と、握手を求めてきたので、シンバはその手を握り、

「様はいらないから。ボクはシンバ・ブライト」

そう言った。

「ブライト? レオパルドじゃないの?」

その問いに、カモメもパンダも苦笑いしながら、

「えっと、シンバは記憶がないって事になってんの。なんか個人的にイロイロと複雑な気持ち抱えてるみたいで、あんまり突っ込んだらキレるから、ソッとしておいてあげてほしい」

なんて言うから、ツナがクッと笑い、シンバも苦笑い。

シカは余りイロイロと気にしないタイプなのだろう、そうなんだと、普通に頷いた。

「それでシカのおじいさんは? 一緒に薬作ってるんだろ?」

パンダがそう聞くと、シカはううんと首を振り、俯くから、そうかと誰もが俯いた。

「キミ達はここへ何しに? まさか帰って来たの?」

「違うよ、オイラ達は運良く孤児院で生活を送って来てて・・・・・・そうだ、シカ、ここにラビが来なかった?」

「ラビって、あのラビ?」

「そう、あのラビ」

「ラビも一緒なの?」

そのシカの問いで、ラビはまだここに来ていないとわかる。

「ラビ、ボクの大事なネックレスを持って行っちゃって、だから彼女を探してるんだ。ここに来たんじゃないかと思ったんだけど、来てないんだね・・・・・・」

シンバがそう言うと、シカはクスクス笑い、

「相変わらずだな、ラビは。兎も角、うちへおいでよ。そろそろ日も沈むし、お茶くらい出すから」

と、家へ招いてくれた。

皆、シカの後へ付いて行く中、シンバは大きな屋敷を見上げ、足を止める。

この町を見下ろすようにある立派な屋敷は、どこからでも見えて、シンバは溜息を吐いた後、直ぐにシカを追い駆けた。

シカが招いてくれた家は半分程、崩れていて、中も結構、荒れ放題だが、これは賊のせいではなく、シカが部屋を片付けないだけのようだ。

独特なニオイがしていて、テーブルの上に置かれた分厚い本やら顕微鏡やら気味の悪い色をした液体の入っている瓶があちこちに置いてある。

「これ何?」

顕微鏡を覗きながら、パンダが問う。

「菌の一種」

「菌!? 菌なんか見てんの!?」

「菌も薬になるんだよ」

と、出してくれたカップの中には、濁った何かが入っていて、シンバもツナもカモメも、ジィーッと、その液体を見つめてはいるが、口を付けられずにいる。

パンダは警戒なく、ゴクリと飲み、

「にげぇ!!!!!」

と、喉を押さえ、カハッと妙な色の付いた空気の塊を吐いたから、余計にシンバもツナもカモメも飲めずに、カップにさえ、手を伸ばさない。

「大丈夫だよ? 苦いけど、体にはいいものなんだ」

と、平気な顔で飲んでいるシカは飲み慣れているからだろう。

「・・・・・・いろんなニオイがするね」

シンバは部屋を見回し、そう言った。

「薬品と言っても、いろいろあるからね。治療するばかりのモノじゃないし、面白いモノもあるよ。カモメが興味あるようなモノもね。まだ発明は続けてるんだろう?」

と、シカがカモメに笑顔を向けると、カモメも笑顔で勿論と――。

「オラも、子供の頃と変わりなく、いろんなもの作ってるぞ!」

「そうなんだね、そういえば、絵も彫刻も、パンダがつくるモノは何もかもが見たままソックリだったね」

「今は昔よりもっとソックリだぞ。腕を上げたからな!」

そう言ったパンダに、それは凄いとシカは声を上げる。そして、シカはシンバを見て、

「相変わらず剣の腕前は凄いの?」

と、笑顔――。

その笑顔の瞳に映るシンバに、シンバ自身、どう反映されてるのかと考えてしまう。

シンバはシカを知らない。

カモメやパンダの事も知らなかった。

だが、みんな、シンバを知っている。

それはどういう意味で知っているのか。

考えれば考える程、考えたくなくなり、憂鬱な表情になるシンバ。

そんな表情のシンバに、シカも困った表情で、

「何か悪い事言ったかなぁ?」

と、そう聞くので、そうじゃないとシンバはシカを見て、そして、シカの右目の変化に気付く。最初、見た時、シカの右目はグリーンだったが、今は左目と同じブルー。

「・・・・・・キミ、ラブラドライトアイなの?」

そう聞いたシンバに、ツナがなんだそれ?と尋ねた。

「悪魔の刻印と言われる瞳だよ。感情で色が変わるんだ。聖書に書いてあるだろ?」

「読まねぇよ、聖書なんて」

と、笑うツナ。シンバはシカを見て、

「・・・・・・だから孤児院に行けなかった?」

そう聞いた。そう、孤児院は教会が母体となっている。

教会はミリアム様の世界創世記が記された聖書が基本となり、人々に教えを説いている。

その聖書の中に、人を惑わす悪魔が登場し、悪魔は地上に降り立つと人と交わり、女に悪魔の子を生ませたとある。

悪魔の子はラブラドライトアイと言う瞳で生まれ、それは悪魔の刻印と言われている。

黙っているシカに、カモメとパンダが話し出す。

「シカは・・・・・・悪魔の子って言われて、この田舎町でも大人達から嫌われてたよな」

「オラも親から、あの子と仲良くしちゃいけないって言われてた」

「大人達から聞いた話だけど、シカは赤ちゃんの頃、この町ヘ来たらしい。祖父母の所へシカの親がシカを預けに来たって聞いたよ。シカの親が住んでる所で、シカは悪魔の子だから殺すよう命じられて、一緒に住めなくなったって聞いた。でも、シカがやって来て直ぐに祖母が亡くなったらしく、やっぱりシカは悪魔の子だって――」

「オラもそう聞いてた。でもシカはいい奴だし、悪魔の子ってのも気にしてなかったし、オラ達も気にしないようにしてた。親には一緒に遊んでる事を隠してたけどね」

何故か、ごめんと呟くように、シカは言うと俯くから、どうして謝るの?とカモメもパンダも悲しそうに囁き、俯いた。

ツナが小さな溜息を吐いて、シンバを見ると、小声で、

「この空気、変えろよ。お前が変な事言い出すからだぞ、ラブラなんとかって! そんなの気付かないふりしときゃいいのにさ」

と、面倒くさそうに言う。シンバは、俯いているシカに、

「片目だけ? 左目はブルーのまま色が変わらないもんね」

そう聞くと、シカは顔を上げて、シンバに頷いた。顔を上げてくれたから、シンバは、

「知ってる? 地上では悪魔の刻印だけど、空ではその印は天使の刻印なんだ」

と、話し出した。

「もともと悪魔はミリアム様に背いて地上へ降りて来た天使。だから悪魔の子は天使の子でもある。そして空では、その瞳は福音として、先読みできる瞳、風を読む瞳、或いは強さの象徴として天使の印となる。空に地上があったら、間違いなく、キミはミリアム様の使いとして敬われる存在だよ」

