第8話 冒険
翌朝、アメリアは久しぶりに女性らしいワンピースを着て、ジェラルドに会うために王宮へと向かっていた。商家の娘が着るような服なので町を歩いても目立つことはない。
通常、皇太子に謁見するためには申請してから数日かかる。手続きを踏んでも申請が通らないことすらあるくらいだ。ジェラルドに会いたがる者は多く、こんな形で王都に出てきたアメリアはきっと本人に伝わる前に申請しても却下されてしまうだろう。
しかし、アメリアには特別な方法がある。ジェラルドがアメリアのために考えてくれた方法。それがまだ使える事を祈りながらアメリアは王宮を目指した。
あれはアメリアが10歳の夏だった。
いつものようにジェラルドに会いに王宮に行くと、珍しくジェラルドの私室に案内された。
アメリアがジェラルドの部屋に入ると、部屋の中にはすごく楽しそうなジェラルドと憂鬱そうなミカエルが待っていた。
ジェラルドは侍女たちに大事な話をするからと言って人払いを済ませると、アメリアに歩み寄り、服と靴を押し付けるように渡してきた。
「遅いぞ、アメリア。そっちの部屋でこれに着替えてこい」
ジェラルドは時間通りについたはずなのに文句を言ってくる。渡された服を広げてみると商家の子が着るような男物の服だった。靴も走りやすいような革靴で、アメリアは剣の打ち合いでもするのかと思って、素直に着替えてジェラルドたちの待つ部屋に戻った。
「少し服が大きい気がするが問題ないな。アメリア、護身用の剣は持ってきているか?」
「王宮に持って入れるわけないでしょ」
「しょうがないな。これ使え」
ジェラルドは王家の紋章の入った剣を無造作に渡してくる。紋章入りの品物は褒賞として贈られる事はあるが、基本王族しか持つことを許されていない。アメリアが使っていい剣では絶対にない。
「こんなすごい剣持っていたくないわ」
アメリアが言うがこれしかないと言ってジェラルドは取り合わず、自分も紋章入りの別の剣を腰に取り付ける。
「ねぇ~、ジェラルド。本当に行くの?」
ミカエルがソファーでクッションを抱きしめながら、捨てられた子犬のような顔をして不安そうにジェラルドを見ている。
「嫌なら、ミカエルはここで待ってろ」
「ジェラルド、どこに行くの?」
「アメリアにはまだ秘密!」
アメリアが聞くとジェラルドはそう言っていたずらっぽく笑った。不意打ちの笑顔にアメリアは頬を染める。
「僕、ここで待ってるね」
ミカエルのいつもふわふわしている茶色の髪が気のせいか、しおれて見えた。アメリアは慰めたくてミカエルに近づいて手を伸ばすが、その手をジェラルドが乱暴に掴んで歩き出した。
「アメリア行くぞ」
向かった先はなぜか窓で、ジェラルドはアメリアの手を離すと、バルコニーにおいてあったロープをなれた手付きで下に垂らし、三階なのにスルスルとロープを使って降りてしまった。
「来いよ」
地上に降りたジェラルドが手招きしている。アメリアは呆気にとられてジェラルドを見下ろした。
「まさか、怖いのか?」
ジェラルドがニヤリと笑うので、アメリアもムキになってすぐにロープを掴んでスルスル降りる。
「馬鹿! ゆっくり降りてこい!」
挑発しておいて焦りだすジェラルドの声を聞きながら、アメリアは問題なく着地した。側に立つジェラルドにどうだとばかりに、アメリアがにっこり微笑むと、ジェラルドがわかりやすくホッとした顔をした。
気を取り直した様子のジェラルドが、アメリアの手を再び握って走り出す。アメリアはジェラルドの後を追うように王宮の庭を走り抜けた。
生け垣の前で立ち止まったジェラルドは、少し悩んでからそのうちの一本を押して倒した。そうすると、人一人が通れるくらいの隙間ができて、ジェラルドの後に続いてアメリアも通る。アメリアが通り抜けるとジェラルドが木を持ち上げて元の位置に戻した。木を戻してしまえば、どれがその木だったのかアメリアにはもう判断できない。
