第37話 影と光が交差する時

【お知らせ】

近況ノートには記載しておきましたが、一応こちらでも。

本作「悪役王子の英雄譚 ~影に徹してきた第三王子、婚約破棄された公爵令嬢を引き取ったので本気を出してみた~」ですが、

「電撃の新文芸2周年記念コンテスト ――編集者からの4つの挑戦状――」「能ある鷹は爪を隠す――◯◯隠し!」部門

の、大賞を受賞いたしました!


皆さま、応援ありがとうございました!

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 突如として現れた巨大な蜥蜴人型リザードマンの『ラグメント』に、王都は瞬く間に阿鼻叫喚が渦巻く戦場と化した。


「くそっ。避難誘導に『ラグメント』の対処……人手が足らん……!」


 王国騎士団長グラシアン・グウェナエルは、暴威を齎す巨人を前にして唇を噛み締めていた。


 王都のど真ん中に『ラグメント』が現れるなど、これまでになかった事態だ。恐らくは転移魔法陣による転移。王都の結界をすり抜け、かつ察知されずにこんな芸当を成そうとすれば、長い時間をかけて入念に下準備をする必要がある。


「ルシルという少女……敵が内側に潜り込んでいた上に、学園の生徒として長期にわたり潜んでいたのだからこれも当然か……!」


 失態を悔やんでいても事態は好転しない。今は目の前のことに集中するしかないのだが、やはりどうしても人手が足りない。ただでさえ民は混乱しており誘導するのは難しい。

 街中に急にあのような化け物が現れれば無理もない。冷静な対応を求める方が酷というものだ。それ故に対応にも人手を割かねばならないが、現れた『ラグメント』はあまりにも巨大。通常の人間サイズですらあれほど苦戦しているというのに、人手も分断されている上に連携もガタガタに崩れた状態で対処することは困難だ。


(アルフレッド様は恐らく闘技場に現れた方の対処に当たっているはず……となると、こちらに駆け付けるまでには時間がかかる……だが、それでは……!)


 アルフレッドが駆け付けた頃には王都が壊滅状態になっていてもおかしくはない。その間にどれほどの被害と犠牲が出るか計り知れず、下手をすればレイユエール王国という一つの国の存在を揺るがす事態にもなりかねない。


「ダメだ! 足止めにすらならない!」

「だ、団長! どうすれば……!」

「うわぁぁああああああああ!?」


 御前試合の会場には国王陛下や多くの貴族が見物に来ている。それ故にベテランや実力のある者を割いたのが仇になった。主要な戦力は結界の中に閉じ込められることになり、偶然にも結界の外にいたグラシアンや、会場には割かれなかった若手だけが動ける状態だ。


 彼らも彼らなりに奮闘してはくれているが、このような巨大『ラグメント』相手ではやはり力不足だ。齎される暴威と蹂躙に成す術もなく傷つき、倒れていく。


「…………っ……!」


 このままでは全滅は時間の問題だ。いや、ただ全滅するだけならまだマシだ。

 騎士団の全滅は、王都が成す術もなく『ラグメント』に蹂躙されていく様を指すに他ならない。


(どうする……どうすれば……!)


 己の無力感に拳を握る。されど、現状で打てる手は何も浮かばない。


(何か……何か希望はないのか……!)


 見渡しても絶望だけが横たわるこの戦場で。

 自分に出来ることなど、何もない。


「『火炎魔法球シュート』!」


 刹那。紅蓮の閃光が走る。

 迸る爆炎。騎士たちが攻撃してもビクともしなかった巨体が、爆発の衝撃にのけ反った。


「『強化付与フォース』!」


 追撃するように二つの影が跳躍する。


「わたしが合わせますで、遠慮なく!」

「お願いします!」


 片方は機械仕掛けの装備と剣を持ったメイド服の少女。もう片方は『第五属性』の輝きに全身を包み、手に持っていた剣を軽やかに構える金色髪の少女。


「「はぁぁぁあああああっ!!」」


 二人の乙女による刃が異形の巨人の胸を衝く。

 騎士たちがどれほど魔法を撃ち込んでも傷一つつくことのなかった鱗の装甲が、輝きによって切り裂かれ、鮮血のように瘴気を吹き出した。


「シャルロット様……!?」


「騎士団長、ご無事ですか?」


「は、おかげ様で……ですが、なぜここに貴方が?」


「アルくんに頼まれてきました」


 シャルロットの瞳の先に在るのは、バランスを崩して後ろによろめく異形の巨人。


「……あの巨人を足止めします。騎士団長、私たちと共に戦ってくれませんか」


「私たち・・……?」


 その疑問はすぐに晴れた。シャルロットとマキナの二人に遅れて、無数の影が疾走し、瞬く間に巨人を包囲する。そして、グラシアンの前に現れたのは……前回言葉を交わした仮面の男。


 ――――記録それを漁るのは貴様の勝手だ。……だが覚えておけ。貴様が主に害を齎す者ならば、我ら『影』は正道の輝きをも喰らうと。


 ――――……覚えておこう。だがもし、その逆だった場合は?