そう言って、笑顔でシンバは、本当はとても素晴らしい刻印なんだと言うから、シカは嬉しくなる。

「シンバくん、もっと早くキミと話をしたかったよ。この右目が天使の印だなんて、誰も教えてくれなかった、キミが教えてくれるまで、知らなかった」

シカはそう言って、嬉しそうに微笑み、心が軽くなったと言うから、シンバは少し照れて微笑み返す。

だが、ツナが、

「お前、そういう知識だけあるから、シンバ様って言われんじゃねぇの? 大体さぁ、空に地上があったらって、そんなのないから、コイツ、悪魔なんだし」

と、台無しの台詞。そういう事を言うなよと、シンバもツナと言い合いになり、そんな2人にシカはクスクス笑い、笑うシカにカモメもパンダも笑う。

「仲がいいんだね」

シカがそう言うと、シンバとツナは見合い、

「否定はしない」

と、同時にそう言うから、カモメが、

「シンバとツナは双子みたいになんか見えない絆みたいなもので繋がれてるんじゃないかって思う時あるよ。羨ましいくらいに親友って言葉が本当に似合う2人だから」

と、今度はパンダが、

「多分、2人は大人になっても一緒にいるんだろうなって思う。うん、仕事して、離れてしまっても、きっと2人はずっと一緒なんだろうな」

そう言うから、事実、これからもずっと一緒なんだけどとシンバとツナは苦笑い。

「そろそろ暗くなってきたからキャンドルをつけなきゃね」

シカがそう言って、あちこちに置いてあるキャンドルに火を灯していく。

「ねぇ、ラビ、ここに来るかなぁ?」

カモメがそう聞くが、それは誰もわからないので、誰も答えれない。でもシカが、

「フォータルタウンからの距離を考えると、ここに到着するのは夕方近く。つまりここで朝になるまで休むとして、ベッドやシャワーを使えない場所に、あのラビが来るかなぁ? 来るとしたら、近場の町で休んでからじゃないかなぁ? ラビの事だから無一文でも、誰かの家に転がり込んで、一泊くらいさせてもらうような気がする」

と、考えながら言う。それもそうだとカモメも頷き、パンダが、

「ムジカナから一番近い町にいるとしたら、そこで誰かにペンダント売ったりしないかなぁ? ここで待っててもラビが必ず来るとは限らなくなってきたね」

そう言って、溜息。

「どうしよう、ボクのペンダント、返してもらわないと・・・・・・」

あれは母から譲り受けたものでもあるが、なによりシンバが思う事は、フックスとお揃いだったと言う事で、だから手放したくないと思う事が強い。

「なぁ? なんか外が騒がしくねぇか?」

ふと、ツナが、人の気配に気が付いた。人の気配と言うより、大勢の人の話し声やら笑い声などが聞こえ、シンバとツナとカモメとパンダは、シカを見る。

シカは首を傾げ、なんだろうね?と、不思議そう。

「ラビが来たのかも!」

と、パンダは大きな体を弾ませながら、ドアをバンッと勢い良く開け、そして、バンッと閉めた。シンバ達もドアが開いた時に、直ぐソコにいた人達を目にして、息を呑んだ。

賊だ。

間違いない、あの身形は賊だった。

シンバ達がゴクリと息を呑んだ瞬間、ドアがバンバンと叩かれ、向こうも突然、扉が開いたコチラを見てたのだから、当然だろうが、中に入って来ようとする。

ヒィッとカモメとパンダがシンバとツナの後ろへと身を隠し、ツナが、

「やべぇ、武器になるもん持ってねぇ!」

と、シンバもゴクリと唾を飲み込み、頷きながら、

「逃げよう」

そう言うが、シカが、

「ごめん。この家、出入り口、あのドアだけで、他の窓も裏口も全部、前の賊が来た時に崩れて、潰されたままで・・・・・・だから――」

だから、もう逃げれない。その台詞を言う前にドアは蹴破られた。

ギャーッと悲鳴を上げるカモメとパンダ。

賊を見据えるシンバとツナ。

硬直して、動けないシカ。

今、カモメが、

「あー!!!! コイツ等、あの時の賊だぁ!!!!」

そう叫んだ。ツナがあの時の?とカモメを見る。

賊の腕にサソリの刺青。そして、ツナの存在に気付く賊達。

「おい、お前、ツナじゃねぇのか!?」

賊にそう聞かれ、ツナは賊達を見回し、サソリ団だと気付く。そして、カモメに、

「あの時の・・・・・・? 賊って・・・・・・?」

そう聞くから、シンバは慌てて、カモメに言うなと目で合図を送るが、カモメはシンバの合図など気付かずに、叫ぶ。

「この町を襲った賊だよ! 間違いない! 暗かったけど覚えてる! 忘れるわけない! アイツ等だ! 絶対そう! 見れば思い出す! オイラの記憶に残ってる! コイツ等はあの時のアイツ等だ! 絶対! そうだよな!? パンダ!? シンバ!? シカ!?」

頷くパンダとシカに、ツナはシンバを見る。だが、シンバが目を逸らすように俯くから、

「知ってたのか? お前は・・・・・・町を襲ったのは・・・・・・サソリ団だと知ってたのか? シンバ?」

違うと、知らないと言ってくれと願うように問うが、シンバから返事はない。

「シンバ? なんとか言えよ?」

返事がない。

「おい・・・・・・なんでだよ・・・・・・なんで知ってたなら言ってくれなかったんだ? なんで? なんで言わないんだよ? なぁ? なんで?」

言って欲しかった。

隠してほしくなかった。

シンバの悲しみも辛さも全部、知って、分け合いたかった。

そう思っていたのは、自分だけだったのかと、ツナは悲しい。

シンバに裏切られた感で一杯になっていく。

賊達は嫌な笑いを浮かべながら、とりあえず、全員を捕まえろと近寄って来る。

どこにも逃げれないからじゃない。

今、ツナの悲しい瞳から逃げれなくて、シンバは動けない。

言いたくなかった。

隠し通したかった。

ツナの悲しみや辛さがわかるからこそ、これ以上、涙が増えるのは嫌だった。

ツナの悲しみは、自分の悲しみなんだと、わかってほしいとシンバは願う。

嘘じゃない、偽った訳じゃないと、信じて欲しいと言う気持ちだけ。

シンバもツナもお互いを見つめ続けて、立ち尽くしていて、カモメやパンダは、そんな2人の後ろで隠れていただけで、シカも賊の登場に呆然としてしまい、結局、あっという間に、皆、捕まってしまった。

