第25話「主従ロールプレイングで窮地に陥る童帝王」

「この温泉洗う場所とかないが、そのまま入っちゃっていいんだよな?」


 渓流沿いにあるだけあって、湧出した温泉はそのまま川に流されている。

 これなら、汚くなることはないだろう。まぁ、身体を綺麗にする魔法もあるが。


「は、はいっ、わたくしもいつもそのまま入っておりました。な、ナサトさまが望むなら、わ、わたくしの舌で清めさせていただきますがっ……! わたしは犬のようなものですし!」

「うん、遠慮しておこう」


 ちょっと、暴走しすぎだろう。

 あるいは、変な本でも読みすぎなのだろうか。


「まぁ、このまま普通に温泉に入ればいいんじゃないか」

「は、はい……かしこまりました。…………お預け……ですね」


 最後に消え入りそうな声で呟く。

 とても、残念そうだ。


 だが、このペースにハマってしまっては軌道修正不可能な方向へ行ってしまう。

 ここは、俺のスルー力が試されている! 俺は健全な魔導騎士なのだ!


 なので、魔法を使って一瞬で全裸になってさっさと温泉に入った。

 露天風呂は円を形作るような岩に囲まれており、なかなかの景色だ。


「おー、いい湯だな。渓流沿いだから温度低いのかと思ったが、ぜんぜんそんなことないな。ほら、トヨハも入れよ。いつまでもその格好じゃ風邪ひくぞ?」


「は、はい。ご主人さまであるナサトさまと温泉をご一緒させていただくなんて恐縮ですが……それでは、失礼いたします」


 なんだかすっかり『ご主人さま』呼ばわりである。

 いつから主従関係になったんだ。


 ……まぁ、細かいことを気にしたら負けか。トヨハも日頃の公務でストレスが溜まっているのだろうし、このロールプレイング(?)につきあってやるか。


「はは、まぁ、そんなに堅苦しくすることはない。さあ、入れ」

「は、はい。それでは僭越ながら……」


 トヨハは頬を赤らめながら、温泉に足をつけていく。

 俺の真正面なので、裸体のすべてが俺の前にさらけ出されることになる。

 ……というか、刺激が強すぎる。


 つい調子に乗って主従ロールプレイングなんかしているが、俺の対女性経験値は0に等しいのだ。実は、もうかなり俺のほうが精神的にギリギリである。


 だが、このままキョドって童貞丸出しでは鍛練する師匠としての威厳に関わる。

 ここはビシッと決めねば!


「待て!」


 俺は、そのまま温泉の深い部分へ入っていこうとするトヨハを制止した。


「は、はいっ!」


 こちらの言葉を聞くや――トヨハは身体を屈める姿勢でピッタリと止まった。

 つまり、より双丘が俺に向かって強調される形になる。


「ふ、ふん……剣士のくせに余分な肉がついているな。ちゃ、ちゃんと鍛えているんだろうな?」

「も、申し訳ございませんっ! 毎日欠かさず筋力トレーニングをしているのですが……どうしても、この部分が大きくなることは止められなくて……」


 胸に栄養がいくタイプなのか、ずいぶんと発育がよいようだ。

 まぁ、腹筋や四肢はしっかりと筋肉がついていることはよくわかる。


「この部分だなどと曖昧な表現をするな。主命だ。しっかりと名称を口にしろ!」

「は、はいっ!」


 俺が魔王のような口調で厳しく命じると、トヨハはさらに顔を紅潮させていく。


「ほら、言え!」

「は、はいっ! そ、その……お……っぱい、です……」

「なぁにぃ? 聞こえんなぁ~?」

「お、おっぱいですっ……」

「もう一度! 大きな声で!」


 俺の厳しい言葉攻めによって、トヨハは羞恥のあまり瞳を潤ませる。

 身体はさらに汗ばみ、身体はブルブル震えていた。


「どうした? こんなことで動じているようでは魔王を前にしたときに本来の力を出すことなどできないぞ? さあ、言ってみろ! おまえのどの部分が大きいのだ!?」


 我ながら気持ち悪いぐらい迫真の演技である。トヨハは大きな声にビクッと身体を震わせるが――最後には意を決したように口を開いた。


「おっぱいです!!」


 大気を震わせて響き渡る、トヨハの絶叫。

 そう。それでいい。……いや、いいのか?

