2-3.
ブライト教会で過ごし、5年の月日が流れ、シンバは10歳の誕生日を迎えていた。
あれ以来、ミリアム様の像から奇跡の涙は何度か落とされたが、フォックステイルに会う事も大道芸が、この町に来る事もなかった。
変わった事と言えば、サードニックスという賊が大きな船を空に向かって漕いだ事。
奴等は自分達を空賊と呼び、空軍達を空から撤退させた。
それは空から地上へ向かって狙い撃つ者を消した事となり、国の戦力が落とされ、戦争が激減し、サードニックスは、賊にも関わらず、一躍ヒーローとなった。
どうやらアレキサンドライトと言う賊も空に浮く船を造ろうとしていたらしいが、持ち金がどこかに消えたらしく、未だ地上で予算を稼ぐ為、暴れているらしい。
そのせいでアレキサンドライトはサードニックスより出遅れている。
空に浮かぶ一機の大きな船は、サードニックスだけ。
サードニックスは特に地上に手出しする事もなく、売られた喧嘩だけを買う為か、賊の癖に悪名とはならず、しかも買った喧嘩は負け知らずと来ている。
そして、すっかり子供達の憧れとなり、今の子供達は空賊ごっこをして遊ぶのが流行りだ。
だが、シンバもツナもサードニックスなどに興味もなければ、憧れもない。
2人のヒーローは、誰にも知られずに、影で奇跡を起こし、活躍し続けるフォックステイルだけ!
「へぇ、誕生日」
ツナは額の汗を手の甲で拭きながら、そう言って、シンバを見る。
毎日、シンバとツナは、いつかフォックステイルの為になると信じて、裏山での剣の修行に励んでいる。
もう枝ではなく、自分達で木を削って作った竹刀を装備している。
「うん、今日、ボクの誕生日なんだ。みんなにも言おうと思ったんだけど、なんか言い出しにくくて――」
「言い出し難い? なんで?」
「だって、みんな自分の誕生日を言わないから。知らないのかな?」
「俺は知らねぇ」
「・・・・・・みんなも知らないのかな? だとしたらボクだけ知ってるのは悪い気がする」
「お前、相変わらず気遣い激しいな、なのになんで今更、俺に誕生日を打ち明けた?」
そう言って腕立て伏せを始めるツナに、シンバも腕立てを始める。
「なんとなくツナになら言ってもいいかなって。今年は言ってみた」
「あっそ、おめでと」
「そうなんだよ」
「は?」
「だからね、誰も誕生日の話をしないし、誰もおめでとうとか言われてるのを見た事ない。でもボクが自分の誕生日だって言ったら、ツナも言ってくれたように、おめでとうって、みんな、言ってくれると思うんだ、それが何か悪い気がして。だってお返しにおめでとうをいつ言えばいいの?」
「毎年そう思って、自分の誕生日を誰にも言わなかったのか?」
「うん」
「ガキの癖に妙な気遣いするなよ、もっと子供らしくなれ」
「ソレ、ツナに言われたくない」
腕立てをしながら、会話を続けていると、突然、ツナは腕立てを止めて、胡坐をかいて座り込み、少し考え込む様子を見せると、
「よし、牧師の部屋に入って、みんなのプロフィール帳を見てみよう。誕生日が書かれてるかもしれない」
そんな事を言い出した。シンバも頷き、
「そうだね、わかる事は教えてくれって、牧師さん、ボクから色々と聞き出した事をメモしてた事があったし! きっとみんなの事も書き留めてある筈!」
と、ツナの意見に賛成し、牧師の部屋に勝手に入る事に――。
牧師の部屋はいつも鍵がかけられていて、礼拝堂から入って、奥の部屋へと続く通路を通る場所にある。つまり1階にあるので窓から入る事ができる。
そして、今は陽気も良く、どこの部屋も窓が開いている。
まさか窓から入る者がいるなど、誰も思わないのだろう、夜以外は用心もない。
シンバとツナは窓から牧師の部屋に侵入すると、
「フォックステイルになったみたいだ」
