2-1.受け継がれる魂

「・・・・・・泣いてるのか?」

影は、そう言って、シンバに近付く。

男だ。

履き潰されたブーツ、身軽そうな軽装備のプロテクターの付いた服、胸部分に小さなナイフやハサミなどが装着してあり、ベルトの横にはアクセサリーだろうか、フンワリした毛の狐の尻尾のようなモノが付けられ、後ろの尻部分に短剣が装備されている。

無造作に揺れるアンバー色の髪は月の光のせいか、キラキラ光って見える。

男の顔は、目の部分に仮面が装着されていて、よくわからないが、雰囲気や声などからして、シスター並に若い感じだ。

「ここの孤児だろ? どうした? 怖い夢でも見たのか?」

そう言って、男はシンバの頭を撫でる。

優しくされると、何故か余計に涙が溢れてきて、ヒックヒックと喉から出る音も止められず、今にも大声で泣き出してしまいそうなシンバ。

参ったなと男は泣き止みそうにないシンバに、頭を掻いて、

「大丈夫、ここには同じ仲間がいるだろ? ベッドに入って羊でも数えてたら、その内、眠くなる。な? 1人で大部屋に戻れるか?」

そう言うが、シンバは首を振る。

どうしたもんかと、男はまた頭を掻いて、唇を尖らせる。

「誰かいるの?」

シスターの声と近付いて来る足音。

男は咄嗟に、シンバを抱きかかえると、足音を一切たてずに、まるで瞬間移動でもしたかのように、大きな窓の淵に立っていた。

泣いていた筈のシンバは男に抱かれながら、目を疑う。

窓を開けた音すらなかったように思える。

そして気が付けば、窓から外に飛び出しているし、見れば、窓はシッカリ閉まっている。

いつ閉めたのか、いつ外に出たのか、まるで魔法みたいだとシンバは驚く。

多分、礼拝堂には何の痕跡も残してない。

あのミリアムの像が流した奇跡の涙以外は――。

教会から少し離れた噴水のある広場で、男はシンバを下ろすと、

「しまったぁ!!!!」

と、声を上げ、頭を抱えだした。どうしたのだろう?と思うと、

「なんで連れて来ちゃったんだぁ!!!!」

と、どうやら、シンバを抱えて連れ出した事を言っているようだ。

「何やってんだ、オレ!! バカか、オレ!! テンパリ過ぎだ、オレ!!」

自分を責めている男に、

「おにいさんは・・・・・・盗賊なの・・・・・・?」

シンバはそう尋ねた。

頭を抱え、その場で、しゃがみ込んだり、立ち上がったりして、自分を貶していた男は、シンバを見て、スッと立ち姿を見せると、

「賊に見える? オレが?」

と、尋ね返した。

そりゃ武器も装備してるし、動きやすい格好だしと、シンバはコクコク頷く。

「そうか。それは残念だ、物凄く残念だ。こんなにカッコいいのに」

顔は仮面で、よくわからないが、確かに立ち姿は、カッコいいし、音もなく動く、その身のこなしもカッコいいが、

「賊でもカッコいい人はいると思うけど・・・・・・」

と、シンバは言う。

「オレは賊じゃない」

キッパリハッキリそう言われ、そうなの?と、シンバは、ジッと男を見るが、やっぱり賊だろうと思う。

「それより、お前、独りで戻れるか?」

黙るシンバに、男は溜息を吐き、噴水の淵に腰を下ろすと、来い来いと手招きし、自分の隣へ座れとシンバを手の平で誘導。

ちょこんと、男の隣に座るシンバに、

「なんで泣いてた?」

男は、シンバの涙の理由を聞く。俯くシンバに、男は手の平をヒラヒラとシンバの顔の前で動かして、何も持ってないよアピールをし、その手の指をパチンと音を立て弾かせると、男の手の中にキャンディーが出た。

手品!?と、シンバはビックリして、顔を上げて、男を見ると、男はシンバの手に、そのキャンディーを入れて、

「泣いてた理由は言いたくなけりゃ言わなくていい。オレも無理に聞きだすつもりはない。聞いた所で何もしてやれないからな。でもお前の視界を明るくする事はできる」

そう言って、胸の所に付けてあるハサミを手に持つと、どういう事?と、聞こうとしたシンバの前髪をバサバサと容赦なく切り始めた。

驚いて、身を仰け反ったシンバに、動くなと、頭を押さえ付け、男は迷いなくシンバの髪を切って行く。

「キツネ色って言うのか? この髪の色?」

「・・・・・・オレンジっぽいって言われる」

「オレンジか、そうか、オレンジ! オレがよくキツネ色って言われるからさぁ」

「・・・・・・アンバーって色だと思う」

「アンバー? オレの髪色? へぇ、アンバーって言うのか、オレの色。お前、物知りだな」

父が髪を切ってくれる時は、大抵、無言だった。

こんな他愛無い話をしながら、髪は切らなかったなぁと、いや、よく考えたら、父と他愛無い話なんてした事があるだろうか、話す事は、決まって、父のようになれと、強くなれと言う事だったと、シンバは思う。

