王都へ

第4話 準備

 アメリアはカフェで起こしてしまった騒ぎを治めると、自分の部屋に戻って慌てて荷物をまとめ始めた。アメリアの切羽詰まった様子に侍女たちはオロオロとしているが、構っている余裕はない。


 とにかく、アメリアはジェラルドに会って直接話を聞きたかった。そのためには王都に向かうしか方法がない。


 カフェからの帰り道、辺境伯領で手に入る新聞を全て確認してみたが、婚約破棄の情報は一つも記載されていなかった。しかし、隣の領地の由緒ある新聞に載っていたという事は事実であると考えて間違いない。誤報である場合、不敬にあたり新聞社が潰れてしまうことになる。そんな危険をおかして発行するほどの理由が思い浮かばないからだ。


 むしろ、アメリアの事を溺愛する辺境伯に忖度して、領内で報道されていないと考える方がよっぽど現実的だ。


 アメリアが婚約破棄を知ったと辺境伯に知られれば、アメリアを領地から出したくないと考えている辺境伯が、王都にいるジェラルドに会いに行くのを阻止するために、アメリアを監視する可能性が高い。


 もしかすると、辺境伯が婚約破棄を知った時点で、アメリアに知られないようにと城内に閉じ込める可能性すらある。アメリアが王都に行きたいのであれば、シャルト学園の卒業式を見届けて、王都から領地に向かっているはずの辺境伯が領地に戻って来る前に行動しなくてはならない。これは決して大げさな考えではない。


 なぜならば、辺境伯はアメリアを溺愛するあまり、周りの嫉妬からアメリアを守るため、貴族令嬢のほとんどが通うシャルト学園にさえ影武者を送り、アメリアを通わせてはくれなかった。


 そう、シャルト学園の卒業パーティーで婚約破棄を言い渡されたのは、ここにいる辺境伯令嬢アメリアではなくアメリアの影武者だったのだ。

 

 婚約破棄など言い出したジェラルドに、辺境伯がアメリアを会わせるわけがない。それより、ジェラルドはまだ生きているのだろうか?


(もし、お父様がジェラルドに会ったとしたら……)


 アメリアは首を振って恐ろしい考えを追い出す。


 アメリアは出発の準備を整えて立ち上がる。幸いにもと言っていいのか分からないが、辺境伯令嬢であるアメリアの部屋には、万が一、他国と戦争になり逃げるときのために、お金や着換え、野宿に必要なテントなどがいつも用意されていた。アメリアが中身を確認し少し入れ替えただけのリュックを担ぎあげると、クロとトビがアメリアの目の前に立ち塞がる。


「どいて」


 アメリアが鋭く言い放つ。


「何処に行かれるおつもりですか? お話し頂けますか?」


 クロが怯むことなく淡々と言う。


「王子を殺すなら手伝うよ」


 トビがヘラヘラと笑いながら短剣を転がしているが、きっと本気だろう。


「殺すわけないでしょ! 王都でジェラルドと会って話がしたいの。婚約破棄だなんて信じられない」


 アメリアは涙で滲む瞳を乱暴に拭った。トビにはジェラルドを傷つけないよう念を押す。もし、婚約破棄されたとしてもジェラルドはアメリアにとって大切な人なのだ。トビが相手の場合、ちゃんと伝えておかないと洒落にならないときがある。


「王都へは馬を飛ばしても10日はかかります。宿の手配もしていないこの状況でも行きますか?」


 クロは子供に言い聞かせるようにゆっくり諭す。クロの言いたいことは分かるが、それでもアメリアに引くつもりはない。アメリアは躊躇うことなく短剣を取り出して殺気をあげた。


「まさか、私達と戦おうとしてますか?」


 クロの顔が引き攣っている。この男にしては珍しいとアメリアは逆に冷静になってくる。


「そんな無謀な事はしないわ。こうするのよ」


 アメリアは自分の左腕に短剣の刃を向ける。


「私に擦り傷一つ付けるだけで、どれだけお父様とお兄様達が大騒ぎするか二人ともよく知っているでしょ。私に切り傷をつけたくなかったら、そこを退きなさい」


 普通は脅しになるような内容ではないが、アメリアはかなり真剣だ。クロは盛大にため息をつき、トビはケタケタと笑った。


「そんなことしなくても俺は旦那様ではなくお嬢様に雇われているつもりだよ。王都に行くなら護衛が必要でしょ」


 トビが急に真面目な顔をして言った。トビまでいつもは見せない顔をしている。アメリアはつい笑ってしまった。


「そう言ってくれると思っていたわ。よろしくお願いします」


「笑うところじゃなかったんだけどなー」


 トビはそう言いつつ笑顔に戻り、クロは無表情になっている。いつもの様子にアメリアはホッと息を吐いた。

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