2-4.

夕食の為、食堂に集まった子供達。

そしてパイプオルガンの音色に合わせ、歌を披露するリンシー・ラチェット。

その歌声は確かに素晴らしく、音楽に然程興味ないツナも、聴き惚れていた。

歌が終わると同時に、大拍手。

すると、リンシーはペコリと頭を下げ、

「ありがとうございます。私は明日、シスターと帰りますが、3人の友達の事、宜しくお願いします。遠く離れても、ずっと一緒に過ごして来た私の大事な仲間です。彼等をどうぞ、宜しくお願いします、本当に、宜しくお願いします」

と、何度も宜しくと言うので、シンバは心配性だなと少し笑ってしまうが、もしツナが他の誰かの所へ行かなければならなくなったら、同じように宜しくを連呼するかもと思う。

それから食事を終え、大部屋で寝る準備を始めるが、シンバの部屋にパンダとカモメが来て、これから先、一緒の部屋で寝なければならないと思うと、憂鬱だったので、ツナのいる大部屋に行きたいとシスターに相談してみようと、部屋を出ようとした時、

「シンバ」

と、カモメに声をかけられた。また何か嫌な事を言われるかと思ったが、

「シンバの上のベッド、空いてるみたいで、オイラ、使っていいかな?」

と、カモメは人差し指で鼻の頭を掻きながら、何故か照れ臭そうに、そう言った後、

「あの、それからさ、さっきは・・・・・・ごめんね」

なんて言うから、シンバは拍子抜けして、ポカーンとした表情になる。

「オイラもパンダもラビも生き残って、フォータルタウンの孤児院に辿り着けたけど、やっぱり、いろいろと辛い事はあって、それはシンバも同じだよね。ショックで記憶がないのもわかるよ」

「え、あ、いや・・・・・・うん」

「パンダとも話したんだけど、泣き虫バニは気まぐれなトコもあったけど、まぁ、今思えば、イイ子だった。シンバとは、ゼンゼン遊んだりした事なかったけど、でも、あのバニのお兄ちゃんだもんな、きっとイイ奴だって思う。あの頃はオイラ達がガキすぎて、何て言うか、シンバの気高い雰囲気について行けなかっただけ。それをお高くてとか言って、ごめん。あの頃もだけど、今も、ガキ過ぎだよね、ホントごめん」

「ううん・・・・・・そうじゃないよ、ボクは、実際に、みんなとは違うんだって、一線置いて、みんなをバカにしてたよ・・・・・・一緒に遊ぼうともしなかったし。だから、キミ達の事も知らない人で・・・・・・その事で、謝らなきゃいけないのはボクの方だ。あの頃、態度が悪くて、本当にごめん」

謝るシンバに、カモメはハハッと声を出して笑い、

「じゃ、おあいこ!」

そう言ったので、そうしてくれるならと、シンバも笑う。

どこへ行っていたのか、パンダはモグモグと口を動かしながら、やって来て、

「あっれぇ? カモメ、もう寝るベッド決めちゃったの?」

そう言って、空いてるベッドをキョロキョロ探している。

「パンダ、キッチンに行って、つまみ食いして来たの? バレたら怒られるよ?」

カモメがそう言うと、パンダは、だってお腹減ったんだもんと――。

「パンダも、シンバに謝るんだろ? オイラはもう謝ったよ」

「え? 一緒に謝ろうって言ったのにぃ! 先に謝っちゃったの? ズルいよ、カモメ!」

そう言ったパンダに、ズルいってなんだよと、カモメは、困った奴だなと、笑ったから、シンバも笑うと、その笑顔に、ホッとしたような顔で、パンダは、さっきはごめんと謝ったから、シンバも、ううんと首を振って、仲直り。

「ねぇ、シンバ、あ、オイラ達、シンバって呼んでいいのかな?」

「いいよ」

「あのさ、シンバの友達のツナって奴、オイラ達にも紹介してくれる? 仲良くしたいんだ。リーフと約束したからさ」

「リーフって、確かサードニックスに憧れてるって言ってた?」

「うん、リーファス・サファイア」

「その人と何の約束をしたの?」

「友達つくるって約束したんだ。オイラもパンダもちょっと変わり者だからさ、なかなか友達つくれない性質で、でもシンバもツナも、オイラ達と同じで変わり者っぽいなって思ったから、似た者同士で、仲良くなれないかなぁって思ったんだ」

