第17話 スパイ

 夜明け前、護衛の2人はアメリアの部屋に音もなく入ってきた。


「お嬢様にスパイ容疑ですか?」


「うん、試験官の騎士が疑ってるみたいだったの」


 『アルロ』の素性を打ち合わせした通りに説明したが、疑いが晴れたか分からない。アメリアは必死に訴えているのに、トビはいつもの事だが笑っている。


「お嬢様がスパイに見えるわけないよ。小説の読みすぎ。お嬢様の好きな恋愛小説にスパイ出てきたっけ?」


「令嬢役ならできると思いますよ。スパイのコツ教えましょうか?」


 クロは真面目な顔をしているので、アメリアは苦笑するしかない。


「お嬢様が令嬢役って演じてないし」


 トビはずっと笑っている。


「私、真面目に心配してたんだけど……」


 アメリアは睨んでみたが、この2人に対してはあまり意味がない。


「お嬢様が普通に生活して普通に仕事をしていたら、スパイだなんて疑われませんから安心して下さい。なんと言っても、お嬢様には私達の隊をまるごと懐柔してしまった武器がありますから」


(懐柔? 武器?)


 クロの言葉にトビは笑いながら頷いているが、アメリアは首を傾げるしかない。


「あのフウ隊長が真面目な顔して『お嬢様の人懐っこい笑みは最大の武器です』とか言ってたしね。旦那様に教えたら、フウ隊長がお嬢様から遠ざけられて面白いかも」


 トビはこの件に関して真面目に話す気はまったくないようだ。それに気がついて、アメリアは話を続けるのを諦めた。


「とにかく、お嬢様はアルロとして普通に生活すればいいのですよ。アルロを演じるのは慣れていらっしゃるから、男性らしい動作は問題ないですよね? あ、小説の王子のマネはしなくて大丈夫ですよ」


「あ、あれは、一度やったら街のみんなが喜んだからつい……」


 アメリアは真っ赤になるが、クロはどうでも良さそうな顔をしていた。 


 アメリアが話し終えて落ち着いてくると、2人はすぐに立ち上がった。一人部屋ではあるが、長居して他の部屋の住民が起き出してくるとまずい。夜が開けきる前に出て行く方が良いのだろう。


「あ、お嬢様がこの生活に我慢出来なくなったらすぐ言ってね。俺が王宮に入って皇太子に会ってくるよ」


 トビが付け足しとばかりに怪しげな笑みを浮かべて言った。クロが難しいと言ったことをやるということは、王族を守っている同業者とやりあってでも任務を遂行するという意味だろう。


(トビが怪我をするところは想像出来ないけど、ということは王族を守る近衛が……)


 アメリアはそこまで考えて顔を引き攣らせた。かなり恐ろしいことなのに、アメリアがやって欲しいといえば、トビは躊躇しないだろう。


「私、半年くらいならどんな事があっても大丈夫だから絶対に危ない事しないで! 絶対よ!」


「はーい。了解」 


 トビは楽しそうに笑っている。冗談なのか本気なのか分からないが、それはいつもの事なので、アメリアは考えるのを放棄した。





 護衛の2人は、アメリアの部屋を出たあとにコソコソと話していた。

 

「まぁ、大丈夫だと思うけど、お嬢様に万が一スパイ容疑がかかったとしても、俺達が拘束されないようにすればいいだけだしな」


 クロに目配せしながらトビがゾッとするような笑みを浮かべていた。



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