「ハハッ、お前、結構、イケメンだな。こりゃ顔出さなきゃ勿体ねぇ」

最初は何するんだと抵抗しようとしていたシンバだったが、切られたオレンジの髪が風で飛んでいくのを見ていると、なんだか、心の中にあった重いモノが髪と一緒に飛んで行ってしまうように思え、大人しく切られる事にした。

噴水の水の音が一定のリズムを刻む中で、月に照らされ、器用にシンバの髪を切って行く男に、シンバは興味を抱く。

男は、意味のない話をして、笑ったりしながら、シンバの顔を覗き込んだりして、そして、器用な手付きで、髪を切る。

それは、いつも髪を切っていた時の父の大きな手を思い出させるが、その手から、まるでシンバを奪ってくれるように、男はシンバの心を持って行く。

――どうして仮面を付けているんだろう。

――綺麗な青い目をしてる。

――細い顎で、まだ髭も生えてない。

――父とは違う。うんと、もっと、ずっと若い。

――でもなんだか・・・・・・とても逞しく思える。

――強いんだろうか・・・・・・

――誰なんだろう?

――身形からして、絶対に賊に見えるけど、賊じゃないなら・・・・・・

――散髪屋?

「あんまジッと見んな。照れんだろ。ほら、月でも見てろ」

言われた通り、シンバは月を見上げ、飛んでいく自分のオレンジの髪を見ながら、ポツリポツリと心の中のモノを吐き出していく。

自分の名前、年齢、生きて来た場所。

家族構成。

父は立派な騎士団隊長である事。

そしてずっと父の言いつけ通りにして来た事。

父になる為に、剣を握って、頑張って来た事。

突然、町に賊が攻めてきた事。

母の言いつけに従って逃げた事。

賊達の二の腕にはサソリのタトゥーがあった事。

母の言いつけに従わず、妹を森の中で見捨てた事。

その森の中で、自分は父に見捨てられた事。

崖から落ちた事。

時系列通りに話せてはいないが、思いついた事から、口にして行く。

男は何も言わず、時折、フーンと唸る程度に頷き、シンバの髪を切っている。

「牧師さんが言ってたんだ。兵は国の為だと言いながら、多くの命を犠牲にしているって。でもボクは思ってた。父は、いつ死んでもおかしくないと言う戦場で、命を懸けて、ボク達の為に戦っているんだって思ってた。父はみんなの英雄なんだって思ってた。町の人も、みんな、父を尊敬してた。でもそうじゃなかったんだ。ボクの前だから・・・・・・敬うふりをしていたのかもしれない・・・・・・父が怖いから――」

「よし! 出来た! 我ながら神業! 男前にしてやったからな!」

歯を出して笑いながら言う男に、ホント?と、シンバは噴水の水に、自分を映して見る。

短くなり、軽くなった髪に、身も心も軽くなる。

男は立ち上がると、自分の服に付いたシンバの髪をパンパンと手で払う。

「・・・・・・おにいさんは教会で何をしてたの?」

「うん? うーん、礼拝堂ってのは、誰でも祈っていいトコだろ?」

「・・・・・・夜は閉まってる」

「うん、そうだな、だから窓から侵入」

「盗賊でしょ? あの教会の噂を聞いて来たんでしょ? 残念だったね、あの教会の噂はデマらしいよ、寄付金を集める宣伝だって話だよ」

「デマ?」

「ミリアム様の涙! 金貨の涙を流すって噂があるんだ。でも噂はデマだから」

「そうか」

「だから、その変わりと言うのは変だけど、ボクに価値を感じてくれない? ボクはおにいさんの力になれると思うんだ。ボクを仲間にしてほしい。きっと役に立つ。町を襲った賊を潰したい。腕にサソリのタトゥーがある賊だから、直ぐに見つけられると思う。それから父を・・・・・・父と戦うんだ! その為には――・・・・・・」