と、悪い事をしているにも関わらず、嬉しそうにはしゃぎだし、だが、直ぐに静かにしなきゃと、足を忍ばせ、棚などを漁り出す。
別に隠すものでもないのだろう、直ぐに孤児達のプロフィール帳は見つかった。
「随分、古いのもある。どのくらい前から孤児院をしてるのかな」
「俺等が生まれる前からあるな」
「これは10年前くらい?」
言いながらシンバは何気なくペラペラと捲り、そして、〝フックス〟そう書かれたページで手を止めた。フックス、その名前はフォックステイルの彼の名だ。
「どうした?」
「これ」
「誰?」
「この人、フォックステイルかも」
シンバがそう言うと、ツナはシンバを見て、開かれたページを見て、またシンバを見る。
「なんでそう思うんだ?」
「フックスってフォックステイルと同じ名前だから」
「・・・・・・フォックステイルはシンバに名乗ったのか?」
「うん」
「・・・・・・」
ツナはシンバに対し、少し嫉妬心を持つが、
「フックス・ブライトって名乗ったんだ。それにフォックテイルって言うのは異名で、本当はブライト団って言うらしいんだ。でも怪盗だから本当の名前なんて名乗らないって。名前を広めたい訳じゃないからって言ってた。だから彼等を見た者がキツネの尻尾みたいなアクセサリーをしてるせいかフォックステイルって勝手に呼んでるみたい」
シンバが隠さずに話してくれる事で、ツナは嫌な気持ちを消し、そうかと頷く。
「ツナはフォックステイルと出会った時、名前、聞かなかったの?」
「あぁ、元々俺は賊の中にいたから、フォックステイルの噂は知ってた。実在するのかも怪しいもんだって言う奴等もいて、俺も会うまでは信じてなかったけど、噂通り、キツネのアクセサリーをしてたから、フォックステイルだと直ぐにわかったんだ」
「ねぇ、フォックステイルって、ここの孤児院出身なんじゃないかな」
「どうかな。フックスって同名なだけかもしれないだろ」
「でも、ほら、ここに書いてある。髪の色アンバー、瞳の色ブルー。フォックステイルと同じだ」
「・・・・・・髪や瞳の色まで覚えてんのか、お前」
「うん、覚えてるよ、ツナは覚えてないの?」
「そこまでジロジロ見てなかったから、覚えてないと言うより、知らない」
「そっか」
と、シンバが頷いた時、誰かの足音が聞こえ、シンバとツナは2人見合い、そして、急いで机の下に隠れる。
窓から出て行こうと思ったが、身を隠すには、机の下に隠れた方が早かった。
ガチャッと鍵が開く音とドアが開く音――。
「わっ、なにこれ? お父さん、散らかし過ぎ!」
入って来たのはリサシスターだ。
どうやら掃除に来たらしく、雑巾とバケツを持っている。
シンバとツナが棚から引っ張り出したファイルを片付けながら、シスターはブツブツと文句を口にし、机の上に開かれたファイルに目を留め、
「・・・・・・フックス」
そう呟いた。その呟きに、思わず反応したのはシンバ。
机の天井にゴツンと思い切り頭を打ち、いってぇと悶え、バカヤロウ!と小声でシンバに突っ込むツナだが、ツナの小声も虚しく、
「誰!? そこにいるのは!?」
と、シスターは机の下を覗き込み、2人は見つかってしまう。
「何してるの、こんな所で!? どこから入ったの!? 出て来なさい!」
シンバは頭を押さえながら、ツナは唇を尖らせながら、シスターの怒った口調の台詞に、素直に従い、机の下から出て来た。
「何してるの、こんな所で!? まさか、この部屋の散らかりようはアナタ達の仕業!?」
俯いて黙っている2人にシスターは小さな溜息を吐き、そして開いた窓を見ると、あそこから入ったのかと呆れて、怒る気にもならなくなる。
「ねぇ? どうしてこの部屋に入ったの? 何か探し物? ちゃんと話してくれたら、お父さんには内緒にしてあげる。勿論、ちゃんと片付けもしたらね」
そう言ったシスターに、シンバとツナは顔を見合わせ、誕生日の話をした。
