第8話 ガールズトーク
王家専属『工房』。その初代親方である彫金師の居場所を掴んだシャルロットたちは、その所在であるところの『イトエル山』を目指していた。
普通なら王族がこんな遠出をするとなると色々と面倒が付きまとうが、アルフレッド曰く国王の許可は得ているという。護衛にはマキナを含む『影』がつくことになった。
イトエル山までは馬車で一日かけて到着した。その頃にはすっかりと日が落ちていたので、今日のところは麓の村にある宿で宿泊することとなった。
もちろん、アルフレッドとは部屋は別にしてある。
そしてマキナとシャルロットは相部屋だ。
「シャルロット様。ガールズトークしましょーよ」
「明日は初代の捜索がありますし、早めに就寝して体力を確保する必要があるので却下です」
「えー。ちょっとぐらいいいじゃないですかー。何だかんだ、こうしてゆっくり話す機会ってないですし」
明日の為に早めに寝て睡眠に専念した方がよい、とは理屈では分かっていたものの、正直なところガールズトークそのものには興味があった。
シャルロット自身、友人と呼べるものが殆どいない。第一王子の婚約者として相応しい人間になるための努力に余念がなく、それが周囲から距離を置かれる原因にもなっていたが故だ。
だからこそ、他の子供たちのようにガールズトークに花を咲かせることには密かな憧れのようなものがあった。
「……分かりました。でも、夜更かしはダメですよ。短めに切り上げて、早く寝ましょう」
「りょーかいでーす」
たぶん分かっていない。そう思ったが、シャルロットは一応その言葉を信じてみることにした。
「ま、ここは婚約者ファーストということで、シャルロット様からどーぞ!」
どーぞ! と言われても。
シャルロットはガールズトークをしたことがないので、そのお作法を知らない。
何となく憧れはあっても詳細を知る機会はなかったのだ。
悩んだ末に、シャルロットとりあえず無難な話題を振っておくことにした。
「では……二百年前に失踪した初代親方の居場所をアッサリ調べ上げることが出来るだなんて、凄いんですね。マキナさんたちは」
「初手がソレですか。真面目ですねー。シャルロット様は」
何気ないマキナの言葉に、頭の上にガンッと石が落ちてきたような気分になった。
「ごめんなさい……つまらない女ですよね、私……」
「あー! いやいやいや! こっちこそごめんなさいです、シャルロット様。そーいうつもりで言ったんじゃなくてですねー……そ、そう! わたしの話でしたよね! 『影』の話!」
あたふたと慌てるマキナ。いつもはアルフレッドを引っ掻きまわしている印象があるので、こうして慌てる姿も珍しい。気を取り直してとばかりに咳ばらいをして、マキナはシャルロットの振った無難な話題に乗ってくれた。
「わたしたち『影』は、王宮にいるその辺の騎士共なんかよりも有能だという自負はありますよ。……ま、ぶっちゃけ今回、居場所を突き止められたのは運が良かったのが正直なところですけどね。流石に二百年前に姿を消した人を追いかけるのは骨が折れましたよ……あ。そういえば、シャルロット様はわたしたち『影』についてご存知でしたっけ?」
「いえ。アルくんの直属の部隊ということ以外は……あまり訊ねるのもよくないものかと思いまして」
「だいたいその認識であってますよ。まあ、騎士とかと違って表舞台に上がってくることはありません。何しろ主な任務が暗躍なんで。アル様の手足となって動く裏方とでも思ってください。主はあくまでもアル様ですが、ゆくゆくは婚約者であるシャル様にも仕えることになると思いますし」
「普段のマキナさんの仕事ぶりや、短時間で初代の居場所を見つけてきた手腕もそうですが……とても優秀だと思います。それこそ、情報収集能力に関しては騎士団を遥かに凌いでいるように思いました。これだけの人材を、アルくんは一体どこから見つけてきたんですか?」
「見つけてきたっていうより……拾ってきたの方が正しいですねぇ」