「つまり復讐したいって?」

「そう!」

「その為に賊になるのか?」

「だって・・・・・・だって賊や騎士団を潰す程の大きな戦力を持てるとしたら、賊だ! 賊は賊同士戦うし、国を襲う時もあるから、騎士とも戦える! どこかの国の兵だと、自分の好き勝手に、どこかの国の兵を襲う訳にはいかないから! だからボクは賊になる! ねぇ、ボクが役に立ったら、いつかでいいんだ、いつか、ボクの為に一緒に戦うチームがほしい。だからお願いだよ、おにいさんの賊に入れてよ」

「悪いが、本当にオレは賊じゃない」

言い切る男に、そんなの嘘だとシンバは思う。

「ボクが足手纏いだと思ってるんだね? でも剣の腕前なら大人にも負けない。本当にボクは強いんだ。もっと本戦で戦う事をしてレベルを上げれば、きっと――」

「シンバ」

髪を切ってもらった時に、自分の名を名乗った。そして、今、名を呼ばれ、シンバは黙る。

「復讐の為に、賊に自分を売るなよ」

「・・・・・・」

「そんな悲しい事するな」

「・・・・・・」

黙ったまま、シンバは男を見つめる。そして、また泣きそうな顔になっていくシンバに、

「お前さ、自分を強いって言うけど、戦う事だけが強さじゃないぞ?」

と、シンバの顔を覗き込み、シンバの目線に、自分の目線を置いて言う。

「オレもよくわかんねぇけど、多分、戦う事だけが強さではないと思う。なんていうか、弱くても負けても、また立ち上がるのが強さで、立ち上がれない奴がいたら、手を差し伸べて、助け合ったりするのも強さで、辛くても笑って、前を向ける奴が強いんであって・・・・・・あぁ、なんか、ごめんな、うまく答えらんねぇや、だって、やっぱよくわかんねぇし。オレもまだガキだからさ、そういうのちゃんと答えれる程、何も知らないんだ。でも、オレも知りたい。強さってなんだろうな? そういうの知る為に、人は生きていくんだろうな」

優しい青い瞳に、シンバが映り、シンバのオレンジの瞳に、男が映る。

「・・・・・・でも、おにいさんは盗賊でしょ?」

違うと言っているのに、そうだと思い込んでいるシンバに、男はフッと笑みを零す。

「本当に賊じゃないよ」

「・・・・・・じゃあ、騎士? どこかの国の兵をしてる人?」

シンバは、男の尻部分に装備されている鞘に入った短剣が気になってるのだろう。

だが、男は騎士でもないと、首を横に振り、そして立ち上がると、

「オレは・・・・・・オレ達は――」

達?と、シンバは男を見る。そして、

「怪盗ブライト団」

今度は、怪盗?と、シンバは不思議そうに男を見上げている。そしてブライトと言う名前に覚えがあるような気がしたが、

「またの名を、フォックステイル」

そう言われ、知らないと思い直すシンバ。

「まぁ、なんつーか、オレ達は自分達をブライト団と呼んでいるが、そこらで出会う奴等にフォックステイルと呼ばれてんだ。つまりだな、オレ達は国を守る兵でもなけりゃ、名を挙げたい賊でもないから、自らを名乗らない。だもんだから、勝手に付いた呼び名がフォックステイル。多分、仲間の証である、この尻尾のアクセサリーがモチーフとなった仇名だろうな、まぁ怪盗だから、オレ達は身を隠し、誰であるかも謎である存在としてるつもりなんだが、賊達や国の兵の間じゃ有名だ」

「・・・・・・どうして有名?」

「賊達が手に入れた財宝、あくどい国の王が隠し持った宝石、或いは悪徳な手段で稼ぐ連中の大金、そういうモノをオレ達は獲物にしてるからだ」

「・・・・・・」

ポカーンと口を開けて、シンバは男を見ている。

「オレ達ブライト団は、その手に入れた金銀財宝を世界中にばらまいて、これから大人になる子供達の為に使ってもらう。オレ達の世代で、この弱い者を上から潰していくような戦いの時代を変える事ができないならば、次の世代に託したい。その為の資金だ。戦争なんて起きない、戦いなんてない、人間を人間とも思わない連中なんていない、誰もが笑顔溢れる、そんな時代にしてほしい」

