第55話 揺れ動くココロ
ルシルから齎された情報に描かれてあった地図は、この街の外れにある廃墟を指していた。
「他にも似たような廃墟があるせいか、この辺りは人けがありませんね」
「『影』からの情報でも、あそこが『人けがない』・『使ってない』・『見向きもされない』の欲張り三点セットで、悪党にとって垂涎物の超豪華物件ってことぐらいしか分かってねぇな。そもそもルシルからの情報って時点で怪しさしかないわけだし、もう少し『影』に詳しく調べさせてから動きたいところだが……」
「そんな時間はない。明日から浄化作業が始まる以上、ケリをつけるなら今日中だ」
氷結の王子様は止まるつもりはないらしい。……ま、いい分は分かるけどな。
仮にルシルから齎されたこの何かしらの情報が『本物』だった場合、下手に時間を延ばすことはその情報を逃してしまうことになる。
とはいえ、リスクがあることに変わりはない。ましてやあのルシルだ。
仮にこの情報で何かしらの成果を得たとして、タダで済むとは思えない。
「貴様はその子供を連れて屋敷に戻っていろ。あの廃墟はオレが調べる」
「ちょっと待て。一人で行く気か? 罠かもしれねぇんだぞ」
「仮に罠だったとしても、オレなら問題はない」
「ほぉ。大層な自信だな」
「自信じゃない。ただの事実だ。第三王子」
ただの事実ときましたか。そうですか。
氷結の王子様をどうしたものかと首を捻っていると、こそこそとマキナが耳元に顔を近づけてきた。
「頑なな王子様ですねぇ……アル様と似てるところもありますけど」
「どこだよ」
「素直じゃないところ」
「どういう意味だコラ」
などと言いつつも、マキナといつも通りのやり取りが出来てほっとしている自分がいる。
……なぜルシルはマキナにこの情報を齎したのか。気になる点はあるが、今はそこを考えても仕方がない。情報が揃っていない以上、考えても答えは出ないのだから。
「あの……ノエル王子。ルシルさんがこの街に居ると分かった以上、別行動は危険です。ましてや罠があるかもしれないところに行くのは危険が大きすぎます」
「シャルの言う通りだよ。仮に屋敷に戻ったところで安全とは限らない。あいつは防備の整った王都にすら容易く打撃を与えるほどの相手だ。こんな街じゃ、どこに居たって同じさ。それに、進むにしても戻るにしても、まとまって行動しといた方が損はないだろう?」
「罠だとしてもオレなら問題ないと言った。仮にそのルシルとかいう女が現れたとしても、オレが殺す。『ラグメント』を操る力を持った女ならば捨て置けんからな。……貴様らが来たところで足手まといだ」
「『ラグメント』を倒したいなら、それこそ数が居た方が効率良いだろ。なんでそんなに一人に拘るんだ」
「……足手まといは邪魔だ。それだけの話でしかない」
そのままノエルは俺たちの制止を無視して廃墟へと向かおうと歩き出す。
くそっ。一人で行かせるわけにはいかない。
無理やりついていくか? でも相手の罠があるかもしれない場所だ。下手に拗れたらまずい……仕方がないな。ここは…………。
「ハッ。噂の『氷結の王子様』ってのも、大したことねぇなぁ」
「…………なんだと?」
先ほどまで淀みなく歩んでいたノエルの足が止まり、振り返った。……食いついたか。
「ルチ姉からは結構やるって聞いてたから期待してたんだが……とんだ期待外れだぜ」
「何が言いたい。第三王子」
「いや、すまない。俺の悪い癖だな。自分が出来ることをつい他人にも押し付けようとしてしまうんだ。足手まといを抱えても、俺だったら戦い抜けるんだが……ま、お前には無理な話か。悪かった」
「勝手に決めるな。貴様に出来ることがオレに出来ないわけがないだろう。フン……いいだろう。足手まといが幾らいようと問題はない。好きにしろ」
よし。意外とチョロいぞこの王子。
「確かにアルくんに似ているところがありますね」
「シャル様もそう思います? 王子様ってみんなこうなんですかねぇ」
俺には何も聞こえないし聞いていない。つーかお前ら、この距離だと声のボリュームを落としても俺には聞こえてるんだよ。いやまったくもって聞こえてないけどね?
「ま、『第五属性』の魔力を持ってるシャルや護衛のマキナがつくのは分かる。この際だからあたしもついていくが……このネネルって
「いや。先立ってこの街に送り込んでいた『影』の人間をつけて、屋敷まで送らせる。……つーわけだ。ネネル、お前は――――」
「…………あれ、見たことある」
じっと廃墟を見つめていたネネルが言葉を漏らす。
「ずっと前にお父さんが、あそこから出てきたことがあったの。なんでって聞いても、答えてくれなくて、はぐらかされて……」
フラフラと覚束ない足取りで、ネネルは吸い寄せられるように廃墟へと向かっていく。
「お父さん……お父さんっ……!」
その歩みは危うく、朧げで。俺には、もうこの世にはいない父親との足跡を辿ろうとしているように見えた。
「ネネル。ちょっと待――――」
その先の言葉が止まる。
「グルルルルッ…………」
聞き覚えのある唸り声。見覚えのある深紅の瞳。見慣れた漆黒の瘴気。
気づけば俺たちは囲まれていた。
どす黒い瘴気を纏った、四足歩行の獣の群れに。
「…………っ……! こいつら……!」
「森で見た狼型の『ラグメント』か」
完全に周囲を取り囲まれている。気配は一切感じられなかった。
恐らく忍び寄ってきたものじゃない。……ここら一帯に、急に現れたんだ。
「ネネルちゃんが!」
狼たちに遮られている間に、ネネルはどんどん廃墟へと近づいている。
……いや。遮られているというよりもこいつら、露骨に俺たちとネネルを分断しようとしている?
