第10話 襲撃
その日の深夜、アメリアは眠ることが出来ずに、宿屋のベッドでぼんやりしていた。日付が変わってからだいぶ時間が立ち、先程まで騒ぎ声が聞こえていた向かいの飲み屋も今は静まりかえっている。
アメリアにとってジェラルドから貰った指輪は、ジェラルドに会えない間を支えてくれたお守りだった。仕方がなかった事とはいえ、手元にないと心細くなってしまう。アメリアは眠るのを諦めて、指輪のない左手を右手で触れながら、ぼんやりと天井を眺めつづけた。
「お嬢様、音を立てずにアルロの姿に着替えて下さい。何者かに宿が包囲されています」
いつの間にかアメリアはウトウトしていたようだ。姿は見えないがクロの声が聞こえて目を覚ます。アメリアは戦争に巻き込まれる可能性のある辺境伯領で育ったため、こういう場合の訓練も受けているが、実際に危険を知らされたのは初めてだ。
クロの支持に従い、音をたてないように起き上がって慌てて着替え始める。心臓がドクンドクンとうるさく鳴っている。急いで着替えなければと思っているのに、アメリアは手が震えて上着のボタンを留めるのに手間取った。
やっと着替えを済ませて息を吐こうとした瞬間、人が音も立てずにアメリアの目の前に現れた。叫びそうになったアメリアの口をクロが抑える。
「脅かしてすみません」
クロとトビの姿を確認して、アメリアは力を抜いた。
「来るぞ」
トビの声の直後に扉が乱暴に開いて、8人の男が入って来た。とアメリアが数え終えたときには5人になっていた。トビがニヤリと笑うのを視界の端にとらえる。床は見ない方が良さそうだ。
「女はどこだ!」
仲間が減ったことに気づいていないのだろう。アメリアを探して一人が叫ぶ。アメリアは目の前にいるのに女に見えていないらしい。
クロに庇われながら、アメリアが男たちの動きを見ていると、急に扉から煙が入ってきてアメリアの視界を奪う。
「火を放ったみたいですね」 バン
クロが窓を窓枠ごと外に蹴り落としながら淡々と言った。
落ちた先に人がいたのかもしれない。小さな悲鳴が聞こえた気がする。こんな時間に外にいるものなど居ないので犯人の一人だろうが、直撃したと思うと恐ろしい。
窓の外の状況から気持ちをそらすようにアメリアが部屋に視線を戻すと、煙の立ち込める部屋の中で立っているのはトビだけだった。
「アルロ、まだ敵がいるので油断しないで下さい。脱出します。二階ですが飛べますか?」
クロはそう言うとアメリアの答えを聞く前に先程まで窓があった場所から飛び降りた。
「怖かったら落としてあげるよ」
トビの声を背中で聞きながら、アメリアは躊躇せずにあとに続いて飛び降りる。アメリアが予想していた通り、着地地点には受け止めるようにクロがいた。
「ありがとう」
クロから離れたとき、近づいて来ていた2人の男を後から飛び降りたトビが倒す。他にも数人倒れているのがアメリアの視界に入ってくる。アメリアは生々しい状況に足が震えた。
「大丈夫、殺したりしていません」
クロが明らかな嘘を平坦な声で言って、アメリアを促して走り出す。
前方の敵はクロが、アメリアには確認する余裕はないが、後方の敵はトビが対処しているのだろう。
アメリアは散々厳しい訓練を受けてきたはずなのに、敵だとしても恐ろしくて殺すような事はできなかった。かと言って殺さないように排除するような気持ちの余裕もない。アメリアはただ前を走るクロの邪魔にならない位置に移動しながら走るだけで精一杯だった。
前方にいた敵をクロが倒し切ると追って来る足音がなくなるまでアメリアは振り返らずにただ走り続けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます