第2話 悪役王子の婚約者

 パーティー会場を所狭しと走り、駆け、跳ねる。

 俺は構わずうろちょろとしているが、衛兵の方は場が場なだけに動きづらそうにしている。それもそうだ。魔法学園の交流会。参加しているのはお偉いさんの子供たち。下手に傷つけようもんなら問題だ。


 いかに数の利が向こうにあれど、地の利は俺にある。


「アルフレッド!」


 レオ兄が吼え、王家の指輪に宿る魔法が吹き荒れた。

 ……そろそろ潮時か。会場も程よくかき乱せたことだし。


「俺はこの辺で失礼させていただきますよ。兄上」


 左手。魔法球シュート指輪リングを発動。

 風の魔力弾を発射し、ガラスを派手に粉砕する。


「では、せいぜいお幸せに」


 最後に一礼して、俺は夜の闇へと身を躍らせた。


     ☆


「よっ、ほいっと」


 衛兵たちは慌てて追ってきたらしいが、その頃にはもう屋根から屋根へと飛び移り、俺は一人王宮へと帰還していた。


「お見事お見事。いやぁ、今日もまた大暴れでしたねぇ。アル様」


 夜闇に紛れて庭に着地したところで。

 ぱち、ぱち、ぱち、と。主人を敬う気が欠片ほどもなさそうな拍手が俺を出迎えた。

 塗りつぶされた黒い夜闇から浮かび上がるように佇んでいたのは、ちょうど俺と同い年のメイドだ。


 たとえるなら、あっちこっちを引っ掻きまわしてそうな気まぐれな猫のような。或いは、小悪魔のような少女。


 王宮の私室に戻る道中、彼女もまた俺の傍に控えるようにしてついてくる。


「わざわざ悪ぶっちゃって。かっくいー。ひゅーひゅー」


「おいコラ。それが主人に対する態度か、マキナ」


「えー。ちゃんと主人をわっしょい持ち上げてるじゃないですかー。しかも、アル様が会場を抜け出すことを見越して予め王宮に戻って待ってたんですよ? 健気なメイドじゃないですか」


「うるせー。ただサボりたかっただけだろ」


「あ、バレちゃいました?」


 ぺろり、と舌を出して悪びれもせずに言うのもまたいつも通りである。

 部屋に戻ると服を預け、そのまま寝巻きに袖を通していく。


「シャルロットは」


「『影』に見張らせています。特に連絡もないんで、無事っぽいですね」


「ならいい」


「この後はどうします? 国王様に直接報告なされますか」


「いや。寝る。報告はお前たち『影』に任せるわ」


「ありゃま。国王様、怒りますよー?」


「パーティー会場で大暴れしたんだ。どの道、怒られるなら今はもう寝る。眠い」


「りょーかいです。いやぁ、にしてもよかったですねぇ、アル様。マジめでたいじゃないですか」


「何がだよ」


「初恋の人をカッコよく助け出せて」


「ぶふっ!?」


 むせた。盛大に。あ、やべっ。咳がとまらん。


「げほっ! ごほっ! ……お、お前なぁ! いつの話をしてんだよ!」


「尊敬しているレオル様が婚約者とあっては自分が敵うわけもないし、何よりレオル様だからこそ任せられると自分に言い聞かせて、やっとこさ諦めをつけたと思ったらこれですよ。大逆転ってやつじゃないですか? やったね、アル様!」


 そう言って、俺の右腕たるメイドは、ばちこーん、と無駄に華麗なウインクを決めやがった。


「で、どうします? このまま略奪愛っちゃいます?」


「するか!! 寝る! 寝るからお前も報告を終えたら休め! 以上!」


「りょーかいでーす。そんじゃま、お休みなさいませアル様。せいぜい良い夢を」


 最後に言葉を叩き込んで詰め込んだことも軽く受け流し、マキナは優雅に一礼して部屋を後にした。


「…………そんなんじゃねーよ」


 薄暗い部屋の中。思わず零れた呟きを拾う者は、誰一人としていなかった。


     ☆


「……で? 結局パーティーは中止になったと。そういうことか?」


「あ、ハイ。そういうことっス」


 数日後。俺は国王オヤジに呼び出され、自分の口で報告をするはめになった。

 部下が報告をしてくれていたはずだが問答無用ということらしい。


 しかし妙だ。本来なら翌日の朝に呼び出されてもおかしくはないと踏んでいたが……なぜ数日もかかった? いや、まあ。怒られるのが嫌だからラッキーとか思ってたんだけど。


「まったく……新学期早々に伝統ある交流パーティーを中止にした挙句、由緒正しき学園の設備ガラスをオマケとばかりに粉砕するとは……学園側から苦情がきてるぞ」


「今度から気をつけまーす」


「雲よりも軽いな、お前の言葉は」


「仕方ないだろ? あの場をメチャクチャにしとかないと、それこそシャルロットの身に何が起きてたか分かったもんじゃない。何より、暴れた方が『シャルロット様は極悪非道の第三王子に陥れられたのだ!』って感じの演出にもなるし」


