第95話 戦うべき相手

 王宮の中は不気味なほどに静まり返っている。先ほどの人造人間ホムンクルスの騎士のような兵が襲い掛かってくる気配もない。


 内部の構造が分からない以上、ある程度の探索が必要かもしれないと思っていたが……奥から感じる恐ろしく冷たい気配が、俺たちに進むべき道を示していた。


「……にぃに」


 道中を急いでいると、ある曲道で突然ソフィが立ち止まった。


「……わたし、ここからは別行動をとるね」


「何か理由があるんだな?」


 ソフィはこくりと頷き、冷たい気配とは異なる道へと視線を移す。


「……こっちの道に制御室があるはず。わたしはそっちに行って、この機械仕掛けの王宮を掌握できるか試してみる」


「制御室がそちらの道に? そんなことがどうしてわかりましたの?」


「……この王宮の設計者や製造者の癖はもう把握した。あとは地上にいた時に観察した外観と、ここに来るまでの内部構造からの推測。ほぼ間違いない」


「たったそれだけの情報で……驚きましたわ。さすがはソフィ様ですわね」


 ソフィの技術方面の才能はずば抜けている。こういう時は本当に頼もしい。


「……今はまだ沈黙してるけど、地上への攻撃手段はあるはず。最低限、それだけでも封じておかないと」


「ああ。この中で一番その役割に向いているのはお前だ、ソフィ。悪いけど頼むな」


 ソフィの頭に手を乗せて撫でてやる。可愛い妹は気持ち良さそうに目を細めながら、噛み締めるように頷いた。


「……うん。にぃにたちも気をつけて」


 ソフィと別れ、俺たちは先を急ぐ。邪悪で冷たい気配に沿って進んでいくと、大きな広間に辿り着いた。闘技場を思わせる、周囲を頑強な壁で覆われた円形の大広間。華やかな舞踏会を開くこともできるであろうその空間には、余計なものは一切置かれていない。そして中心には、剣を携えた一人の女性が佇んでいた。


「やあ。待っていたよ」


「…………ロレッタ」


 その人物を見て、ルチ姉の眼差しが、刃が如き鋭さに変わる。


「王の間へはここから一本道だ。どうぞ、通っていくがいい」


「へぇ。随分と親切なのね。愛しのお母様とやらを裏切る気にでもなった?」


「まさか。ルシルから言われているからね。客人はお通しするようにと。ただし……通っていいのは、三人・・だけだ」


 今、この場に残っているのは俺、ルチ姉、ノエル、ロレッタ王女の四人。

 つまり誰か一人はこの場に残る必要があるということであり、ルシルは俺たちがここで四人になることを予測していたということでもある。


「……予想通りってわけ」


「そうみたいだね。今頃、ソフィ様も人形と遊んでいるはずだよ」


     ☆


「…………!」


 制御室へと進んでいたソフィ。だが技術者としての直感が、進む足を止めた。

 その三秒後。進行方向の床から無数の魔法陣が浮かび上がり、機械仕掛けのゴーレムが次々とその巨躯を顕現させていく。前だけではない。背後からも魔法陣が輝いたかと思うと、ゴーレムの軍団がその姿を現す。


「…………罠」


 退路は断たれた。包囲は完了した。ソフィは完全に孤立させられた。

 この場所にピンポイントで罠が仕掛けられていたということは、ルシルはソフィが単独で制御室に向かうことを予測していたということだ。


「…………構わない。予想通り」


 されどソフィにとっても、そんなトラブルは予測の内。

 ロベルトを分断した駒の配置を見た時点で、ルシルがソフィを分断させるつもりだったことは、こちらとて読んでいた。


「全部壊して、解体して、にぃににたくさん褒めてもらう」


     ☆


 ソフィの魔力の波が激しくなった。恐らく戦闘が始まったのだろうということを、ルーチェは感じていた。


「本来ゴーレム程度じゃ彼女の足止めにもならないだろうけどね。配備されたゴーレムの数は全部で五十八万九千六十三体。百や二百倒したところで、また次のゴーレムが魔法陣から顕現する。一人で捌ける物量じゃあない。君たちの妹の命は諦めた方が賢明かもしれないね」


