クラスメイトのメイドさん。~笑顔を見せないクールなあの子が、なぜか俺の前では微笑んでくれる~

左リュウ

第1話 退院

「やあ、秀一。もう怪我の方はいいのかい?」


 俺こと明上秀一あけがみしゅういちが久方ぶりに教室へと登校したのは、高校二年生に進級して数日経った頃だった。

 学期初めの長ったらしい教師陣の挨拶やクラス分けといったイベントをすっ飛ばして登校すると、先に教室に来ていたらしい、親友の夜影真琴よるかげまことが声をかけながら俺の席まで案内してくれた。こういう気配りのできるところは、二年生になっても相変わらずだな。


「ああ。ギプスもとれたから退院してきた」


「しかし災難だったね。まさか学期末に事故に遭ってそのまま入院。春休みも全て潰れることになるとは」


「事故ってほどのもんでもねーよ。階段のぼってたら、上からどっかのオッサンが落ちてきて下敷きにされただけだ。それに怪我っつっても右腕の骨にヒビが入っただけだしな。大袈裟なんだよ、向こうのオッサンが」


「確かどこかの大企業の社長……という話だったかな? なるほど。ギプスがとれるまで手厚い治療を受けてきたわけだ」


「ああ。片腕だと何かと不自由だろうし、万が一もあるからってさ。おまけに個室。入院費も全額負担。まさに悠々自適の入院生活だったが、流石に飽きてきたからな。ギプスがとれたから退院させてもらったよ。……ま、骨はある程度固まったんだけど、まだ完全に癒合するまで時間がかかるから、しばらく体育とかは見学するよう医者に言われたけどな」


「そういうことなら、しばらくは無理をしないことだね。……もし腕が少し不自由するというなら、いっそのことメイドでも雇ってみたらどうだい?」


「いらねーよそんなの。むしろ、俺がそういう人種が苦手なの知ってるだろ」


「もちろんさ」


 真琴はかけている眼鏡に似合う、知的でどこか人を手玉に取ったような、クールな笑みを浮かべる。


「自分の為に動き、自分の為に時間を使い、自分の為に生きる。――――それが明上秀一という人間だと、僕は知っている。メイドなどという他人に奉仕する役職は、君の苦手とするところだろう。だが親友として言わせてもらえば、少しぐらいはその信念を曲げてもいいと思っているのさ」


「断ったら?」


「また君の評判が悪くなることだろう」


「じゃあノーダメだな」


「ははっ。君の評判は、元より地の底だからねぇ。曰く、『他人に対する思いやりが欠けている』。曰く、『自分勝手』。曰く、『心が卑しい』。……他にもあるけど、聞くかい?」


「いらねーって。そんなもん耳タコだっつーの。誰に何を言われようが、俺は親父みたいにならないって決めてるんでね」


 既にこの世を去った親父は世間的に言わせれば、立派な人なのだろう。

 決して見返りを求めず、他人に対する思いやりに溢れた人だった。

 そのことで損をすることも多かったと、母さんも言っていたっけ。


 そんなご立派な親父様は、あっけなく死んだ。

 死因は交通事故。酔っ払い運転で飛び出してきた車から、子供を庇って死んだ。

 ああ、確かに世間的に立派な人なのだろう。尊い命を救った自己犠牲の英雄様だ。


 けれど遺された家族の方はたまったもんじゃない。急に親父が死んだことで、母さんは女手一つで俺たちを育てることになった。しばらくはずいぶんと苦労していた。幸運にも、小説家である母さんは大ヒット作を生み出したことで金銭的な不自由はなくなった。


 俺がこうして一人暮らし出来るようになったのも、母さんの文才の賜物だ。

 今日も今日とて締め切りに追われているのだろう。


 ……まあ、そんなことがあって、俺は子供心に誓ったのだ。


 決して親父のようにはなるまい。

 親父が他人のために生きたのなら、俺は自分のために生きてやる。


「ノートを写させてほしいと頼んできたクラスメイトに報酬として金銭を要求してきたのは笑ったね。あれはなかなかユニークだった」


「そりゃ、俺がノートを見せたところで何の利益もないからな。報酬を要求するのは当然だろ」


「君のそういう損得勘定に忠実なところは中々に好ましい。ある意味で分かりやすく、信用が置けるからね」


「んなこと言ってくれるのはお前ぐらいだよ」


 だからこうして普段から話す友人にしても、真琴ぐらいしかいないわけなのだが。


「明上様。少しよろしいでしょうか?」


 真琴と話していた俺に声をかけてきたのは、ウェーブがかった長い金色の髪をリボンでツーサイドアップにまとめている女子生徒だ。

 澄み切った青空のような瞳。制服の上からでも大きさの分かる隆起した二つの膨らみや腰のくびれすらも、全てが完璧に計算されて組み合わさった芸術作品のような美しさを感じられずにはいられない。