そう言ったカモメに、パンダが、

「変わり者っぽいって言っちゃったら駄目だよ、いい人そうだからって言おうって決めたじゃん。もぉ、カモメはバカ正直なんだからぁ」

と、これまたバカ正直に言う。

シンバは、そんなカモメとパンダに笑う。笑っているシンバに、

「ところでバニは?」

と、シンバを凍り付かせるパンダの問い。悪気はないから、余計に悪い。

黙って俯いたシンバに、カモメが、

「オイラ達だって家族を失ってるんだから、そんな無神経な事を聞くもんじゃないよ、わかるだろ? シンバの首から下げてるペンダントを見れば――」

なんて言うから、シンバは顔を上げて、え?とカモメを見る。

「あ、ごめん、お風呂の時に、ペンダントを外すのを見て、バニが受け取ったペンダントだって思ったから」

シンバは、服の中から、ペンダントトップを取り出すと、カモメは、ソレと頷く。

パンダはシンバのしているペンダントを見て、

「ホントだ、バニがもらってた奴だ。シンバが持ってるって事はそういう事なんだな。無神経でごめんね」

と、眉を下げて言うから、いやいやいやと、シンバは、

「コレは母から譲り受けたものだよ。バニとコレ、何か関係があるの?」

と、ペンダントトップをギュッと握り締める。

「母から? 譲り受けた? そんな筈ない。それはバニが、知らない男から渡されたものだよ」

カモメがそう言って、遠い目をし、思い出しながら話し出す。

「あの日・・・・・・夜、賊が襲って来た、あの日の昼間。オイラ達、遊んでたんだけど、バニが知らない男に話しかけられてて、男から、そのペンダントを渡されてたのを見た。男がいなくなってから、バニに聞いたら、暫く預かっててくれないかって言われたって。オジサンが必ず取りに戻る迄、肌身離さず首から下げててくれって。だけど誰にも内緒だよ。お礼にお菓子を沢山持ってくるからって。バニは、お菓子イッパイもらったら、分けてあげるねって、内緒だって言われたって言いながら、みんなに、ベラベラと喋ってたよ」

そういえばと、カモメの話を聞きながら、あの日、母が妙な男を見かけたと言っていた事を思い出す。

まさかサソリ団は、その男を追って来たのでは――?

男が持っているペンダントが目当てだった――?

でも男は既にペンダントをバニに渡して更に遠くへ逃亡――?

だけどそのバニも・・・・・・

だからバニが持っていたペンダントは、今、サソリ団が持っている――?

シンバはペンダントトップをカモメに見せ、

「バニが持っていたペンダントと刻印が違うと思うんだけど?」

そう言った。カモメはシンバを見て、シンバの首から下げられているペンダントトップに目をやり、そして、ジィーッと見つめると、また目線をシンバに向けて、

「ホントだ。似てるけど違うや。確かバニのは雫のような模様で蛇が描かれてた。オイラ、記憶力いいから覚えてるんだ。確かに違う」

そう言った。パンダは違うの?とカモメを見る。カモメはうんとパンダに頷く。

――雫と蛇?

――雨とリヴァイアサンのエンブレムか。

――スカイピースのひとつは、今、サソリ団の手の中・・・・・・?

「じゃあ、バニは?」

パンダは再び問う。シンバは何も言わず、首を振り、俯く。

カモメとパンダはお互い、見合い、そして俯いているシンバを見る。

「オラ、悪い事聞いてる?」

パンダが聞くが、俯いたままのシンバは、顔をあげてくれそうにない。

困ったなとパンダも俯き、カモメは俯いている2人を交互に見る。

そしてシンバを見た。

「ねぇ、シンバ、パンダは直ぐに思った事を考えないで口にしちゃうけど、悪い奴じゃないんだ。面白いし、なかなか役に立つ特技を持った奴だしね」

なんて言うから、役に立つ特技?と、シンバは顔を上げてパンダを見ると、パンダも目だけを動かして、チラッとシンバを見て、そして、そのふっくらと太った真ん丸の顔を上げ、パンダはニッと笑うから、シンバも苦笑いしながら、カモメを見る。

「シンバはいつも剣の稽古してて、強いから生き残れたんだろうけど、オイラ達、強くはないからね。でも賊相手に逃げ切るだけの道具があった」

道具?と、シンバはクエスチョン顔。

「そうだ、シンバにも見せてあげるよ、オイラの発明品」

カモメはそう言うと、部屋の隅に置いてある大きなリュックを持って来て、中をゴソゴソと漁り出す。そして取り出したモノは・・・・・・

「メジャー?」

と、シンバはカモメの手の中にあるモノを見て言う。カモメはフフフンと笑い、メジャーらしきものを天井に向けると、ポチッと小さなボタンのようなスイッチを押した。

すると、シュッとメジャーらしきものから出てきたのは、頑丈そうなワイヤーで、それが天井に向かって伸びて、そしてワイヤーの先がピタッと天井にくっついた。

「これね、すっごく軽いんだ、オイラの手の平に乗るぐらい小さいし、片手で軽く持てる。なのに、重さ500キロくらいのモノを持ち上げられるんだ」

そう言って、何かないかなと、カモメはキョロキョロしながら、パチッとパンダと目が合い、お前でいいやと、パンダにメジャーみたいなものを持たせ、

「パンダ、ボタン押して?」

そう言った。パンダはムリムリと首を振り、

「これ、ボタン押したら、オラが天井にビターンッて叩き付けられる」

そう言った。カモメはいいじゃないかと言うが、パンダは嫌だと首を振る。

「あの・・・・・・見せてくれなくても、信じるよ。でも理論的には無理な話だ。まず、そのワイヤー、頑丈に見えるけど、その手の平に入ってるモノの中に、普段はクルクルに丸くなって入ってるんだよね? と言う事はそれだけ素材が柔らかいって事。しかも一本の柔らかいワイヤーで、500キロを持ち上げるのは無理だよ、それにワイヤーの先は天井にくっついたけど、粘着力が全然足りないよ、ぺタッと張り付いただけだもん」