 自問自答するが、もうこうなったらとことんやる!


「よくやった。くく……おまえのあられもない姿はバッチリと俺の魔法で克明に記録されているからな?」

「っ……は、はいっ!」

「俺がその気になれば、いつでも全世界同時放映をすることも可能だからな?」

「は、はいっ……! わ、わたくしは世界に平和を取り戻すためならば、どんな精神修行にも耐えられます! 望むところです!」


 トヨハは羞恥に身体を震わせ全身を汗ばませながら、断言する。


 ……というかやっぱり童帝王(童貞の中の童貞=童帝王なので誤字ではない)の俺には刺激が強すぎる。

 ダテに百回世界を救ったにもかかわらず年齢=彼女なし歴童貞ではないのだ。


「……よ、よし、これで精神修行は終わりだ。許可する。温泉に入っていいぞ」

「ありがとうございます! ご主人様のおかげで、わたくし、さらなる高みへと近づけた気がいたします!」


 うん、人間としては低みかもしれないが。

 でも、強くなるためには捨身の気持ちは大切だ。


 恥なんて捨て去れ。やるからには、とことんやれ!

 俺はどこかに向かって言い訳しながら、自分を納得させた。


「これからも主従ロールプレイングで精神面を鍛えてやるぞ。いくら剣技を鍛えても心が未熟だと意味がない」

「はいっ! これからもよろしくお願いいたします! ご主人様から調教していただけるなんて、これほどの悦びはございません!」


 いや、調教じゃなくて修行なのだが……。なんかトヨハはますます間違った方向に行ってしまってる気もしないでもないが――細かいことは気にしないようにしよう。


「ほら、入れ。風邪引くだろ?」

「し、しかし、わたくし……汗だくになってしまって……それに、汗以外も……」

「なら、俺の魔法で清めてやろう」


 俺は魔法を行使して、一瞬のうちにトヨハの身体を清めた。


「えっ!? す、すごいですっ……! ご主人様の魔法は、こんなこともできてしまうのですね!」

「俺の魔法に不可能はないって言ってるだろ? ほら、肩までしっかりと浸かれ」


 というか、これ以上トヨハの裸を見ているのは童帝王の俺にはハードモードすぎる。このままでは崩御してしまう。


「そ、それでは、失礼いたしますね……」


 トヨハは俺の前に立つと、そのまま湯に向かって右足、左足の順に入ってくる。


 そして、ゆっくりと腰を下ろしてきたのだが――その動きによって、ぷるん、ぷるんっと巨乳が目の前で揺れた。揺れたのだ。


「ぶはっ……」


 俺の鼻から鮮血が飛び散る。


「きゃっ!? だ、大丈夫ですか、ご主人様っ!?」


 心優しいトヨハは鼻血から避けるどころか、逆に俺の頭を抱き寄せた。

 つまり、双丘が思いっきり顔面に押しつけられ――否、押し潰されたのだ。


「ぶぐっ……」


 出血量が増加する。

 しかも、おっぱいの圧迫感によって呼吸がままならない!


「ご、ご主人様っ!? しっかりしてくださいっ……!」

 

 天然なトヨハはさらに俺のことを抱きしめてきた。

 いや、それ逆効果だから……! 意識が遠のいていく。


 無理に振り払うことは容易いが、なんというか……もったいない。

 もっと味わっていたい。しかし、それは死へと直結する。


 ……だが、もう、よいのではないか? この楽園に心身を委ねてしまっても。

 百回も世界を救ったのだから、もうそろそろ終わりを迎えてもいいのでは――?

 ……俺の長い旅は終わり(フィナーレ)を迎えそうだった……。

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