第9話 寮

 アメリアは使用人の寮の前で立ち尽くしてしまった。


 見慣れた懐かしい門の前にはあの頃と同じように騎士が2人立っていたが、アメリアの知る男ではなかったのだ。小屋の中でいつものんびり座っていた老人の姿もない。


「何者だ」


 どうするべきか悩んでしまっていたアメリアに騎士から鋭い声がかかる。一縷の望みをかけてアメリアは口を開いた。


「アメリア・ペンブロークと申します。ジェラルド皇太子殿下にお会いするために参りました。お取次お願いします」


 アメリアの言葉に騎士たちは驚愕したように目を見開く。


「な、なぜ、私に皇太子殿下との取次が出来ると思った。どこでその事を知った?」


 一人がアメリアと対峙する一方で、アメリアの退路を断つように後ろに一人が回り込む。いつでも拘束する。そういう動きだ。


「アメリア様で無い事は分かっている。本当の名を言え」


 姿が見えない護衛が放った殺気を、アメリアが手で合図して治めさせる。ここでトラブルを起こすことはなるべく避けたい。


(ジェラルドがアメリアと連絡を取る事は知っているのね)


 そんな事をアメリアだと思っていない人物に悟らせるなんてこの騎士は甘い。ジェラルドに報告しなくてはといつもの調子で考えてから会えない事を思い出して、アメリアは落ち込む。


「先程も申し上げましたが、私は辺境伯の娘アメリアです。ジェラルド皇太子殿下御本人から会いたい場合にはここに来るようにと言われているのです。お取次お願いします」


 アメリアは動揺を隠して凛とした態度をとる。


「私は殿下と一緒にいらっしゃる辺境伯令嬢にお会いした事がある。それはお前ではない。これ以上騒ぐなら拘束する。今すぐ立ち去れ」


 騎士が怒鳴りつけるように言ってくる。騎士が会った『辺境伯令嬢』とはおそらく影武者のことだ。ジェラルドに影武者ミケを紹介されたのだろう。


(ミケに会わせる程度にはジェラルドがこの騎士を信頼しているということね。それなら……)


 アメリアは一度左手の指輪をそっと触れてから引き抜いた。


「その者は私の影武者です。私が本当のアメリア。この指輪が証拠です。ジェラルドに、ジェラルド殿下にこの指輪を見せればはっきりする事です。お願いできますね?」


 金、銀、アメジスト。その3つが揃った装飾品を持つことが許されるのは現在アメリアとジェラルドのみだ。その指輪を見て騎士が明らかに狼狽えた。


「……」


 しばらく沈黙が続いた後、騎士がアメリアの手首を掴んだ。


「殿下にすぐにお見せする事はできません。あなたの身元がはっきりするまで、王宮で身柄を預からせて頂きます」


 騎士の言葉が急に丁寧になった。アメリアがアメリアである可能性に気づいたのかもしれない。言葉は丁寧になっているが、やる事は拘束すると言っているのと変わりない。拘束されても指輪をジェラルドに見せてくれれば開放される。ただ、この場で手首を掴むような人間をどこまで信用していいのかアメリアは悩んだ。


「おーっと。この方を拘束する意味を正確に理解してるのかな? 辺境伯がアメリア様を溺愛しているのは有名な話だと思うけどな」


 トビがわざとらしい言い方をしながらニコニコとアメリアの左側に歩みよる。拘束されるべきではない。護衛はそう判断したのだろう。


「指輪が簡単に手に入る意匠のものではないことはすぐにわかるはずです。金、銀、紫。この3色が示す意味は国外の職人だって知っています。その3つが揃っている物をシャルト王家に無断で作る勇気のある職人がいると思いますか? その指輪の細工のレベルなら名の知れた職人しか作れません」


 クロもいつの間にかアメリアの右側に近づいてきている。


「辺境伯軍と戦争を始めるおつもりがないのでしたら、その手をお離し頂けますか? もし、お嬢様の手首に痣でもできたら、あなたを殺さなくてはいけません」


 クロが淡々と真顔で脅す。騎士は顔を青くしてアメリアの手を離した。


「大丈夫ですよ。私はジェラルド殿下に会えるまで王都にいます。逃げるつもりはありません」


 アメリアは安心させるためにニッコリ笑った。


「あなたは殿下に指輪を渡せばいい。簡単な事だよ」


 トビが優しい笑顔で威圧する。 


「で、ですが、殿下は今、王都にはいらっしゃいません」


「どこにいらっしゃるの?」


「流石にそれは申し上げられません。すぐには無理ですが、この指輪は必ず殿下にお渡しします」


 騎士は必死の形相で訴える。アメリアは脅してしまって申し訳ないとは思うが、ジェラルドに会うためには他に方法もない。


「では、よろしくお願いします。私は宿屋クルルにおります。そうお伝え下さい」


 アメリアは令嬢らしく挨拶してその場を離れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る