02話.[嫌われちまった]

「か、神埼くん」


 聞き覚えのないようなあるような声に反応して顔を上げてみたら、意外にも話しかけてきたのは鈴木だった。


「あ、元基か? 今日はまだ来てないけど」


 これもまた珍しいことだ。

 この前のことをまだ引きずっていて平静ではいられないのかもしれない。


「違うの、神埼くんに用があって」

「なるほどな、あれか、真里那に会いたいのか」

「あ、お姉さんに会いたいわけじゃなくて、神埼くんに……」


 これは……なんだろうか。

 元基の側にいないでっ、とかそういうのだろうか。

 仮にそう言われても元基が離れることを選択しなければ自分から距離を作るつもりはないが。


「それで? 用があるとだけ言われても分からないぞ」

「今度、さ、一緒にお出かけしてくれないかな」

「俺と? なるほど、まだ夢というわけか」

「違う違う、神埼くんはちゃんと起きてるよ」


 血迷ったのか?

 いやまあ同級生だし、なんらおかしなことではないのだろうが……。

 彼女は胸に手を当て深呼吸をしてから「どうかな?」と聞いてきた。


「面白いこととかなにも言えないぞ?」

「来てくれればそれでいいから」

「じゃ、別にいいけど」

「うんっ、ありがとう!」


 聞きたくはないだろうが元基には言っておかないとな。

 こっちにはそういう気なんてなんにもないんだから心配しなくていい。

 あとは姉にも言っておかないと、なにも言わずに出ていくと怒られる。

 もう姉と言うよりも母親だった、母が逆にぐうたらな姉みたいな感じで。

 それでも母からはよく遺伝されている気がする、姉のようなしっかり遺伝子はどこからきたのか分からないが。


「え、鈴木さんが健人を誘った?」

「ああ、言っておかなければならないと思ってな」

「そっか……」

「まあ想像しているようなことにはならないだろうから安心しろ、どうせ俺と話したい人間がいるとかそんなのだろ」


 あまりにも不自然すぎる。

 もし言葉通りなのだとしたら驚きすぎて尻もちをつくと思う。


「別にいいからね? 鈴木さんと仲良くしたって」

「そういうつもりで行くわけじゃないから安心してくれ」

「だからいいのに……」

「俺にそういう意思はないぞ」


 どんな性格なのかも、どんな名前なのかも分からない人間に興味を抱けるわけがない。

 それに俺は鈴木に対する元基の気持ちを知っている、そういうのもあってどうやっても仲良くなろうとは考えられない。

 無駄な衝突をしたくないんだ、もしその可能性が高まるというのなら鈴木と関わることをやめるぞ。

 口には出さないが罠という可能性もある。

 俺が想像した通り、元基に近づくなと言ってくる可能性もある。

 姉、真里那に興味があると言ってくる可能性もあるのだから。


「健人くん」

「お、丁度良かった、今週の土曜はちょっと出かけてくるわ」

「え、あ、元基くんとですか?」

「いや、なんか鈴木に誘われてな」

「え」


 だよな、あまりにも不自然すぎてえってなるよな。

 姉に代わりに行かせたらどうかと考えて、それではこの前の元基と同じレベルになってしまうと捨てることしかできなかった。


「おかしくないですか? あ、いえ、健人くんの周りには元基くんぐらいしかいないので、その……」

「なんかより傷つくわ……」

「ち、違くてっ、でも、やっぱり鈴木さんが誘う理由がわからなくて」

「安心しろ、俺もそうだよ」


 姉は小さい声でぶつぶつと呟いていた。

 全部ありえないとか、俺に限ってとかそういうことばかりだった。

 やはりイメージが良くない、実の姉からもそれって……悲しくね?


