第16話 試験
制限時間内に走りきれなかった者が帰されると、受験者の人数は10分の1になっていた。アメリアはジェラルドが考えた距離が正しかった事を知る。
(この距離を走れる人って少ないのね。周りが軍人ばかりだから知らなかった)
僅かな休憩を挟んでから、試験官の騎士に数人が呼ばれ剣が配られた。いよいよ打ち合いをするようだ。現役騎士が相手のようで、剣を受け取った者から目の前の騎士との試合が始まった。
現役騎士はかなり腕のある者ばかりのようだ。辺境伯軍に入っていたとしても、何人かをまとめる立場になれる者たちだ。おそらく、勝ち負けではなく、戦い方を見られるのだろう。
「頑張れよ」
アメリアの順番が来て、試合を終えた受験者から剣を受け取る。女性にしては背が高い方だが、小柄なアメリアを見て心配してくれているようだ。
剣は刃を潰してある長剣で、手の小さいアメリアには太すぎる。隠し持っている短剣は使えないし、フウに教わっている動きは暗殺など秘密裏に動くための特殊な技が多い。間違っても使ってスパイ容疑をかけられるわけにはいかない。かなり不利な状況にアメリアは焦った。
相手の騎士はアメリアの兄たちには到底及ばないがかなりの使い手だ。結局、アメリアは実力の半分も見せられないまま負けてしまった。これでは合格出来ないかもしれない。そう思うとアメリアは落ち込んでしまう。
「その動き、辺境伯軍に所属していたのか?」
相手をしていた青い髪の騎士が睨みつけるようにアメリアを見ている。アメリアはヒヤリとしたが事実多めの嘘をついた。
「兄が辺境伯軍に所属しているんです。動きは兄に教わりました。僕は王都に憧れていたので出てきたんです」
想定された質問だったのでアメリアは答える事ができた。青い髪の男はまだ納得していないようだ。言葉を重ねると怪しまれる恐れがあるのでアメリアは黙って男の反応を待った。
「兄の名前は?」
「クロードです」
流石に兄の、辺境伯軍のトップや近衛騎士の名前を出すわけにはいかないのでクロが城下に出たときに使っている名前を出した。
クロの本名はアメリアも知らないがクロードの名で女の子を口説いていたことは知っている。辺境伯軍を名乗っていたので辺境伯領で調べられても問題ないだろう。それに、騎士団が辺境伯領に入ることは辺境伯が許さないから、調べることすらほぼ不可能だ。
辺境伯軍が管理している軍人の名簿に関しても、皇帝陛下の命令があっても開示されないので載っていなくても問題ない。
なんだか目をつけられてしまった気がするが、開放されたので、とりあえず大丈夫そうだ。後でクロとトビに報告しなくてはいけないだろう。スパイ容疑で投獄され、辺境伯令嬢であることがバレてしまったら、殺されるより大ごとになる。そう思ってアメリアは心の中で頭を抱えた。
次は筆記試験だった。アメリアは問題を見てあまりに簡単すぎる内容にあ然とした。
アメリアは10年間皇太子の婚約者だったため、妃になるための教育を受けている。それは皇帝となったジェラルドに必要ならば意見するための国内最高の教育だ。
平民の中には日常生活に必要な簡単な読み書きしかできない者も多い。そのため、この試験内容になったのだろう。アメリアの勉強不足だと言われればそれまでだが、どの分野が平民にとっても一般常識なのかが把握できていなかった。
(これって何問できれば普通なの? どの問題が難問でどれができて当たり前なの? 全部解いちゃってもいいのかな?)
わざと間違えたと思われたら大問題だ。それこそスパイ容疑が……
アメリアは時間いっぱいかけてどれを解くべきかという難問を解いた。
結局、合格者はアメリアを含めて3人だけだった。20日間続く試験なので合わせるとそれなりの人数になるのだろう。
案内された寮の部屋に入ってやっとホッとして息を吐く。ベッドがあるだけの狭い部屋ではあるが一人部屋なので安心だ。
『待遇が良ければ真面目に働きたくなるだろ。誰かと同じ部屋ってやっぱりストレスたまるからな』
ジェラルドの言葉を思い出す。騎士団の寮が増やされたのは5年ほど前のことだ。ジェラルドが騎士団のレベルを上げたくて行った政策の一つでもある。
王都にいるとジェラルドを思い出す事が多い。それだけアメリアはジェラルドと長い時間を過ごしてきたのだ。
アメリアは久しぶりの安全な部屋でゆっくり眠った。
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