「シャルロットを救った点に関しては褒めてやろう」


 静かなる賞賛。しかし、その眼光は鋭い。


「……が、お前のとった手段が気にくわん」


「どこが」


「なァにが『極悪非道の第三王子』だ。なぜお前は毎度のことのように自分を粗末にする?」


「俺はどうせ『忌み子』だし、それ抜きにしたって周りの評判だってよくないからな。悪評の一つや二つ増えたところで今更だろ。むしろ自分の悪評を利用した素晴らしい逆転の策だとほめてほしいぐらいだ」


「だからお前のそういうところを直せと……」


 国王オヤジがまた何か言いかけたようだが、ここでいつまでも言い争っている場合ではない。それも分かっているのか、腰を下ろした。


「……いや。今回の一件で、よく分かった。お前には首輪が必要だとな」


「生憎とオシャレには疎くてね。遠慮させてもらうよ」


「それは出来ん。既に決まったことだ」


 ……なんか、嫌な予感がするぞ。既に決まったこと? どうりで俺の呼び出しに数日もかかったはずだ。親父め、その間に何かしらの準備をしてたってことか。

 特注の魔道具でも引っ張り出してきたか? 物理的なものならどうとでもなるが……。


「喜べ。我が息子、アルフレッドよ。お前に婚約者が出来たぞ」


「――――は?」


 本来、王族として生まれたからには結婚は避けては通れぬ道だ。

 しかし、これまで俺に婚約者というものはなかった。それもそうだ。王族としては呪われた子である証の黒髪黒眼。祝福されぬ『忌み子』。


 むしろ結婚なんてもの、自分とは無縁だとすら思っていた。


 何しろ現・レイユエール王家には王族の血を継ぐ子らが俺も含めて五人もいる。


 ましてや俺は第三王子。無理に婚約者をあてがう必要性は薄い。何より『忌み子』が歓迎されるはずもなく――――ということだったんだけど。


「あ、もしかして国王ギャグ? 寒い。五点!」


「たわけが。本気に決まっているだろう」


「……親父も酷いことするなァ。どこの誰だか知らんが、国王の特権を振りかざしてまで、こんな『忌み子』の婚約者に仕立て上げるなんて。哀れな犠牲者に敬礼」


「人聞きの悪いことを言うな。きちんと先方に打診し、了承を貰った。ここ数日は諸々の調整を行っていただけだ」


「誰だよ。そんなもの好きは」


「国王様。アルフレッド様の婚約者をお連れしました」


 俺の言葉に応えるかのように別室から現れたのはマキナだ。……あの野郎。親父の企みに一枚噛んでやがったな。あの、俺だけに向けているニマニマとした顔見りゃわかる。


「うむ。入りなさい」


「……失礼します」


 聞き覚えのある声。聞き慣れた声。

 入室してきたのは、長い金色の髪をなびかせた少女。


「――――シャルロット……!?」


 入ってきたのは紛れもない。シャルロット・メルセンヌその人だ。

 いや、そうだ。そうだけどそうじゃない。しまった。


「ほう? 気に入ってくれたようだな」


 俺がハッキリと動揺したのを見て、親父は狙い通りとばかりに静かな笑みを浮かべる。


「……クソ親父。どういうつもりだ」


「お前の立ち回りで『シャルロットはルシルという女子生徒を裏で迫害していた加害者』という嘘を、『シャルロットは第三王子に陥れられた被害者』という新たな嘘で塗り替えた。……確かにそれで、シャルロットは守られただろう。だが無傷とはいかない。第一王子に婚約破棄を突き付けられたこと、そして第一王子の心がルシルという少女に向いていることは事実だ」


 親父の指摘は俺もまた気にしていたことではある。

 だから俺の直属の部下――――『影』を使って事情を探らせていたのだが、どういうわけかシャルロットに関する情報が一切入ってこなかった。この状況から推測するに、アイツら……親父と組んで意図的に俺への情報を遮断しやがったな。


「シャルロットの扱いは今後難しくなる。とはいえ、是非とも王家に迎え入れたい人材であることに揺るぎはないし、何より元はこちらの不始末だ。王家で責任をとるというのが筋というものだろう」


「それがなんで俺の婚約者なんだよ」


「理由は四つ。一つ、枠が開いているのがお前ぐらいしかいない。二つ、シャルロットの希望を叶えるため。三つ、シャルロットならばお前の『首輪』になれるという判断から」


 首輪? どういう意味だ。ますますわからん。……が、ここは先に、


「四つめは」


「四つ……これは、まあ……噂だな」


「噂?」


 親父の言葉を継いで、今度はマキナが口を挟む。


「ぶっちゃけて言うとですね、アル様。今、学園では『アル様が愛するシャルロット様を、第一王子から奪い取るために策を弄した』って噂が流れてるんですよ」


「…………は?」


「つまりあれです。略奪愛っちゃってます」


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