酒を飲みながら、笑っているサソリ団の親アンタレスの元へ連れて行かれ、ロープでキツく縛られるシンバ達。

アンタレスはツナとは似ても似つかない容姿で、太った腹と無駄に伸びた髭とボサボサの伸びた髪とギョロッとした大きな目玉と――。

だが、インディゴの髪とブルーに縁取られたブラックの瞳はツナと同じカラー。

「ツナ! お前、生きてやがったか」

「オヤジ・・・・・・」

その台詞に、カモメもパンダもシカも驚いた顔でツナを見る。

「おい、ツナを向こうへ連れて行け。他のガキ共と一緒にするな」

アンタレスがそう言うと、サソリ団の男の一人が、ツナの襟首を持ち、引っ張っていくから、シンバがツナと叫ぶ。だが、ツナはシンバに振り向かない。

ツナはアンタレスを睨み、見据えたまま、引っ張られるがままに行ってしまう。

「ツナを返せ!!!!」

シンバが恐れなく、そう叫ぶが、カモメもパンダもシカも、賊に囲まれた恐怖とツナの事もわからなくて、パニック状態で震えるしかできない。

「お前等、ツナのなんなんだ?」

アンタレスは酒を飲みながら、シンバ達を睨み、そう問うが、

「ツナを返せ!」

それしか言わないシンバと、震えて脅えるしかできないカモメとパンダとシカ。

キッと強い眼差しで睨みつけるシンバの瞳に、アンタレスは、

「お前、いい目をするガキだな。ツナみてぇだ」

そう言って、大笑いした後、

「アイツもよくそういう目で見るんだ。そういう目でな」

と、それは生意気な目だと言いたいのだろう、アンタレスは笑いを止めて、そう言うと、

「死刑だ。お前等ガキ全員、毒殺の刑だ。反逆してきそうなガキは今から潰しておかないとな。おい、他のガキ共、恨むなら、そのクソ生意気なガキを恨め。ソイツのその態度の悪さが、お前等さえも罪に問われ、処刑されるんだからな」

などと、理不尽な意味不明の台詞。

「謝って! 謝ってシンバ!」

余りの恐怖にパンダがそう言うが、シンバは謝る気などない。

寧ろ、死刑宣告をされたにも関わらず、シンバの瞳は変わらずアンタレスを見据えている。

「お願いだよ、シンバ!」

パンダが声を震わせて言う。

「シンバ、気持ちはわかるけど、突破口はない! パンダの言う通り、謝罪しよう!」

カモメまで、そう言って、シンバを説得。

「でも謝罪なんて通用する相手とは思えないよ。僕は死んでもいいよ。どうせ、ここで独りだったんだ、悪魔の僕には未来もないから、死んだっていい」

と、シカが覚悟を決めるから、カモメとパンダは涙目で首を振る。

そして、今、賊の男の一人が、剣にたっぷりと毒を塗り、

「剣で殺されると思うな? 剣では掠り傷を負わすだけだ。だが数分後、傷から毒がまわり、お前等はのた打ち回り始める。そりゃもう笑えるくらいな」

と、嬉しそうに言いながら近寄って来る。

もう終わりだと、カモメもパンダも目を閉じた瞬間、

「ご大層な祭りだな、サソリ団!!」

空から降ってきた突き抜けるような声。

誰だ?と、賊達が松明の明かりを上へと向ける。崩れそうな塀の上に影が――。

「だが、華やかさがない。どうせなら、もっと派手にしようじゃないか」

と、その声は、シンバにとってのヒーローの声。

「誰だ、貴様!? その尻尾・・・・・・フォックステイルか!?」

アンタレスが目を細め、影に言う。

カモメもパンダもシカも、フォックステイル?と、不思議そうに影を見上げる。

シンバだけが嬉しそうに笑顔で影を見る。

松明の揺れる不安定な灯りに浮かぶ影――。

「サソリ団。祭りに欠かせない華やかなモノをプレゼントしよう。ワン、ツー、スリー!」

闇夜の空にパンッと、花火が上がり、皆が、空を見上げた瞬間、誰かがシンバ達のロープを断ち切った。だが、賊達はフォックステイルと花火を見ていて、誰も気付いてない。

ロープを解いてくれた影が〝逃げろ〟と、囁くから、カモメとパンダは急いで走り出す。

シンバは、フックスの仲間なのかと、影を見て、影にツナの事を言おうとしたが、シカがシンバの腕を引っ張り、走り出した。

「なんのつもりだ、フォックステイル? 貴様からプレゼントなどもらう筋合いはねぇ。それともなにか? 貴様の妙な術を披露され、拍手でもしろってか?」

アンタレスがそう怒鳴ると、塀の上の影が、

「子供達はもらっていく」

そう言った。そして今、賊達が子供達がいなくなった事に気付いた。

狙いはガキだったかと、

「なんのつもりだ、フォックステイル!? 狡賢いキツネめ! 戦利品の金銀財宝だけじゃ飽き足らず、獲物まで横取りか!?」

と、アンタレスが怒鳴る。

「ガキ共をどこへやったんだ、フォックステイル!!」

その怒声のままで、直ぐに、

「野郎共、ガキを探せ! 近くに隠れてる筈だ!」

と、男達に命令。皆、アンタレスに命じられ、松明片手に散らばるように走り出す。

アンタレスは塀の上の男を見ながら、フンッと鼻で嫌な笑いを漏らした。

「お得意の種も仕掛けもない魔法か? インチキくせぇ只の手品を披露して偉そうに高見から見下ろしやがって気に入らねぇ奴だ。テメェみてぇな奴を何て言うか知ってるか? 卑怯者・・・・・・・そう言うんだ、フォックステイル」

「あぁ、正々堂々とは言わない」

「ほぉ、冷静ぶるか? それとも弱者の逃げ腰か? 影でコソコソコソコソと女の腐った奴みてぇに動くしか脳のねぇ奴が、ガキを救う為に現れた訳じゃねぇだろう? 何が狙いでここにいる?」

