第3話
一度部屋に戻ったアメリアは裕福な商家の青年といった服装に着替えて城下に出た。
辺境伯領での戦争が終結して50年、今も独自の軍が見守る辺境伯領は、王都にも引けを取らないほど安全な街になった。それでも過保護な辺境伯は、アメリアが街に出る事を嫌がる。なんとか出した妥協案が、青年の姿で街を歩く事だった。もっとも、この3年は別の理由もあったのだが……
「きゃ~、アルロ様よ」
「アルロ様、お久しぶりです」
アメリアが城下の表通りを歩いているとあっという間に若い女性たちに囲まれてしまった。青年の姿をしているアメリアは、辺境伯家の遠縁にあたるアルロということになっている。
「やあ、久しぶりだね。そのワンピースよく似合っているよ」
アメリアが微笑みかけるとワンピースの少女は嬉しそうに頬を染めた。周りの少女たちが羨ましそうにアメリアと少女を見つめている。
ちなみにアメリアは、大好きな恋愛小説『皇太子殿下の恋人』に出てくる皇太子を参考にしてアルロを演じている。市井育ちの主人公をいつでも優しく褒める皇太子殿下は街でも人気が高い。続編が出ると何度も噂になっているが、残念ながら実現には至っていない。
アルロが街にいるという情報が広まっているのだろう。通りを進むごとにアメリアを囲む輪が大きくなっていく。アメリアはそんなことも気にせず、なるべく多くの子たちに声をかけていた。
「可愛いブローチだね。君にぴったりだ」
ブローチの少女は、はにかんだ笑顔でアメリアにお礼をいった。せがまれて嬉しそうに周りの少女たちにもブローチを見せてあげている。
「アルロ様。今日はどちらにお出かけですか?」
誰が聞くか牽制しあっていた少女たちの一人が声をかけてくる。
「もちろん、先日オープンしたパンケーキのお店だよ」
アメリアが微笑むと少女たちが顔を真っ赤にしてその場に立ち止まってしまった。アメリアは目的のカフェに気を取られて、少女たちの様子に気づいていない。
アメリアが向かっているパンケーキが名物のカフェは、王都にある有名店が出した初の支店だ。アメリアも王都に行くたびに通っていたのだが、領地でも食べられるなんて夢のようだ。
アメリアはウキウキした気持ちで少女たちを引き連れたまま、一等地に建っている可愛いお店に入っていった。
アルロのファンの女の子たちは、アルロが困るような事はしてこない。アルロ親衛隊がうまくまとめているおかげなのだが、今日もアメリアがカフェに入ると争い合うことなく、アメリアから少し離れて座り、それぞれがパンケーキを楽しんでいた。
アメリアが辺境伯支店限定のパンケーキを食べ終えて、テラス席でのんびり紅茶を飲んでいると、一人の少女が新聞を片手にこちらに走って来た。
「アルロ様、お会いできて良かったですわ」
裕福な商家の娘である少女はアルロの親衛隊の一人であるが、アメリアの認識ではよく話しかけてくれる可愛い女の子だ。
「久しぶりだね。そんなに慌ててどうしたんだい?」
少女は呼吸を整えてから興奮気味に語りだす。
「私、父の仕事の手伝いで隣の領地に行ってましたの。それで、この記事を見つけたんです。アメリア様はアルロ様のご親戚でしたよね。アルロ様にお知らせしたくて慌てて帰って来たんですよ」
少女は一気に話すとアメリアの前に新聞を開いておいた。
アメリアは新聞記事の見出しを見て、ガタリと椅子を倒して思わず立ち上がる。普段は気配を消して警護しているはずのクロとトビも記事を見て堪えきれず殺気を上げていた。遠巻きにしていた少女のうち何人かが、その殺気に当てられて気絶してしまっている。
『ジェラルド殿下、卒業パーティーで婚約破棄を宣言!』
新聞にはデカデカとそんな文字が並んでいた。
ジェラルド皇太子殿下の婚約者とは間違いなくペンブローク辺境伯令嬢であるアメリア・ペンブロークだ。ジェラルドが婚約を破棄したとしたら、相手はここにいるアメリアで間違いない。
アメリアはこの時はじめて自身の婚約破棄を知った。
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