第7話 メルセンヌ公爵家

 かくしてマキナ命名の『味方を増やそう! イメージアップ大作戦!』が始動した。

 その第一歩として俺たちが行動を起こしたのは、


「ご両親への挨拶ですか。いやー、婚約者っぽくなってきましたよねぇ」


 案内された客室で一人呑気に呟くマキナ。俺たちは今、メルセンヌ公爵領にあるシャルの実家を訪れていた。


 俺の味方はつまりシャルの味方ということでもあり、この状況でもシャルの味方になってくれそうな人物で真っ先に挙がるものといえば……公爵家おやだ。


 既に婚約者の件に関しては、親父とシャルの両親との間で話はつけてくれているものの、正式に話が進んだからには俺も顔を出しに行った方がいいだろうという判断でもある。

 加えて、直接話を持ち掛けてこちらの側についてもらうという確約をとっておく必要がある。


 何より公爵家だ。味方としてはこれほど心強いところもそうはない。


「アルくんは、父とは面識がありましたよね?」


「面識があるっていうか……」


 話していると客室の扉が開き、大柄な男が入ってきた。

 服の下には、厳しく自分を追い込んで鍛え上げられたであろう筋肉を宿していることが伺える。体格も相まってか、鋭い爪を持った熊を彷彿とさせた。


 彼こそマルベル・メルセンヌ。

 このメルセンヌ公爵家の現当主であり、シャルの父親だ。


「出迎えることも出来ず、更にはお待たせしてしまい申し訳ありません、アルフレッド様」


「いや、アポもなく急に押し掛けたのはこちらです。詫びるなら俺の方でしょう。顔を上げてください……いつも通りで・・・・・・お願いします」


 形式的なやり取りを済ませるとメルセンヌ公爵閣下は、くしゃりと笑った。


「はっはっはっ! そうですか! ご配慮、痛み入ります」


 気持ちのいい笑い声を上げながら、メルセンヌ公爵閣下は椅子に腰を下ろした。


「俺も堅苦しいのは苦手ですから」


「そうでしたな。相も変わらず、お互いに今の立場に向いていないらしい」


「全くです」


 そんな俺とメルセンヌ公爵閣下のやり取りを、シャルは目を丸くしながら見ていた。


「あの……お父様。アルくんと随分、親しいようですが……」


「王宮内ではよく匿ってもらっていてなぁ」


「か、匿う?」


「堅苦しい空気に耐え切れなくなった時の避難所を提供してただけだ」


「ついでに、話し相手にもなってもらいましたな! はっはっはっ!」


 またもメルセンヌ公爵閣下は気持ちよく笑って見せる。

 堅苦しくしていると殺伐とした雰囲気を醸し出す大男だが、素の方は気さくで快活な方だ。


「し、知りませんでした……」


「レオル様に遠慮してか、アルフレッド様に口止めされていたからなぁ……まあ、今後はその必要もなさそうだが」


 メルセンヌ公爵閣下は改めて俺たちを見渡す。その眼差しに俺は改めて姿勢を正した。


「今回は、シャルロットの婚約者として挨拶に伺わせていただきました」


「それだけではないでしょう? 御前試合のことは既に聞き及んでおります」


 当然のように見抜かれている。別に隠す気なんてなかったけど。


「お察しの通り、その件についてです。御前試合の結果によって、俺とシャルロットの立場も危ういものとなるかもしれません。勿論、説得は試みますが……その際には公爵様に口添えをしていただきたく思います。また、これからは何かと目をかけて頂けると」


「ようは、アルフレッド様の派閥に入ってほしいということでしょう?」


「話が早くて助かります」


「カワイイ娘のためですからねぇ。入れと言われれば入りましょう。アルフレッド様には、娘を救っていただいた恩もありますし、今ではシャルロットの婚約者ですから……」


 隣に座っているシャルから、ほっとした空気が流れる。

 かつては婚約者レオにいに裏切られたが故に不安だったのだろう。両親が本当に味方してくれるのか、実際にこうして言葉として聞くまで内心では不安だったに違いない。


「……と、言いたいところですがね」


 弛緩しかけていた空気を引き締めるような声が、メルセンヌ公爵閣下の口から放たれる。


「そう容易く、話を受け入れることは出来ませんね」


「お父様……!?」


 驚愕を露わにするシャルを、俺は手で落ち着くように促した。


「……理由を窺っても?」


「この子には才能があります。生まれた時から王を支える定めを背負わされたほどに。……されど、我らにとっては大切な娘。何物にも代えがたい宝も同然。それが義務だったとはいえ、信頼できる王家だからこそ娘を預けたのです」


