第81話 第二王女ソフィ

 ソフィの名前が出て、手段アテがあると宣言された。


 その二つの情報を聞けば、俺たちがこの場を離れて一度屋敷へと戻るという選択をとる理由としては十分すぎるほどだ。


 どっちにしろあの場で手がかりらしき物は何も見つからなかったので、ノエルたちから特に反対も出なかった。


 ロベ兄とクリフォードを連れ、俺たちはガーランド家の屋敷へと戻るその道中。


「……アルフレッド。なぜ大人しく引き返した?」


 俺の行動に疑問を感じたであろうノエルが問うてきた。


「ソフィの名前が出て、ソフィが手段アテがあると言った。それが本当なら、あの場で俺たちが何かする必要はなかったからな。今は時間を浪費できるほど余裕があるわけでもない」


「第二王女のことならオレも耳にしている。魔導技術を十年分先に押し上げた稀代の天才。彼女がこの世に生まれたこと自体が、後世にも語り継がれる奇跡とすら称される『鋼の神童』だとな」


「わたくしたちイヴェルペ王国も、彼女が開発した様々な暖房魔道具による恩恵を受けておりますもの。その人気たるや、下手な貴族では太刀打ちできないほどですわ」


「第一王女が留学に訪れた時も、第二王女ではないと知って落胆する者もいたほどだ」


「へぇ。そりゃルチ姉はさぞかし燃えただろうな」


「ふふっ。今ではその落胆していた方たちも、すっかりルーチェ様のファンになってますわよ」


「オレたちイヴェルペ王国の人間も第二王女の才能は十二分に認めている。天才であることも承知している。だが、お前がこの未曽有の状況を前にして、『ただ名前を聞いただけ』で決断させるほどなのか?」


「はっはっはっ! そうかそうか、『天才』か! 実に可愛らしい表現だな!」


 豪快な笑い声と共に話に入ってきたロベ兄。概ね、俺と同じ感想を抱いているようだ。


「だがな、あえて言わせてもらうぞ! イヴェルペの王族たちよ! ソフィは『天才』などという枠組みには当てはまるほど、簡単な妹ではないぞ?」


「ロベ兄の言う通りだ。そもそもお前らは、認識からして間違ってるぜ」


「「?」」


 魔導技術を十年分先に押し上げた稀代の天才。

 彼女がこの世に生まれたこと自体が、後世にも語り継がれる奇跡とすら称される『鋼の神童』。


 ……ああ、確かにそうだ。その肩書きそのものは事実だろう。

 だけど、そんなものはあくまでも外側だけの話だ。


「ソフィがどういう妹か……誰が呼んだかも分からない異名がそれを示してる」


「どういう意味だ?」


「『鋼の神童』。つまり――――こどもってことだ」


「それは……そうではありませんの? 確かソフィ様は、さきほどアルフレッド様がお守りになっていたネネルさんという少女とそう変わらぬお年頃のはず」


「魔法学園の入学を控えたぐらいの年齢……せいぜい十一か二歳。子供というのは、至極当然のように思えるが」


「まあ、そうだな! オレたちの妹はまだまだ子供だ! しかし、アナタ方が考えているよりも、ずっとこどもなのだ!」


 ノエルもマリエッタ王女も、俺やロベ兄の言葉をまだ掴み切れていない様子だ。


「……そんなに慌てなくたって、すぐに分かるだろうな。ソフィがこっちに向かってるってことは――――」


「な、なにあれ!?」


 驚きに満ちたネネルの叫び。その声を出させた『ソレ』を視界に入れた瞬間、俺は思わず片手で自分の顔を覆ってしまった。


「ああ…………遅かったか」


 既に主のいなくなったガーランド家の屋敷。その周囲を、手足のついた人型をはじめとして、馬や犬といった愛らしい形のゴーレムが跋扈していた。その上、庭にあった獣の彫刻は改造されてしまっており、目を光らせながら口から火を吐いている。