シンバがそう言うと、カモメはムッとして、

「無理なものを、無理じゃないものとして、現実に存在させる。それこそ発明と言うものだ。これからもっと改良して、持てる重量を更に上げれば、うんと重い荷物を運ぶ事に使える。応用する事も考えれば、もっと役に立つものになる」

そう言うから、500キロでも無理があるのに、それ以上の重量なんて、もっと無理と、シンバは苦笑いしながら、それでも、わかったと頷いた。

だが、シンバの表情が、カモメは気に入らない。

「よし、じゃあ、オイラがすんごい発明家である証をシンバにプレゼントするよ」

「え?」

「無理なものを、無理じゃないものとして現実に存在させたもの。これを友情の証に、シンバ様い贈呈します」

と、カモメがリュックから取り出したのは、小さな小さな箱。

パンダはそれを見て、クスクス笑い、まるで悪戯が成功したような表情をする。

シンバは首を傾げながら、縦も横も2センチ程度の立方体の箱を受け取る。

人差し指と親指で箱をつまんで、耳近くで揺すってみるが、特に何も音はしない。

クルッと回転させ、裏側も見るが、特に何の変哲もない小さな小さな立方体。

「どうぞ開けてみて。ちっちゃな凹みがあるトコに、爪を入れて、引っ張れば開くから」

カモメがそう言うから、シンバはコクンと頷き、箱を手の平の真ん中に置いて、小さな凹みを爪で引っ張ってみる。

そして開けた瞬間、箱からパンッと言う大きな音とカラフルな紙吹雪と繋がった国旗と真っ白な鳥が飛び出した。

ビックリしすぎて、尻餅を着くシンバを、指を差して、お腹を抱えて笑うカモメとパンダ。

驚き過ぎて、真ん丸に目を見開き、口を開けたままのシンバ。

白い羽がふわふわと舞い落ちて、鳥も、ゆっくりと床に滑り落ちる。

見た目、本物の鳥かと思ったら、ネジで動くブリキの鳥だ。

シンバは、そのオモチャの鳥を見ながら、信じられないと、今度は手の中にある箱を見る。

こんな小さな小さな箱の中、こんな物が入る筈がない。

鳥を手にとって見るが、堅い木材で出来ていて小さくなるようなモノではない。

それに紙吹雪や音もどうやって小さな箱の中に入っていたと言うのか、シンバは、

「嘘だ、こんなの信じられない」

と、心の声を口に出した。カモメは勝ち誇った顔で、

「嘘だ、こんなの信じられない。今、確かにそう言ったね? その言葉こそオイラにとっての最高の褒め言葉!! あぁ、そうだよ、そうなんだよ、シンバ!! 頭では信じられない事、現実では無理なもの。だけど空想し、その想像力を、現実に持って来て無理じゃないものにする。それが発明。普通に考えてもわからない事をつくるのが発明家だ」

と、自信たっぷりに力説する。

「オラとラビは、カモメが発明した、いろんな道具を使って、賊達から逃げ切ったんだ。賊の野郎、驚いてたよな、今のシンバみたいにさ」

「ま、でもオイラの発明はあくまでもビックリを引き出す設計と技術。工作自体には才能なくてね、この鳥はパンダの作品。凄いだろ? ホンモノみたいじゃない?」

カモメは床に落ちたままの鳥を拾い上げて、そう言うと、ネジを回した。

すると鳥は羽ばたき出し、宙を舞う。まるでホンモノの鳥のように――。

「でも鳥を飛べるようにしたのはカモメだよ。オラは粘土や木とかゴムや紙とか、そういう素材があれば、何でもホンモノそっくりに作る事はできるけど、カモメのような凄い才能はないからなぁ」

「いやいや、パンダくん、キミもなかなかの才能だよ、その太く丸い指で器用に何でもホンモノそっくりに作り出すんだからな。まるで鏡に映したように。有名な名画だって描けちゃうから凄い!」