「あ、真里那はなにか用があったのか?」

「健人くんとお出かけがしたかったんです、土曜日がいいかなって思ったんですけど……」


 これはあれだ、先週俺だけが行かなかったからだと思う。

 仲間外れにしたくない人間なので、少しだけであっても気になるんだろう。


「それなら日曜日に鈴木と行ってくる、まだ曜日が決まっているわけじゃないんだ」

「そ、そうですか? それなら、はい、土曜日にどこか行ければと」


 うーん、こういうときはどうしたらいいのだろうか。

 女子が行きたい場所っていうのが分からない。

 経験値不足なのは微妙だな、姉をエスコートしようとしなくてもいいのかもしれないけどさ。


「それなら映画でも見に行くか」

「はいっ」


 適当に言ってみたらいい笑みを浮かべて元気良く返事をしてくれた。

 ちょっとやべえ……となったのは言うまでもなく。

 映画を見終わったら気にせずに任せようと決めたのだった。

 どうすれば効率良く休日を楽しめるか。

 また楽しませられるかなんて考えるとか無理だからな。




「あ、遅いですよっ」

「待ってくれ」

「はい?」


 駅前に着いた途端に聞きたくなった。

 わざわざ別々に行こうと聞いたときには俺の方がはい? と聞きたくなったね、いや実際に聞いた。


「なんで別々?」

「いいじゃないですか、こういう風に集まってみたかったんですよ」

「同級生の男でも誘えばいいじゃねえか」

「嫌ですよ、仲のいい方なんでいないですし」


 というか、もう大学受験も迫っているのにいいのだろうか。

 だからこそなのだろうか、それで弟を選んでくれるのは嬉しいけど。

 とりあえず決めていた通り、映画を見に行くことにした。

 俺は買わない派だが、姉はキャラメル味のポップコーンとジュースを買っていた。

 そこまで密というわけでもないようだ、幸い、俺らの隣には誰もいなかった。

 選ばれたものは簡単に言ってしまえばアニメ映画だ。

 なんやかんやありながらも仲良くして最後はいい雰囲気で終わると。


「ふふ――あっ、ご、ごめんなさい……」


 敬語だと他人行儀すぎて別のお客のように思えてくるが、俺の隣に座っているのは姉だけだ。

 別に笑ったぐらいで謝るなよ、強気なのか弱気なのかよく分からない人としか言えない。

 うん、まあ普通って感じだな。

 選んだのは姉だし、姉が楽しめているのならそれで構わない。


「面白かったですねっ」

「だな」

「前のお店で語り合いましょうっ」


 語れるほどあのアニメの知識がない。

 退屈ではなかったことが俺にとっては救いだ。


「あのシーンが特に良かったですよねっ、メインヒロインの女の子が――」

「ん? どうした?」

「はぁ、どうして健人くんはそんなにつまらなさそうな顔をしているんですか?」


 どちらかと言えば聞く方が好きだから飲み物を飲みながらでも聞こうと考えていただけ。

 つまらないならもっと表に出すから安心してほしい。

 出していないということはつまりそういうことだ。


「俺は真里那といるの好きだけどな、そうじゃなかったらこうして付き合わないだろ」


 さっさと鈴木とのあれを消化して日曜日はゆっくり休んでいた。

 でも、俺は姉とのことを優先したんだから勝手にマイナス方向に考えないでほしい。


「……不安になるんですよ、笑ってくれないので……」

「表に出にくいだけだよ、だから安心してくれ」


 常にによによと笑みを浮かべていたら気持ちが悪いだけだ。

 普段はこうだからこそ俺からそれが出たときに新鮮さを感じられるのでは?