世界中にばらまくとは・・・・・・と、少し考えて、ミリアム様の涙かと、気付き、でも、そんな、まどろっこしい事をしないで、

「おにいさんが時代を変えればいいんじゃないの?」

と、正体を明らかにして、ヒーローとして、皆に賛同してもらう活動をすればいいのではと、思って、そう聞いたが、

「できない」

と、これまたハッキリキッパリ言われる。

「なんで? できないなんて言わないで、おにいさんが変えればいいじゃん」

「無理だ。世は賊がのさばり、騎士だの軍だの、国の武力が天下を築いている時代が出来上がっている。それを壊すには、オレ達のような人間が少なすぎる。資金もない。だからまずは資金を手に入れなきゃならない。せめてソレを残すのが時代に革命を起こす為に必要な援助だ。大丈夫、行動に出せないだけで、オレ達のように世界を変えたいと願う者は多い。願うだけでも、次の子供達へ受け継がれるものだ。オレはお前達の世代に期待してる。きっと世界を平和へと変えてくれるだろうってな。オレ達は、その為の一歩に過ぎない」

「一歩・・・・・・」

そう呟くシンバの頭を、男はクシャッと掻くように撫でた。

「オレの一歩を、お前が二歩にしてくれりゃいいんだ」

「ボクが・・・・・・?」

「あぁ、オレの一歩を踏んで、お前が次の一歩を歩く。それでいい」

「ボクが、おにいさんの足跡を踏む・・・・・・って事?」

「あんま深く考えなくていい。お前は元気に生きていけばいいだけだよ。友達作って、仲良く遊んで、笑って過ごせ。幸せに生きろ。その幸せが続くよう、次へ残せばんだからさ」

笑って過ごしてるだけで、世が変わる訳ないじゃないかと、シンバは思う。

思うが、何故か素直に頷いている。

父の言いつけを守ろうと頷く約束とは違う。

男を信じて、頷く。

見上げる男の首に、キラッと光るペンダント。

シルバープレートに刻まれているのは、太陽と鳳凰のエンブレム。

その中央には赤い宝石が埋め込めてある。

母が自分に託したペンダントに似ていると、シンバはソレを指差し、

「ソレ、おにいさんの?」

そう聞いた。

「コレ? コレはスカイピースと呼ばれる空のカケラのひとつで、太陽とフェニックス、雪とフェンリル、雲とユニコーン、雨とリヴァイアサンのエンブレムで刻まれたプレートに、それぞれの性質を司る宝石をあしらってると言われる秘宝だ。賊達が喉から手が出る程に欲しがる代物でね、コイツを全部、揃えると、空の彼方で眠っている魔人を呼び覚ます事ができるっつー・・・・・・まぁ、神話? オレ達は偶然、手に入れた物だが、コレをオレ達が持っている限り、スカイピースは揃わない。つまり魔人も目覚めない」

「賊達はソレを探してるの?」

「あぁ。奴等は頭悪りぃ癖に力を手に入れたがる連中だからな。神話にさえ飛びつく。国の王などは、只の神話だと、特に興味もないみたいだが、元々はどこぞの国々で保管されてたって話しだ。オレも信じちゃいないが、魔人ってのが何か別の意味を持ってるかもしれねぇし、ソレが力を意味するモノであるかもしれねぇから、万が一って事もある。それに特に手放す理由もない。だからオレの首に下げているって訳」

「・・・・・・」

シンバは自分も持っていると、首から下げてはいるが、服の中に仕舞ってあるペンダントを見せようかと思った時、

「リーダー!!」

誰かが、そう言いながら、こちらへ近寄って来る事に、ペンダントを出せれなくなる。

近寄って来た男は、ブライト団の一員だろう、ベルトに付けられた尻尾と背中に背負われたソードと、目の回りの顔半分を隠す仮面を付けている。

「何してんだよ、リーダー。探しただろう! みんな、待ってんだ。やる事やったなら早く戻って来い!」

「悪ぃ、子供に見つかっちまってさ」

「ガキに見つかった? 怪盗失格だろ、それでもオレ等のリーダーか!?」

「そんな怒る? 言っとくけど!! 子供に見つかったのは、なんと!! これが初めてじゃないからな!!」

「自慢げに言う事か!?」

「それより、なんだよ? 態々オレを探しに来るなんて、何か報告しなきゃならない事でも起きたのか?」

「そう焦る報告でもないけど・・・・・・いい話と悪い話がある」

「んじゃぁ・・・・・・悪い話から」

「サードニックスとアレキサンドライトが同時にファザンエリアに向かってるそうだ。2つの巨大勢力がかち合ったら偉い騒ぎになる。賊の奴等に戦場エリアも何もないからな。会ったが最後、その場でドンチャンだろ」