「オラすごい? やったぁ! でもカモメの発明のが凄いけどね!!」

「いやいや、パンダの方が」

「いやいやいや、カモメの方が」

カモメとパンダはお互いを褒め合い続ける。

シンバはポカーンと口を開けたまま、尻餅を着いた状態で、2人を見ている。

そんなシンバの視線に気付き、カモメはニッと笑うと、シンバに手を差し出し、

「ドキドキしない? こういうのって」

と、また勝ち誇った顔。シンバはコクコク頷いて、

「凄いな、キミ達は・・・・・・」

そう言うと、カモメの手を握り、立ち上がる。

カモメもパンダも、あのシンバに凄いと言わせたと、ヤッタァと大喜びで飛び跳ねる。

「あのラビって女の子も、キミ達と何か作り出したりするの?」

「ラビ? あぁ、ラビは気が向いたら・・・・・・まぁ、オイラ達の仲間になるかな。なんていうか、アイツは信用しない方がいい」

カモメが真面目な顔で、そう言うと、パンダもコクコク頷き、

「ラビはどちらかと言うと一匹狼的なんだ」

なんて言うから、まさかと思う。一匹狼と言えばツナだろう。しかもラビは女の子だ。友好的な雰囲気も持っていたし、人見知りする事もなく話しかけても来ていた。

「シンバ、今、そんな訳ないって思ってるだろ?」

そう言ったカモメに、ボクの頭の中を読む発明品でも持ってる?と、シンバは思う。

「ラビは自分の欲しいモノの為なら、誰でも利用する。利害関係が一致すれば味方になるけど、合わなければ敵になる。かと言って、こっちが敵とか味方とか思ってても、ラビにとったら、敵も味方もなく、平気で裏切るし、当然と寝返る。でも根は悪い奴じゃないから、そこがまた厄介」

カモメがそう言うと、

「オラ達は、ラビがどういう奴か知ってるから、まぁ、大抵の事には引っ掛からないけど、ラビに手の平で転がされまくってる奴って結構多かったよ。ラビの〝お願い〟に、断れない奴等は殆どが男だし、ラビもターゲットは男にしてるしな。だって可愛いだろ、大体の男は、あの顔で〝お願い〟されたら頷いちゃうんじゃないかな」

パンダがそう言って、

「自分が可愛いって知ってるんだよ、ラビは。だから、その自分の容姿さえ、利用してる奴なんだ。見せ方も甘え方も、そんでもって、男ってのはって事も、よぉく理解した奴だ。今よりもうんと小さい頃からね。だから怖いんだ、アイツは」

カモメがそう言った。

怖いと聞いて、そういえば、ツナがラビを悪魔だと言っていたなと思い出す。

「ま、そういう奴だから、アイツには気をつけた方がいい」

カモメにそう言われ、そうかと頷くシンバに、

「でもラビの奴、泣き虫バニには優しかったよな」

パンダが、思い出したように、そう言った。

「あぁ、そうだな、バニにだけは優しかった。バニも凄く懐いてたよな」

と、カモメが、フッと思い出し笑いし、

「そういえば、オイラが、バニをイジメてたら、ラビに、今度バニをイジメたら、アンタ、許さないわよ、容赦しないから覚悟してって言われた事あってさぁ。もうイジメないよって言ったけど、次の日、普通にイジメてたよね」

そんな思い出話を言い出して、パンダが、

「で、容赦なく、沼に沈められたよね。事故だって事になったけど、あれ、絶対ラビの仕業だったよね」

と、怖かったねと、言い出し、シンバが、沼に沈められた!?と、驚いた顔をして、カモメが、発明品で、沼から抜け出せたけど、あの時、もしかしたら死んでたかもと、今更ながら、鳥肌立って来たと、腕のブツブツを見せる。

「で、でも、そんなの、本当に事故なんじゃないの?」

イタズラじゃ済まされないだろと、シンバが、そう言うと、

「オイラが沼から死に物狂いで出てきたトコ、ラビ、泣きながら、突然、落ちたからビックリしたわって、無事で良かったねって、沼のドロドロに覆い尽くされたオイラに抱き着いてきて、大人のみんなが、ラビに友達想いだと、無事で良かったって口々に言ってる中で、ラビ、オイラの耳元で、次はないわよって囁いたんだよね・・・・・・」

顔を青冷めながら言うカモメに、それは確信犯だなと、シンバも恐怖に思う。

「でも、どうしてバニには優しくしてたんだろう?」

「あー、オラも、それ疑問に思う。なんでだろう?」

「そりゃバニと仲良くしとけば、シンバ様とお近づきになれるって思ってたからじゃない? あの頃、シンバは、オイラ達にとって、シンバ様だったからさ。なんとなく、わかるだろ?」

と、

「でも、今は、シンバ様って地位じゃないから、狙われる事はないと思うよ」

と、笑いながらシンバを見て、カモメはそう言うと、

「だから、ラビはもうシンバに興味ないと思うけど、とりあえず酷い目に合う前に、本当に気をつけた方がいい」

そう言った。実際に酷い目に合った本人からのアドバイスだ、聞いといた方がいいなと、シンバは頷く。

でも、どんな理由であれ、バニと仲良くしていたのかと思うと、どんな理由もなく、バニに何もしてやれないまま、そして最後は見放した自分が一番酷いと思う。

「・・・・・・ねぇ、バニは、キミ達と、どんな事してたの?」

「うん? あぁ、うん、バニは単純な遊びが好きだったかな、追いかけっことか、かくれんぼとか。でも、ちゃんと手伝いもしてくれたりしたよ。オイラには、発明品の材料集めしてくれたり、時にアドバイスしてくれる助手みたいな役割も!」