「只の通りすがりだ」

「通りすがりのヒーローってか? そりゃいい。教えてやろうか、フォックステイル」

アンタレスはそう言うと、腰の鞘からサーベルを抜き、刃を上げて、剣先をフォックステイルに向けると、ニヤリと汚らしい笑いを浮かべ、

「お前の目的はシャーク・アレキサンドライトが大物の賊達に集合をかけた事だろう」

そう言った。

「へぇ、初耳だ、シャークが集合をかけたのか?」

「ハッ! しらじらしい質問をするな! 賊から宝を盗む小賢しい奴が、大物の賊達がひとつの場所に集まるのを黙って見過ごしている訳ないだろう。でけぇ勢力のある賊の戦利品がひとつに集まる機会だ、そこを狙わないなどは、あの狡賢く、卑怯なフォックステイルが考えないなど、有り得ない。だからフォックステイルはこの何もないゴーストタウンを通りすがったんだ、この町を抜けた先にある、もう使われてない錆びた小さな港の倉庫裏の集合場所へ行く為にな」

アンタレスはそう言うと、降りて来いと手招き。だが、降りる気配のない男に、

「怖ぇか? 利口だ。自分より遥かに強いと悟ってやがるんだろう?」

と、酒臭い息を吐きながら挑発。

「あぁ、その通りだ、アンタレス」

「認めやがるのか? つまり戦わねぇ気か?」

「戦いは嫌いだ」

「怖いんだな、情けねぇ男だ」

「怖いんじゃない、嫌いなんだ、でも情けないと思われても構わない、その通りだ」

「フンッ、ならどうする? そこから降りず、子供達が逃げ切るのを待ってるのか? 寧ろ、子供達が逃げ切れるよう、サソリ団を潰す勢いで戦うのがヒーローってもんだろう? 戦ったらどうだ? 逃げも隠れもせずにな、ヒーロー」

塀の上の男は合図を待っている。

仲間からの合図だ。

子供達が安全な場所に隠れたら、花火を鳴らす予定だった。

だが、花火が鳴らず、男はアンタレスと会話を続けるしかない。だが、この会話も長く続かない。そろそろ剣を抜かなければならなくなるかもしれない。

何故、合図がないんだ。

嫌な予感が過ぎる瞬間――。

「離せ! 離せよ!!」

シンバがサソリ団の男に捕まってアンタレスの所へ戻って来る。

アンタレスはクックックッと喉で笑いを漏らし、

「さぁ、どうする? フォックステイル?」

そう問う。

シンバはシカと隠れていたが、どうしてもツナの事を放っておけずに、逃げるなら、ツナも一緒だと、戻って来てしまった所を捕まってしまったのだ。

「いつまでもそこにいたってしょうがねぇだろう? 戦うか、逃げるか、どうするんだ? ヒーロー?」

「・・・・・・生憎、オレはヒーローじゃない」

「見殺しにするか、いい案だ」

「・・・・・・いや、見殺しにもしない」

影はそう言うと、塀から飛び降りた。

まだ子供達を探し回っているサソリ団の連中が幾人か戻って来て、松明で男を照らす。

シンバの目に映るフックスの姿。

「・・・・・・ハジメマシテだな、フォックステイル。ちゃんと姿を見たのは初めてだ」

アンタレスはそう言うと、

「信じられねぇ。若造じゃねぇか。まぁその若さで賊相手によくやって来た、褒めてやる」

と、フックスにそう言った後、周囲を見渡し、

「フォックステイルはテメェひとりじゃねぇなぁ? 仲間がいるだろ?」

と、仲間も呼べと言わんばかりの視線をフックスに送る。だが、フックスは、

「取引だ、アンタレス」

と、仲間を呼ぶ気はない態度。

「おいおい、どっちに分があると思ってんだ? 偉そうに取引だと?」

「アンタレス。その子を離せ。変わりに金を置いていく」

「金? 笑わせるな、金などいらねぇ」

「なら、宝石か? 欲しいものを言え。用意してやる」

「賊の戦利品をコソコソ盗む連中から何をもらっても意味はねぇ。いいか、金も宝石も必要なモノは奪えばいい。欲しい物は欲しい物を持っている奴を殺して奪うんだ」

「そうか・・・・・・なら何が願いだ? 何をすれば、その子を離してくれる?」

そう言ったフックスに、シンバが、

「ボクの事なんてどうでもいいよ!」

そう叫び、シンバを押さえている男がシンバを殴り付けた。

「やめろ! 手を出すな!」

フックスがそう吠えると、アンタレスは笑いながら、

「ヒーロー、折角の申し出だ、快く取引してやろう」

と、

「フォックステイル全員の、貴様等の首と引き換えに、ガキは見逃してやる」

そう言った。シンバはアンタレスを睨みつけ、

「卑怯だぞ!!!!」

そう叫ぶ。

「卑怯? それはフォックステイルだろう。コソコソと影で動き回り、姿を隠しながら、小賢しく戦利品を奪いやがる。だからそんな狡賢い連中に、真っ向勝負ってのを教えてやろうって言ってんだ。いや、違うか、真っ向勝負して来なかった御仕置きをしてやろうって話だったな。つまり死刑に値する刑だ」

「フォックステイルを悪く言うな!」

「なんだ? このクソガキ? やけにフォックステイルの肩を持つなぁ? まぁいい。おい、フォックステイル、仲間がいるだろう? 全員、ここへ呼べ。そしたらガキを逃がしてやる。隠れているガキ共も探したりしねぇ。追う事もしねぇ。どうだ?」

そんなの駄目だと叫ぶシンバを無視し、フックスは、

「フォックステイルの死が、サソリ団の利益になるのか?」

そう聞いた。アンタレスは大笑いしながら、

「なるさ。そりゃもぉ、大いにお前等の死体はこれからのサソリ団の役に立つ。何れサソリ団が世界中で恐怖の存在として認識される為にな」

と、そう言った後、笑いを止められず、更に笑いながら、

「お前、何年か前にアレキサンドライトから大金を盗んだろう? それ以来、シャークはフォックステイルを血眼になって探し続けている。だからお前の死体をシャークに渡せば、奴は大喜びだ。アレキサンドライトは賊の中でもサードニックスの次にデケェ存在だ、ソイツに気に入られておけば、後々、サソリ団もデカくなるってもんだ。恐怖は連鎖する。アレキサンドライトからサソリ団へと移り、世界中から恐れられる時が来る。そりゃもう神のようにな」