「・・・・・・サードニックスとアレキサンドライトか。最強の剣と最強の盾がぶつかるってか。でもファザンエリアは広大だ、同じエリアにいて出会う確立は低い」

「そうとも限らない。奴等、でっかいシップの設計図を手にしてるって話だ。ファザンエリアに住んでると言われる腕のいい船大工が目当てじゃねぇか? だとしたら絶対に2つの勢力は出会う。今、奴等の内のひとつでも潰れたら、賊の力のピラミッド関係が崩れる。そうなったら、これでも統一されてる賊の関係が壊れ、どいつもこいつも判断ミスで大暴れ。世の中は今以上に混乱する。そうなったら次の時代が来る前に世は終わる。革命家はまだ現れちゃいないんだ、俺達も仕事どころじゃなくなる」

「なんだなんだ、奴等、船を手に入れるのか? まさか海賊になる気か?」

「さぁ? 詳しくは知らないが、奴等が盗賊をやってるのも何らかの資金集めだと聞いていた。だが、それが海賊になる為の資金だとは思えない。今現在、海にいる賊共も、その2大勢力には手を出せないくらいの連中しかいないのに、海に出る意味があると思うか? それに手にしてるシップの設計図を描いた奴ってのは、飛行機の設計をする奴だって話しだ。その辺がどうも気にかかる。奴等、何を考えてるかよくわからん連中だからな」

「ま、賊ってのはよくわからん連中だ」

「次にいい話だが、アレキサンドライトが持っていると言われる金が1億ゲルド。その金を奪えたら、奴等は足止めを食らい、サードニックスと会う事もない」

「ハハッ、アレキサンドライトか、親はシャーク・アレキサンドライト。でかすぎるだろ。オレ達が手を出せる相手とは思えないな」

「だが怪盗が1億ゲルドをみすみす見逃せるか?」

「だが相手はアレキサンドライト。危険過ぎる」

「アレキサンドライトとサードニックスがぶつかるのを阻止するには、どちらかを足止めする。それしか方法はない。サードニックスの連中は賊の中でも親であるガムパスを慕い、忠誠心が強く、絆も深いと聞く。それに比べ、アレキサンドライトのシャークは部下に慕われてはいない。どっちかにちょっかいをかけるかってなると、アレキサンドライトで決まりだろ」

「部下に慕われてもない男が頂点に近い場所にいるんだぞ。それだけシャークは恐ろしいって事だ。忠誠も絆もない、だが、シャークに従う者が多くいる。ある意味、サードニックスより手強い相手だ。尻込みする訳じゃないが、奴を手玉にとるには難しい」

「なぁ、リーダー、そろそろデカイ山を当てないと、いい加減、俺等の装備や道具も買い替え時。見ろ、この服ももう結構限界だ、肘の所は穴が開いてんだぞ」

「・・・・・・」

「別にアレキサンドライト相手に戦う訳じゃない、奴等に気付かれないように奪うだけ。気付かれたら目晦ましで逃げるだけ。いつものように――」

「・・・・・・相手が相手なんだ、言う程、簡単じゃないぞ」

「わかってるさ。リーダーがガキにも見つかる程のヘマをしなきゃ、問題ない。確かにシャークは強いが、俺達は戦いを挑む訳じゃねぇんだから相手が恐ろしい奴だろうが何だろうが関係ないだろ。相手は絆もねぇ連中の集まり。だとしたら俺等の騙しが通用しない連中でもない。今から計画を練って、準備を整えたら、明々後日辺りにはファザンエリアへ向かえる。後はリーダーが頷くだけ」

「・・・・・・わかった、考えてみる。先に戻ってろ、オレも直ぐに戻る」

男がそう言うと、近寄って来た男はわかったと手を上げ、背を向けた。

シンバは2人の男の話を聞きながら、大きな仕事が始まるんだなと思い、それに遠くへ行ってしまうんだなと、もう会えないのかなと思う。

男はシンバの肩に手を置くと、

「1人で戻れるか?」

と、尋ねる。コクンと頷くシンバに、いい子だと頭を撫で、そして急にシンバから目を逸らすように、月を見上げると、

「あの・・・・・・さ・・・・・・」

と、モゴモゴと何か口の中で喋り出し、シンバは男を見上げる。

今、男は顔を下ろし、シンバと目が合うと、自分の頭をクシャッと掻いて、それこそ目の部分は仮面でわからないが、雰囲気的に照れ臭そうな表情をしてるようで、今度は鼻を人差し指で擦り、啜りながら、

