第94話 拳
魔導飛行船の準備も終え、遂に『オルケストラ』へと出発することになった。
飛行船を動かす乗組員を除くと、実際にあの機械仕掛けの王宮に乗り込むのは俺、ルチ姉、ロベ兄、ソフィ、ノエル、マリエッタ王女の六人。
残りは地上で待機だ。あそこが瘴気を操る『六情の子供』たちの拠点となっている以上、『第六属性』の魔力に対抗できる者しか戦力としてアテにはできない。
「ネネル、エリーヌ。マキナのこと、頼むな」
「ん。任せといて……って、あたしが言うのもヘンだけど」
マキナは今もなお眠りについている。様子を見てくれたソフィの話によると命に別状はなく、いずれ目を覚ますだろうということだ。ただ、肉体的にかなり疲労している状態なので、目を覚ましても安静にしている必要はあるらしい。
「クソガキ王子。こいつを持っていきな」
「これは……『
「
最高位の指輪である『
並の職人では魔法石を砕いてしまうことだってあり得る。だからこそ、わざわざ『宮廷彫金師』という役割を設けている。
「こんな高位の魔法石、一体どこで手に入れたんだ」
「……そいつは、ネトスの心臓だ」
その名は、かつてエリーヌと共に過ごし、全身が石と化してしまう『石華病』に侵され、命を落とした少女の名前だ。彼女の心臓は魔法石となって遺され……今、エリーヌの手によって『
「シャルはあたしに大切なことを気づかせてくれた。ネトスの魔法石を託すとすれば、この子以外にはないと思った。……だから、それを必ずシャルに渡しな」
「……ああ。必ず渡す」
託されたものの重みを感じつつ、俺は指輪を仕舞う。
この重みが背中を押してくれているような気がして、エリーヌなりに俺を前に進ませようとしている、遠回しな気遣いを感じた。
「クリフォード! 後は任せるぞ!」
「地上にいる民の避難をはじめとする、諸々の作業ならお気になさらず。アナタはただ存分に戦い、戦果を挙げればいい。背後を振り返る必要もない」
「はっはっはっ! 相も変わらず頼りになるな!」
「私はアナタを王にすると誓った。アナタの覇道を支えるためなら、神に仕える天使のように、残酷なほど尽くしてみせよう」
今は沈黙している『オルケストラ』だが、ソフィの見解だと今はただ別の『何か』にリソースを割いているだけに過ぎない。もしもその『何か』を終えた場合、地上に対する何らかの攻撃がはじまってもおかしくはない。
だから俺たちの行動はスピード勝負となる。地上のことは残りの人員に任せるしかない。
「ロス。『影』を総動員してもいい。地上のことは任せた。クリフォードと連携して上手くやってくれ」
「承知しました」
「それと……マキナのこともな」
「……はい」
地上に何かあった場合、眠ったままのマキナは無防備だ。後のことはネネルやエリーヌ、俺の部下に託すしかない。
「…………」
見上げた先。青空の最中、機械仕掛けの王宮は不気味なほど静かに浮かんでいた。
「…………待ってろシャル。今、そっちに行く」
☆
「どうやら乗り込んでくるようですね」
漆黒の繭が眠る王の間で、ルシルは接近してくる反応を感じ取っていた。
マキナ・オルケストラを目覚めさせた後、ルシルはこの王宮の顕現を全て吸い取り、今やその機能の大半を掌握している。
そして現在、この『オルケストラ』のリソースの殆どを繭の成長に注ぎ込んでいる。迎撃システムを起動させ、迫る飛行船を撃ち落とすことはできないが、ルシルは元よりそんなことをするつもりはない。
「大人しく撃ち落とされて終わるとは思えませんし。お母様も満足しないでしょうし……」
ただ殺すだけでは満たされない。悲鳴と恐怖に歪み、絶望と苦痛に軋む心を献上してこそ意味がある。そうでなければ、かつて『夜の魔女』が味わい、今なおこびり付く敗北の不快感を拭い去ることはできない。
「……何より。わたしがつまらない」
機械仕掛けの王宮に飛行船が着陸した感覚がルシルに送られてくる。
役者が舞台に上がる。最後の幕が開く。
「人の心は素敵。人の心は素晴らしい――――けれど、愛だけはくだらない」
ルシルは王宮のシステムを起動させ、保管されている
均一化された肉体を持つオルケストラの
「愛なんて醜い。くだらない。価値が無い。それを証明してくださいよ」
☆
魔導飛行船の旅路はあっさりとしたものだった。空に浮かび上がった後、何の妨害を受けることもなく、『オルケストラ』に辿り着いた。
「……拍子抜け。せっかく秘蔵の試作品を地上に置いて船を軽くした分、たくさん武器も用意してたのに」
「消耗もなく無事にたどり着けたならいいじゃねぇか」
「……そうだけど。空戦データ、とりたかった」
俺の言葉に同意はしつつ、ソフィはやや肩を落とし気味だ。
「はっはっはっ! 『夜の魔女』の本拠地に乗り込んでも尚、実験! 開発! 研究か! 我が妹ながらその貪欲さにはいつも驚かされるな!」
その貪欲さこそがソフィを神童たらしめているのかもしれない。いつだったか、レオ兄がソフィのことを『神童』ではなく『怪物』だと称していたこともあったっけ。今なら少し分かる気がするな。
