悪役王子の英雄譚 ~影に徹してきた第三王子、婚約破棄された公爵令嬢を引き取ったので本気を出してみた~
左リュウ
第一章
第1話 はじまりは婚約破棄から
「レイユエール王国の第一王子、レオル・バーグ・レイユエールが宣言する――――シャルロット・メルセンヌよ。今この時をもって、貴様との婚約を破棄する!」
兄が婚約者に対して婚約破棄を突き付けていた件。
……えっ。ナニコレ。何が起こってるんだ。
今は確か……魔法学園の新学期初めの交流パーティーだったはず。それがどういうわけか、開始早々、『公爵令嬢に婚約破棄を突き付ける会』に早変わりしていた。……ダメだ。よく分からん。
俺も含めて、全員の視線がシャルロット――――婚約破棄を突き付けられた、公爵令嬢へと集まった。
太陽を思わせる輝きを持った長い金色の髪。陽光がきらめく海のように美しく蒼い瞳。
抜群のプロポーションを持った身体を魔法学園の制服で包み込み、普段は凛とした美しくも芯のある華を思わせる少女。
メルセンヌ公爵家のご令嬢、シャルロット・メルセンヌ。
されど今は、その華にも動揺が強く表情に現れている。
「理由は分かるな? シャルロット」
「……いえ。心当たりがありません」
「フン。白々しい……貴様がルシルに対して行った数々の非道を、このオレが知らないとでも思ったか!」
レオ
「非道……? 一体なんのことですか?」
「とぼける気か! 誹謗中傷に脅迫。挙句の果てには階段から突き落としたそうではないか!」
「なっ……!? ご、誤解です! 私はそのようなことは一度も……!」
しているわけがない。
シャルロットのことは幼い頃から知っているし交流もあった。何しろ、兄上……第一王子の婚約者だ。
彼女のことはそれなりに知っているし、仮にレオ兄の言うような悪人だったとして……優秀な彼女が、証拠を掴ませるようなミスをするとは思えない。
「とぼけるつもりか? 証言者もいるのだぞ?」
「証言者……!?」
ルシルとかいう女の傍には、二人の男子生徒がいる。
どちらもレオ兄の学友であり、同時に騎士団長や魔導技術研究所所長のご子息共である。名の知れた二人に加えて第一王子。シャルロットの旗色はかなり悪い。
「お待ちくださいレオル様、私の話を――――」
「黙れ! 貴様の意見など聞いてはいない!」
おいおい……マトモに会話する気もないのかよ。
「シャルロット。元婚約者としての慈悲だ。ここでルシルに謝罪する機会をやろう」
「…………ッ……!?」
突然の謝罪要求にシャルロットの瞳が激しく揺れる。その青い瞳が微かに濡れているのを、俺は見逃さなかった。
「謝罪、ですか……?」
「そうだ。ルシルに対するこれまでの悪行と、己の所業を詫びろ」
あまりにも一方的な物言いに、シャルロットも口を閉ざしている。いや、懸命に堪えているといった方が正しいか。きっと今口を開けば、嗚咽が漏れてしまうからなのかもしれない。
「――――もしや、本当に?」
レオ兄の言葉をきっかけに、周囲のざわめきも次第に大きくなっていく。
「あのシャルロット令嬢が本当に平民を虐げていたと?」
「てっきり噂程度だと思っていたが……」
「だが第一王子があそこまで堂々と追及なされるからには……」
「シャルロット様は立派な婚約者だと思っていたのだがな」
「人にはどのような裏の顔があるか分かりませんなぁ」
気が付けばシャルロットの周りには誰もおらず、彼女は一人ぼっちになっていた。
周囲の生徒たちはただ彼女を遠巻きに眺めるだけ。誰も助けようとはしない。それどころかレオ兄の言葉を信じ切ってしまっている。
「わた、しは…………」
シャルロットは周囲を見渡して、自分の味方が一人もいないことをその身に刻まれたらしい。……長い付き合いの中。これまでおよそ見たことがないような絶望の色を、その瞳を染め上げていた。
「わたしはッ…………!」
拳を握る。歯を食いしばる。されど、涙すらも振り切って。
「私は――――やってもいないことを謝罪するなど、出来ません」
言い切った。
強く。強く。強く。
真っすぐに前を見て。彼女が正しいと思ったことを、言葉にしてみせた。
「貴様……正気か? 我らがくれてやった慈悲を……」
「正気を取り戻すのはレオル様です」
「何ぃ……?」
「今の貴方は明らかに正常な判断が出来ておりません。レオル様の御心が離れてしまったというのなら……それを掴んでおけなかった私に非があります。そのこと自体は構いません。第一王子が望むのであれば、私は喜んで身を引きましょう。しかし、それには正式な手順や手続きを踏む必要があります。元より私たちの婚約はただの口約束ではなく、王家と公爵家の間で結ばれた正式なもの。両家の許可なく……ましてや一個人の感情で投げ捨ててよいものではありません」
「オレとルシルは真実の愛によって結ばれている! そのようなかび臭く無意味なしきたりなど、蹴散らしてくれるわ!」
あー……ダメだこりゃ。