と、安易な未来計画に高笑いし続ける。

なんでこんな大人が世に蔓延っているんだろうと、シンバはアンタレスを睨みつけている。

「・・・・・・オレが死ねば、子供達は見逃してくれるのか?」

そう言ったフックスに、シンバが駄目だと言う前に、

「駄目だ! フォックステイル! そんな奴の言う事なんて聞くな!」

と、ツナが吠えた。手はロープで縛られてはいるが、足に結ばれたロープを解き、どこからか現れたツナに無事だったんだとシンバはホッとする。

「おい、ツナを向こうへ連れて行け」

「オヤジ!! フォックステイルに手を出してみろ、絶対に許さねぇからな!」

そう言って睨むツナと、ジッとキツイ眼差しで見据えているシンバに、

「なんなんだ、お前等は!? フォックステイル教か、テメェ等は!?」

と、アンタレスは怒鳴る。そして、

「うるせぇからツナを向こうへ連れて行け」

そう吠えた。暴れるツナを男数人で押さえ込み、どこかへ連れて行くから、シンバもツナと叫びながら、暴れ始める。

「おい、アンタレス! 子供はみんな逃がすって話はどうなったんだ?」

「勘違いするな、フォックステイル。アイツは俺のガキだ」

「なに!?」

「ツナは俺の息子だって言ったんだよ」

アンタレスは当然のようにそう言うが、シンバが、

「殺そうとした癖に!!!!」

そう叫び、

「ツナを殺そうとしたんだ!! そんなの父親じゃない!! ツナもお前を父親だなんて認めてない!! 自分の体にお前なんかの血が流れてる事にツナは苦しんでる!!」

そう言って、アンタレスを睨み続けている。

うるせぇガキだと、アンタレスはシンバを見て、唾を吐く。

「お前の息子も、お前の手の中から解放してやれ。それで条件を飲もう」

そう言ったフックスにシンバは目を丸くし、アンタレスは高笑いしながら、ガキ相手にマジかと、バカ笑いし続ける。

「条件を飲む? つまり取引成立って事か? フォックステイル?」

「あぁ」

「何を企んでやがる?」

「何も。オレの命で、ソイツ等が助かるなら、くれてやるよ。本気だ」

「面白ぇな、フォックステイル。コソコソと卑劣な遣り方で宝を盗み、金を奪うお前がガキの命を、正統な取引で自分の命と引き換えに守るってのか? ガキ共とお前にどんな関係があるのか知らねぇが、自らの命と引き換えにして守る価値があると思ってんのか?」

「あぁ」

「あぁ!?」

「アンタレス、お前の生き方を責めるつもりはない。オレも人の道をどうこう言える立場でもないからな。だが、オレはお前達とは違う。いろんな意味で大人達を見て、反面教師になったと思う。でも悪い例を見て、良い例に正す奴なんてそうはいない。多くは例題にそって、見て、学ぶものだ。特に人生は、誰かの足跡を知らず知らず辿っている。結局、国の戦争に苦しめられたにも関わらず、賊として、同じ苦しみを誰かに与えているのも、幼き頃に見た大人達が歩む道のりを同じように歩んでいるからだ」

「だから何だ?」

「お前達が子供の頃、国の戦士が蔓延り、戦争が当たり前の時代だった中、お前等は生き抜いた。強さで人を服従させ、王たる者が残酷に民達を苦しませ、皆、当たり前のように親や兄弟、大事な人を失った。恐怖で世界を支配する王を見て、それが勝利であり、正義だと、何れ自分もそうなろうと思うのは当然だ。子供は見たまま、自分に吸収していく。だから王の血筋じゃないなら、戦士達を従わせられないなら、自分の戦士をつくるしかないよな。それが賊と言う者で、賊時代を築いたのは、戦争を起こした王達で、その時代の大人達だ」

フックスはそう言うと、シンバを見つめる。

「だけど、この賊時代を生き抜いているソイツは、賊相手に脅えもせず、賊の頭を見据える瞳を持って、この恐怖に支配されてない。近い未来、ソイツはどういう大人になるかな、アンタレス?」

「だからテメェは何が言いたいんだ?」

「大人は子供に見せなきゃならない姿ってものがある。わかるだろう?」

「ハッ! くだらねぇ。大体こんなガキ一匹に何ができる」

「何ができるんだろうな? わからない。でも、きっと、ソイツは手強い。オレなんかよりな」

「手強い?」

「あぁ、この腐った時代で育ち、絶望の中にいるにも関わらず、希望を捨てず、生きる事を諦めてない。恐怖から目を逸らさず、真っ直ぐに見てるんだ。賊のお前達じゃない、国の戦士でもない、自分自身をな。ソイツは自分を見直す事のできる奴だ。間違った道を引き返す事も立ち止まる事も恐れない。自分の過ちを自分で正せる。泣く事も嘆く事もするが、その都度、何度でも這い上がる。そして自分の中の罪悪感と戦いながら、落ちずに、必死で前を見て、光を目指し、生きていく。本来の人の姿だ。ソイツは、きっと、そのまま大人になる。そしてきっと多くの子供達が、見て、真似るだろう。そして皆、自分を見直すようになり、自分の中にある正義に気付く。本来あるべき姿の人間が普通に生きて行く時代になる。その時に、賊なんてやってる人間はいないだろう。そういう時代が来るんだ。楽しみだ」