「アドバイス? バニが? だってバニ・・・・・・小さいよ?」

シンバがそう言うと、カモメはクスクス笑い、そうだねと頷いて、パンダが、オラ達も、まだ子供だから小さいけどねと言う。

「バニは、ちょっとからかっただけで、よく泣いて、でも活発で好奇心旺盛だから、お転婆で、オイラ達を困らせる事もあったけど、想像力は、なかなか面白かった。夢みたいなモノを次々に思い付く。バニがいたから、今のオイラがいるって言っても過言ではない! さっきのビックリ箱も、バニの案だよ。普通のビックリ箱じゃビックリしないよって、箱からしてビックリがいいって、言い出したのはバニだ」

「そうそう、おにいちゃんを驚かせたいって言ってたよ?」

思い出したように、パンダがそう言って、

「すっごい楽しそうに、おにいちゃんをビックリさせたいんだって、そしたら、おにいちゃんは一緒に遊んでくれるかもって言ってたなぁ。シンバ、一緒に遊んでやんなかったの? 外では遊んでるの見た事なかったって言うか、オラ達とも遊んでなかったから、知らないけど、家ではバニと遊んでたんだろ?」

そう言われ、シンバは、俯いた。

カモメは、肘で、パンダの横腹を小突く。パンダは、また失言しちゃった?と、自分の口を両手で押さえる。

バニの存在をメンドクサイと思っていたし、邪魔だとも思っていた。

一緒に遊んであげると言いながら、簡単に本を読み聞かせするだけで、バニの話など、聞いてやろうとも思わなかったと、シンバはバニの笑顔すら思い出せない事に気付く。なのに、バニは、シンバを思って、外に遊びに行っていた――。