「その本拠地だけど……」
ルチ姉が送る視線の先。目の前には、怪物が口を大きく開けたかのような、巨大な入口。
そこから一本の廊下が、ひたすら奥へと続いている。
「……明らかに『こっちにいらっしゃい』って感じの道ね」
「まあ、少なくとも、迷子にはならなさそうですわね」
「普通なら罠を疑うがな」
警戒するのはもっともだ。しかし、ここが敵の本拠地である以上、どこから何が飛び出してきてもおかしくはない。今回はこちら側が完全にアウェーだ。
「……とはいえ、俺たちを直接排除するような罠は、ルシルなら使わないと思うけどな」
「ほう。アルフレッドよ、なぜそう言い切れる?」
「あいつは今まで、ずっと人の心を弄ぶような手段をとってきた。レオ兄の時も、ネネルの時も、マキナの時も。わざわざ手間暇かけて、他人の心で遊んできたやつだ。……だから、あいつが何か仕掛けているとすれば、こっちの心を揺さぶり、弄ぶための何かの可能性が高い」
「ふむ。なるほど。しかし、だとすれば尚のこと厄介だな。敵の出方が読めん」
「そうですわね。むしろ普通にわたくしたちを排除するだけなら、ある程度は予測もたつというものですが……」
「……どっちにしろ考えてる暇はなさそうよ」
恐ろしいほど統一の取れた……否。一切の乱れなく重なった無数の足音と共に、まったく同じ甲冑、まったく同じ体格、銀色の髪に、まったく同じ顔をした――――騎士の群れがどこからともなく現れ、あっという間に、入り口を背にしている俺たちを包囲した。
「全員同じ顔……こいつら、もしかして……!」
「……
「素晴らしいご慧眼です。小さなお嬢さん」
と、ソフィを称賛したのは騎士の群れの中心に立つ、黄金を溶かしてカタチにしたような髪を持った騎士だった。……周りの奴らの髪は銀色だが、こいつだけ違う。
「この『オルケストラ』の権限は『マキナ・オルケストラ』王女から、ルシル様へと移行しました。よって、ルシル様の命令に従い、あなた方を排除させていただきます」
金色の髪をした騎士の命令を受け、残りの銀髪騎士たちが一斉に剣を抜いた。
「はっはっはっ! ここはオレが残ろう! アルフレッド、皆を連れて奥へと行け!」
「ロベ兄!?」
「ここで戦力を無駄に消耗させるわけにはいくまい! 多勢を相手にし、この入口を死守する戦いならば、この中で最も頑丈なオレが適任でもある! 何より……他の者は、ここで決着をつけねばならん相手がいるのだろう?」
「…………っ!」
ルチ姉はロレッタさんと。ノエルたちは自分の婚約者と。
そして俺は……ルシルからシャルを取り戻すために。
「オレとて王族であると同時に、武人の端くれだ。決着をつけるべき相手と、己が手で決着をつけたいという気持ちは理解もできる。そうした運命に挑む心の拳が、此度の戦いには不可欠だろうよ」
俺たちを背に前に踏み出すロベ兄。
その大きな背中は、迫る無数の騎士たちの姿を完全に覆い隠し、俺たちの視界から消し去っていた。
「……ロベルト。そいつらを電撃的に蹴散らして、さっさと追いつきなさいよね」
「はっはっはつ! 姉上からの命令ともなれば、きかないわけにはいかないな!」
相手の数は十や二十どころではない。本当に数えきれないぐらいに並んでいて、それをこの入口を死守しながら一人で相手取ることが無謀であることは明白。しかし、そんな窮地を前にして、ロベ兄は豪快に笑い、恐怖など欠片ほども見せることはなかった。
「――――ロベ兄、ありがとう!」
「うむ!」
自らここに残り、騎士の大群と戦うことを選んだロベ兄の覚悟に水を差す者はいなかった。俺たちは決して振り返ることなく、ただ前だけを見据えて……ひたすら奥に続く廊下を走ることを選んだ。
☆
アルフレッドたちの気配が徐々に遠ざかっていくことを確認しながら、ロベルトは目の前の敵に集中する。いくらこちらが警戒していたとはいえ、アルフレッドたちが奥へと進むまで手を出さなかったのは恐らく、ルシルからそういう類の命令が下されていたからだろうと、ロベルトは推測した。
敵は最初からここにロベルトが残ることは想定していた……否。そうなるように、こうして駒を配置したのだろう。
ルシルの思惑は見え透いていた。解っていて乗った。
小賢しく邪悪な思惑を正面から打ち砕くのが、ロベルト・バーグ・レイユエールの生き方だ。
「さて! 金髪の騎士よ! 見たところ、貴様が指揮官か!」
「肯定します」
「オレはロベルト・バーグ・レイユエール! 貴様の名を聞こう!」
「個体名称は与えられておりません。製造ナンバーはCT-7110です」
「しーてぃー……はっはっはっ! 一気に覚えるのは難しいな! できれば紙か何かに書いておいてくれると助かるのだが!」
「なぜでしょう?」
「オレは決めているからな!」
ロベルトは拳を握り、全身から溢れんばかりの魔力を漲らせ、肉体を活性化させる。
「この拳で叩き潰した相手の名前を、心に刻むと!」
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