 メルセンヌ公爵閣下の眼が鋭く研ぎ澄まされる。


「だが、我らの信頼は裏切られた」


 若き日の国王と共に背を合わせ一騎当千の活躍を成したとされる、強者としての瞳。漏れ出るは鬼神が如き圧。


「その上、再び娘を王家の人間の婚約者にせよという。それが王のご命令とあらば、従うのが我がメルセンヌ公爵家。さりとて、それ以上のこととなると別でしょう」


「仮に……我が兄レオルが、シャルロットに国外追放処分を言い渡した場合でもですか?」


「ならばシャルロットのみを救うために全力を尽くしましょう」


 言っていることは一理ある。というか、いくら取り繕おうとも公爵家は王家に裏切られた形となる。当然だ。無実の娘を晒上げにされたようなもの。それも、向こうから持ち掛けておきながら一方的に婚約破棄だ。怒りは正当なものと言える。


「……メルセンヌ公爵閣下――――」


「――――お父様」


 俺が口を開きかけたその時、隣でシャルが立ち上がった。


「私は望んで、アルくんの婚約者になりました。私自身の望みなのです。これは」


 立ち上がった娘を、メルセンヌ公爵閣下は容赦のない視線を向ける。


「シャルロット。お前は王家に裏切られたのだぞ」


「ですが、王家に救われたのもまた事実です」


 いっそ殺気すら感じるほどの威圧感。それでもシャルは怖気づくことなく、睨み返す。


「私には夢があります。『皆が仲良く手を取り合える国』という夢が。それを叶えるためにも、王家を支えたいと思うのです」


「綺麗事だな」


「世界をより良くしてきたのは、いつだって綺麗事を並べた挑戦者たちです」


 その言葉には覚えがあった。あの日……俺がシャルに贈った言葉だ。


「今度はアルフレッド様に裏切られたらどうする」


「私はアルくんを信じています」


「そう思っていた相手に裏切られたのだろう? 彼も同じ王家の人間ではないか。内心では、お前を裏切る算段を立てているのかもしれんぞ?」


「仮にそうだとしても……何度裏切られようとも、私は信じ続けます」


「なぜだ? アルフレッド様とて人間だ。今は味方でも、実際に処分が下れば、いざという時にお前を切り捨てるのではないか? それが人間の弱さ・・というものだ」


「信じること。それが私の綺麗事りそうだからです。救ってくれた人を信じず疑い続ける……そのような弱さ・・、私は要りません」


 シャルは一息おいて、


「それに、お父様が思っているほどアルくんは弱くありません。自分を削りながら誰かを救うような人が、弱いわけないじゃないですか」


 傍に居たマキナが「ひゅー。シャルロット様、やるぅ」とでも言いたそうな目でシャルを見つめている。


「……アルフレッド様。貴方は私の娘の信頼に、どう応えてくれるのです? 王家の人間として、貴方はこの信頼にどう応えるおつもりか」


 メルセンヌ公爵閣下の眼は未だ衰えていない。

 シャルに向けられていた分の威圧感が、俺へと一身に浴びせられた。


「まあ、ぶっちゃけるとですね……シャルとは違って、俺はこの国のことなんてどうでもいいんですよ」


 半端なことは言えない。言ってはならない。

 この人から、逃げてはいけない。


「どいつもこいつも、俺のことを忌み子だのなんだのと好き放題に言いやがる。陰口を散々叩かれてきたのも知ってる。嫌われてることだって、気味悪がられてることだって知ってる」


 物心ついた時から、俺を見る周囲の目はずっと肌で感じていた。

 明らかに不吉なものだとされて、避けられて、嫌われて。


「……けど、家族は違った。みんなは、俺のことを受け入れてくれた。髪や眼や、魔力の色なんて気にしなかった」


 そう……昔のレオ兄は優しかった。その背中に憧れた。だから俺は、レオ兄のことが大好きだった。


「だから俺は、国の連中なんてどうでもいい。俺が護りたいのは親父や、おふくろや、兄妹のみんなや、マキナを始めとする俺の部下……俺が大切にするのは、俺の手の届く身近な人だけだ。それ以外がどうなろうと知ったことじゃない」