外で遊んでいるバニなんて、思い出せないどころか、知らない。

泣き虫バニと言われても、泣いている顔さえ、わからない。

思い出すのは、遠くで泣き喚く最期の声が消えた瞬間の自分の胸の痛み。

この期に及んでも、自分が傷付いた事しか思い出せないと悲しくなる。

バニの兄なのに、バニを何も知らない。

知らなくていいと思っていた。

妹だからと思いながらも、バニの事も、バカにしていたからだ。

今になり、母親のカラが言っていた事の意味を理解する。

――ボクは本当に無知だ。

――何にもわかってない。

――ボクに知らない事、わからない事、たくさんあるのに。

――ボクより凄い奴、イッパイいるのに。

――友達同士教わったり、教えたり、そうできた筈なのに。

――ボクは自分でそれを拒否した。

――ボクの方がレベルが上だなんて、勝手に思い込んで。

――全然、ボクの方が、駄目で、何もできなくて、酷い人間なのに・・・・・・。

――生きてる価値・・・・・・あるんだろうか・・・・・・

俯いたままのシンバに、カモメもパンダも困り顔。

消灯時間の合図に、2人はホッとしたように、ベッドへと入っていく。

シンバも、ベッドに潜り込むが、寝付けず、何度も寝返りを打つ。

枕を裏返したり、目をギュッと閉じてみたり、羊を数えてみたりするが、やっぱり眠れそうにない。

シンバはムクッと起きて、窓辺に立ち、カーテンを開けて、暗い景色を眺める。

久し振りに、こんなに落ちた気分になったと、部屋を出て、礼拝堂に来たのは、あの日と似た気分だったから。

フォックステイルに出会った、あの日と――。

誰もいないシンと静まる礼拝堂で、シンバは更に気分が落ちる。

「・・・・・・今日は誕生日なのにな」

そう呟いて、ミリアム様の像に近付いた時、金貨が光った。

駆け足になるシンバ。

そして、ミリアムの像の下に散りばめられた金貨を見て、一枚、手にとって見る。

カタンッと音がした事で、シンバは振り向く。

フワッとカーテンが膨らみ、窓の縁に立っている人影に、

「フォックステイル」

シンバの口が吐いた。

だが、またカーテンが膨らみ、そして、カーテンが静かに静止すると、窓は閉まっていて、人影もなく、目の錯覚かと思うが、金貨は消えてない。

間違いない、フォックステイルだと、シンバは窓を全開に開けて、外を見る。

どこにも誰もいない。

だが、シンバは窓の縁に飛び乗り、そして、外へ、飛び出した。

履いていたスリッパが脱げてしまったが、裸足のまま走り出す。

金貨を一枚、手に持ったまま――。

「フックス! フックスー!」

シンバはフックスの名を何度も呼びながら、町中を走る。

人影を発見して、走り寄るが、それは酔っ払いのオジサン。

塀に走る影を見上げるが、それは猫。

トボトボと歩いている影は、犬。

寄り添う影はカップル。

どこにもいない。

この町に、大道芸は来ていないし、フォックステイルはいない。

だけど、金貨は確かにあるんだと、シンバはギュッとコインを握り締め、走る。

「フックスー!!!!」

暗闇となる細道に叫び、息を切らし、足を止める。

足の裏がジンジンする。

――もう行っちゃったのかな。

――そうだよな、大道芸は来てないんだ。

――金貨を置いて、サッサとこの町を出たんだ。

「フックス・・・・・・」

会いたかったと、名を囁きながら俯いたシンバに、

「お前誰だ?」

背後から、そう声が聞こえた。ゴクリと唾を飲み込むシンバに、

「何故、オレの名前を知ってる? 何故、オレの名を呼ぶ? 何故、オレを探す?」

何故、何故、何故、そう問われ、シンバはゆっくりと振り向く。

家の外壁に持たれ掛け、夜空を見上げているのは、仮面を付け、腰にキツネの尻尾のアクセサリーを付けた男――。

シンバが振り向くと、男は、顔を下ろし、シンバに目線を向け、

「誰だ? お前? オレの名前、どこで知った?」

と、キツイ口調。

「・・・・・・フックス・ブライト」

少し震える声で、シンバは男を呼ぶ。男の顔は仮面で表情がわからないが、目が疑わしくシンバを探っているのがわかる。

「フックス・ブライトだろ? ブライト団のリーダー、フックス。またの名をフォックステイル!」

シンバは、そう言って、

「フックスが教えてくれたんだ」

と、そう言うと、男は、オレが?と、少しだけ顔を斜めに動かし、わからないと言った感じで、ジィーッと、シンバを見つめる。

シンバは会えた事の興奮と落ち込んでいた気分が混ざり合って、涙が溢れ出す。

「お、おい、泣いてるのか!?」

男は、そう言うと、ハッとして、

「お前、髪を切ってやった、あの子供か?」

思い出したようだ。シンバが、涙をグイッと腕で拭き、大きく頷くと、

「オレンジ?」

そう聞かれ、シンバはまたコクンと大きく頷き、

「そう、ボクの髪の色はオレンジ」

と、フックスに駆け寄った。

フックスは、シンバの頬に流れる涙を、親指で拭うと、

「オレに会う時は必ず泣いてるのか?」

と、笑うから、シンバも泣き笑い。

「デカくなったなぁ。全然わからなかった。子供ってのは成長が早いんだな。あっという間に、オレに追いつくだろうな」

「フックスも、なんか、大人になった感じする」

「そりゃぁ、オレはすっかり大人の年齢だからな」

「大道芸はどうしたの?」

「うん? さぁ? 何の話だ?」

口角を優しい微笑みで上げて、とぼけるフックスに、そっかとシンバは思い、それ以上は聞かない。

フォックステイルは怪盗。

誰も、その素顔も素性も知らない。

存在さえ、知らない。

だから、聞いちゃいけない。

シンバが、今、手の中で握り締められたコインも、ミリアム様の奇跡が起きただけ。

「フックス、ボクね、いつかフォックステイルになりたくて――」

「なりたくて?」

剣の稽古を毎日していると言おうとしたが、それはツナも同じで、ツナと比べて、自分はどうなのだろうかと思うと、台詞が続かなくて黙ってしまう。

「どうした?」

「ううん、やっぱりボクがフォックステイルになるのは無理かな」

「ならなくていいだろ」

「なりたいんだよ?」

「もっと他になりたいものがあるだろ」

「ないよ」

「そんな訳ない、イロイロあるだろ、大人になったら、なりたいもの」

「フックスは、子供の頃、何になりたかった?」

その質問に、フックスは答えず、

「お前、裸足じゃないか!?」

と、足元を見て、驚いた声を出した。

「フックスが行っちゃう前に会いたかったから」

「オレを裸足で追い駆けて来たのか? バカだな、足、怪我してないか?」

と、フックスは、しゃがんで、シンバの足を見て、それからパチンと指を鳴らすと、フックスの手の中にスリッパが出てきた。

魔法だと、シンバが目を輝かせる。

フックスは、スリッパを、シンバに履かせ、

「靴も履かないで、オレなんか追って来たら、ダメだろ」

と、シンバを見る。シンバは、

「スリッパは履いてたんだよ。でも、窓を飛び越えた時に脱げちゃって」

そう言いながら、フックスが魔法で出してくれたスリッパが嬉しくて、ニヤニヤしてしまう。何笑ってんだと、フックスは、シンバの額を軽く小突いて、

「ほら、風邪ひくから、教会に戻ろう」

と、言うから、シンバは、嬉しい気持ちから、寂しい気持ちになり、しょんぼりする。そんなシンバの表情を見ながら、フックスは小さな溜息を吐いて、

「で? 今度は、なんで泣いてたんだ?」

そう聞いた。シンバは、フックスを見て、話を聞いてくれるんだと、フックスと話ができると、嬉しくなる。

「ボクが教会に保護される前の、過去のボクを知ってる子達が来たんだ。ボクは、凄い嫌な奴だったから、それを知ってて・・・・・・でもそれは、もういいんだ。只、ボクが、本当に嫌な奴だったって、改めて、わかったから――」

