第6話 影に徹するのはもう終わり

 程よくボコられてレオ兄に満足してもらおうと思ったら、急に雲行きが怪しくなってきたぞ。


「御前試合には学園側の推薦者が出場されると聞いていますが」


「そんなもの、どうとでもなろう」


 つまり強制参加ですか。そうですか。

 ま、別に勝つ気も無いし……俺の謝罪が全校生徒の前で炸裂するだけだな。


「お言葉ですが兄上。なぜそうまでして俺を御前試合に出す必要があるのでしょうか」


「決まっている。御前試合には学園の全生徒が集まる。貴様が学園内で行ってきたルシルへの非道を……己が罪を認め、謝罪をする場としてはこれ以上に相応しい場所は他にない。何より、そうでもしなければルシルに深く刻まれた悲しみの痕は癒えはしまい」


「はあ……悲しみの痕ですか」


 俺が首を傾げている間に、レオ兄の視線が様子を見守っているシャルへと向いた。


「シャルロットと婚約したそうだな」


「はい。本来なら俺自らの口から報告するべきでしたが……」


「オレからシャルロットを奪い取るために策を弄したが故に、ルシルは傷ついた。ならば貴様が負けた際には、シャルロットにも謝罪してもらおうか」


 はいはい謝罪謝罪……って、なんだと!?


「……兄上。シャルは此度の件には無関係です。謝罪ならば、俺一人で十分でしょう?」


「ほう? では関与を認めるのだな?」


 あっ、くそっ。しまった。これじゃあ、ありもしない罪を自分から白状したみたいじゃないか。


「違います。シャルを……俺の婚約者を巻き込む必要はないと言っているのです」


「必死に庇うとはますます怪しいな……なるほど? さてはシャルロットも共犯か! なんと卑劣な! やはりあの場で断罪しておくべきだったか……!」


「そのようなことはありません! シャルは無関係です!」


「どうだかな……所詮は『忌み子』の言うことだ。貴様の言葉を信用する者など、一部の者好き以外に居はしないだろう?」


「…………ッ!」


 痛いとこ突きやがるな……。

 まあ、確かに。俺の言葉を皆が素直に信用してくれるなら、悪役王子こんなほうほうは最初からとっていない。


「確信した。シャルロットも共犯だとな。……この二週間の猶予は兄としての慈悲だ。せいぜい婚約者と共に、仲良く謝罪文でもしたためておくのだな」


 それだけを言い残して、兄上は堂々とした足取りで訓練場から去っていった。


「兄としての慈悲、ね……」


 気づいてないのか、レオ兄。昔のあんたは、そもそもこんなことをする人じゃなかった。


     ☆


 訓練場に居ることが出来そうもない雰囲気だったので、俺たちは早々に退散して、庭園へと移動していた。


「悪い。シャル。お前を巻き込んでしまった」


 今はとにかく、しくじったという気持ちが強い。

 シャルを巻き込んでしまった。


「気にしないでください。……むしろ、よかったです」


「よかった? 何がだ。お前、共犯ってことにされてるんだぞ」


「もうアルくん一人を悪役にさせずに済みますし」


「…………アレは演出だし、俺がとれる唯一の手段だ。気にすんな」


「気にしますよ。出来ればもう、ああいう風に自分を傷つけるような手段はとってほしくありません」


「俺は『忌み子』だ。夜の魔女から祝福されてしまった、呪われた子供。不吉の象徴。……そんな奴の言葉を、周りがまともに聞いてくれるわけがない。信用してくれるわけがない。裏で見下されて蔑まれるだけだ。それじゃあ家族の役には立てない……けど、悪役王子このやりかたなら、周りは素直に動いてくれる」


 俺が命令したところで、マトモに動いてくれるのは直属の部下である『影』ぐらいだ。


 別に好きでこう生まれたわけじゃない。

 だが生まれてしまったものは仕方がない。


 自分に切れる手札カードをどう使って生きるか。生憎と俺には選べる手札カードなんてどこにもなかったのだ。


 だから俺は諦めた。諦めて――――悪役王子このやくわりに徹すると決めたのだ。


「だったら、信用してもらえるように頑張りましょう! 私も手伝います!」


「信用ね……『忌み子』の俺じゃそれが難しいから、悪役王子こっちの方法を使ってるんだよ」


「『難しいけど、可能性はゼロじゃない。だけど挑戦しなきゃ何も始まらない』……そうでしょう?」


 まさに不意を突かれるとはこのことだった。

 幼少の頃、シャルロットが置き去りにしようとした絵本を手渡した日。

 確かに俺は……そう言った。絵本の中の主人公の綺麗事セリフを。


「仕返しのつもりかよ」


「ふふっ……覚えてたんですね」


「忘れるかよ。むしろそっちこそ覚えてたのは驚きだ」


「忘れるわけがありません。あの時、アルくんの言葉に私は救われました。この胸に抱いた目標を……消えかけていた私の信念を、救ってもらったんです」


 シャルロットと言葉を交わすことはあれど、その時間はレオ兄と比べるとほんの少しでしかなくて。だからあの時のことなんか、とっくに忘れているものだと思っていた。


「私は昔も今も……二度もアルくんに助けてもらいました。……だから、周りの人にアルくんが悪役だと誤解されたままでいるのは悲しいですし、『忌み子』という偏見の目を向けられたままでいるのも、嫌です」


