第78話 王国魔法騎使団

 レイユエール王国魔法騎使団おうこくまほうきしだん

 王国騎士団、魔法技術研究所と並ぶ、レイユエール王国が誇る組織。

 この『騎士』と『騎使』の違いは幾つかあるが、最も分かりやすい差は、その戦闘スタイルの違いだろう。


 王国騎士団は『剣』と『魔法』の複合戦術を得意とするのに対し、王国魔法騎使団は『魔法のみ』を用いるのが主な戦闘スタイルだ。

 魔法が得意な者。体術や剣を得意としないが戦う意志の在る者。元より魔導に身を捧げると誓った者。そういった様々な意志や事情を抱えた者たちで構成されているのが、この魔法騎使団である。


 故に『第五属性』以外の魔法攻撃に強力な耐性を持つ『ラグメント』相手の戦闘に、魔法騎使団が現場に出ることは滅多にない。どちらかといえば魔物討伐の方に駆り出されることが多く、対人戦闘において方向性は違えども、騎士と肩を並べる戦力としての役割を果たす。


 そんな魔法騎使団の特別顧問を務めているのが、ロッツォ公爵家の当主であるカライア・ロッツォだ。

 元よりロッツォ家はレイユエール王国における魔法戦力の発展に尽力してきた家系だ。

 特別顧問という形で籍を置いているのもその一環であり、彼自身も王国の魔法騎使育成にも貢献してきた。


 一部ではメルセンヌ公爵家のように魔法技術開発に力を注ぐべきではという声も上がっているが、カライアは一貫して魔法騎使育成に尽力してきた。

 魔法技術の方はメルセンヌに任せればいい。

 むしろ役割を明確に分担し、各家が注力することで、レイユエール王国は着実に国力を伸ばしている。


 カライアは最初からこれを狙って魔法騎使にこだわってきた…………わけではない。


「失礼します」


 王国魔法騎使団本部の、ある一室。

 そこには幹部たちが揃っており、中心に位置する場所では宮廷魔法使いの証であるローブをまとった男が、まるで来訪を予見していたかのようにカライアを出迎えた。


「やぁ。来たね、カライア」


 華のように穏やかに笑う青年。外見こそまだ子供を脱したばかりの青二才だが、中身は国王陛下と同じ年齢だ。


 ――――ヒィラス・リィス。


 レイユエール王国の宮廷魔法使い。かつて学生の身ながらレイユエール王国における最高位の勲章、ルミエルド勲章を特別に受章し、卒業後は『魔法騎使団まほうきしだん』へと入団。

 魔物討伐だけでなく新型の術式や新種の魔法薬の開発といった数多の輝かしい功績を経て、宮廷魔法使いの称号を与えられた。


 彼に育てられた弟子の多くは大成し、その人脈や育成の手腕も国内外を問わず高く評価されている。もはや彼のことを知らぬ者を探す方が困難だと言えるほどであり、学園の教科書にもかつての偉人と共にその名を連ねる大賢者とでも呼ぶべき男だ。


 カライアが特別顧問という形で、この魔法騎使団に籍を置き続けている理由。

 それこそがこの男、ヒィラス・リィスである。

 尊敬する宮廷魔法使いである彼のもとに在りたいがために、カライアはこの場所に留まっているのだ。


「遅れてしまいました。申し訳ありません」


「別に構わないよ。ただの定例会議さ。それに、たかが五分の遅刻を気にするような変人は、魔法騎使団ここにいない」


 ヒィラス曰く、魔導の探究に生涯を捧げる者は変人が多いという。

 事実この魔法騎使団において名を挙げていく者も変わった人間が多く、幹部ともなれば猶更だ。五分の遅刻どころか定例会議に出席すらせず魔法の研究をしている者も珍しくはないぐらいだ。


「魔法騎使団に籍を置いている者にしては珍しく、真面目で勤勉で規律のある君のことだ。遅刻する相応の理由があったのだろう? 恐らくは――――『土地神』の一件ことかな」


 ヒィラスの言葉に、幹部たちの眼の色が変わった。

 定例会議に全員が揃っているという数年に一度の珍事が起きているのも、『土地神』が理由だろうということはカライアも想像がついている。


「はい。先ほど、ガーランド領から使い魔が届きました。『土地神』の浄化は成功したようです」


「素晴らしい。見事やり遂げてくれたね、あの子たちは」


 あの子たちとは勿論、黒髪黒眼の忌み子と周囲から囁かれていた第三王子と、その婚約者たちのことだろう。


「流石はルーチェ様ですな。『土地神』の汚染という未曽有の事態を鮮やかに解決してしまった」

「イヴェルペ王国の天才たる『氷結の王子』の助力もあったようですし」


 魔法騎使団の面々は魔法重視、魔法主義。それ故に王族の中で最大にして最高の魔力量を持ち、魔法にも秀でたルーチェを支持する者が大半だ。

 ルシルたちが引き起こした王都での一件――――『黒の王崩ブラックブレイク事件』以降、第一王子のレオルの支持率が大きく低下している今、ルーチェを次期王に推す声も魔法騎使を中心として高まっている。