と、もうすぐ殺されるかもしれないと言うのに、フックスはシンバを見て微笑む。

死んだら、その楽しみにしている時代さえ、知らないままで終わるのに、微笑んでいる。

シンバはその微笑に返せない。笑えない。笑う事なんて、この状況でできない。

もし、フックスの言うように、自分を見直せるような人間だとしても、それはフックスと出会えたからだと、シンバは思う。

ならば、フックスこそ、多くの子供達に見てもらうべき姿だ。

それにフックスは若い。

死を悟れる程の老いもなければ、人生を語れる程の経験も少ない筈。

なのに、それなのに、命を懸けてしまうのか。それはフックスよりもシンバの方が若く、そしてフックスよりもシンバの方が経験がないからだろう。

この世界を託すなら、まだうんと若いシンバにだ――。

フックスは、誰よりも、この世界を愛している。

シンバはそんなフックスを死なせたくない。死なせたくないのに、今、

「行け」

と、シンバを解き放つ賊の男。

「おい、フォックステイル、仲間を全員ここに集めさせろ」

と、嘲笑うように言うアンタレス。

「フォックステイルはオレ1人だ」

言い切るフックス。だが、直ぐにキツネの尻尾のアクセサリーを腰に付けた男が闇の中からスッと姿を現し、フックスの周囲に集まり出す。とは言っても、たったの4人だ。

フックスを含め、フォックステイルは全員で5人だと言うのか。

「お前等・・・・・・なんで・・・・・・」

フックスは4人の男に何故出てきたんだと言う風に、口を吐いた。

「リーダーがいなくなればフォックステイルは終わり」

「俺達はリーダーに付いて行くと決めた。最後まで」

「今更、その誓いを破る気はない。それにおれ達・・・・・・」

「オレ達、今更、光の道を歩めないからな。闇で消えるのが一番だ」

皆、フックス同様、若い。なのに、サソリ団に囲まれながら、口元は緩く微笑んでいる。

「バカか! 正直に出て来る必要なんてないんだ! お前等は子供達と一緒に逃げれば良かったんだ! フォックステイルの正体なんて誰も知らない! お前等は――」

「リーダー、そりゃないだろう? 正体は誰も知らない? 知ってるさ、フォックステイルは・・・・・・いや、ブライト団は俺達だ。俺達自身がよく知ってる」

「そうだよ、リーダー、おれ達はブライト団。それが終わる時はおれ達が終わる時。怖くないさ、だって、世界中のミリアム様の奇跡はブライト団と共にあったんだから。きっとおれ達、天国逝き決定」

仲間の絆、信じ合う気持ち、深い愛情、優しさや人を想う強さ、恐怖を打ち負かす微笑みと、歩んできた道のりの曇りのない真実、一人一人が支え合い、弱さを補い、決して完璧ではないが、自分が信じた揺るがない正義。

最後の最後までフォックステイルはシンバに見せ付けるかのように、理想と憧れのままの姿をしている。

「おい、早く一列に整列しろ、毒矢で狙ってやるから」

アンタレスが楽しそうに声を弾ませて言う。

「お前の息子がまだ逃げてないだろ」

「心配するな、ちゃんと逃がしてやる。ほら、お前もサッサと逃げろ。折角、キツネ野郎が助けてくれたんだ、だが、シャークが集合かけたお蔭で、ここら一帯は賊達がウヨウヨしてやがるからな、またどっかの賊につかまって殺されたら笑い者だ」

と、ガハガハ笑いながら、シンバの背中を押すアンタレス。

だが、シンバは動けない。逃げたらフックスが殺されてしまうと思うからだ。

そんなシンバに、フックスは少し腰を落とし、手を広げ、

「来い!」

と、微笑んだ口元で言うから、シンバは涙をポロポロ落としながら、フックスへ向けて走り出し、そして、今、フックスの胸へと飛び込んだ。

「シンバ。シンバだよな?」

今、シンバの耳元でフックスが囁く。

自分の名を覚えていてくれているフックスに、どう応えていいか、わからない。

「なんでこんなとこにいるんだよ?」

「・・・・・・ごめんなさい」

「バカだな、責めてるんじゃない。もう泣くな。お前はオレと会う時、必ず泣いてるな」

「ボクのせいで・・・・・・・ボクのせいで殺されちゃう」

「お前のせいじゃない。オレ達がサソリ団に挑んで負けただけ」

「違う! ボクのせいだ! ボクのせいだよ! ボクのせいで!」

「もういい、黙れ、シンバ」

フックスはそう言うと、シンバの肩を持ち、そして、自分の胸からシンバを離し、シンバの顔をジッと見つめ、

「笑えよ、シンバ」

と、仮面を取って、微笑んで見せる。初めて見るフックスの、その顔は、まだ青年で若くて、綺麗な顔立ちをしていて、まだまだ未来ある人生な筈なのに、それなのに、ずっとこの人は自分を犠牲にして、この世界の未来の為にミリアム様の奇跡を起こして来たんだと、だけど、その奇跡も終わるんだと、それは自分のせいなんだとシンバは思う。

「笑えよ、シンバ!」

「・・・・・・ごめん・・・・・・ごめんなさい」

「だからなんで謝んの? おかしいぞ、お前? 言ったろ? こういう時代なんだ。誰のせいでもない」

「・・・・・・フォックステイルがしてる事は、世界を平和にする為の一歩だって、そう言ったよね」

「あぁ」

「だったらフォックステイルは、この世界に必要だよ! フックス達の一歩を、まだ誰も踏んでないよ! だから死んだら駄目だよね!? フックスの命が続く先に、いつか世界を変える者が生まれるかもしれないよ! きっと生まれるよ! こんな時代を終わらせる子供が現れるかもしれないよ! フックスの血が繋がっている者が、きっと! だから! フックスは生きなきゃダメなんだよ!!」

訴えるように言うシンバの頭を、クシャっと掻くように、撫でながら、

「お前は優しいな」

と、フックスは呟き、

「オレ達は自分の信じた正義を貫いてきた、だから、その一歩を無駄にはしたくない。でもな、正義を貫いたとしても闇で生きて来た。そんなオレ達の魂を受け継がせたくない。誰にも――」

そう言うと、ごめんなと、フックスの唇が動く。そして、シンバの背に手を置いて、

「見えなくなるまで走れ。遠くへ行け。絶対に振り向くな。そして生き抜いてくれ。光ある道を歩め。幸せな人生をつくれ。笑いで耐えない家族を手に入れろ。笑い皺が一杯の爺さんになれ。どんな苦境が訪れても笑い飛ばせ。お前が、そうやって生きていけば、お前の周りの人達も、そうやって生きていく。幸せな人が増えていくんだ。これからのシンバに、シンバの周りの人達に、幸あれ」

と、シンバの背中をトンッと、軽く押した。

笑いで耐えない家族、笑い皺が一杯の老人、幸せな人生。

それがフックスの憧れと理想?と、シンバは押されながら、フックスを見つめる。

そんなの誰もが思う事だと、そして誰もが信じている自分の未来だと思う。

だが、今の時代、それを手にする者は少ない。

極当たり前で、極普通の事。

なのに、誰もがそう信じずに、思わなくなった時代。

誰もが、みんな、その思い描いた当然の未来を築いていたら、こんな世界にはならなかっただろうか。

何故、人は傷付けあい、欲望のまま、残酷になるのだろう。

フックス以外のフォックステイル達も、シンバにバイバイと笑顔で手を振るから、シンバはどうして誰もボクを責めないの!?と、思うが、それはフォックステイルが残酷な人間ではないからだと思う。

「おい、もういいだろう? サッサとガキをどっかへ行かせろ」

アンタレスの苛立った怒声に、フックスが、シンバに、早く行けと言うが、シンバは立ち止まってしまう。だが、困らせるなとフックスに言われ、シンバは泣きながら背を向けて走り去る。賊達の高らかな笑い声が背後から追って来るように響く。

無我夢中で走るが、シンバは、その足を止めて、息を切らし、夜と言う闇の中、見開いた瞳から地面に落ちる涙を見つめ、そして、自分に問う。

――何やってんの?