「そう、シンバ、誕生日なの。それで、みんなの誕生日も知りたかったの。なら、こんな泥棒みたいな事しなくても言えば良かったのに」
シスターはそう言って、仕方ない子達ねと笑う。
「ねぇ、シスター! この人――」
シンバはフックスのプロフィールが書かれたページを、シスターに見せる。
「・・・・・・フックス? 彼がどうかした?」
「この人、今、この孤児院にいないよね? どこに行ったの? 15歳になって出て行ったの? 今は何歳の人?」
「・・・・・・どうしてそんな事を聞くの?」
「どうしてって・・・・・・なんか気になったから。ボク等もいつかここを出て行かなきゃいけないと思うから、ここを出て行った人はどうしてるのかなって――」
そう言ったシンバに、ツナは、よく口がまわるもんだと感心する。
シスターはフックスのページを見つめ、そして少し悲しげな表情を浮かべる。
「フックス。彼もアナタ達と同じ年齢の頃、ここへ来たのよ。アナタ達はフックスにとても似てる。まだとっても幼い癖に大人顔負けの頭のいい利口な子でね、子供達、みんな、フックスが魔法使いだって思ってた」
「魔法使い?」
聞き返すシンバ。
「瞬間移動して見せたり、ある筈のないモノを手の中に出して見せたり、時には宙に浮いて見せたりして。魔法だと、みんな思ってた。でも彼は種があるんだと私にだけ教えてくれたの。仕掛けがあるなら教えてって言ったら、それはできないって。種はあるけど、種も仕掛けもバレなければ、魔法は解けないままだからって――」
その時の光景が、目に浮かぶようだとシンバは思う。
「なぁ? なんでフックスって奴はここに来た訳?」
ツナが問う。
「フックスは戦争で追い遣られて、逃げる道中に、今度は賊に襲われて、家族を失ったの。いつか奪われたモノを奪い返してみせる。そう言ってた。戦争で住む場所を奪われ、賊に家族を奪われ、彼は復讐を誓ってた」
「フックスが復讐を!? まさか!」
そう言ったシンバに、どうしてまさか?とシスターは不思議な顔をするから、ツナが、シンバの足を軽く蹴って、
「それで?」
と、シスターに話の続きを問う。
「私の母は私が生まれて直ぐに亡くなってしまって、だから、私もここに来る子供達と一緒に父に育てられたの。フックスは子供達には人気があったけど、大人達からは余り良く思われてなくて、ずる賢い子だとか、人を陥れる子だとか、大人になったら詐欺師になるとか言われてね。それは大人達がフックスに言い負かされる事が多くて、彼の魔法も大人達は批判的で、奇跡を作る事は神に反する行為だって――」
シスターの表情がどんどん悲しげになって行く。
「15歳になったら、皆、職を探し、ここを出て行くけど、フックスは12歳で、ここを出て行ったの。私はフックスから、ここを出て行くと聞いて、一緒に行きたいって言ったの。今、思えば、無謀な事よね、でも、その時はフックスに夢中で、フックスが大好きで、ずっと一緒にいたいと思ったから」
その時はと言うが、シスターの表情で今も好きなんだとわかる。
「でもフックスは1人で消えたわ。魔法を使って、パッといなくなっちゃった。散々、泣いたけど、お父さんが、あの子は神に反する子だった、いなくなって良かったんだ、フックスの事は忘れろって――」
シンバとツナも、シスターと同じ表情になっていく。
「フックスがいなくなったのは今から8年前になるの。そしたら、その頃から、うちのミリアム様の像の奇跡が起き始め、お父さんは神に反する者がいなくなった事で、神が祝福をして下さっているって言うけど、私は・・・・・・フックスの仕業なんじゃないかって思ってる。フックスが魔法を使って、ミリアム様に金貨の涙を落とさせているんじゃないかって――」
8年前――。