 それに、と。シャルロットは微笑みを見せて。


「みんなが仲良くできる国。それが私の夢ですから」


 あまりにも稚拙で。


「婚約者から裏切られても、誰からも信じてもらえなくても……シャルは、それでもまだ言えるんだな。そんな綺麗事セリフを」


 けれど、あまりにも眩い。


「アルくんに助けてもらえなければ、言えなかったかもしれません」


 光り輝く綺麗事を――――まだ言えるんだな。


「アルくんと同じようにとは言いませんが……私も知っています。周りの人に信じてもらえないことの辛さは」


 シャルは婚約破棄を突き付けられたあの時……レオ兄の言葉を信じた周囲の学生たちから、あたかも罪人を見るような眼を向けられていた。


「人から信じてもらえないというのは……やっぱり、悲しいです。特にそれが大切な人ならなおさら……知っているからこそ、止めたいんです。あんな思いはもう、誰にもしてほしくありません」


 ――――どうだかな……所詮は『忌み子』の言うことだ。貴様の言葉を信用する者など、一部の者好き以外に居はしないだろう?


 俺の言葉はレオ兄には届かなかった。

 ……結局は俺もシャルも、レオ兄から信頼されてなかった者同士だったんだ。


「まいったな……」


 思った以上に、自分の胸に刺さっている。

 レオ兄の言葉も。シャルの願いも。


「俺は自分に与えられた役割を一つしか知らない。それ以外の役割があったなんて……考えもしなかった」


 シャルの言うことはどこまでいっても綺麗事でしかない。

 俺に与えられた役割が間違っているとも思えない。だけど……このままこの綺麗事を、彼女の光を消してしまうのは……惜しいと思った。


「だったら一緒に考えましょう。私もマキナさんも、協力しますから」


 包み込む手は温かく。でも、微かに震えている。

 不安なんだ。シャルだって。それでも……。


「カワイイ婚約者がこんなにも頼み込んでるんですから、アル様もたまには折れてあげたらどうですかー?」


 会話に入ってきたのは、追加の紅茶を淹れたマキナだ。

 そのいつも通りの軽やかさがありがたい。いや、敢えてそうしているのだろう。


「…………そうだな」


 考えもしなかった他の道。他の選択肢。

 それを示してくれた人がいるのなら――――いいのかもしれない。


「たまには、他の方法をとってみるか」


「はあ……やれやれ。カワイイ婚約者が頼み込んでようやくですか。現金ですねーアル様は」


「うるせー! それよりこれからをどうするかだろうが!」


「あ、逃げた」

「逃げましたねぇ」


 シャルとマキナが仲良さそうにくすくすと笑っている。息がぴったりだ。シャルのやつ……マキナから変な影響を受けなきゃいいけど。


「では、少し現状を整理しましょう。今のところアルくんは、二週間後の御前試合に出場して、そこでレオル様と試合を行うことになりましたよね」


「負ければアル様とシャルロット様の公開謝罪ショー。レオル様のやることは相変わらず斜め上ってますねー……で、ぶっちゃけて聞きますが。アル様」


 マキナは一息おいて、


「レオル様に勝つ気はありますか?」


 根本のところを問いかけてきた。

 それもそうか。今までのやり方だと、そもそも俺はわざとレオ兄に負けることになる。

 だが今回それは出来ない。俺のやり方にシャルを巻き込むつもりはない。


「……正直、やってみないと分からん。レオ兄と本気で戦ったことはないからな」


 マキナはそんな俺の言葉に何か思うところがあるのだろう。

 何かを見なかったことにするかのように目を伏せ、


「ふむ……となると、保険をかけておく必要がありますねぇ。いざやって負けました、じゃ話になりませんし」


「だろうな。……ま、そもそもレオ兄の目的は俺たちに罪を自白させて全校生徒の前で謝罪させることだ。勝ち負けは二の次。だから一番考えなきゃいけないのは『俺とシャルが、ルシルを迫害していた犯人ではないと証明すること』だ」


「だとしたら、そもそもルシルさんが実際に何らかの被害に遭っていたのか……その辺りも調べておく必要がありますね。真犯人が見つかるならそれが一番ですし」


「ですねー。ま、その辺はわたしたち『影』にお任せを」


 『影』の調査能力は優秀だ。ちょいちょい国王オヤジに貸し出していることから、その能力は証明されていると言えよう。


「御前試合まで残り二週間……出来ることといえば……」


「ずばり! 『味方を増やそう! イメージアップ大作戦!』ですねっ!」


「俺のセリフを取るなよ!?」


 あとなんだその作戦名。


「ふふん。マキナちゃんは略奪系メイドなのですよ」


 はた迷惑なメイドもいたものだなぁ!