――どこへ向かってんの?

――フォックステイルになりたかったんじゃないの?

――ツナと一緒にフォックステイルを探すんだろ?

――なのにボクは・・・・・・フォックステイルに出会えたのに・・・・・・

――助けられて・・・・・・逃げるの・・・・・・?

――また逃げるのか?

――これじゃあ妹を見捨てて逃げたあの時と変わらない。

――何の為に剣を握ってきたの?

――何の為に父から伝授された稽古を今迄続けてきたの?

――フックスに助けられてばかりで、まだ何も返せてない。

――このまま逃げたら、ボクは父親と同じだ。

――戻らなきゃ!

――戦うんだ、そして、フックスを助けなきゃ!

思い立ったように顔を上げ、振り向いて、来た道を戻ろうとするシンバの前に、カモメ、パンダ、シカが立っている。

「シンバ、遠くからだけど、オイラ達、隠れて見てたんだ」

「ごめんよ、オラ達、怖くて、出て行けなかった」

「僕達を助けてくれた、あの人達は、賊なの?」

「・・・・・・フォックステイルは賊じゃない。世界に奇跡を起こす怪盗だ」

そう言ったシンバに、3人は意味がわからず、黙り込む。だが、説明してる暇はないと、

「戻らなきゃ。フックスが殺される前に!」

と、走り出すシンバの腕をシカが掴んだ。

「シンバくん、もう手遅れだと思う」

「そんな事ない!」

「戻った所で、また捕まってしまうよ、今度こそシンバくんは殺されるよ?」

「それでもいい! 戻らない方が後悔する!」

「無駄にするの? 彼等はキミを助けたのに?」

「だからボクも助けたいんだよ!」

「今のキミに何ができるの?」

「ボクは戦える!」

「武器も持ってないのに?」

「うるさい!」

と、シカを突き飛ばしたシンバに、

「こ、興奮しないでよ、シンバ!」

と、カモメがシンバの腕を掴んだ。そして、

「落ち着いて、シンバ? ね? とりあえず、様子を見に行こう。それでいいだろう? 隠れて遠くから見てみる。それでもし助けられそうなら・・・・・・助けよう・・・・・・」

そう提案して、それでいいよねとパンダとシカを見る。

パンダは戻るの!?と震えだし、シカは無駄だと思うと溜息。

だが、シンバを納得させるには、それしかないと、カモメは、

「行こう」

と、ちょっと強引に言うが、脅えた声は裏返っている。その声に、シンバはみんなに迷惑はかけれないと、首を振りながら、

「ボクだけで行く。ツナの事も心配だし。でもみんなは逃げて」

そう言った。そうしようとパンダは頷き、カモメはどうしようとオロオロ。

「僕は一緒に行くよ。シンバくんをほっといたら無茶をしかねない。別に行かせたくない訳じゃないんだ。只、僕はキミが心配だから止めただけで。だから一緒に行く」

「でも」

「シンバくん、僕は将来性もない悪魔の子。ここで死んでも構わない。だけど誰かの想いを無碍にする行動は好きじゃない。僕等を助けてくれた人の想いに僕は応えたいだけ。僕の祖父は最後まで諦めず、病の人の為に薬を調合し、一生懸命に生きる人の想いに応えたいと言う人だった。僕はそんな祖父から学んだんだ。だから僕は祖父から学んだ事を無碍にしたくない。誰かの想いを無碍にしたくない」

そう言ったシカに、シンバは俯き、だが、直ぐに顔を上げて、真っ直ぐにシカを見つめ、さっきは強く突き飛ばしてしまったと、

「ごめん、ボク、キミを突き飛ばしたりして。確かにキミの言う通りだ。ボクが戻れば、フォックステイルの気持ちを無碍にした事になる。それでもボクは戻る」

強く、揺るがない強い意思のある台詞を吐く。

それはシンバがフォックステイルに出会った瞬間から学んだ事だ。

誰の気持ちや言葉など、関係ない。

自分の意思が間違っていないと思ったら、突き進む。

自分の道は自分で決める。

例え、それがどんなに尊敬する者でも、最愛の人でも、自分の事を想ってくれての助言をしてくれたとしても、自分の事は自分自身で決める。

そして、起こり得る全ての出来事は誰のせいでもない。

自分のせいなのだ。

もう父の言いなりだった、あの頃のシンバではない。

「わかった、でもシンバくん、これだけは覚悟しておいて。戻っても助けられない確立の方が高いよ。僕は見て来たんだ、サソリ団の毒によって死んでいく者達を! どんな薬も効かなかった。今も解毒剤はできてない。本の少しの掠り傷だけで毒は体全身に巡り、皆、苦しんで死んで行く。それでもキミは戻って、その目にその光景を焼き付ける選択を選んだ。悲しみだけがキミを襲う事を覚悟しておいて」