 そんな感じで、庭や屋敷の至る場所が鋼鉄を組み込まれる形で魔改造されていた。まるで子供が、好き勝手におもちゃ箱をひっくり返して遊んでいるみたいに。


「……クソガキ王子。こいつぁ一体、どういうことだい?」


 さしものエリーヌも面食らっているようだ。それはそうだろう。

 ソフィが来たらこうなるだろうなと薄々感じていた俺でさえ、今こうして混乱しているぐらいなのだから。


「どういうこともなにも、見ての通り、屋敷が改造されてるな」


「あの、アルくん……もしかして、これをソフィ様がやったと……?」


「そーいうことになるな……って、そういえばシャルは、ソフィのことはあんまり知らなかったか」


「はい。その……なぜか、私のことを避けているようなご様子でしたので」


 レオ兄の婚約者だったこともあって、シャルは俺を含めルチ姉やロベ兄といった王族とは面識もあるし、ある程度はお互いのことを知っている仲と言えるだろう。しかし、ソフィだけは違った。ソフィはなぜか、昔からシャルのことを意図的に避けていた。


 理由は定かではないし、表立って嫌っているわけでもなかった。ソフィは元々からしてルチ姉のように誰しもを愛するような、交流的なタイプではないから、単に家族以外の人間と話すことが苦手なのだと思っていたが。


「はっはっはっ! 留学から戻っても、ソフィの周りの物を好き勝手に改造してまわる『改造癖』は健在か!」


「むしろ前よりパワーアップしてねぇか?」


「かもしれんな! 強くなったのはいいことだ!」


 ロベ兄は豪快に笑い飛ばしているが、喜べばいいのか嘆けばいいのか、ちょっと判断に困るな。


 そんな風に俺たちが目の前の光景に唖然としていると、ひとりでに鋼鉄の門が開いた。


「あの、アルフレッド様? ガーランド家の門は、このように自動オートで開くような術式が最初から組み込まれたのですか?」


「いや。普通の門だったはずだ。たぶん、ソフィが遠隔で開閉できるように改造したんだろ」


「短時間でここまで高度な改造を? そんなことが可能なんですの?」


「可能にしてしまうのが俺の妹なんだよ」


「……お互い、妹には苦労するな。アルフレッド」


「あらお兄様。それはどういう意味ですの?」


「……………………い、いや。特に深い意味はない」


「あらあら。遠慮なく仰ってくれても構いませんのよ? 三倍に返して差し上げますので」


 ブリザードの笑顔を振りまくマリエッタ王女に目を逸らすノエル。

 そっちはそっちでお姫様の皮を被った賭博師ギャンブラーだからな。確かにお互いに大変そうだ。


「――――♪」


 とりあえず門をくぐってみると、小型犬のゴーレムが尻尾を振りながら俺たちを歓迎していた。わざわざ風の魔法を応用して泣き声まで仕込んでいる辺り、かなり芸が細かい。

 そして小型犬ゴーレムは俺たちをどこかへ案内するかのように、トコトコと先陣を切って屋敷の中へと歩行し始めた。


「どうやら、主のもとまで案内してくれるようですね」


 クリフォードの推察が当たっていると主張せんとばかりに、小型犬ゴーレムは小さく「ワン」と鳴いた。そのまま小さな案内人についていき、屋敷の中にある一室へと向かう。


「……おかえり、ポチ。ごくろうさま」


 開け放たれた扉の向こう側へと消えた小型犬ゴーレムは、嬉しそうに鳴くと小さき主へと甘えるようにじゃれついた。幼き少女の手に撫でられると、小型犬ゴーレムは満足したようにおすわりの姿勢をとる。