「恐らくさっきの感じだと、レオル様はアル様とシャルロット様を共犯だと喧伝するでしょう。このままじゃ、せっかくアル様が作り出したシャルロット様の『被害者』というイメージも崩れてしまいます」


 だろうな。そうなってくると、また交流パーティーの時のような断罪ショーがいつ始まるかも分からない。少なくとも御前試合が行われるまでの二週間は何も無いだろうが……保証はない。


「そうでなくても、アル様の評判が落ちれば落ちるほどシャルロット様の評判も少なからず落ちていきます。それはお分かりですよね?」


「…………まあな。それがシャルロットを俺の婚約者にした親父の狙いだろうし」


 それでもやり方を変えないつもりだったが、逆効果だった。レオ兄の件さえ片付けば婚約解消でもなんでもすればいいと思っていたから。それが浅はかだった。


 俺の行動がそのままシャルロットへのマイナスに繋がり、彼女を要らぬ危機にまで巻き込んでしまうと今回のことで思い知った。


「痛い目を見ないと分からないんですよねー。アル様は」


「うるせー。……シャルには悪いと思ってるよ」


「私は気にしてませんから。むしろ、巻き込まれた方が婚約者らしいと思いませんか?」


「カワイイ婚約者がポジティブでよかったですねぇ、アル様」


 その点に関しては異論を挟む余地がないので黙り込む。それを知ってか知らずか、マキナはニマニマとした笑顔を浮かべているのが地味にムカつくぞオイ。


「そもそも全校生徒の前で第三王子を晒上げにして謝罪させるなんてことがまかり通るのがおかしいんです。けど今はそれがまかり通ってしまう。なぜか? アル様のイメージが悪い上に、味方があまりにも少なすぎるせいで、そういったことを簡単に許してしまうからです」


「国王陛下にご助力を願うことは出来ないのでしょうか?」


「んー……それもいいかもですが、難しいですね。証拠は出てないにしろ、現状ルシルさんという平民が第三王子の手によって陥れられた事実は変わっていません。大っぴらに庇えば、国王陛下に対する不信感に繋がります」


「なるほど……それでは国王陛下の力をお借りすることは出来ませんね」


「だから必要なのはやっぱし、アル様とシャルロット様のイメージアップですかねぇ。少なくとも現状の『ルシルさんに非道な行いをした共犯者同士』というイメージは覆しておかないと、また冤罪をかけられるかもしれませんし、味方も増やせません」


「イメージアップ……やはり手っ取り早いのは、何らかの功績や手柄を立てていくことでしょうか」


「ですです。ようはアル様やシャルロット様がガンガン活躍して、手柄を立てればいいんですよ。ついでに、恩を売れればベストですね。その人を味方に引き込めるかもしれません」


「味方を増やしておかねーと、いざって時に孤立無援状態になってしまうし、最悪国外追放もあり得るからな」


「いわゆる、『アル様派閥』ですね。まあ、最大最大手の『レオル様派閥』に比べると無いも同然みたいなものですから、今のまま国外追放でも命じられようものなら反論する間もなくおさらばですよ。アル様って味方に乏しいので、他の王族がその気になればいつでも簡単に排除できますからねぇ」


「だけど味方を増やせば……アルくんに簡単に手出しできなくなる、ということですね?」


「そうですねぇ。大物をこちら側に引き込めれば、レオル様とて簡単には手出しできなくなりますしね。何より、周囲からの信頼度も上がります。……けどけど、味方に引き込むにしてもやっぱりそれなりに良いイメージがないと交渉すら難しいでしょう。……あ、でも今はシャル様がいらっしゃいますし、メルセンヌ公爵家の協力は期待できるでしょうね。それ以外にも増やした方がいいのは確かですが」


「なるほど……『イメージアップ』も『味方を増やす』ことに繋がってるんですね」


「そーいうことです。ではおさらいしましょう。御前試合が始まるまでの二週間の間にやることは、『アル様たちのイメージアップ』。そして『味方を増やすこと』。でも、まーこれって『御前試合でアル様が負ける』こと前提の保険なので、勝てればそれがベストなんですけども」


「だからそれはやってみなきゃわからねーって」


「……ま。そういうことにしておきましょうか。勝つにしろ負けるにしろ、これからこういうのは必要でしょうし。」


 その意味深な視線を無視していると、マキナは肩を竦める。


「『イメージアップ』にしろ『味方を増やす』にしろ、二週間でやるにはめちゃ難しいことだと思いますけどねー」


「それでも、挑戦してみましょう」


「……そうだな」


 赤の他人にどう思われてもいいが……家族にだけは信じてほしかった。


 でもレオ兄に言葉は届かなかった。

 何も信じてもらえなかった。


 だから少なくとも俺は、自分の言葉を家族に信じてもらえる自分になりたいと。

 そう思ったんだ。


「影に徹するのはもう終わりだ」


 それは、決意。それは、宣言。

 胸の中に浮かんだ覚悟を形にするためのもの。


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