06話.[分かったものだ]

 4月になった。

 1、2、3月よりかは遥かに暖かく、そして過ごしやすい。

 で、クラス分けの件だが、


「1年間よろしくねっ」

「おう」


 鈴木とは一緒のクラスにはなれたものの、元基とは今年も無理だった。

 ……元基との方が良かったものだ、鈴木と仲良くしていたら疑われるし。


「ときに神埼くん」

「な、なんだよ?」

「アイスっていつ食べに行くの? 真里那さんの受験も無事に終わったよね? なんならもう大学に通っているよね?」


 そういえばそんなことも言っていたかと思い出した。

 俺がリベンジしなければならないのは彼女に対してもそうなのだということも。


「よし、それなら今日行くか」

「え、真里那さんは来られるの?」

「3人で行けばいい、真里那と行きたいなら今度一緒に行けばいい」


 合わせているとまた数ヶ月先とかになりかねない。

 これが片付けば特に問題もなくなる。

 あとは適度な距離感で居続ければいい。

 そうすれば元基と衝突するようなことにもならないだろう。

 昼にやって来たというか、HRが終わってからやって来た元基と一緒にアイスが食べられる場所を目指す。


「外にいるのが辛いぐらいの寒さじゃないからいいよね」

「だねー、そうでなくても冷たい状況に冷たいのを押し込んでいたわけだからねー」


 しまった、ふたりを合流させたらこうなることが分かっていたのに。

 まあ、最後まで悪い雰囲気にさせなければ俺のリベンジは成功だ。

 細かいことは気にせずにアイスを食べておけばいいか。


「私にもちょうだいっ」

「は? ――あ、元基から貰えばいいだろ?」


 いかんいかん、少しでも悪い気分にさせたら失敗になってしまう。

 その度に彼氏持ちの異性を誘うというのも不自然すぎるから気をつけないといけないぞ。


「ここにまだ使用していないスプーンがありますので、まだ侵略していない場所からちょこーっと資源を頂ければな、と」

「はぁ、それならさっさと食べろよ」

「ありがとっ、へへっ」


 大丈夫、あと10分ぐらいなにもなければ無事に終えることができる。

 そうしたら特になにも考えることなく来てくれたら相手をすることだけを意識しておけばいいんだ。


「健人ってさ」

「勘違いしてくれるなよ、元基を裏切ったような人間と同じように扱ったらぶっ飛ばすぞ」

「まだなにも言っていないじゃん」


 丁度食べ終えたところだったから鈴木から少し距離を作る。

 元基もまた、鈴木に説明をしてからこっちに移動してきた。


「なにが言いたかったんだ?」

「いや、あくまで普通だなって」

「当たり前だろ、あ、どうせなら元基と同じクラスの方が良かったけどな」

「どうして?」

「鈴木といるだけで嫉妬して衝突してきそうだからだ、そんな無駄なことをされるぐらいなら元基と同じクラスの方がいいだろ」


 それならまだ元基に会いに来たついでに俺にも話しかけたという形になる。

 だが、現時点ではそうはならないわけだからな。

 100パーセントストレートに俺に用があるから来た、ということになってしまうから。


「疑っていないよ、千佳ちゃんも、健人のことも」

「そうかい、それならいいんだけどさ」

「僕が聞きたいのは、真里那さんとどうなっているのか、ということだよ」


 大学生と高校生という関係になった、と言うのはおかしいかな。

 なにがどうなろうと、俺の姉が真里那であることには変わらない。

 家族であることには変わらないのだから無意味な質問ということになる。

 ただ、こいつの言い方はなんか嫌なんだよなあ、と。

 まるで俺が真里那のことを意識しているみたいじゃねえかよ。


「ちょっとちょっとー、男の子だけで盛り上がらないでよー」

「そんなのじゃないから安心しろ」

「あ、ふふ、もしかして新しいクラスに可愛い女の子がいたからなの?」

「僕は千佳ちゃんと一緒が良かったけどね」


 結局、クラスメイトの名字名前顔が一致しないまま終わってしまった。

 特に不都合はないが、それはそれでなんだか寂しいものだよな。

 覚える努力をなにもしていなかったし、関わろうとすらしていなかったんだから俺が言うには不自然かもしれないが。


「私だってそうだよ。ただ、神埼くんのことも放っておけないから良かったかな。少なくともふたりと完全に別々というわけじゃなくて良かったよ」

「ありがとうございます」

「うへぇ、神埼くんが敬語を使うと気持ちが悪いなあ」


 俺だって敬語ぐらい使える。

 とはいえ、同級生や家族に使おうとなんて思わないが。


「良かった、あのときのリベンジができて」

「あのとき……、ああ! 私が元基くんの情報を聞くために近づいていたときのことか」

「ま、本当のところはそうだったんだからあの冷たいままでも良かったのかもしれないけどな、世話になったから考え直したんだ」


 それでもこれで終わり。

 こちらから誘うことはもうない。

 誘われたらメンバー次第では受け入れようと思う。

 ただまあ、誘ってくるような稀有な存在がいるとは思えなかった。

 1度俺と出かけたことのある人間なら、必ずそうするさ。


「にしても酷えよな鈴木は、元基から鈴木のことを好きだと聞いていたからなにも問題はなかったけど、そうじゃなければ勘違いしていたんだからな」

「……確かに神埼くんには申し訳ないことをしちゃったよね」

「それでも元基と付き合い出したんだからもうどうでもいいわ、長く付き合い続けてくれ」

「うん、それは守るよ」


 さ、邪魔者は帰るとしよう。

 何故だか気分が凄く良かった。

 なんでだろうな?