 それを見届けて顔を上げた幼き少女と、俺の視線がぱちっと合う。

 ワンサイドアップにしたプラチナブロンドの髪。レオ兄やルチ姉たちと同じ青色の瞳。

 愛らしい体躯の上からは、特殊な繊維と術式が織り込まれた白衣を羽織っている。

 さながら穢れを知らぬ、純粋で無垢な天使とでも表現しようか。


 ソフィ・バーグ・レイユエール。

 俺たちと同じ、『ラグメント』を討つ者の証、王家の使命を為す者の証明たる、初代国王『バーグ』の名継ぎし者であり、俺の妹。俺たち王族の末っ子だ。


「おかえり、ソフィ。久しぶりだな」


「――――にぃにっ!」


 ソフィは俺の顔を見るや否や、弾かれたように走り出して、そのまま抱き着いてきた。

 俺はなんとか遠慮なしに飛び込んできた小さな体を受け止めて抱っこしてやると、ソフィは満足げに微笑む。


「にぃに。ただいま……」


「っと……相変わらずだなソフィは」


「……だって……留学してる間、にぃにと会えなかったから。でもわたし、がんばったよ。にぃに。褒めて」


「ああ。えらいぞ、ソフィ。よくがんばったな」


 レオ兄たちと同じ色の髪をした頭を撫でてやると、ソフィは心地よさそうに目を細めた。


「『にぃに』? それって、アルフレッドのこと?」


 首を傾げるネネルの問いに、ソフィは静かに頷いた。


「……そうだよ。にぃには、にぃに」


「じゃあ……ルーチェ様のことは、『ねぇね』って呼ぶの?」


「それはルーチェ姉さま」


「他のお兄さんたちは?」


「レオル兄さまと、ロベルト兄さま」


「アルフレッドのことは?」


「にぃに」


「…………なんで?」


「にぃにのことが大大大大だーい好きだから……♪」


「…………いくらなんでも妹を洗脳するのは……」


「するか!」


 確かにソフィには家族の中で一番懐かれているという自覚はあるけども!

 つーかネネルは俺のことをなんだと思ってるんだ!


「レオル兄さまはきらい。だって、向こうがわたしのこときらってるんだもん。ロベルト兄さまもきらい。おバカだしガサツだしわたしの発明品を壊すしおバカだし」


「はっはっはっ! 照れるな!」


 ロベ兄。気づいてくれ。どう考えても褒められてないぞ。


「ルーチェ姉さまは、まあまあ好き。わたしの魔道具の実験を手伝ってくれるから。あと面白いし」


 ルチ姉の魔力量は俺たち兄弟の中ではダントツだからな。そのこともあって、魔力を大量に必要とする実験の時には手伝ってくれることもあった。


「……でも料理をしたらきらい」


 わかる。


「にぃには、わたしのこと守ってくれるし、優しいし、褒めてくれるし、かっこいいし、実験にも開発にも協力してくれるから……好き♪」


「ずいぶんと懐かれてるねぇ……で、どんな魔法薬をつかったんだい?」


「エロエロ王子、知ってる? 自首すると少しは罪が軽くなるんだよ」


「お前らは俺をなんだと思ってるんだ。……まあ、あれだ。俺が一番ソフィの面倒を見てたりしたからな。レオ兄たちは『ラグメント』との戦いや鍛錬とかで忙しかったりしたのもあるし。にぃにって呼び方は……俺からちょっと悪い影響を受けたのかもな」