 隣に座っているシャルに視線を移す。


「シャルだってそうです。俺の手の届く範囲にいた、大切な人。だからあの時、俺はレオ兄に逆らったんです」


「…………」


「俺はシャルを守ります。自分の大切な人だけを守るのが、アルフレッド・バーグ・レイユエールですからね」


 ひとまず俺の意志は伝えた。ここからはもう相手次第だ。


「手の届く範囲……身近な人だけを護る、か。王子としては失格ですな」


「我ながら向いてないと思います」


「違いない。ですが……」


 メルセンヌ公爵閣下から威圧感が失せ、笑みが零れる。


「自分の手に余る範囲のことは約束しない。その点は、信頼できますな。……いいでしょう。アルフレッド様。我がメルセンヌ家は全力で貴方様の力となりましょう。どうか娘をよろしくお願いします」


 言うと、メルセンヌ公爵閣下は首を垂れた。


「そして……申し訳ありません、アルフレッド様。貴方を試しておりました」


「……ま、そんな気はしてましたよ」


 だからこそ嘘のない俺自身の意志を伝えたわけなのだが。


「ここで嘘や、出来もしない都合の良い妄言を仰るようなら貴方様を拒絶するつもりでしたが……貴方の言葉に嘘はなかった。貴方様を疑った罰を受ける覚悟はございます。何なりと」


「罰など必要はありません。王家に裏切られたことは事実ですし、疑うのは当然でしょう」


 メルセンヌ公爵閣下はにやりとした顔を向けて、


「貴方様なら、そう仰るかと思いました」


     ☆


 無事にメルセンヌ公爵家の協力を確約し、この調子で成功を積み重ねていきたいと思っていたが……そう手柄になるようなことがその辺に都合よく転がっているわけもない。


 メルセンヌ公爵家から戻ってから数日の間、俺はやはり以前と変わらぬ怠惰な日々を過ごしていた。

 進級したばかりだというのに学園の方は休学サボりっぱなしだ。これに関しては俺が怠惰なだけじゃない。今、学園に戻ることは避けた方がいいと判断してのことだ。


 レオ兄と顔を合わせる回数も減るし、下手に学園に戻ってまたルシルさんを陥れているだのなんだのの冤罪を増やされても困る。


 そういうわけなので、シャルも今は休学状態おサボりである。しかし優等生はこれに慣れないのか、毎日そわそわしながら自主勉強に励んでいる毎日だ。


「アルくんは勉強しないのですか?」


「しない。だるい。ねたい」


 これぞ堕落の三段活用。


「ダメですよ。休学状態であっても勉強はしておかないと。それに、アルくんが真面目に勉学に励んでいる姿を見せれば、周りの人たちの目も変わるかもしれません」


「真面目か。そんなんで変われば苦労しないし、何か企んでると思われるのがオチだ」


「アルくん、すっかり諦め癖がついてますね」


「諦めてばかりの人生を送ってきたんでね」


 思えば俺の人生は諦めの連続だった。

 最初は絵本に描かれている勇者ヒーローみたいになりたかった。でも、残念ながら俺は勇者役にはなれず、空いていたのは魔王てき役だけ。だから諦めてその役割に徹してきた。


「今はそう思われても、諦めず続けていれば何かが変わるかもしれませんよ」


「…………」


 今までの俺なら一人で諦めていたのだろう。

 だが今は、こうして引っ張ってくれる婚約者ひとがいる。


「……分かったよ」


 諦めてばかりだった人生だ。応援してもらってる今ぐらいは、諦めず頑張ってみるのもいいだろう。

 それに、シャルの親父さんにもシャルを守ると約束したしな。


「はい。では、アルくんにはまず、この本を全て読んでもらいます」


 どかっ、と。シャルが机の上に置いてきたのは、うず高く積まれた数々の書物。

 さながら摩天楼が如く積まれた本の塔は圧倒的な威圧感のようなものを感じる。


「……………………………………………………何これ」


「実はマキナさんから事前にアルくんの成績については窺ってたんです。なので私が主にアルくんの苦手な範囲を中心に、王宮の書庫から勉強の参考になりそうなものを集めてきました」


「そうじゃなくて……何この量。バカじゃねーの?」


「大丈夫ですっ! 気合と根性があれば読み切れます!」


 物凄い笑顔で言いやがったんだけど。この公爵令嬢。

 気合? 根性? およそ令嬢らしくもない言葉のオンパレードだぞ。


 シャルって思ってたよりも脳筋というかスパルタというか……ああ、でもそうか。幼い頃から第一王子の婚約者として努力を重ねてきたんだもんな。


 ……いや、これ絶対に父親の影響だろ!!