「そうやってあたしたちを絶望させて、『喜び』たいってわけ?」


「流石はルーチェ。私の考えなんてお見通しかな」


「そんなんじゃない。あんたが大して落胆もしてないからよ」


 身体から抑えきれなかった雷の魔力が迸る。そして背中で身構えているアルフレッドたちの方を一切見ることもなく、視線はロレッタというかつての親友にだけ注ぐ。


「アルフレッド、ノエル、マリエッタ。あんたたちは先に行きなさい。あたしはここで、このバカと決着ケリをつける」


 元からそのつもりだった。そのために、ルーチェは遥々この空飛ぶ機械仕掛けの王宮にまで来た。


「……分かった。ルチ姉、負けるなよ」


「生意気言ってないで、さっさと行きなさい」


 アルフレッドたちはロレッタの隣を横切り、奥の通路へと消えていく。その背中が見えなくなるまで見送った後、ルーチェはあらためて目の前に居る敵へと意識を集中させる。


「すんなり通してくれるのね。てっきり背中から刺すもんだと思って身構えて損しちゃったわ」


「傷つくな。私がそんなことをするとでも?」


「違うの?」


「違うとも。背中から刺したら、絶望に歪む顔が見えないじゃないか」


「…………そう」


「私たちは分かりあっていたと思っていたのだけれど」


「そうね。あたしも、そう思ってた」


 分からなかった。ルーチェはもう、目の前に居る親友だった者のことが、何一つとして分からなくなっていた。

 きっと最初から、分かっていなかったのかもしれない。親友のことなど、何一つ。


「ルーチェ。君はもう、私と分かりあってはくれないのかい?」


「ロレッタ。あたしはもう、あんたと分かりあうことはできない」


 今、互いの道は完全に分かたれた。


「そうか。ならば、決着をつけよう」


 ロレッタの身体から漆黒の風が吹き荒ぶ。力の奔流は渦巻く疾風となり、剣を染める。


「前回は手負いの君に合わせて使わなかったけれど、今回は使わせてもらうよ。私の『混沌指輪カオスリング』を」


 ネネルの時とは桁違いの瘴気がロレッタの指輪から溢れだしていた。

 間違いなく全力。殺意のこもった魔力。されど、その佇まいや構えはどこまでも、ルーチェの知るロレッタ・ガーランドそのものだ。


「君も使ってくれるよね? 『王衣指輪クロスリング』」


「……安心なさい。言われなくても、全力で戦う」


 ルーチェの身体から迸る金色の魔力が雷となって、この場を覆い尽くす邪悪な風を焼き尽くしていく。


「あたしの持つ全ての力を使ってあんたを殺してあげる。『ロレッタ・ガーランド』の、親友だった人間として」


「それは喜ばしい」


 拮抗する紫電と漆黒の風。二つの力は鬩ぎ合い、削り合い、相手の命を引き裂くための牙を振るい合っていた。しかし、それすら所詮は前哨戦。幕を開ける死闘の前座。


「雷を従えろ――――『ゼウス』!」


「病める風を齎せ――――『風魔王パズズ』!」


 解放され、膨れ上がった魔力が激突する。

 死闘は今まさに、幕を上げた。


     ☆


 ルーチェが死闘を開始した一方で、ノエルたちもまた次なる敵との遭遇を果たしていた。


「やはり君か」


「………………」


 ノエルたちの前に立ちはだかったのは『兜の少女』――――否。

 リアトリス・リリムベル。


「アルフレッド」


「分かってる」


 彼女はノエルが決着をつけるべき相手。戦うべき相手。それを理解している異国の友人は軽く拳を突き出した。


「必ず取り返せ」


「お前もな」


 突き出された拳に、己の拳を軽く合わせる。

 それ以上の言葉はいらない。互いにやるべきことは分かっている。そして予想の通り、リアトリスはアルフレッドだけを通した。


「……まったく。殿方同士でお熱いこと」


「お前のことも頼りにしている」


「付け足したような言葉をどうも」


 アルフレッドが奥へと進んだ後、それがスイッチになったかのように、リアトリスから瘴気が立ち昇った。


「…………リアトリス。オレたちは君と戦いにきたわけじゃない」


 ノエル。そしてマリエッタもまた、応戦するように魔力を展開する。


「君を取り返しにきた」


 既に覚悟は決めている。分の悪い賭けだとしても、決して諦めない覚悟を。


「だから君も覚悟しろ。オレの腕に抱かれる覚悟をな」





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