そうすると、シンバとフォックステイルが出会った時、彼がこの孤児院にいたフックスだとしたら、あの時は15歳の少年だったと言う事になる。
その時、シンバは5歳だったが、10歳となった今、15歳は身近に思え、しかもフックスがここを出て行ったのが12歳だと聞き、後2年で、自分はここを出て行けるのかと考えると、フックスが遠い存在に思えた。
「ねぇ、シンバ、ツナ。人を騙す事は神の教えに反する事だけど、正しい事だけが必ず正義とは限らないなら、悪い事でも正義になる事もあると思わない? フックスは人を騙し、欺く事で、みんなを笑顔にしてた。悪い事だって、人の為に使えば、良い事になると思わない? でも、そういう事はミリアム様に背く事で、シスターである私は絶対に言ってはいけない事。ましてや子供に教える事ではないわ」
と、シスターは、懺悔の気持ちを表す為に、そして消えたフックスが今もどこかで無事に生きて、幸せでいますようにと、目を閉じて、
「光と」
そう言うと、額の所に人差し指を持って行き、スッと真横に引くと、
「大地の恵みと」
今度は真ん中で親指をスッと下におろし、両手を胸の所で重ね、
「ミリアム様の名の下に――」
と、祈りを捧げた。
「ねぇ? シスター? その祈り方・・・・・・」
いつもと違う祈り方だと、不思議に思い、シンバが聞くと、
「今は、簡単に手を合わせて祈るだけだけど、私が子供の頃はね、こうして、額の所に人差し指を持って行って、祈ったのよ」
そう言うから、
「フックスって人も?」
と、聞くと、シスターが頷いたので、シンバとツナは、その祈りを真似て、祈ってみる。シスターは、そうそう、今度は親指をねと、祈り方を教える。
「あのね、シスター」
「なぁに? シンバ?」
「ボクも思うよ、きっと、ミリアム様の奇跡の涙は、この人の仕業だって」
「そう? そう思う?」
「うん、思う」
「だとしたら・・・・・・フックスは弱虫ね、姿を隠したまま、こんな事するなんて。また神に反してるって言われるのが怖いんだわ、だから出て来ないのよ」
「違うと思う、ボクは強いからだと思う」
「強い? フックスが?」
「うん、だって、きっとシスターを連れて行かなかったのは、大事な人を奪われる痛みを知ってるからだ。だから牧師さんから大事なシスターを奪えなかったんだ。ここにいる子供達からシスターを奪う事もできなかったんだ。それに、ここが大事だからこそ、神に反する者と言われて、ここにいる事もできなかったんだ。だから1人で消えたんだ。みんなを想っての事だよ。それは弱さじゃなくて、強さだと思う」
シンバがそう言うと、ツナが、
「俺もそう思う。だって、1人は怖いだろ、でも1人で消える事を選んだ」
と、そして、
「強いからだ」
と、シンバも、そのツナのセリフに頷き、
「うん、確かにサードニックスとかカッコイイけど、ボクは人の気持ちがわかって、自分が犠牲になれる強さの方が好きだな。普通、一度、負った傷は痛いのがわかってるから、二度と負いたくないモノだけど、強いから、何度でも誰かの為に傷付いて、その誰かを救えるんだ。目立たなくても、影で弱い者を支える強さこそ、本当の強さだと思う。ボクには真似できないや。でも、そうなりたい、それができたら、本当にカッコイイよね」
そう言って、シスターにニッコリ笑う。ツナも、少し微笑んで、
「牧師もさ、神ミリアムの弟子として、神に反するだの、何だの言ってるだけで、本当はそうじゃねぇって気付いてんのかも」
と、フックスのプロフィールのページを指差した。そこに書かれている備考欄に、〝運動神経が良い〟だの〝手先が器用〟だの〝IQは通常の子より高め〟だの〝不思議な術を使う〟だの、牧師自身がフックスと接して感じた事を書いてあり、その中に、〝自分の弱さを強さに変える不思議な子〟と、記してある。