「聞きましたよ、アイスを食べに行ったって」

「おう、そうだな」

「私もって話じゃなかったんですかっ?」


 意外だ、そんなことでこんな態度を見せてくるなんて。

 いつもなら「美味しかったですか?」などと聞いて終わらせるところなのに。


「元基や鈴木が真里那と行きたいって言っていたぞ」

「4人でって聞いていたんですけどねっ」

「まあ、あのふたりは基本的に放課後に暇だし、予定が合うときは行ってくればいい」


 あそこは何気に高いからそう何度も行ける場所じゃない。

 別に特別困っているわけではないが、無駄遣いは少ない方がいいからな。

 あれはリベンジのために行っただけだ、それ以上でもそれ以下でもない。

 だからもうこれ以上は俺がそこにいる必要はないのだ。


「それより大学はどうなんだ?」

「知りませんっ」

「通い始めたばかりだもんな、理解できるわけがないか」


 無駄な衝突にしかならないから部屋に戻ろう。


「は~」


 また毎日通って帰るだけの生活が始まるのか。

 これをあと追加で1年、味わわなければならないと。

 2年の秋頃には修学旅行がある。

 だが、鈴木以外の友がいない現状のままだときっと楽しめない。


「健人くんっ」


 つか、名前負けしているよなって。

 もっと一とかそういう単純な名前で良かったと思う。


「いまから行きますよっ」

「で、またあのふたりを誘えって? 空気を読んで帰ってきたのに?」

「違いますっ、私もアイスを食べたいので付き合ってくださいっ」

「言っておくけど奢ったりはしないぞ?」

「いりませんよっ、早くしてくださいっ」


 付き合うだけなら問題もない。

 ここで不機嫌なままにさせると俺のおかず全てがなくなるからな。

 それだけはあってはならない。


「美味しいですねっ」


 怒りながら食べていた、器用な姉だ。


「あげませんからねっ」


 先程食べたばかりなのに貰おうとするわけがない。

 そもそもの話、数ヶ月に1度程度でいいのだ。

 女子や一部の男子のように甘い物が好みというわけではないのだから。

 その後も不機嫌な感じのままアイスを食べる姉を、ではなく、目の前を歩いていく通行人を見て時間をつぶしていた。


「もう食べ終わりましたけどっ」

「帰るか」


 大学生らしくないというか、全くお姉ちゃんらしくないというか。

 ま、触れることはしないでさっさと帰ろうと思う。

 誰か姉を特別視してくれる人間が現れてくれればいいんだが。

 その際はちゃらい人間じゃありませんようにと追加で願っておく。


「待ってくださいっ」

「そろそろ落ち着けよ、こうして付き合っているだろ」

「健人くんのばかっ」


 はぁ、なにかを言う前に姉は家とは反対方向に走って行ってしまった。

 中高と陸上部に入っていたからな、俺が追ったところで追いつくのは不可能。

 なので、気にせずに家に帰ることにした。

 なんか食欲とかもないから今日はもうこれで寝てしまうことにする。


「思春期がいま頃になってやってきたんかね」


 それにしても短気すぎやしないかねと。

 流石にアイス屋に一緒に行けなかったぐらいで怒るなんて子どもすぎやしないかと考えつつ眠気がくるのを待った。




「うーん」


 1年生のときのクラスメイトが戻ってきてほしいと心から思っていた。

 やっっかましすぎる。

 授業になってもそれを続けるからよく担当教師に怒られる。

 俺ら一部はやかましくしているわけじゃねえのに損な感じだ。

 でもどうせ、教師からすれば2組は~と一緒くたに扱うだろうからやっていられない。

 はぁ、あいつらはいいやつらだったんだな、去年は悪かったと謝りたい。


「あはは、このクラスは賑やかだねえ」