「拾ってきた!?」
昔を思い出してマキナがほのぼのとしていると、正反対にシャルロットはぎょっと驚いていた。
「そんな猫じゃないんですから……」
「あ、シャルロット様。それ結構当たってます」
「えっ。も、もしかしてマキナさんは実は猫メイドさんだったんですか?」
「猫メイドもいいと思うんですけどね。そうじゃなくて……んーと、捨て猫? みたいな感じですかねー」
マキナは遠くを見るような眼をしつつ、
「わたしたち『影』のメンバーは、どいつもこいつもワケアリなんですよね。日の当たる場所から追い出されてしまったような、捨てられたような、はぐれ者の集まり。本当なら今頃、その辺でくたばってるような連中です。でも、そんなわたしたちを見つけて、見出して、拾ってくれたのがアル様なんですよ」
「じゃあ、『影』の皆さんは……私と同じなんですね」
「そうですね。みんな、アル様に救われた人たちで構成されています。……ま、王宮内じゃあ評判悪いんですけどね。ワケアリ集団なんて、騎士みたいな真っ当な連中からすれば胡散臭いことこの上ないですし」
自嘲するようにマキナは言う。
話を聞いた限りだと、『影』とは表舞台に上がることはない部隊だ。
あくまでも王家の影として暗躍し続ける常闇の集団。
故に、どうしてもアルフレッドの力になれない時もある。
騎士団のような権力を有しているわけでもなく、日の当たるところで活躍して民からの支持を得ているわけではない。
それがマキナにとっては、たまらなく悔しいのだろう。
「わたしもね、アル様に拾われたんです」
ポツリ、と。マキナは言葉を滴らせる。
「わたしは自分がどこで生まれたのか、自分が何者なのかを知りません。気づいた時には自分の名前以外の過去の記憶を全て失って、独りぼっちで倒れていました。行くアテもなくて、生きる希望もなくて。でも死ぬのは怖くて……とりあえずその日を生きるために食べ物やお金を盗むなんてことはしょっちゅうでした」
その痛みはシャルロットには想像もつかない。
生まれた時から公爵家という恵まれた環境に身を置く彼女にとって、マキナの置かれた環境は想像を絶するものだ。辛かったですね、と生半可な気持ちで声をかけることなど出来なかった。
「結構上手くやってたんですけどね。でもある日、ちょっとミスっちゃって、店の大人に捕まっちゃったんですよね。それはもう殴られるわ蹴られるわで大変でしたよー。ま、盗みを働いてきたわたしが悪いんで当然っちゃ当然なんですけど」
マキナがその過去を語る時の表情は穏やかだ。
大切な宝物を抱きしめている時のような。そんな、穏やかな表情をしていた。
「そんな時でした。たまたま通りかかったアル様が、いきなり店の人にこう言ったんです……『そのサンドバッグは売り物か? だったら俺に売れ』って」
「さ、サンドバッグですか……」
「あははっ。酷いですよねー。わたしを殴ってた店主も流石に呆気に取られてました。でも、アル様がぐうの音も出ない額の金貨を目の前に積んで、そのままわたしを買い取ったんです。……おかげで、アル様の周りには『第三王子は人間サンドバッグを買い集めて楽しんでる』なんて噂まで立っちゃって。そんな噂が流れるのを分かってて、アル様はわたしを買い取ったんです」
「ああ……目に浮かびますね」
「でしょー? いやホント、信じられないですよ。どこの誰かも分からない、薄汚れた子供をいきなり買い取ったかと思ったら、いきなり湯浴みをさせて、温かい食事も、着る物も、寝床も、メイドという働き口まで用意してくれて……周りが何か言おうものなら『俺が道具として買い取ったんだ』『王子が使う道具の手入れに文句を言うな』とか言っちゃって、悪ぶって言い負かしちゃうんです。おかげで、王宮内でわたしを見る目は『どこの馬の骨ともしれない薄汚い子供』から『第三王子に道具扱いされる可哀そうな子供』になって、メイドさんたちには温かく受け入れてもらえました」
「それって……」