しばらく歩くと古い建物が現れて、ジェラルドが扉の鍵を開けて入る。アメリアが入って扉をしめるとジェラルドが再び鍵をかけた。
「これって、王族の避難経路?」
アメリアが聞くとジェラルドは得意気に頷いた。建物の中は暗くて埃っぽい。いくつかの扉を入ったり出たり。そのたびにジェラルドが厳重に鍵をかける。
アメリアは一人では絶対に戻れそうにない。
アメリアは怖くなって繋いでいたジェラルドの手をギュッと握ると、アメリアを勇気づけるようにジェラルドもしっかり握り返してくれた。アメリアはそれだけで安心できて何があっても問題ない気がした。
階段を降りて登った先の扉の前でジェラルドがアメリアを振り返る。
「行くぞ」
短く言われて開かれた扉の向こう側はもう王宮の外だった。
使用人の寮なんだと教えられて周りをみると、王宮に入る門も遠くに見える。その前には騎士が数人立っていて、王宮へ出入りする者を確認しているようだ。しかし、町に行くための出口は小さな小屋の中に一人の老人がいるだけで、誰が出入りしているのか確認している様子もない。
ジェラルドは老人が座る小屋の下をしゃがみながら通っていく。アメリアもそれにならって通り抜けると、そこから先は王都の城下町が広がっていた。
「ジェラルド、これからどこ行くの?」
アメリアは少し不安になって目の前にあるジェラルドの黄金色の瞳を見つめる。
「馬鹿、名前呼ぶなよ。バレたら連れ戻される」
「え、でも……」
アメリアが戸惑っているとジェラルドも立ち止まって何やら考え出す。
「それじゃあ、俺はジョージで、アメリアはアルロな!」
思いついて嬉しかったのかジェラルドが天使のような笑顔をアメリアに向けている。アメリアは頬が熱くなるのを感じて誤魔化すように慌てて言った。
「分かったわ! ジョージにアルロね!」
「『分かった。ジョージとアルロだな』って言え。名前をアルロにした意味ないだろ」
ジェラルドは得意げに言った。
「分かったよ。ジョージ!」
アメリアが微笑むとジェラルドは視線をそらす。
「どうしたの?」
アメリアは気になって回り込んでジェラルドの顔を覗き込むが、ジェラルドは困った顔をするだけで怒っているわけではなさそうだ。
「アルロ、行くぞ」
ジェラルドがアメリアの手をぎゅっと握り直して歩き出す。アメリアの目の前にあるジェラルドの耳は少し赤かった。
アメリアはジェラルドがつけてくれた秘密の名前が嬉しくて何度も『ジョージ』を呼んだ。
意気込んで歩き出した二人だったが、しばらく歩いていると、ものすごい殺気とともに現れたアメリアの兄ヴィクトルにみつかってしまった。連れ戻されたアメリアは屋敷に戻った後まで長い長い説教をヴィクトルから受けて震え上がることになる。
その後もジェラルドはアメリアと一緒にあの道を使って城下に出た。老人しかいなかった小屋の前には騎士が立つようになったが、ジェラルドは平然と挨拶をしていたので、国王の許可がとれたのだろう。
12歳で皇太子の仕事を本格的に始めたジェラルドは、小屋の前の騎士を自分が信頼している2人の騎士に任せた。
「俺に会いたくなったらこの2人に言えば迎えに行く」
ジェラルドがそう言ってくれたので、アメリアは実際に約束なしに会いに行った事が数回ある。
そのたびにジェラルドは息を切らして迎えに来てくれた。「急がなくていいのに……」と言ってアメリアが笑うと、決まってジェラルドは困った顔をしてアメリアを黙って抱きしめてくれていた。
(寮の前で会うジェラルドはいつもより優しかった気がする)
王宮に近づけば近づくほどジェラルドとの思い出がよみがえる。アメリアは考えないようにして、王宮使用人の寮へと急いだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます