第56話 同類の観察眼

「くそっ……! キリがねぇ!」


 襲い来る黒狼ラグメントの群れは森で戦ったことのあるタイプ。

 単体の戦闘力はさほどでもないがとにかく数が多く、連携されると厄介だ。


「おい、クソガキ王子!」


「なんだクソババア!」


 エリーヌが珍しく大きな声で呼びかけてきた。こんな時にただの罵倒ということはないだろう。銃撃で黒狼共をけん制しつつ、シャルたちの方へと戻る。


「よく聞きな。こいつはただの『ラグメント』じゃない。恐らく魔指輪リングの力で召喚された使い魔みたいなもんだ」


「根拠は!」


「よく観察してみな。こんだけの数がいて、獣共は一定の範囲内でしか動いていないだろう。決して街の奥まで踏み込んじゃいない。魔指輪リングに刻まれた術式による制限なんだろうさ。……その代わり、元を絶たないと、どれだけ狩ろうが徒労に終わる」


 なるほど。伝説の彫金師とまで謳われたエリーヌが言うのなら間違いないか。


「ついでに、ネネルがフラフラ行っちまったのも、何かしら幻覚を見せる類の魔指輪リングでも使ったんだろうね」


「じゃあ、やっぱりルシルの罠…………」


「いや、違う」


 責任を感じているであろうマキナの言葉を否定する。


「これだけの数の使い魔を召喚する力なら、こんな開けた場所よりも逃げ場のない室内で使った方が効果的だ。ルシルの罠にしちゃ詰めが甘い。……何よりあいつは、洗脳の類は使わない」


 レオ兄を騙し、シャルを陥れた際に、ルシルは魔法で洗脳したり幻覚を見せるといった手段を使うことはなかった。わざわざシャルの変装をするという手段までとったほどだ。

 これはあいつなりのポリシー……いや、趣味であると予想できる。


「ネネルが入っていったあの建物……あの中に居る誰かが、俺たちを近づけさせないようにしてるんだろう」


 よほど邪魔されたくないのだろう。だとすれば、邪魔をする以外に選択肢はない。


「範囲内でしか活動できないなら、街の奥まで入り込む心配はないな。……ここは一気に、あの廃墟の中に駆け込むぞ!」


 ネネルを追いかける必要があり、元を絶たない限りキリがない以上、ここで粘っている意味はない。シャルたちも連れて行くことになるが、この状況では仕方がないか。


「『アルセーヌ』!」


 まずは『アルビダ』を解除しつつ、そのまま『アルセーヌ』を纏う。

 だがここで終わらない。エリーヌから託され、ある少女の命から生まれた魔法を解き放つ!


「『昇華リミテイジング』!」


 詠唱と共に全身の『霊装衣』を、漲る花弁が如き魔力が彩っていく。

 アルセーヌ・昇華リミテイジング

 魔法を強化する魔法、『昇華リミテイジング』の力で顕現した『アルセーヌ』の強化形態だ。


「俺が道を作る。みんなは後に続け!」


 アルセーヌの持ち味であるスピードが格段に強化されている。

 今なら『加速アクセル』を使わずとも、それ以上の速度で活動することが出来るだろう。


「はぁぁぁああああああああああッ!」


 脚部に集約させた魔力を爆発させ、地面を抉るように蹴る。

 目の前に迫る爪牙の群れに一切避けるそぶりもなく、俺はただ目の前を駆け抜けた。

 両腕で振るう刃の乱舞に瘴気が血飛沫のように舞い、黒狼の残骸が霧散する。


「す、すごい……! 速すぎて、光が瞬いたようにしか見えませんでした!」


「一瞬であの数を切り刻んだってのかい……ったく、とんでもないガキだね」


 シャルの視力ですら光が瞬いたようにしか見えない超スピード。

 この『アルセーヌ』は元より速度に秀でた形態ではあるが、『昇華リミテイジング』で強化したが故に実現したものだろう。


「今だ!」


 俺の掛け声を合図に、シャルたちが動き出し、俺の攻撃によって生まれた僅かな空白地帯を駆け抜けていく。

 降りかかる爪牙を俺が払いつつ、みんなは何とか廃墟まで駆け抜けることに成功した。

 ネネルを追いかけるように俺たちは扉を開けて、室内へとなだれ込む。


「扉を閉めろ! 早く!」


 古びて痛んでいる扉を閉めると、黒狼たちの動きがピタリと止まる。

 そして中に入った俺たちを、それ以上追いかけては来なくなった。


「中までは追ってこないところを見ると……与えられてた命令は『廃墟に近づく人間を襲え』ってとこかい。あれだけの数を無尽蔵に生み出せる代わりに、下せる命令は単純なものだけみたいだね」


「じゃあ、中に入ってしまえば、ひとまずは安心……ですね」


 油断が出来る状況ではないものの、一息ぐらいはつけるらしい。

 俺も呼吸を整えながら、『昇華リミテイジング』を解除した。


「第三王子、今の魔法はなんだ。見たこともない魔法だったが……」


「『昇華リミテイジング』。簡単に言えば、『魔法を強化する魔法』……ってとこかな。こいつの力で、俺の『王衣指輪クロスリング』を強化したんだよ」


 ノエルは驚いたように目を見開き、俺の指に装備されている『昇華リミテイジング』の魔指輪リングへと視線を注ぐ。


「使っている魔法石は最上位ランクのものか……『王衣指輪クロスリング』を二つ同時に使っているようなものだぞ? それをあそこまで使いこなすとはな」


「ちょっとコツはいるけどな。慣れれば問題ねーよ。……もしかしたら魔指輪リングごとに相性とかあるのかもな。『アルビダ』に使った時はもっと安定感があったし。ああ、それと俺の場合、二体の精霊と契約してることも関係があるのかもしれねーな」


「……待て。二体の精霊と契約だと? お前、『王衣指輪クロスリング』を二つ持っているのか? いや、確かに先ほどは異なる姿になっていたが……精霊の二体同時契約など、イヴェルぺ王国でも前例はないぞ……!?」


 ノエルはどこか悔しそうに歯噛みしているが、俺としては少し複雑さもある。

 今思えば、この二体同時契約のことも、レオ兄が俺に対する憎しみを募らせた原因の一つになってしまっただろうから。


「…………どうやらお前も少しはやるようだな。第三王子」


「お褒めの言葉をどォも」


「フン……それで、ここから先はどうする。この中にさっきの『ラグメント』共を召喚している元があるのだろう?」


 辺りを見渡してもネネルの姿は見当たらない。

 あるのは年季が入ってボロボロになったテーブルや椅子など、かろうじてここにかつて人が住んでいたという痕跡があるぐらいだ。


「んー……ルシルから受け取った地図には、中のことまでは書いてませんでした」


「だったら自力で探すしかないですね……」


「手がかりもなしにかい? 骨が折れそうだねぇ」


「……ま、闇雲に探しても見つからねぇだろうな。少なくとも無駄に時間を喰うだけだ」


「第三王子。貴様は何か掴んでいるのか?」


「こういう時は、悪さするやつの気持ちになって考えてみるんだよ」


 説明しつつ、天井や壁など、周囲を観察する。

 レンガ造りの室内は所々、亀裂が入っていたり苔むしていたりと、全体的に年季が入っている。破損した箇所も多く、ふとした拍子に崩れてもおかしくはない。


「何か人に見られない疚しいものがあったとして、どこに隠すか。どこに隠し場所を作るか。ここは廃墟だし、うっかり他人が迷い込んできた時に隠してるものが見つけられない場所がいいな。それにネネルの父親がこの廃墟から出てきたってことは、隠されているのは出入口だろう。この廃墟の構造的に他に部屋はなさそうだし、この時点で怪しいのが足元……地下ってことが分かる」