 ――――……その時が来たら分かる。


「『その時』が来たと、受け取ってもいいのか?」


「どう受け取るかはお前の勝手だ」


 だが、と。仮面の男は先へ進むための言葉を紡ぐ。


「主が光の下を歩む決意をなされた。ならば我らも、いつまでも『影』のままではいられんよ」


「…………そうか」


 彼らのことを良く知っているわけではない。

 それでも『影』には『影』の信念があり、心から信頼し、仕える主が居る。

 なんてことはない。彼らもまた、己の信じる者のために戦う立派な騎士だったのだ。


「こちらからもお願いしたい。共に戦ってくれ」


「団長!? 何言ってるんですか!」

「反対です! いくらなんでも、こんな怪しい奴らと……!」


 不満が噴出したのは、会場の外に配置されていたベテランや中堅どころの騎士たちからだった。若手ならばともかくとして、なまじ年数を重ねているだけに『影』とアルフレッドへの不信感が根強く、拭いきれないのだろう。

 説得している時間もない。どうしたものかと一瞬だけ思考を巡らせようとするグラシアンを飛び越えるように、


「……確かに。急に信じてくださいと言っても、難しいのかもしれませんね」


 先に動き出したのはシャルロットだった。


「私には、皆さんに信じてもらうだけの実績はありません。アルくんのような強さもありません。『信じてください』と叫ぶことしかできない小娘です」


 シャルロットの言葉は騎士に対して向けられたもの。だがグラシアンは、彼女自身にも向けられている言葉のようにも思えた。


「私も、『影』の方たちも、この街を守りたいという気持ちは騎士団の皆さんと同じです。責任は全て、アルくんと私の二人がとります。不満も不信も、全て受け止めます。だから、せめて今だけは……私たちを信じて一緒に戦ってください」


 少女の懇願は、あまりにも真っすぐだった。青空のように澄み渡り純粋で青臭い、だからこそ心に真っすぐと突き刺さる。


「私はこれから、敵だけを見据えます」


 言いながら、シャルロットは騎士団に対して背を向ける。

 どこまでも真っすぐに、王都を蹂躙せんとする異形の巨人へと目を向ける。


「私を信じるに値しないというのなら。私がほんの少しでも怪しい行動を起こしたと判断したのなら……躊躇うことはありません。貴方たちが信じる正義の下、私の背中を斬りなさい」


「「…………っ……」」


 周りの騎士たちが息をのんだ。


「私の背中を斬っても罪には問いません。戦場における事故として処理し、全て不問とすることをシャルロット・メルセンヌの名において約束します。だからどうか今は……今だけは、私たちに力を貸してください」


 この背中を一体誰が斬れようか。

 戦場に立ち、敵だけを見据えるこの少女を、一体誰が斬れようというのか。


(このような状況下でも、反射的に自分が正しいと信じたことを躊躇なく行える、か……危うくもあるが、これもまた資質なのかもしれんな)


 アルフレッドの婚約者である彼女に内心で舌を巻く。

 だがそうしている時間すらも今は惜しい。


「王都騎士団はこれより、第三王子直属部隊『影』との共同作戦にあたる。緊急事態だ。構わないな」


「…………はい」


 いかにベテランや中堅と言えど、騎士団長の方針に口を挟めるだけの権限など持ち合わせてはいない。それでも言質を取るように、グラシアンは敢えて問うてみせた。


「とはいえ、訓練もなしに連携をとらせるのは困難です。ここはそれぞれの部隊ごとに動いた方がよさそうですが……何か作戦はありますか?」


「私が『ラグメント』を抑えます。皆さんは避難誘導と救助を優先しつつ、残りの人員で私をサポートしてください。細かい人員の割り振りは騎士団長とマキナさんに任せます」


「りょーかいです」


「こちらも構いませんが……シャルロット様は『ラグメント』戦のご経験は……」


「ありません。でも、そう言っている場合でもないでしょう?」


 シャルロットは剣を握りつつ、真っすぐ敵を見据える。


「経験が足りない分は、気合と根性で補います。それでも足りない分は――――皆さんの力を信じます」


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