「きっと、復讐を持って生きる辛さも知ってるから、復讐を持つ者には、復讐なんかやめろって言うんだろうな」
と、シンバがそう言うと、ツナは、ハッと笑い、そうだなと頷く。
シスターはシンバとツナを見て、フッと笑みを零し、
「なぁに? まるでフックスに会った事あるみたいに言うのね。ホント、アナタ達もフックスと同じくらい不思議な子だわ。それに大人より大人の意見を言うのね、そういう所もフックスにソックリよ」
と、2人にとって、最高の褒め言葉を言う。
「さぁ、お父さんが帰って来る前に片付けましょう」
「え? 牧師さん、どっか行ったの?」
「シンバ、今朝のお父さんのお話、聞いてないの? 他の町の孤児を受け入れるって話」
「え? そんな話してた?」
シンバがツナを見て聞くと、ツナは頷き、
「あぁ、だから牧師いねぇしと思って、ここに忍び込んだんだ」
と、シレッと答えるから、シスターが、だからって忍び込んじゃダメよと苦笑い。
「じゃあ、他の町の孤児達を迎えに行ったの?」
「えぇ、フォータルタウンの孤児をね、3人ばかり引き受ける事にしたの。どの子にするか、お父さんが選んで来るのよ。多分、仲良しを引き離さないように、友達同士の子を選ぶんじゃない? いつもそうだから」
「フーン、フォータルタウンって、水の都って言われてるとこだよね?」
「そうよ、向こうは結構な都会らしいから、物価も高くて、孤児達にちゃんとした生活を与えてあげれないらしく、だから金貨や食物や生活品を少し渡すつもりらしいわ。それを受け取りに、向こうの教会の牧師さんも、お父さんと一緒に来ると思う。だから今夜はお客様が来るから、いつもより夕飯は豪華にするつもりよ、良かったわね、シンバ」
「え? 良かった?」
「えぇ、だって、誕生日なんでしょ? いつもよりご馳走だと嬉しいじゃない?」
すっかり自分の誕生日だと忘れていたシンバ。だが、
「でもボクの為の食事じゃないでしょ。お客様の為のものだよね?」
と、少し不貞腐れて見せる。そんな子供らしい表情をするシンバに、シスターは笑いながら、そうねと頷き、ツナはご馳走にありつけるなら理由なんて何でもいいと言う。
それからシンバとツナは、シスターの手伝いをさせられ続け、客室のベッドの用意や夕飯の準備もやらされ、牧師が馬車に乗って帰って来る頃にはクタクタになっていた。
「俺、家事って向いてねぇ」
疲れきって、そうぼやくツナに、シンバも頷きながら、
「剣の修行してた方が全然ラク」
と、礼拝堂の長椅子に2人して座り込む。
「シンバにツナ。こんな所で何をダラダラとしてるんだ、お客様だ、挨拶なさい!」
帰って来た牧師がグッタリしている2人にそう声をかけ、シンバとツナは立ち上がり、お客様と言う黒服に身を包んだシスターを見た。
どうやらフォータルタウンの教会から来たのは牧師ではなく、シスターのようだ。
そして、その後ろに4人の子供がいる。
どの子もシンバとツナと同年齢のように見えるが、リサシスターから3人と聞いていたので、しかも牧師ではなくシスターが来た事もあり、シンバとツナは、あれ?と思う事ばかりで、挨拶どころか、無言で突っ立ったまま。
いや、無言の理由は他にもある。
4人の内の1人の女の子から目が離せない。
ふんわりした銀色の長い髪に赤い瞳の色を持つ綺麗な女の子だ。
もう1人の女の子は短めの髪に活発そうな表情をしていて、これまた美人の要素を持っている。
男の子2人はどうでもいいのか、シンバとツナは全くの無関心だが、何故か、2人揃って、シンバをマジマジと見つめている。
「シンバ、ツナ! どうしたんだ? ぼんやりして?」
牧師がそう言うと、シスターが、
「こちらから挨拶するべきですわ。ほら、リンシーから挨拶しなさい」
そう言って、ショートヘアの少女の背を押した。
「はじめまして。私、リンシー・ラチェット。ここの孤児院にお世話になる、この3人と寄付の贈呈のお礼に、歌を歌いに来ました」