「アルくんが本を読んでる間、私は問題集を作っておきますね!」


 逃げたい。めちゃくちゃ逃げたい。頑張ってみるにしても限度があると思うんだよ。

 もう誰でもいいから助けてくれ。


「どーん! 救世主系メイド、マキナちゃん! ただいま推・参☆」


「今回ばかりはよくやった!!」


「あれ。ツッコミ待ちの冗談のつもりだったんですけど、珍しくアル様に好評ですね」


 どうやって逃げたものかと頭を悩ませていると、部屋の扉が勢いよく開いてマキナがやってきた。


「マキナさん。どうされたのですか?」


「アル様に頼まれていた人探しの方が終わったんですよー。んでんで、報告しに来ちゃった次第です」


「おお、終わったのか。で、どうだった」


「はい。苦労のかいあって、バッチリしっかり所在は掴めました!」


 マキナから受け取った資料に目を通す。

 相変わらずはっちゃけたキャラの割に報告書の内容は丁寧だ。


「人探し? それってまさか……」


「まさかもまさか。そのまさか。お察しの通り、『アル様派』にスカウトする人材ですよ」


 現状、俺の王宮内外での地位や立場は低い。それを向上させるための人材の確保は急務であった。だが、御前試合まで残り約二週間。半端な人材を引き込んでも効果は薄いし、俺たちのイメージアップにも繋がりにくい。


 必要なのは『大物』を引き入れること。


 成功すればイメージアップにも繋がるし、王宮内での立場の向上にも大きく繋がる。


「メルセンヌ公爵家を除くと、大半の『大物』は他の派閥についてますからねー。どの派閥にも属していない『大物』ともなると、引き入れるのは困難だと思いますが……」


「それでもやるっきゃない以上、片っ端から一発逆転の大穴を狙ってくしかないだろ」


「うわー。アル様、ギャンブルだけは絶対にしない方がいいですよー」


 やかましいわ。


「アルくんが目を付けたのは、どのような方なんですか?」


「『彫金師』」


「それって……魔指輪リングを作る職人の?」


「そう。その『彫金師』だ」


 魔指輪リングとは、魔法を秘めた指輪のことだ。

 俺たちはこの魔指輪リングを使うことで、初めて『魔法』を行使することが出来る。


 故に『彫金師』とはこの世界においてなくてはならない存在といっても過言ではない。


 彼らが魔法石を加工し、『魔指輪リング』にしてくれているからこそ、俺たちは魔法という大きな力を扱えている。……逆に言えば、この魔指輪リングがなければ俺たちは魔法を使うことが出来なくなるのだから。


「でも、王家には専属の『彫金師』の方がいらっしゃいましたよね?」


「厳密には王家お抱えの『工房』ですね。魔指輪リングとは言わば生命線のようなもの。下手な物でも作られたら命に関わりますので、信用のおける者にしか任せられませんから」


「私もそう聞いています。だからこそ……『工房』の人間を差し置いて、外部の人間を招き入れても大丈夫なんでしょうか?」


「それに関しちゃ問題ない。俺が探してる『彫金師』も、その『工房』に籍は置いているからな」


「というか、家出中の親方……みたいな?」


 マキナの言葉で何か察しがついたらしいシャルは、記憶をたどるような仕草を見せる。


「……そういえば、聞いたことがあります。王族が使用する『王衣指輪クロスリング』を開発した伝説の初代親方がいたと。ですが私が聞いた話だと、その初代は弟子に『工房』を託して失踪してしまったとか……」


「その初代親方を味方に引き入れる」


「えっ!? ですが初代は、もう数百年前の人で……あっ」


「現『工房』を率いている二代目親方はエルフ族。そして初代の方もまた、エルフ族なんです。寿命的にはまだぜんぜん現役ですねー」


「そういうことだ。『影』たちがその初代の居場所も掴んでくれたからな」


 立ちはだかる困難を予感しながら、それでもあえて俺はそれを言葉にする。


「あとは、挑戦してみるだけだ」

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