 それでいて慎み深く、どこか可憐で儚い花を思わせる所作は、男子生徒たちからの人気が高い。


 彼女は白雪しらゆきアリス。

 噂によればどこかのお屋敷で、幼い頃からメイドとして働いているらしい。

 ただその家の主人はたいそう立派な善人らしく、こうして学校にも通わせてもらっているのだとか。


 その上、この学園における人気はトップクラスときた。

 本人は前に出るタイプではないものの、そのルックスや所作、噂なども相まってアイドル的人気を博している。


 そして一つ、付け加えるとしたら――――俺はこいつが笑った顔を、一度も見たことがない。


「担任の岡本先生から、昼休み職員室に来るようにとの言伝を預かっております」


「分かった」


「それでは、失礼いたします」


 丁寧にお辞儀をするや否や、そのまま自分の席へと戻っていく白雪。

 歩き方ひとつとっても粛々としていて、メイドとして働いているらしいという噂も信憑性がある。


「はぁ……今日も麗しいなぁ、白雪さん」

「そういえば昨日、新入生に告白されてたってよ。ここんところ毎日じゃないか?」

「せっかく同じクラスになったんだし、どうにかしてお近づきになりたいもんだ」


 ただ歩いているだけだというのに、周りの生徒たちは彼女から目を離せないらしい。


「……ま、確かに見た目は綺麗だな」


「へぇ。そこは認めるんだ?」


「認めるべき点は認める。そこを無理に否定しても俺に『得』はない」


「フッ……本当に君は素直だね」


 どういう意味だよそれは……と、目で訴えていると、


「白雪、大丈夫だったか?」


 席に戻った白雪を取り囲むように迎えたのは、クラスメイト……正確には白雪の友人たちだ。


 一人は、整った顔立ちに、部活動で鍛えられつつも細身のすらりとした長身が印象的な男子生徒だ。爽やかなスポーツマンといった雰囲気を漂わせており、俺とは真逆でクラス……いや、学年単位での人気者、雨戸光流あまどひかる


「大丈夫……というのは?」


 雨戸の問いに首を傾げる白雪。それを見て、雨戸の傍に居た女子生徒が心配そうな表情を向けた。肩にかかる程度の長さの髪をサイドテールにしており、キッとしたどこか厳し気な目つき。手の爪は外の桜を彷彿とさせる色で染めており、制服も校則違反にならない程度に気崩している。


「明上に何かされなかった?」


 この甚だ失礼かつ無用な心配をかけている女子生徒は、沢渡朱音さわたりあかね。雨戸の取り巻きの一人だ。


「ほらほら、あいつって自己中心的ジコチューじゃん? 白雪ちゃんが何かされてないか、オレらも心配してるわけよ」


 沢渡から繋がるようにして心配するそぶりを見せたのは、長ったらしい髪をヘアバンドでとめている男子生徒だ。ブレザーの制服の下はネクタイを外し、トマトのように赤いシャツを身に着けている。雨戸が清純誠実のイメージがあるとすれば、こっちは遊び人のようなだらしない印象を受ける。

 こいつもまた雨戸の取り巻きの一人、犬養了児いぬかいりょうじだ。


 この雨戸、沢渡、犬養、そして白雪を加えた四人が、この天上院学園二年A組におけるトップカーストに君臨しているグループである。特に雨戸と白雪の人気が凄まじく、A組はおろか二年生全体で考えても、文句なしのトップであることは間違いない。まさにトップ・オブ・トップのカーストというわけだ。


「特にそういったことは……ただ連絡事項を伝えただけですから」


「だったらいいけど……」


 眉をひそめながら雨戸をはじめとする三人はチラリと視線を俺の方へと向けてくる。

 それを見た真琴は苦笑しながら肩を竦めた。


「どうやら去年のことを、未だ根に持っているようだね」


 あの三人とは去年も同じクラスだったのだが、そこでちょっとした衝突が起きたことがあった。彼らの中ではまだその時の記憶が色濃く残っているのだろう。


「関係ねぇよ。別にあいつらから好かれたいとも思ってねぇからな。むしろ、好かれるためにわざわざ労力を割くのは俺にとって『損』だ」


「本当に反りが合わないねぇ。あの三人は、ある意味で君とは真逆のスタンスだし、仕方のないことだけど」


 入学当初、白雪は少しばかり浮いていた。そのルックスや、高校生にしては丁寧過ぎる言葉遣いと所作。周りからはやや遠巻きにされていたところを見かねた雨戸たちが、彼女に率先して話しかけるようになり、今のトップ・オブ・トップのカーストが誕生したといういきさつがある。


 ……本当にバカバカしい。そんなことを見返りもなく、ただの善意でやっているのだから俺とはまったくもって反りが合わない連中であることは確かなのだ。


「真逆だからこそ、こっちから関わらなきゃ永遠に関わり合いのない連中だよ」


 去年はたまたま衝突してしまったが、もうあの時のようなことは起きないだろう。


 好き好んで関わり合いになりたくないのはお互い様だ。


 ――――この時の俺は、本当にそう思っていた。




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