 なんなら達成感だって得られるかもしれない。


「あと、家事は俺に任せてくれ」

「な、なんでですか?」

「だってもう大学受験だろ? 勉強に集中してほしい」


 家でも頑張っていることを知っている。

 だから間違いなく姉のためになると考えたのだが、


「それはだめです、私の役目ですから」


 結局、聞いてくれることはなかった。


「それに、お勉強は家事をしながらでも普通にできますからね」

「そうか」

「お姉ちゃんなんですから姉らしく行動させてください」

「無理はしてくれるなよ? 倒れられたら嫌だからな」

「大丈夫です、休むときは休んでいますから」


 今回のこれも姉が決めたことならこれ以上は言うべきではない。

 相手のためを思って言っていることが相手に負担をかけていた、なんてことになったら馬鹿らしいからな。

 必要以上に踏み込もうとしなくていいのだ。

 相手が家族であってもそれは同じこと。


「これからどうしましょうか」

「あとは真里那に任せる、付き合うから自由に行きたいところに行ってくれ」

「え、いいんですか?」

「いいんだよ、たまにはそうやって息抜きをしてほしい」


 今日1日はなにもトラブルがないいい日だった。

 明日鈴木と行かなければならないことを考えると憂鬱だが、俺としても区切りをつけられて良かったと思う。

 やはりどちらかと言えば家族を優先するよなと、なんならこのまま明日は行きたくないぐらいだった。

 流石にそんなことをすると姉が怒るからしないけども。


「明日はちゃんと柔らかい表情でいてあげてくださいね、ある程度理解がない方からすると怖いでしょうから」

「真里那も来てくれよ」

「無理ですね、ほら帰りましょうっ」


 残念ながら振られてしまったのでひとりで行くことにした。

 正午に駅前で集合か、寒いのにだりいなあ……。




「ご、ごめん、遅れたっ」

「友達はいねえのか?」

「え? うん、私だけだけど」


 なにを言っているのかといきなり頭を抱える羽目になった。

 疑心暗鬼すぎだ、騙すわけがないのに。


「はぁ、健人くんったら……」

「ですよね……」


 鈴木さんはあくまで普通レベルのファッションだった。

 デートだと意識をしているわけではないことが分かる。

 抑えているだけなのかもしれないけど。


「全部鈴木に任せるわ、付いていくから自由に移動してくれ」

「うん」


 偉い、ツッコまないところが偉い。

 横にいる真里那さんは「後で絶対に叱ります」と言って怖い顔をしていた。


「あ、行きましょうか」

「そうですね」


 人ふたり分ぐらいの距離を作って彼は歩いていた。

 意味のない距離だ、そんなに離れられたら同行者は不安になる。

 自分だけの場合はなにかしてしまっただろうかとね。


「神埼くんは映画って好き?」

「嫌いでも好きでもないな、昨日真里那と見たし」

「そ、そうなんだ、それでも……いいかな?」

「ま、付き合うって言ったんだ、気にせず行きたいところに行け」


 両手を合わせて「ごめんなさい」と謝っている真里那さんが新鮮だった。

 あ、ちなみに僕らは約束をしていたわけではない。

 ただ、健人が馬鹿みたいに正直になんでも話してくれたので、集合場所に行ってみたら真里那さんもいたというだけだ。


「僕達は外にいればいいですよね?」

「そうですね」

「あ、アイスでも食べます?」

「そうですね」


 ふたりでアイスを食べて時間をつぶした。

 大体、2時間が経過した頃、彼らが出てきたんだけど。


「あーあ、健人はまた……」


 あからさまに面倒くさそうな様子でいる。

 一緒に行っても楽しそうにしてくれるわけじゃないからね……。

 なんで鈴木さんは本当に誘ったんだろ、間違いなく後悔しているだろうけど。


「あの、行ってきていいですか? 私、許せないんですけど」

「だ、駄目ですよ、流石にそれは許可できません」

「でも、せっかく鈴木さんがお誘いしてくれたというのにあの子ときたらっ」


 気持ちは分かるけど駄目だ。

 僕ならもっといい感じにエスコートできる自信があるけど駄目だ。

 短慮を起こしてはならない、僕達のこれは褒められるようなことではないのだから。


「あっ、アイスだってっ」

「食べたければ食べればいい」

「じゃあ買って食べよっ?」

「だから食べればいい」


 合わせようと努力しろ!