言いながら、フックスと話はしたいけど、こんな話は聞かせたくないのになと、だったら、喋らなければいいのにと、自分に思うが、喋ってしまう。

それはきっと、大好きなフックスに、自分の全てを知ってほしくて、何一つ、隠してしまうような事はしたくないからだ。

「妹の事、よく知ってて、一緒に遊んだりしてくれてたみたいで。でも、ボク、妹の事、邪魔に思ってたから、全然知らなくて、妹が泣き虫だったとか、ボクの為に、ビックリ箱を作ろうとしてくれてた事とか、ボクと・・・・・・遊びたがってた事とか――」

今更になって、バニを大事にすれば良かったと、後悔するばかり。

「ボクが死ねば良かったって思った」

そう言って、シンバは、黙り込んだ。

バニじゃなく、自分が死んでいれば、カモメもパンダも、再会を喜んだかもしれない。でも、生きていたのがシンバだった事で、2人は、嫌味から始まった。

そんな人間、生きている価値あるのかなと、シンバは俯く。

「どっちが、じゃなくて、妹も、お前も、生きてていいんだよ。どっちかが、死ねばいいなんて事、絶対にないだろ。妹が死んだ事は、もうどうしようもない。自分のせいだと、自分を責める気持ちもわかるし、妹じゃなく、自分が死んでればって思う気持ちも、わからなくはない。だけど、お前がそう思うのと同じで、お前が生きてて良かったと思う人もいる筈だ。少なくとも、オレは、お前が生きてて良かったよ」

「・・・・・・ホント? ボクが生きてて良かったと思ってくれるの?」

「当然だろ。ていうか、その、お前の過去を知る奴等? ソイツ等だって、お前が死ねば良かったなんて思ってないだろ」

「それは・・・・・・そうだけど・・・・・・」

「まぁ、ネガティブになる夜ってのは、誰でもあるからな」

と、シンバの頭をクシャクシャ撫でるフックス。シンバは、フックスを見上げ、ツナと同じで優しいなぁと思うと、ツナとフックスが似てるんだろうなぁと、そう思って、ちょっとヤキモチのような、嫌な気分になる。

「どうした? なんで拗ねた顔してんだ?」

「だって、フックス、優しいから」

「は? それ、拗ねる理由?」

「拗ねてないよ。只、なんか、ちょっと悔しいなって。フォックステイルのフックスは、こんなに優しくて、カッコいいのに・・・・・・」

随分、良く思ってくれてるんだなぁと、フックスは苦笑い。

「なのにさ、みんな、サードニックスがカッコいいなんて言うから」

「サードニックス・・・・・空賊か。ま、空軍を一掃したんだ、サードニックスは一躍ヒーローだからな」

「ヒーローなもんか! 賊は賊だ! アイツ等は悪い奴等だ!」

「その通りだ」

「フォックステイルがヒーローだ!」

「それは違う」

「フォックステイルこそがヒーローだよ!」

「違うって。オレ達も賊同様、ろくなもんじゃない」

「そんな事ない。ボクは、フックスが一番カッコいいと思ってる!」

そう言ったシンバに、フックスは、ブハッと笑い、随分と惚れられてるなぁと思う。

「ボクはフォックステイルが世界中で奇跡を起こして、沢山の子供を救ってるのに、みんな、何も知らないで、サードニックスをヒーローだなんて言ってるのが嫌だよ。ここの孤児院の子供達も、ミリアム様の奇跡で生活できてるのに、みんな、サードニックスに夢中だよ。今日来た子達も」

「オレも、サードニックスをヒーローと言うのは、違うと思うけど、オレ達だって、カッコいい訳じゃないし、ヒーローでもない。その点では、シンバは、他のみんなと同じだ。ヒーローでもない者に、ヒーローだと思い込んで、夢中になってる」

「ボクは、実際にフックスに救ってもらったから!!」

「たまたまだ、たまたま、泣いているお前と出会ったのがオレってだけ。泣き止む事ができたのは、お前自身だし、前向きになれたのも、お前自身の頑張り。オレが救った訳じゃない。それに、オレじゃなく、別の誰かが、お前と出会ってたら、きっと、泣いているお前の話を聞いてくれたよ。そしたら、その人が、お前のヒーローになっただろうな」

「違うよ!」

「違わないだろう」

「なんでそんな事言うの!?」

「オレなんかをカッコいいと思って、オレを追い駆けて来ない為に」

「・・・・・・」

黙ってしまうシンバに、しょうがない奴だなと、フックスは、シンバの肩に手を置いて、

「オレじゃないよ。オレじゃないんだ。お前がカッコいいと思って、目指す先にいるのは、オレじゃない。でもね、オレは、お前が、オレより、カッコよくなって、幸せに生きていく事を願ってる。そうであってほしい」

「・・・・・・」

「自分が死んでた方がいいなんて、思う事もなくなるくらい、幸せに生きて行ってほしい。その手イッパイに溢れるくらいの、大事なものをつくって、笑いの堪えない人生を歩んでほしい」