「うるさいだけだ」

「授業が始まったらさすがにやめてほしいけど、それ以外だったら構わないよ」

「そこだけは同意するけどな、でも、こいつらはそれを守れねえしな」


 ま、こうして連中の声に霞むぐらいの声量でしか言えない時点で情けないことこのうえない。

 面倒くさいことに巻き込まれたくないからなどと考えているが、結局のところは悪く言われたら嫌だからだ。

 そういう点で自分を見てみると、案外、普通の人間らしい思考ができているような気が。


「そうだ、今度真里那さんを借りるね」

「物じゃねえぞ」

「あはは、そうなんだけどさ」


 流石の姉でも再びアイスを食べに行こうとしているわけでもないだろう。

 間違いなく元基も誘うだろうからまた「元基くんに比べてあなたは」とか言われる可能性が高まりそうだ。

 そもそも、また話さないようになっているから話しかけてこない可能性の方が高いわけだが。


「なんかさ、怒っているような感じに見えるんだけど、当たっているかな?」

「怒ってはねえよ、悪いな、元基と違ってまとう雰囲気ってのが多分マイナス寄りなんだよ」


 嘘をついているわけじゃなかった。

 つまり、俺は基本的にそのように見えるということだ。

 そりゃ、近づいて来ないよなと。

 基本的に怒っているように見える人間には俺だって近づきにくい。

 そう考えると鈴木とか元基って凄えな、感謝しかないぞ。


「謝らなくてもいいよ、だけど、気になるかなって」

「いや、本当になにもないんだ、強がっているとか隠しているとかそういうこともなくてさ」

「そっか。あ、でも、なにかがあったら言ってね? 私たちだって友達なんだから」

「はは、おう、ありがとよ」


 優しいねえ、なんでかは分からないけど。

 もう目的も達成したんだから元基とだけいればいいのにな。

 いやまあ、彼氏だけではなく他の女子とか男子とかいればいいと思う。


「健人、ちょっと」

「俺か? 分かった」


 彼は何故か階段の方まで歩いて行こうとする。

 時間的にはまだ余裕があるから構わないが。


「はい」

「携帯?」

「電話、繋がっているから」


 これは間違いなく姉だな。

 仕方がないから受け取って耳に当てる。


「も、元基くん……?」

「元基なら俺の横にいるぞ」

「え゛」


 なんか彼女から俺が元基を寝取ったみたいじゃねえかよとは考えつつも、余計なことは言わないでおいた。


「健人、後で返してくれればいいから」

「おう」

「それじゃあまた後で」


 と言っても、特に話したいこともないなと。

 そもそも俺は付き合ったんだけどなと。

 勝手に不機嫌になって走り去ってくれたのは姉の方だ。


「特にないなら切るぞ、誰かの携帯を持ったままというのも嫌だからな」

「……迎えに来てください、放課後に大学まで」

「は? 電車を使わないと行けない距離だぞ」

「来てください、それでは」


 まじかよ、これは面倒くさいことになった。

 それでもとりあえず携帯は返し、教室に戻る。


「おかえり」

「おう、あ、そのとき元基も行きたいだってさ」

「はは、元から行くつもりだったから」

「ま……姉の前でいちゃいちゃしないでやってくれよ?」

「うん、そういう切り替えはできる私たちだからっ」


 しゃあねえから行くか。

 電車で行くのも癪だからチャリで行ってやろう。

 一緒にいても怒られるだけだしな、大学に行けば姉も納得する。

 というか、文句なんか言わせなければいいのだ。




「着いたな」


 現在は……18時半か。

 電車で行けば間違いなく17時には着いていたことを考えるとアホらしいな。


「な、なにやっているんですかっ」

「知らん、俺は約束を守っただろ。チャリで、迎えに来てやっただろ」