と、ニッコリ笑うから、シンバもツナも歌!?と不思議に思う。
「リンシーはね、うちの孤児院で、いえ、フォータルタウンで歌がとてもうまくて有名なの。天使の歌声と言われているくらい。是非、皆さんに聴かせてあげたくて連れて来ました。きっとリンシーの歌声を気に入ってくれると思いますわ。この子はラビ。ほら、ラビ、ご挨拶」
シスターがそう言って、銀色の長い髪の少女を見る。少女は微笑み、
「ラビ・ダークレスです、これからよろしくお願いします」
と、声まで、フワッとした髪型のように、ふんわりと優しい音程で、シンバとツナはゴクリと唾を呑み込むと、
「悪魔だ」
小声で、ツナがシンバの耳元でそう囁いた。
「見ろ、あの赤い目、あの目で見られたら、動けない。悪魔だ」
ツナの言う通りだと、シンバもコクコク頷き、
「何の本だったかな、読んだ事あるよ、その目で見つめられると石化するって。それだ」
と、小声でヒソヒソ。
シンバとツナは悪魔に魅了されてるんだと、ドキドキする心臓に苦しくて殺されるとまで思い、それでもラビから目を逸らさない。
「オラ、パンダ。パンダ・リンドン」
そう言ったのは、太っちょの男の子。随分とリズミカルな名前だと思うが、特に興味がないのか、やはりシンバとツナはチラッとパンダを見ただけで直ぐに視線をラビに戻す。
「オイラはカモメ。カモメ・タックチック。発明家目指してるんだ、よろしく」
そう言ったのは、変わったメガネを頭に乗せて、いや、メガネと言うよりはゴーグルだが、真ん丸のぶ厚めレンズが、望遠鏡やオペラグラスの類にも似ている。
これまたリズムが弾むハンドルのカモメに、シンバとツナはチラッと見て、また直ぐにラビを見て、2人してヒソヒソと小声で話し出すが、パンダとカモメも、どうやらシンバに興味があるのか、2人してシンバを見ながらヒソヒソと何か話している。
「コラッ! シンバ! ツナ! お前達はさっきから態度が悪いぞ! 挨拶されたんだ、お前達も挨拶しないか! 全く! お前達は少し説教しなければならないな!」
少しどころか、牧師の説教は長くなると、シンバとツナは慌てて、
「ボク、シンバ。シンバ・ブライト。よろしく!」
「俺はツナ。ツナ・ブライトだ」
と、簡単に挨拶をする。
シンバはセカンドの記憶がないままで、フルネームで名乗る場合、シンバ・ブライトと教会の名をもらっている。
ツナは、ツナ・アンタレスというネームなのだが、サソリ団のアンタレスの名は捨てたので、やはり、ブライトと教会の名をもらっている。
シンバとツナが挨拶をした後、牧師はやれやれと溜息を吐き、
「シンバ、ツナ、この子達に教会の中を案内してあげなさい。シスター、こちらへどうぞ、まずは娘を紹介しよう」
と、シスターを連れて、行ってしまった。
残された子供達は、無言で、まるで対立するかの如く、向き合って、立ち尽くす。
するとリンシーが、
「ねぇ? シンバとツナ? やっぱり、ここの男の子もサードニックスが好きなの? 将来はサードニックスに入団したいなんて思ってるのかしら?」
と、友好を深める為なのか、会話を続かせるように話題を持ち出してきた。
「サードニックスになんか興味ねぇよ」
ツナがそう答え、シンバも頷く。
「あら、どうして? 男の子達はみんな夢中なのかと思ってた」
「夢中なのは特にリーフでしょ、リンシー! オイラもパンダもサードニックスは好きだけど、あんなに夢中にはなれないよ。リーフはサードニックスオタクだね」
と、カモメが言う。リーフって誰?と言う顔をしているシンバに気付いたラビが、
「フォータルタウンの孤児院にいるリーファス・サファイアって男の子でね、リーフって愛称なの。リーフはちょっとカッコイイんだけど、サードニックスの事になると大興奮で、いつか自分も空の世界で活躍するんだって、そんな夢を持ってるの」