「地下室が隠されているということか? 転移魔法で遠隔地に飛んだ可能性もあるだろう」


「それはない。『禁呪魔指輪カースリング』による黒狼の妨害があったということは、術者は近くに居るはずだ。魔法の線が消えたなら、あとは物理的なギミックだろ」


「む…………」


 どうやら俺の理屈に納得したらしく、ノエルは黙り込む。そうして周りを観察しているうちに、ふと目に留まったのは壁際に置かれた本棚だ。


「あの棚、妙に新しくないか?」


「そうですか? 色褪せてますし、随分と痛んでるように見えますが……」


 試しに指で直接触れつつ、間近で棚を観察してみる。


「……こりゃダミーだな。色あせて見えるのはただの塗装フェイクだ。それにこの傷も痛み方にしては真新しい。後から人の手で付けられたのは間違いない。……で、こんな手の込んだダミーを置くってことは……」


 床を観察してみると、僅かにレールのような跡が刻まれているのが見えた。

 少し力を込めて棚を動かすと、そのまま真横にスライドされていく。


「ビンゴだ」


 棚が置かれてあった場所の床にある取っ手を掴み、そのまま引き上げる。ガコン、と蓋が開く音がして、地下へと続く階段がその姿を現した。


「こんなところに地下への階段が……アルくん、凄いです! こんなにも簡単に見つけてしまうなんて!」


「ほぅ……大した観察力だな」


「同じ悪人の考えは読みやすいってだけだ」


「……………………」


 いつもならこの辺でマキナが茶々を入れてくるだろう、と心の中で身構えてはいたものの、当のマキナ本人は珍しく何も言ってこない。


「……マキナ? どうした、さっきからお前にしては大人しいな」


 何となく不安を抱いてしまうのは、ここ最近マキナの様子がおかしいからだろうか。


「いえいえ。珍しくアル様が真っ当なご活躍されたので、デキるメイドとして賛辞の言葉を考えていたんですよ。いやー、慣れないことをするとダメですね。つい黙り込んじゃいます。ですが! おかげで渾身の賛辞スピーチが完成しましたよ!」


「よーし、じゃあ言ってみろ」


「普段からえっちな書物の隠し場所に技巧を凝らし、日夜努力を重ねているアル様らしい見事な推理だったと思いますよ。あ、ちなみに天井裏の本はぜーんぶ売り飛ばしておきましたので! 臨時収入ありがとうございました!」


「てめぇよくも俺のお宝を!」


 相変わらず血も涙もないのかこのメイドは! アレを手に入れるのに俺がどれだけ努力したと……!


「………………………………」


 痛い。シャルの視線が痛い。


「……くだらん。お前を少しでも認めたオレがバカだったか」


 そして先ほど上がったばかりのノエルからの評価も下がった気がする。


「バカなことしてないで、さっさとネネルを追いかけるよ」


「そ、そうだな。ここからは気ィ抜けねぇぞ」


 エリーヌのため息交じりの提案に便乗する形で、俺は先頭を切って地下への階段を降りはじめるのだった。


     ☆


 地下へと降り始めたアル様の背中を見ながら、わたしは周りにばれない程度に安堵の息を吐き出した。


 ……『いつも通り』に出来ていただろうか。


 煩くて、騒がしい、バカメイド。

 そんな『マキナ』で居られただろうか。


 おかしいな。いつもならさっきのからかいの言葉も、アル様が地下への階段を見つけた時点でスラスラと出てきたのに。

 言われるまでずっと黙り込んでた。頭の中で嫌なコトばかり考えてた。シャル様への嫉妬と、自分の無力さだけが渦巻いてた。


 おかしいな……前までは意識しなくたって、ただの『煩くて、騒がしい、バカメイド』を演じられたはずなのに。


(いつもの『わたし』って…………どうやって演じてたんだっけ)







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