 王族らしからぬ振る舞いの一環としてこんな呼び方をしていたのだが、まさかそれで妹に影響を与えてしまうとは。誤算だった。


「……にぃに。レオル兄さまと喧嘩したり、婚約者ができたりしたって、ホント?」


「ん? ああ。お前も聞いてるかもしれないが、レオ兄と色々あってな……シャルが婚約者になったんだ」


「婚約者…………」


「…………?」


 ソフィは、俺の婚約者であるシャルの顔をじっと見つめている。

 というよりもこれは値踏みするような……いや、姑が嫁を見ているような、そんな感じだ。


「あ、あの、ソフィ様……?」


「…………やだ」


「? ソフィ、なにが嫌なんだ?」


「にぃにの婚約者なんて、やだ。認めない」


「「えっ」」


 思わずシャルと声を揃えて驚いてしまった。そのシンクロ驚きがお気に召さなかったのだろうか。ソフィがむすっと頬を膨らませる。


「にぃには、わたしと結婚するんだもん」


 頬を膨らませたまま、ソフィは抱っこされた状態のまま俺の腕に抱き着いてきた。


「えぇっ!? そ、そうなんですかアルくん!?」


「違うけど!?」


「ねぇ……はやくこのエロエロ王子を牢屋に入れた方がいいんじゃ……」


「待ってな、すぐに騎士を呼んできてやる」


「待て待て待て待て!」


 ネネルとエリーヌの二人は俺の無実など欠片ほども信じていないらしい。


「ソフィなりの冗談だ、冗談! ……そ、そうだよな、ソフィ? そもそもお前には既に婚約者がいるし……」


「あいつきらい。虫けら以下のクソ野郎だもん」


 婚約者になんてこと言うんだ。


「それにわたしは、将来有望。シャルロットやマキナちゃんに負けないぐらいのぼいんぼいんになる予定。にぃにも大喜び」


「しないって! なんでそう思った!?」


「でも、にぃに。壁の隠し本棚の中に清楚でおっぱいの大きいお姉さんの本を……」


「アルくん……………………」


「待て! 誤解だッ!」


 いや本を持ってること自体は誤解じゃないんだけども! 別にソフィに自分から見せてたわけじゃない!


「シャルロットは、二番目のお嫁さんにならしてあげてもいいよ」


「ソフィ……! お前、留学先で何を学んできたんだ……!?」


 明らかに向こうで悪影響を受けたに違いない。そのうち抗議文を送ってやる。


「あらあら。でしたら、わたくしが立候補した場合は三番目のお嫁さん……ということになるのでしょうか?」


「マリエッタ王女!?」


 楽しそうだから混ざってみます、とでも言わんばかりのマリエッタ王女が、なぜか参戦してきた。


「お嫁さん面接をします。あなたの特技は?」


賭け事ギャンブルを少々」


「合格。二番目のお嫁さんに昇格してあげる」


「ふふっ。ありがとうございます。というわけで、今日からわたくしもアルフレッド様の二番目のお嫁さんですわね♪」


 などと言いながら、マリエッタ王女はここぞとばかりに空いている方の腕に抱き着いてきた。将来有望らしいソフィはともかくとして、現時点で十分に……シャルとマキナにも匹敵するほどのスタイルの持ち主であるところの『雪国の妖精』様の豊かな胸部装甲の感触が腕を包み込む。


 まずい。これはアレだ。非常にまずい。何がどうとは言わないけど。

 これは誰かに助けを求める必要が……!


「マリエッタ! どういうことだ! お兄ちゃんは許さんぞ!」


 いいぞノエル! 言ってやれ!


「お黙りなさい。何がお兄ちゃんですか。気持ち悪い」


「………………………………すまん」


 役に立たねぇなこの『氷結の王子』。


「あぅ……えっと………えっと……」


 一方のシャルはというと、こういったやり取りに慣れていないのか(当たり前だ)、どうすればいいのかも分からずおろおろとしており、それを見たソフィは明らかに勝ち誇っていた。


「ふっ…………勝った」


 何が?


「にぃに。デート行こ」


「ふふっ。わたくしもご一緒いたしますわ。二番目の妻として……♪」


「えっ!? ちょっ!? 今はそんなことしてる場合じゃ……!」


 何この二人、力強っ! か、身体が強引に引きずられていく……!


「だ、ダメです――――っ!」


 シャルはこれまで一度も聞いたことないような大きな声で叫んだかと思えば、そのまま物凄い勢いで走ってきて、俺の身体を引き留めるように強く抱きしめた。


「あ、アルくんは私の婚約者ですっ!」


「シャル……」


 顔を真っ赤にしながら主張してくれている。

 シャルからすれば、こんな風に大胆な行動に出るだけでも勇気の要ることだったろうに。それがたまらなく嬉しい。


「だから……私が一番なんですからねっ!」


 正直めちゃくちゃ嬉しいけど主張するところはそこじゃない気がする――――!


「…………で、この茶番はいつまで続くんだい?」


「さあ?」


 壁際で暇そうにしながらもやけに息の合ったエリーヌとネネルは、俺のことを助けてくれる気はさらさらないようだった。


――――――――――――――――――――――――

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