 いまにも突撃しようとしている真里那さんの腕を掴んで頑張って止めつつ、自分も突撃したい気持ちを頑張って抑えていた。

 ……これならまだ4人で見て回った方が鈴木さんへの負担も少ない。


「はいっ」

「自分が食べろ」

「私のもあるから」

「はぁ、それなら代金払うわ」


 こういうところは何気にしっかりしているんだよなって。

 あまりお金の貸し借りとか、奢ったり奢られたりなんていうのは例え仲が良くてもするべきではないことだから。


「いいよいいよ、今日付き合ってもらっているんだから」

「駄目だ、食べ終えたら渡すから必ず受け取れ」


 うん、こういうところは悪くないな。

 真里那さんも頷いて満足そうにしている。


「食べたらどこに行こっかっ」

「家かな」

「えぇ、まだ映画館にしか行っていないのに……」


 ああ、こうして会話が聞こえるような位置で隠れていたことが失敗だったとしか言いようがないよね。


「こらあ! 馬鹿健人があ!」


 結局、抑えきれずに突撃することになった。




 いきなり茂みから出てきたやかましい奴を見ていた。

 俺としては感謝しかなかった、なんか疲れるから嫌なんだ。


「このっ」

「いて……、なんで叩くんだよ」

「もっと合わせる努力をしなよっ」


 その後ろからはぬらあぬらあと変な感じで歩いてきている姉が。

 ああ、間違いなくあれは怒っているな。

 感謝しているけど尾行なんかするなよというのが正直な感想。


「あれ、浅谷くんは神埼先輩といたんだね」

「う、うん、たまたま出会ってね」

「でも、いま変なところから出てきた気が……」

「ごめんなさいっ、尾行していましたっ」


 弱い、貫き通せば良かったものを。

 よし、このまま元基に譲って帰るか。

 今日はちゃんと来た、映画にも付き合った、アイスだって一緒に食べた。

 これだけで十分だろう、理由が分からなさすぎて楽しめなかったのだ。


「ほい、代金」

「え、多いけど……」

「元基が言うように合わせてやれなかったからな、ま、それで我慢してくれや、じゃあな」


 歩き出した俺の後ろ襟首を掴んで止めてきた。

 正直に言おう、かなり怖かった、あとは単純に苦しかった。


「鈴木さんに謝ってください」

「あー、悪かったよ」

「いや……」


 姉からの要求だけはなるべく聞いておかなければならない。

 そうしないと昼の弁当だとか夜ご飯などが一切なくなる。

 まあ、自分でできるからいいっちゃいいが、それでも作ってもらえる方がいいからな。


「俺はこういう人間だ、誘うにしても元基とか真里那とか他の友達とかそういう人間にしておけよ、まあどうせ罰ゲームだとか面白半分にとかそういうことなんだろうけどさ」


 止めてくることもなかったから適当に歩き始めた。

 家に帰ろうと思ったが、何故かその気が失せた。

 それは間違いなく姉が真後ろを歩いていることが影響しているのだと思う。


「帰らないんですか」

「まあ、まだ時間もあるからな」

「……どうしてあんな可愛げのないことしか言えないんですか、罰ゲームなわけないじゃないですか」

「考えてみても理由が分からないままでな、でも、どうせならと元基の名前を出しておいた形になるかな」


 後から俺がいなければとか言われても嫌だから。

 どういうつもりで近づいてきたのかは分からないが、はっきりさせておけば面倒くさいことにはならない……はず。


「ああ、たった数時間でほぼ2000円がなくなったぞ……」


 アイス高え、それでも人が並んでいたから流石としか言いようがない。

 あの場所がいいんだろうな、なにかから出てきた際にちょっと休憩として利用するには最適なところだから。


「尾行とかするなよな」

「絶対に適当に対応すると思ったので」

「まあ、予想通りだよ」


 家族や元基と対応するときと同じように、とはできない。

 気に入られたいとも考えていないのだから別にいいと思うが。

 相手もこれ以上無駄なことで時間を使わなくて済んでいいことになるわけだし。


「真里那だったら分かっているだろ、そういう風にしかできないって」

「少しは努力をしてあげてくださいよ」

「無駄だからな、意味のないことにも一生懸命になれるほど真面目君じゃないんだよ、そのことだってよく分かっているはずだ」


 どちらにしろ仲良くするなんて不可能だ。

 理由は元基が好きな相手だから、それだけで十分。

 

「もういいです、帰りましょう」

「だな」


 寧ろ罰ゲームとかじゃないとおかしすぎて困惑するからやめてほしかった。




「先に行っていますから」

「……なんか冷たくねえか?」

「そうですか」


 いや、そうですかって……。

 まあいいか、8時までゆっくりしてから学校に行くことにしよう。

 それまでゆっくりしてから学校に来た自分。


「馬鹿」

「いきなりだなー」


 譲ってやったんだから感謝してほしい。

 そこで優しくすればもう元基にメロメロになることだろう。

 もしかしたら元基の優しさを確かめるためにしたのかもしれないな。


「鈴木さんが凄く困っていたからね?」

「じゃ、ナイスアシストだろ、そこで優しくすれば元基を好きになってくれるからな」

「そんな汚い手を使って好きになってもらいたくはないよ」


 汚いかあ? 違法じゃない手段を使って仲良くなることがおかしいだろうか。

 じゃあ他人経由で知り合ったら終わりじゃねえか。

 結局、色々理由を作って積極的になれないだけだ。


「浅谷くん、おはよう」

「あ、おはよう」


 やれやれ、どっかに行ってやるか。

 世話のかかる人間達だ。


「健人くん」

「おう」


 こうして出会うことが多いなと。

 ただ、今日はどこか違かった。


「今日から大学受験が終わるまで」

「終わるまで?」

「健人くんと一切、話しませんから、お弁当とかも作りませんから」


 まじかよ、なんか凄え嫌われているんだけど。

 結局なにをどうしようが嫌われるのは一瞬ということか。

 多分、こうなると元基からだって同じような対応をされるんだろうな。


「そうかい」

「はい、話しかけてきても無視しますから」


 んな幼稚な、お姉ちゃんらしくいたいんじゃなかったのかよ。

 まあいいか、受験勉強に集中してくれるということなら問題はない。


「あ、すぐどこかに行くんだから」

「なんか真里那に嫌われちまった」

「え?」

「受験が終わるまで話しかけないんだってさ、弁当とかも作らない、話しかけられても無視をする、だって」

「え、真里那さんらしくないな……」


 これまで溜まっていたどうしようもない不満を今回のそれで抑えきれなくなったということなのだろう。

 仕方がない、なんらかの形で発散させないとおかしくなるからな。

 真里那が悪いわけではなかった。

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