と、説明をしてくれた。
悪魔が人間の姿に化けているかもしれない、こんな綺麗な女の子に、ちょっとカッコイイなんて言われる男って、どんなカッコイイんだ!?と、シンバとツナは思う。
「そんな事よりさぁ、シンバって、あのシンバ・レオパルド?」
突然、そう聞いて来たのはパンダ。
シンバにセカンドの記憶はない筈だが、そのセカンドを聞いて、呼吸さえ止めてしまう程、シンバはフリーズしてしまう。
「シンバって、泣き虫バニのお兄ちゃん?」
カモメがそう聞いて来た事で、シンバの中に眠っていた記憶の破片が、思い切り胸に突き刺さり、抉るような痛みを感じ始める。
この痛みは思い出したからではない。
誰にも知られたくないと言う意識からの拒絶反応。
そう、思い出せないんじゃない、本当は知っている。
だが、シンバは知らないフリをしている。
もし全てを思い出してしまえば、シンバには生きている父が存在し、孤児ではなくなると言う事。そして、それは父の所へと行かなければならない事を意味する。
シンバが妙だと気付いたツナが、
「悪いな、コイツ、そこら辺の記憶ねぇらしい。賊に襲われてショックで記憶が飛んだんだ。ソッとしといてやってくんねぇかな、その辺の事は」
と、フォローしたが、
「記憶ない? レオパルド隊長の息子って事の記憶が? まさか! だって自慢の立派なお父様でしょ? レオパルド隊長の息子シンバ様だもんな」
パンダが嫌味ったらしい口調に似合わないニコニコとした顔でそう言った。
「そうそう、シンバ様は他を忘れても、そこだけは忘れないよな、だって、立派なお父様だから、シンバ様も、お高くて、オイラ達では、お近付きになれないんだし」
と、カモメもふざけて、そんな事を言い出し、ツナがやめろと言おうとした時、シンバが先に、吠えた。
「違う!! レオパルドなんて知らない!! 自慢でも立派でもない!! ボクはブライトだ!! レオパルドじゃない!! 父の名なんて受け継がない!! ボクはフックスと同じブライトだ!! ボクが受け継ぐのはフックスの名だ!!」
怒り露わの表情で、そう叫んだ。それはまさしく記憶があると言う台詞だったが、あまりの迫力で怒鳴るシンバに、パンダは、わかったよと頷き、カモメも冗談だよと苦笑いで頷きながら、パンダとアイコンタクトを取り合って、なんだコイツ?って顔をする。
「フックスって?」
怒鳴った後のシンバに、普通に笑顔で問いかけるラビ。
この状況にして、よく疑問に思ったからと言っても、聞けるもんだと、ツナは思う。
だが、シンバの興奮は冷めてなくて、止まっていた呼吸も怒鳴った事で吐き出したせいか、ハァハァと荒く、ラビにさえ見向きもせず、俯いて、難い表情をしたままだ。
「ねぇ? フックスって?」
何も答えないシンバに、ラビは、また問い掛ける。
普通なら、察して、ソッとしとくだろとツナは思いながら、
「フックス・ブライト。俺達が憧れてる人」
シンバの変わり答える。ラビはツナを見て、フーンと頷き、
「この孤児院にいるの?」
と、また問うから、ツナは面倒そうに、
「いねぇよ、つーか、お前等にゃ関係ねぇだろ」
そう言って、質問をこれ以上するなと言う風にラビを睨むと、
「シンバ、行こうぜ」
と、背を向けて、その場を立ち去る。シンバも俯いたままの状態で、ツナの後を追う。
感じ悪いわねとリンシーの独り言が、シンバの耳に届いたが、振り向く事もせず、反発も言い訳もせずに、足を止めず、その場を去った。
外に出て、日が落ちる空を見上げながら、ツナが、伸びをして、
「夕食の鐘が鳴る迄、裏山で汗を流すか」
と、振り向いてシンバを見る。シンバは顔を上げ、ツナを見た。
いつもと変わらないツナの表情に、どうして?と、シンバは思う。
「ツナ・・・…聞かないの?」