「あの教会にリサって女の子いるだろ?」

と――。

「リサ?」

尋ね返すシンバに、

「オレと同じくらいの年齢で、ちょっと綺麗めの・・・・・・いるだろ? 牧師さんの娘って言えば早いか」

「シスターの事?」

「シスター?」

聞いた事を聞き返され、だが、シンバは多分そうだとコクンと頷くと、

「シスター・・・・・・そうか、シスターか・・・・・・」

男はそう呟いて、今度はどこか寂しげな雰囲気を漂わせる。

「シスターがどうかしたの?」

「あぁ・・・・・・いや、なんでもない」

男の口元が笑みを作り、そう言った後、

「悪いんだけど、オレと会った事は秘密にしてくれるか?」

少し困ったように笑いを漏らしながら言う。

「シスターに?」

「いや、うん、まぁ、シスターにも牧師さんにも誰にも――」

またコクンと頷くシンバに、

「ありがとう」

と――。

「・・・・・・やっぱりボクもおにいさんの仲間に入れてくれない? その怪盗の――」

駄目だと首を振る男。

「どうしても駄目? ボクに復讐心があるから? でもおにいさん達も戦うんでしょ?」

男はシンバの目をジッと見つめ、やはり首を振った。

「確かに必要ならば戦う。だけどオレ達は誰も殺さない。相手が賊だろうが悪党だろうが殺しはしない。オレ達は賊でもなけりゃ、英雄でもない、怪盗だ。手に入れるのは宝。欲しいものは命じゃないし、強さでもないし、名を広めたいとも思わない」

「ボクは戦えなかった自分が許せない。だから戦いたい、戦って奴等を――」

「シンバ、お前の言っていた腕にサソリのタトゥーってのは、多分、アンタレス率いる盗賊サソリ団の一味だ。奴等は武器に毒を塗って、一気にトドメを刺さずに、苦しんで死んでいく者を愉快に見て笑う連中だ。そんな奴等を相手にするな。もう忘れろ、ついでにオレの事も忘れろ」

忘れたくないと今度はシンバが首を振る。

「大体オレ達の仲間になっても、サソリ団を相手に戦えないぞ? オレ達に戦力なんてものはナイに等しいからな。オレ達は相手を欺き、化かして騙す。そういう遣り方がフォックスとも言われる所以かもな。だから一緒に来ても意味ないぞ」

「それでも・・・・・・おにいさんと一緒にいたい」

「ハハッ! 美人に言われたいもんだ」

「おにいさんの手伝いをするから! 一緒に世界を変えたい! 強くなるから! もっともっと強くなる。だから――」

「別に弱いから、お前を連れて行かない訳じゃない」

「役に立つから!」

「役に立たないから連れて行かない訳でもない」

「復讐なんて考えないから!」

「そうした方がいい」

「そうじゃなくて!! どうしても仲間にはしてくれないの?」

当たり前だと頷き、

「考えてみろ、お前、本当にオレ達の仲間になりたいのか?」

そう聞かれ、シンバは、おにいさんのようになりたいと言う言葉を飲み込み、無言になった。すると、無言が答えと思われ、

「だろ? オレ達の仲間になんか、ならないのが正解だよ」

なんて言われ、シンバは、

「おにいさんの名前を教えて?」

と、男の素性をひとつでも知る事で、この男に近付ける気がして、そう聞いた。でも、多分、教えてはくれないだろうと思ったが、

「――フックス」

男は名乗った。

「フックス・ブライトだ」

男はそう言うと、背を向けて、二歩、三歩、歩いた所で、振り向き、内緒だからなと立てた人差し指を口元に持って行き、シンバに笑いかけると、

「あぁ、それと、フォックステイルは1人だ、オレ1人。そういう事なんだ、わかるよな? だから、イロイロ、内緒な?」

と、バイバイと手を振った。

待ってと追おうとしたが、あっという間に走り去ってしまう男に、シンバは立ち尽くす。

手の中に残ったのは、男から――・・・・・・フックスからもらったキャンディーだけ。

シンバはそのキャンディーを握り締めて、夢じゃないんだと確信しながら、教会へ向けて歩き出す。そして教会の前で立ち止まり、

「・・・・・・ブライト教会――」

表札ともなる看板を読んだ。

そういえば、シスターがフックスと言う名を口にしていた事を思い出した。

牧師がその名を出すなと言っていた事も――。

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