「・・・・・・悲しまないかもしれない。だって助けられるかもしれない」

シンバは僅かな希望に賭けている。

そんなシンバに、カモメもパンダも、お互い見合い、頷き、

「オイラ達も一緒に行く。オイラが言い出したんだ、様子を見に行こうって。シンバやシカだけ行かせて、もしも何かあったら、オイラ達だけ助かっても嬉しくないから」

「うん、そうだな、オラも1人で助かるより、みんなで助かる方がいいし、行こうか」

まだ声は震えてるものの、決意する。

ありがとうと、一緒に行ってくれる仲間に心強く思い、シンバは来た道を戻る為、走り出し、カモメもパンダもシカもシンバを追い駆ける。

サソリ団達が祭り騒ぎではしゃいでいる声が聞こえる。

シンバ達は、崩れた建物の物影で様子を見ているが、遠くてよくわからないが、アンタレスの笑い声が夜空に響き渡っている。

フォックステイル達もそこにいるのだろうが、どうなっているのか、わからない。

邪魔な男達を一掃できたらと、シンバは何かいい案はないかと思うが、アンタレスの笑い声が消え、騒ぎも一段落した雰囲気に、シンバの思考も停止する。

「おい、あっちにデカイ屋敷があったな、あそこで酒を飲みなおすぞ」

と、男達が移動し始める。

「オヤジ、フォックステイルの死体はどうする?」

男の内のひとりが、そう尋ね、

「誰か見張っておけ。妙な術で蘇ってゾンビになられたら勝ち目ないだろう? なんせゾンビは毒が効かねぇ。多分な」

と、自分のジョークに笑うアンタレスに、今にも飛び出して行きそうなシンバを、カモメとパンダとシカの3人で取り押さえる。

だが、見張りを指名しなかった事と、ジョークの台詞だった事で、男達は誰も残らず、皆、アンタレスと共にシンバが嘗て住んでいた屋敷に移動した。

誰もいなくなった場所に残ったのは5人の若者の死体――。

今、カモメとパンダとシカが、シンバから手を離すと、シンバはゆっくりと死体の傍へ歩き出し、そして、フックスの死体の傍、ガクンと膝を落とし、フックスを見下ろす。

タラタラと只管シンバの頬に流れる涙。

カモメもパンダもシカも、少し離れて、そんなシンバを見守るしかできない。

シンバとフォックステイルがどんな関係かは知らないが、大事な人だったのだと言う事はわかり、3人も、シンバの気持ちにリンクするように心の痛みに耐えている。

だが、奇跡が起こる。

今、シンバの流した涙の滴が、フックスの頬に落ちた瞬間、フックスが薄っすらと目を開け、そして、小刻みに震える手を動かし、シンバの頬にソッと触れて、涙を拭った。

「フックス!?」

と、シンバは自分の頬に触れるフックスの手を、両手で握り締める。

毒にやられ、まだ生きていたフックスに、カモメもパンダも、そしてシカは特に驚く。

「・・・・・・なんで戻って来たんだ? 振り向くなって言ったろ? お前、ホント、オレの言う事、聞かないよな」

「フックス!」

シンバがフックスの手を強く握り締めて離さないから、フックスはもう片方の手で、ネックレスを自分の首から、力を振り絞って、引き千切った。

そして、そのネックレスをシンバに向けて差し出した。

「覚えてるか・・・・・・? スカイピースと呼ばれる空のカケラ・・・・・・」

「覚えてるよ! フックスのは太陽とフェニックスのエンブレム!」

「雨とリヴァイアサンのスカイピースが・・・・・・アンタレスの胸で光ってた・・・・・・」

バニが見知らぬ男から受け取り、持っていたと言うネックレスをアンタレスがしていたと言う事は、やはり、バニを殺して、あの時に奪ったのかと、シンバは思う。

「シンバ・・・・・・これ持って逃げろ・・・・・・」

「フックスがしてなきゃ駄目だよ! フックス、立てる? 逃げよう?」

そう言ったシンバに、ヘッと笑いを零し、フックスは、ネックレスを持ってる手を力なく、ストンと落とした。

「フックス!? フックス! フックス!!」

まだ息はあるが、どんどん意識が遠のいて行くフックス。

泣いているシンバに言葉をかけたいが、もう声も出ない。

だが、自分の名を呼び続けるシンバに、フックスは応える為、そして、伝える為に、力なく落とした手を、もう一度、上へと向ける。

真っ暗な闇の夜空を指差すフックス。

ぼんやりと、シンバとフックスを見ていたカモメとパンダとシカは、フックスが指差した空を見上げ、シンバもまた、空を見上げる。

何かが落ちて来る。

ヒラッ・・・・・・ヒラヒラヒラ・・・・・・

落ちて降り注ぐ紙吹雪がヒラヒラと――。

〝ハッピーバースディー、シンバ。今、笑顔になるプレゼントが降り注ぐよ〟

そう言って、フックスが誕生日を祝ってくれた事を思い出すシンバ。

〝お前、自分を強いって言うけど、戦う事は強さじゃないぞ?〟

〝オレの一歩を、お前が二歩にしてくれりゃいいんだ〟

〝オレ達は誰も殺さない。相手が賊だろうが悪党だろうが殺しはしない〟

〝オレは、お前が生きてて良かったよ〟

〝オレなんかをカッコいいと思って、オレを追い駆けて来ない為に〟

〝魔法はさ、信じてれば、絶対に解けない。みんながみんな、信じてくれれば、魔法は続くんだ、ずっと――〟

〝泣いても一生、笑っても一生、だったら笑え〟

〝まずは、それが、フォックステイルの一歩だ。子供達が悲しむ事のない世界にする為の一歩!〟

――なんでボクはこうなんだろう。

――弱くて、自分の事ばかりで、情けない。

――いつも泣いてばかりで、最後までフックスに応えてあげれなかった。

――大好きな人を傷つけて、悲しませて、なのにボクは嘆いてばかり。

舞い落ちる紙吹雪が止み、シンバは顔を落とし、眠るように動かなくなったフックスを見つめ、フックスの頬に付いた紙吹雪をソッと手で払うと、フックスの唇が上へあがり、微笑んだように思え、そして、

〝笑えよ、シンバ〟

そう言っていると、フックスの意外にも穏やかな死に顔に思う。

今、シンバはフックスの手に絡んでいるペンダントを、自分の手の中に入れる。

〝やっぱり・・・・・・やっぱりボクは、大人になったらフックスになる〟

〝そうか〟

〝・・・・・・なれると思う?〟

〝どうかな〟

〝頑張ればなれるよね?〟

〝・・・・・・さぁ?〟

想い出の中で会話している自分とフックスの姿を見ているシンバ。

涙でぼやけてハッキリとは見えない。

いや、想い出だからハッキリとは見えないのかもしれない。

それとも現実逃避のせいだろうか。

だが、シンバは涙を止められないものの、精一杯の微笑みを浮かべ、笑って見せながら、

「なるよ」

と、思い出の中のフックスに言う。

〝ボクはどんな事があっても生き抜いて、生きて笑って過ごすよ。だからボクはフックスになる。絶対になる〟

フックスは、絶対に、この世界に必要だから。

まだ死んじゃダメだ。

だから、ボクはフックスになる!

「フォックステイルは世界中で奇跡を起こし続けるんだ」

フックスのペンダントと、フックスの手をギュッと握り締め、そして、もう喋らない、目を開けない、笑いかけない、動かないフックスに誓う。

〝正義を貫いたとしても闇で生きて来た。そんなオレ達の魂を受け継がせたくない。誰にも――〟

「うん、わかった。誰にも受け継がせない。フックスの魂はボクが受け継ぐから」

今、サソリ団の男が1人、松明の火を持って、こちらへやって来る。

見張りを指名されたのだろう。

それに気付いたカモメとパンダとシカが、シンバを引っ張り、その場から離れ、遠くへ逃げ出し、とりあえず夜の闇の中、動き回る事もできない為、町を出た森の中、4人は大きな木の下で蹲って、夜が明けるのを待った。

どんな事が起きても、朝はやってくる。

光は容赦なく、照らしてくる。

そう、夜が明ければ、新しい朝の始まり――。

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