「はい。シャルロット様と同じです。いやー、むしろアル様がシャルロット様の窮地を救っていた時は、わたしもちょっと懐かしくなりましたよー」
語るマキナの顔は、その壮絶な過去を思わせないほどににこやかだ。
「ふふっ……困った人ですね、アルくんは。昔からあんな方法で人助けしてたなんて」
「ですねー。もうメイドとしては困りまくりです。シャルロット様も苦労しますよー?」
「かもしれませんね」
シャルロットはマキナと向かい合い、互いに笑いあう。
「あの、マキナさん。私のことはシャルとお呼びください」
「いいんですか? こんなメイドに」
「勿論です」
「では……シャル様で」
照れくさそうにするマキナを見て、この時、シャルロットは本当の意味で彼女と打ち解けられたような気がした。
(……………………)
シャルロットは、ふと、自分の胸の内に渦巻いていた違和感に気づく。
(……私だけじゃ、なかったんだ)
みんなも同じように、あの絶望から救い出してもらっている。
何もシャルロットだけが特別ではない。
それを知って、なぜか喜びではなく……ちょっとした違和感のような、靄のようなものを胸の中に感じる。
「……って、わたしの話はいいんですよ! 次はシャル様です!」
「えっ。わ、わたしですか?」
「ですです。ガールズトークの定番といえば、コイバナとかそーいうのですから!」
言いながら、マキナはシャルロットににじり寄る。
「シャル様。ぶっちゃけ、アル様のことどう思ってますか?」
「どう……とは?」
「もちろん、異性としてです。ほら、お二人は婚約者になったわけじゃないですか。こういうのってだいたいお家の事情なんで別に恋愛感情は関係なく進んじゃいますが、シャル様の場合は一度レオル様から、あんな晒し者にされる形で婚約破棄されてるわけでしょ? 男性不信になってもおかしくないのに、どーしてアル様の婚約者になったのかなって気になってたんです」
「それは……色々と、事情があって……」
「確かに色々な事情があったのは理解してますけど、結構アッサリ決まったじゃないですか。それにシャル様って、レオル様の婚約者だった頃もアル様とお二人で楽しそうに話していることがありましたし。もしかすると前々から恋愛感情があったのかなーって」
恋愛感情。恋愛。
アルフレッドを異性として意識する。
そういったことは、
「…………あまり、考えたことがありませんでした」
「ほうほう。アル様は脈無しっと……」
「そ、そーいうことではなくて!」
マキナの早とちりを慌てて訂正する。なぜ慌てたのかは、シャルロット本人にすら分からなかった。
「えっと……レオル様との婚約は私が物心つく前から決まっていたものですし……それに第一王子の婚約者として相応しくあろうとするのに必死で、恋愛といったものはあまり意識したことがなかったんです。本を読んで、愛し合う二人が一緒になるのはいいなぁとは思ってましたが……自分のこととなると、現実味がなくて……」
「あー……確かに第一王子という肩書だけ見れば、これ以上の婚約者はいませんからね。恋愛どころじゃないですよねー。それでいうとアル様は婚約者という概念とは無縁でしたから、そりゃー恋する余裕があったわけだ」
「……………………………………えっ? アルくん、好きな人がいるんですか?」
「あっ」
マキナが明らかに「やばっ」とでも言いたげな顔をしているが、それを見なかったことには出来ない。
「ところでシャル様。話は変わりますが――――」
「変わらなくていいです」
「そろそろ寝る時間――――」
「多少の夜更かしは構いません」
「えーっと…………おやすみなさい!」
「あっ! ダメですよ、まだまだ夜はこれからじゃないですか!」
その日の夜はマキナを問いただしてみたが、ついぞ情報は得られなかった。
シャルロットは思わぬところで、メイド少女の忠誠心を見たような気がした。
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