ああなったレオ兄を言葉で止めるなんて無理だ。そして今、この場にシャルロットの味方もいない。このままじゃ彼女は最悪、婚約破棄だけじゃ済まない。
――――さて、ここで問題だ。
濡れ衣を着せられた少女を救うため、駆けつけてくれる
☆
シャルロット・メルセンヌは途方に暮れていた。
自分は王を支える良き王妃となるために生きていた。
相応の努力も積み、正しく在れば信用を勝ち取れると思っていた。
だからこそ前だけを見てきた。未来だけを見据えてきた。そうしていれば、皆がついてきてくれると信じて。
その結果が――――これだ。
誰もシャルロットを庇おうとする者はいない。それどころか誹謗中傷、脅しをしてもおかしくはない人間だと思われている。
(私は…………私の、してきたことは……)
全て無駄だった。
自分のしたことは結局、何一つとして報われることがなかった。
誰も……シャルロット・メルセンヌという少女のことなど見ていなかった。
この状況がその証拠だ。誰一人からも信じてもらえず、まるで罪人を見るような視線を浴びせられて。
味方も。救いも――――どこにもありはしない。
在るのは絶望。底知れぬ奈落。
此処に
「クッ……ククッ……アハハハハハハハハハッ!」
笑い声が。否。嗤い声が、空気を裂いた。
「えっ……?」
振り向く。
すると、人の輪を切り裂くようにして、一人の少年が歩み寄ってきた。
漆黒の髪。夜色の瞳。本来、王族ではありえぬはずの色を有した少年。
陰で忌み子と蔑まれ、呪われた子供として周囲から忌み嫌われた、レイユエール王国の第三王子。
アルフレッド・バーグ・レイユエール。
「……ッ!? アルフレッド……? 何を笑っている!」
「いやぁ……ね? 兄上があまりにも俺の都合よく動いてくれたので、つい」
「な、なんだと……!? どういうことだ!」
「だから、そこのルシルとかいう女のことですよ」
アルフレッドは、レオルの裏で隠れて小動物のように怯えている少女に指を向ける。
「ま、言わせてもらうと……前々から邪魔だなぁって思ってたんですよ」
「…………ッ……!? まさか、貴様がルシルを……!?」
「さあ? 何のことやら。ただ……人間って面白いですよねぇ。ちょっとつつけば簡単に俺の思惑通りに踊ってくれるんですから」
さながら悪人のように。いや、幼少の頃から交友のあるシャルロットからすれば『かなり大袈裟』に、悪人面をしているように見えた。それでもレオルの目からすれば指名手配されている極悪人のようにでも映っているらしい。拳を握り、敵意をむき出しにしている。
「アルフレッドッ! いくら第三王子たる貴様とて、今の発言は聞き捨てならんぞ!」
「なんと! もしやあのルシルなる娘に対する非道は、アルフレッド様が……!?」
「いや、ありえるぞ。アルフレッド様は王家の中で唯一の黒髪黒眼……」
「あの忌み子ならば確かに……」
「元よりあまり良い噂も聞かぬお方。不思議ではない」
「それだけではない。シャルロット様を陥れようとしたのでは?」
「あり得るな。むしろ、シャルロット様が平民を陥れるよりも現実味がある」
場の流れが、明らかに変わった。
先ほどまでのシャルロットは、『平民をいじめていた加害者』だった。
しかし今や不思議なことに、『極悪人の第三王子に陥れられた被害者』となっている。
まるで魔法のように、場の空気が塗り替わったのだ。
たった一人の悪人が登場したことによって。
(アルフレッドが……ルシルさんを陥れた?)
そんなはずがない。頭の中に浮かんだ疑問を、すぐさま否定する。
彼のことは知っている。婚約者の弟だ。顔を合わす機会も多いし、言葉も交わしてきた。
推測するに彼は、あえて悪人を演じている。
なぜか? 決まっている。シャルロットを救うためだ。
陥れられた少女を救う
「くっ……アルフレッド! いくら弟とて許さんぞ! ルシルになんて酷いことを……!」
「やだなぁ、兄上。俺がやったなんて証拠があるんですか? ありませんよねぇ」
「よくもぬけぬけと! 貴様なら、そんなものいくらでも隠蔽できよう!」
確かに出来るのだろうが、隠蔽する証拠など元からあるはずがない。
何しろシャルロットもアルフレッドも、そんなことしていないのだから。
最初からありもしないものを消せるはずもない。
「じゃあどうします? 俺を罪人として、縛り上げますか?」
「お望みならばそうしてやろう」
「ハッ。面白れぇ……やってみろよ」
「忌み子が……貴様には灸をすえる必要がありそうだな――――衛兵! 奴を捉えよ!」
それからは、交流パーティーどころではなかった。
戸惑いながらも第三王子を捕えようとする衛兵と、華麗に逃げ回る第三王子の『追いかけっこ』が始まり、パーティーは中止。その場の全てが有耶無耶になってしまったのだから。
ただ、一つ確かなことは――――シャルロットという罪なき少女が、一人の
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