 そうか、大学だから制服を着る必要がないのか。

 なんて、分かっていたはずなのにこうして見たら今更ながらにそう思った。


「ばかなんですか!?」

「馬鹿だな、優秀な姉と違って大学に行けるような頭はないからなー」


 行きたいとも考えてはいないが。

 それにしてもよく分かったものだな。

 あれか、待ちすぎて焦れったくなっていたということか。


「じゃ、俺はチャリで帰るから」


 このママチャリ、錆びすぎていて怠かった。

 あと、春特有のというか、夏秋冬特有のというか、夕方頃はほっとんどの確率で向かい風になるから終わっている。

 そういう日に限って風というのは強いもので、容赦なく俺の体力を奪っていくことになるわけだが。


「はははっ、さっきの顔は滑稽だったなっ」


 まさかこれで来るとは思っていなかったんだろう。

 それだけで大満足だ、いくらでも悪く言ってくれて構わない。

 ま、気分が高揚していたのはそこから数十秒ぐらいだけだったが。

 行きよりも時間がかかって、着いたのは21時過ぎだった。

 真っ暗なリビングに入って、電気を点けようとした俺の腕を誰かが掴む。


「……なにをやっているんですか」

「電気を点けろよ」


 実は扉が開いていたから怪しいと思っていたんだ。

 だから驚かずに済んだ、そうでもなければ尿を漏らしてたね。


「……なんで少しだけでも元基くんみたいにできないんですか」

「俺は元基じゃないからな」

「敢えて自転車で来るなんて……」

「一緒にいたくなかったんだよ、どうせ怒られるだけだからな」


 つか、対姉で面倒くさいことが起こりすぎだろ。

 大抵は向こうが勝手に爆発してって感じのものだ。

 合わせてやっているのに怒られるんじゃどうしようもないぞ。


「い、一緒にいたくないとか言わないでくださいよ」

「不機嫌になってくれなきゃ俺だって避けるようなことはしねえよ」

「だって、適当に対応するから……」

「適当になんかしてない」


 とりあえずはソファに座らせる。

 姉弟でぶつかりあっている時間ほど勿体ないことはない。


「どうすれば満足するんだ? 俺は付き合ったよな? 途中で帰ったりすることもなく、水を差すようなことを言うわけでもなく、普通にそこに存在しただけなのになにが不満だったんだよ」

「……こっちを向いてくれなかったからです」

「それなら怒ってちゃ意味ないだろ、その場で言えよ」


 誰もが勝手に理解してくれるわけではないんだ。

 ましてや俺がそういうことをできるような人間ではないと分かっている姉がするべきことではない。


「いいか? 俺は元基じゃないし元基みたいな人間にはなれない。だから、そんなのを期待するのは馬鹿だとしか言いようがないし、相手が自分のために行動してくれるなんて考えるのは傲慢だぞ」


 こちらだってなんでもかんでも我慢できるというわけではない。

 理不尽なことで怒られたりしたら文句だって言いたくもなる。


「それに納得できないというのなら近づくのをやめればいい、家事だって自分でやるからよ」


 って、これだとわざと煽っているみたいなものか。

 まあいいや、なんと言われても自分の分は自分ですれば文句は言われない、言わせない。

 結局、稼いできているのは全く家に帰ってきていない父と、母だ。

 俺はバイト禁止だし、姉は働くことが可能なのに大学に通うことを選んだのだからうるさく言う権利はない。

 母はどっちかを贔屓しているというわけではなく大雑把な感じだ。

 だから、姉がそう選択してくれればこれ以上面倒くさくなる可能性は1パーセントもなくていいはずだった。

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