「・・・・・・」

「もし、オレになりたいなら、そうなるべきだ」

「え?」

「オレは、そうなりたいから。そうなりたいから、フォックステイルやってるんだ。いつか、戦いのない、平和な時代が来て、みんなが笑って過ごせる世界になるように。オレ達は言う程、奇跡なんて起こせないし、奇跡を守れない。でも、みんな、願ってる事は一緒だと思う。だから、いつか、みんなの願いが叶う時が来る筈だから」

「・・・・・・」

「魔法はさ、信じてれば、絶対に解けない。みんながみんな、信じてくれれば、魔法は続くんだ、ずっと――」

フックスはそう言うと、シンバの頭を、またクシャッと撫でて、

「大人になっても生き抜けよ、長生きするんだ、それで、最期には、あーいい人生だったなって、笑えるようにな」

「やっぱり・・・・・・やっぱりボクは、大人になったらフックスになる」

そう言ったシンバに、まだ言うかと、笑って、呆れて、

「そうか」

と、フックスは頷いた。

「・・・・・・なれると思う?」

「どうかな」

「頑張ればなれるよね?」

「・・・・・・さぁ?」

なれると答えてくれないフックスに、シンバの眉が下がる。

「なりたいモノになれなくてもいいだろ、人生はそれだけじゃねぇから」

フックスはそう言うと、

「笑えよ」

と、シンバの頬を両手で上に引っ張り、無理に笑顔を作らせ、

「泣いても一生、笑っても一生、だったら笑え。この町には教会があって、ミリアム様の奇跡が起きてるんだろ? 孤児達には綺麗な服も美味い飯もある。生きていける生活がある。なら、笑え。どんな悲しみがあっても、笑って生き抜けば、次の世代でも、また笑顔が増える」

と、

「まずは、それが、フォックステイルの一歩だ。子供達が悲しむ事のない世界にする為の一歩!」

「・・・・・・」

ムゥっとした顔で、黙っているシンバに、しょうがねぇなぁとフックスは、

「お前、オレの言ってる事、理解してる癖に、頑固だねぇ」

と、苦笑い。

「だってフックスになりたいんだもん!」

「やめとけって! オレなんかになったって、ろくな人間になれない」

「そんな事ない! フックスこそ頑固だよ!」

お互い様だなと、笑うフックスに、シンバも笑顔になっていく。

いつだって、ちゃんとした答えはくれないけど、それでも、フックス自身の本当の気持ちで、応えてくれている。

諦めも、絶望も、願いも、祈りも、希望も、持ってるモノを全部、教えてくれているように思える。

決して、夢だけを見せてはくれない。

決して、現実だけを触れさせない。

遠くて、近いような距離感。

友達のような、お兄さんのような、だけど、全く知らない人。

闇の中に佇んだままのような感覚も残っているが、決して光を失わせない。

フックスは絶妙な距離で、上手にシンバの心を救い、シンバの笑顔を引き出す。

それはまるで魔法のように。

「じゃあ、ボクはどんな事があっても生き抜いて、生きて笑って過ごすよ。だからボクはフックスになる。絶対になる」

「・・・・・・じゃあな」

フックスは〝なれる〟とも〝なれない〟とも、ましてや〝なれ〟とも〝なるな〟とも言わず、背を向けて、バイバイと手を振るから、シンバは焦ってしまう。

怒らせたのか、呆れたのか、嫌われたか、そんな風に思って、シンバはフックスを呼び止めたいのに、呼び止めれず、オロオロしてしまう。すると、フックスの足が止まった。そして、フックスは振り向いて、

「思い出した、シンバだ」

と、名を呼ぶ。

「シンバ、だったよな? ずっと何て名前だったっけかなぁって考えてたんだけど、思い出せて良かった」

名前を呼んでくれるなんて、全く思ってもいなかった。

でも、フックスは、だろ?と、シンバを自信ありげに見ている。

名前を覚えていてくれて、思い出してくれた。

それだけで、最高のプレゼント。

悲しみは全て消え去り、最後の最後に、また救ってくれると、シンバは笑顔で、

「誕生日なんだ。今日、ボクの誕生日。ボクが生まれた日だ」

頷きながら、そう言った。

フックスはパチンと指を弾き、シンバを指差すと、

「ハッピーバースディー、シンバ。今、笑顔になるプレゼントが降り注ぐよ」

と、シンバを指差した人差し指が、空へと向かって伸びる。

シンバは、フックスの指を目で追い、暗い夜空を見上げ、そして、ヒラッと何かが落ちてくるのを見つめる。

ヒラッ・・・・・・ヒラヒラヒラヒラ・・・・・・

落ちて降り注ぐ紙吹雪がヒラヒラと――。

シンバが生まれ、今日まで生きて来た事を祝福してくれるように、ヒラヒラと落ちる紙吹雪に、シンバはどこから降ってきてるのかと、でも、これはフックスの魔法なんだと、顔を下ろし、フックスを見るが、もうフックスの姿はそこにない。

紙吹雪が終わり、寂しく思うが、自分を覚えていてくれた事、名前を思い出して呼んでくれた事、フックスに会えた事、それ等全てがプレゼントだった。

生まれて来て、そして生きて来れて良かったと、思う程の日となった。

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