 だが、


「『土地神』の浄化を成し遂げたのはシャルロット・メルセンヌ嬢です」


 カライアの言葉に、幹部たちの間に一瞬の静寂が広がった。


「なに? シャルロット嬢? いや、確かに彼女は王族でないにもかかわらず『第五属性』の魔力を持つ稀有な存在だが……」

「王族のような『金色』ではなく、一段階ワンランク下の『白銀』の魔力だったはずだ」

「彼女の魔力量がとびぬけていることは承知しているが、質がアレでは……とても『土地神』の浄化を成し遂げられるとは思えんが」


「なるほど。『昇華リミテイジング』か」


 幹部たちがざわめく中、ヒィラスだけは冷静に真実を見抜いていた。


「『伝説の彫金師』であるエリーヌ殿が完成させた魔指輪リング。魔法を強化……いや。進化アップグレードさせる魔法で、浄化の力を高めたのだろう。それでも簡単ではなかったはずだが……シャルロット嬢も成長しているじゃないか。何より、アルフレッドの機転アイディアも面白い」


 ヒィラスはまるで報告書を見たかのようにつらつらと真実を述べていく。


「そして第三王子のアルフレッド様。此度の事件の解決には、彼の力がもっとも大きかったとのことです。計画立案、騎士たちの統率、襲撃者の撃退。現場の者たちからは評価する声も多く、ルーチェ様とノエル様も同様です」


 淡々と要点を報告すると、幹部たちは再びざわめきに包まれる。


「ルーチェ様があの第三王子をそこまで評価されるとは……」

「弟だから甘く見ているだけでは?」

「いや。あの方に限ってそれはないだろう。そして『氷結の王子』も評価に手心を加えるような男でもない」

「先の『黒の王崩ブラックブレイク事件』においての活躍も見ただろう」

「アレはマグレではなく、彼の実力は本物だった、ということか……」


 かつては王国の影として暗躍していたアルフレッド。

 表舞台に上がった彼の実力は水面下で、しかし確かに、着実に広がり始めている。

 対してヒィラスは優しく、柔らかく微笑んでいる。紡がれようとしている彼の英雄譚を喜ばしく思っているかのように。


「こちらが報告書となります」


 カライアが使い魔を飛ばし、各人に今回の一件がまとめられた報告書を配布していく。

 とっておきのご馳走が配膳されたとばかりに、幹部たちは一言一句を貪るようにして資料に目を通していく。


「なんだこれは。『混沌指輪カオスリング』に『六情の子供』だと?」

「信じがたい内容ばかりだな。ルーチェ様とノエル様のサインが入っていなければ、捏造だと一蹴していたかもしれん」


「……それらも驚きだが、まさか『オルケストラ』の名が出るとはね」


 報告書に記載されていた空飛ぶ機械仕掛けの王宮――『オルケストラ』の部分を見て、ヒィラスの顔が険しくなる。


「遥かなる過去。『夜の魔女』が力を持った時代に栄えたとされる、魔導技術大国。お伽話の類だと思ってましたが、まさか実在していたとは」

「あんなもの、今やその名を知る者は我々ぐらいのものだと思っていたが……」

「どうしますか、ヒィラス様。この報告書の内容が事実ならしばらくルーチェ様は動けません。かといってこれは第三王子の手に余るでしょう」


「そうかな?」


 第三王子には荷が重い。幹部たちが口々に囁く中、唯一ヒィラスだけが否を示した。


「アルフレッドは『黒の王崩ブラックブレイク事件』であれだけの活躍をしてみせた。そして『土地神』の汚染という未曽有の時代においても、『夜の魔女』に連なる者たちを見事撃退してみせた。ならば――――此度の一件も、期待してもいいんじゃないのかい?」


 ヒィラスは歌うように期待の言の葉を並べ、幹部たちを黙らせる。

 飄々として、けれども子供たちの可能性に目を輝かせながら。


「それに、どっちにしろ敵は瘴気の力や『第六属性』を操る者たちだ。『第五属性』の魔力を持つ王族でなければまともに戦うことも出来ない。そこは普段の『ラグメント』討伐と同じさ」


 そうだ。いかに魔法騎使まほうきしといえども、『ラグメント』相手に勝ち目はない。

 それは宮廷魔法使いたるヒィラス・リィスとて同じだ。だが彼はそれでも、悪戯を企む子供のような表情を浮かべる。


「ま、今回ばかりは状況が状況だから、ただ何もしないわけにもいかないけどね。……カライア。魔法技術研究所に連絡を入れておくれ。それと、留学から帰ってきている第二王女様にも――――」


「…………いえ。それが……」


 口ごもっていると、ヒィラスはすぐにその理由を察した。


「ああ、もしかして…………」


「はい。先ほど、この知らせを受け取った第二王女のソフィ様は、すぐにガーランド領へと向かわれました」


「なるほど。まあ、考えてみればそうか。あの子が黙っていられるはずもないだろうしね。だが……ふむ。そうなると、彼らとも合流することになるだろうね」


 留学から帰ってきたのは、第二王女だけではない。


「第二王子のロベルト様、ですね」


「あの子がこの状況を前にして指をくわえて見ていることなどありえないからね。今頃は、ガーランド領に向かっていることだろう」


 同盟国へ留学に向かっていた王家の子らが、再びレイユエールの地に集う。

 その事実に、ヒィラスは子供たちを見守るかのように、温かな微笑みだけを残した。


「僕も歳をとったせいかな。つい、期待したくなってしまうね――――未来ある若者たちの活躍を」


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