「何を?」
「・・・・・・何って」
「何を聞くんだよ、今更」
「・・・・・・今更?」
「お前の事はもう知ってる、俺にはイロイロ話してくれたし、特に聞きたい事なんてない」
「でも、話してない事もあるよ」
「だから?」
「だから・・・・・・」
「あのさぁ、俺とお前は似ている。そう言ったのは、お前だろ?」
「え?」
「お前、俺に言ったろ、俺とお前は似てるって。だったら、聞く必要ねぇだろ。俺のオヤジはサソリ団の親、アンタレス。思い出したくもねぇし、帰りたくもねぇが、別に偽らなくても、賊の親の所へ俺を返す事は、流石の牧師もしねぇよな。でもお前の親は騎士団の隊長だっつーなら、立派な親だって、お前を親の元へ連れて行くだろう。俺達にとっちゃ、親が立派な肩書きだろうが、クソみてぇな肩書きだろうが、どうでもいい。思い出したくもねぇし、帰りたくもねぇ。それだけだ。だろ?」
「・・・・・・ツナ」
「俺は人の気持ちなんてわからねぇし、気遣いもできねぇし、何を言ってやればいいのかもわかんねぇけどさ、俺とお前が似てるなら、お前も俺と一緒で、オヤジの事なんか思い出したくもねぇし、帰りたくもねぇって事だし、お前は、オレに、父親の事は忘れるって言ってた。だから忘れたんだ、それでいいじゃねぇか」
「でも、あの2人はボクを知ってるみたいだ。ボクは、父の子である事を誇りに思い、お前等とは違うんだと、そう言う目で、人を見て来た。そういう人間だったボクを知ってるんだ、だから、あの2人――」
「どうでもいいだろ」
「でもっ!」
「俺は人を殺した事がある!」
「え?」
「サソリ団の一味として、3歳? 4歳だったか? 殺せとオヤジに命じられた。俺が賊になる為の儀式だとか言いやがって。俺は逆らう事ができず、剣で人を殺した。今でも人の肉に剣を差し込んだ時の感触を鮮明に思い出す時がある。人にはそれぞれ誰にも言いたくない事が1つや2つある。この事は、俺の言いたくない事の1つで、でもシンバに話したのは、シンバなら、話してもいいかなって思ったからだ。もし、お前が、俺にまだ話した事がない事があるとしたら、話したくなった時に話せばいいし、話したくないなら、ずっと話さなくていい。それで、俺とお前の仲が壊れる事はないし、お前の過去がどんなだったとしても、別に、俺には関係ない。それとも、お前は、俺の過去が受け入れられないか? 俺達の仲は終わりか? 今の俺達に、俺達の過去は関係するか?」
シンバは、ツナとの出会い、そして友でいられる事に感謝する。
コイツとだけは一生、友として、繋がっていよう。
何があっても、コイツの手だけは、離さないようにしよう。
そしてコイツが辛い時は、自分の痛みが更に痛む事になろうとも、悲しみを軽くしてやろう、今、コイツがそうしてくれたように。
そう思ったら、涙が溢れ出た。
「何泣いてんだよ、バカだろ」
「だって、ツナが優しいから」
「バカじゃねぇの。俺は、只、お前がいなくなったら剣の稽古もできなくなるし、一緒につるむ奴もいなくなるから、だから、お前は過去を忘れたまま、記憶喪失って奴でいいし、アイツ等は無視でいい! 兎に角、俺と、お前はこのままでいいんだよ! 俺はツナ・ブライト。お前はシンバ・ブライト! 後、俺は優しくねぇから早く泣き止め! めんどくせぇ!!」
「ボクも・・・・・・ボクもツナがいなくなったらヤダ」
「俺はいなくなんねぇよ」
シンバとツナは辛い過去を乗り越えて、輝かしい未来へと向かう為に、絆を深めていく。
人生の道が1つに重なった時から、二人は同じ未来を見ている。
道がずっと分かれないように、共に歩いて行く未来を想像している。
フォックステイルと言う未来を――。
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