「――――グルゥアッ!」
瘴気に身を包んだ狼の群れが大地を蹴り、一斉に飛び掛かった。
その爪牙が肉を切り裂くよりも先に、俺たちは王衣の輝きを解き放つ――――!
「『アルビダ』!」
「『ウンディーネ』!」
二体の精霊が同時に限界し、瘴気に塗れた爪牙を薙ぎ払う。
霊装衣となって再構築された精霊の魔力を翻し、俺はノエルと共に並び立った。
「アル様! シャル様は私が――――」
「マキナ、お前は無理すんな!」
「…………っ……! で、でも、わたしは護衛で……」
「相手は『ラグメント』だぞ! 『第五属性』の魔力を持っていないお前じゃ無理だ! ……シャル! マキナとエリーヌと一緒に固まって防御に専念してろ!」
「は、はいっ!」
相手は『第六属性』の力を持った異形の存在。
確かにマキナは強いが、ただ強いだけでは『ラグメント』は倒せない。
……期せずして、シャルにとっては浄化作業よりもいち早く実戦に出ることになってしまったが、ここは信じるしかない。
「オレの邪魔だけはするなよ。第三王子」
「ぬかせ。そりゃこっちのセリフだ」
☆
…………アル様が、ノエル様と共に戦いを始めた。
敵と同じ『第六属性』の魔力を持っているアル様なら、瘴気によって出でる異形の怪物たちと戦うことが出来る。その刃を以て引き裂くことが出来る。
そして共に戦うノエル様と、
「『
怪物たちを前に懸命に魔法で迎撃するシャル様が持つ魔力は、闇を穿つ光が如くの『第五属性』。
「……シャル様、あまり無理はしないでください。牽制さえ出来れば十分ですからっ」
「これだけの数です! 私だって、少しでもアルくんの役に立たないと……!」
「ですがシャル様は実戦経験が不足しています。あまり無理をして傷でも負えば、明日の浄化作業にも支障が……!」
「やらせてください! 私も……私だって戦いたいんです! いつまでもアルくんに守られてばかりなんて……!」
わたしの制止を振り解くように、シャル様は懸命に魔力を漲らせる。
「泣くことしか出来ない、哀れでか弱いお姫様のままなんて、絶対に嫌なんです! ――――『
解き放たれた炎槍の群れが爪牙を焦がす。凄まじい炎の渦が刃となって瘴気の獣たちを穿ち、切り裂き、燃やし尽くした。
中級に位置する『
生まれた時より王妃となることが定められただけのことはある。単純な魔力量で言えばルーチェ様にも匹敵するかもしれない。
「シャルのやつ、なんか焦ってないかい?」
「そう……なんでしょうか」
エリーヌさんの言葉に素直に頷くことが出来ない。
シャル様が不思議と焦っているように見えるのは……ううん。何かを否定したくて叫んでいるように見えるのは、わたしが卑屈になっているだけだとも、思っているから。
(ああ。そっか。わたし…………)
エリーヌさんと一緒に背中に隠れることしか出来ない。
前に飛び出したって足を引っ張るだけだ。戦いでなら、アル様の隣に居ることが出来ると思っていたのに。
(…………シャル様に、嫉妬してるんだ)
わたしは特別じゃない。
アル様みたいな王族でもなければ、シャル様みたいに特別な魔力を持っているわけでもない。それどころか貴族ですらない。
分かっていたことなのに。身の程なんて、とっくに知っているのに。
シャル様が羨ましい。自分がただの平民……ううん。それ以下の存在であることが、悔しくて仕方がない。
――――マキナさん。私は、アナタの望みを知っています。そしてその望みを叶える方法もね。簡単なことです。だって……。
こんな時にルシルの言葉が頭の中で繰り返される。
『だって』の先の言葉を確かに聞いて、それはわたしの中で確かな選択肢としてこびり付いていた。
(違う……惑わされるな)
否定する。拒絶する。ルシルが口にしたあり得ない言葉を。
忘れなければならない。忘れた方がいい。だって、あまりにもあり得ないから。
(ありえない。そんなこと、絶対にありえない。わたしに……)
――――マキナさん。私は、アナタの望みを知っています。そしてその望みを叶える方法もね。簡単なことです。だって……アナタには、王家の血が流れているんですから。
(……わたしに王家の血が流れているなんて)
レイユエール家のものじゃないことは確かだ。
では、どこの王家か。かつて夜の魔女に立ち向かったいずれかのものなのか……そんなことばかり考えてしまっている自分が浅ましくて嫌になる。
だからありえないと言い聞かせる。諦めきれなくても、ありえないと……。
(……でも…………)
否定よりも多く、拒絶よりも大きく。もしそれが本当だったらという希望を、どうしても抱いてしまう。
(わたしが本当に王家の子供だったら…………)
瘴気の獣に立ち向かうアル様の背中を、どうしても目で追ってしまう。
手を伸ばしそうになってしまう。仕方がない。だって、届かないと思ってたのに。届くかもしれないなんて言われたら、そんなの……悪魔にだって縋ってしまう。
(この気持ちを、アル様に伝えてもいいの…………?)
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