第13話「姫騎士のスペシャルマッサージ(?)と蠢動する隣国」

☆ ☆ ☆


 風呂に入りメシ(というか肉)を喰らい、あとは歯を磨いて寝るだけ。

 そう思いながら部屋のベッドに向かったところで――自室のドアがノックされた。


「……あの、夜分遅くに申し訳ありません。少し、よろしいでしょうか?」


 すでに気配探知魔法で誰が来たのかはわかっていたが――トヨハだった。


「ああ、いいぞ。自由に入ってくれ」

「ありがとうございます。それでは」


 入ってきたトヨハはパジャマ姿だった。姫騎士姿やドレス姿のときとは違った、自然体な感じで年相応のお嬢様といった雰囲気である。

 湯上りなのか、薄っすらと頬が上気していて髪が艶やかだった。


「こんな遅くにどうした? なにか悩み事があるんなら、相談に乗るぞ?」

「はい、ありがとうございます。大丈夫です。その……ここは来たのは……よろしければナサト様にマッサージをさせていただきたいと思いまして……」

「マッサージ?」

「はい! わたくし、本当にナサト様には感謝をしております! なので、わたくし自らナサト様のお疲れを癒せたなら、と……。だ、ダメでしょうか?」


 この国は、献身的な人間が多いらしい。浴場ではサキとミナミに背中を流してもらった。そして、今度は姫自らマッサージとは。

 メシも美味かったし、今回の異世界転生は至れり尽くせりといったところだ。


 しかし、嫌な予感がする。女性への免疫が0な俺としては、部屋でふたりっきりは辛い。


 だが、最強の魔導剣士であり救世主の俺がこんなことで狼狽(うろた)えてるのもどうかと思う。威厳に関わる。


「ま、まぁ……ダメということはないが……でも、いいのか? むしろ、今日の鍛錬で疲れているのは、おまえのほうだろ?」

「いえ。これくらい、へっちゃらですっ……」


 なんて言ってるが魔法を使うまでもなく疲労しているのがわかる。

 そんな状態でも俺にマッサージをしようというのだから根性があるというか自己犠牲精神が強いのか。


「……まぁ、せっかくの申し出を断るのも無粋か。それじゃ、軽くお願いするか」

「わあ、ありがとうございます! それでは、うつぶせになっていただけますか?」


 よほど嬉しいのかトヨハは花咲くような笑みを浮かべた。

 そんなに俺にマッサージできるのが嬉しいのか?


「お、おうっ」


 トヨハの笑みに思わずドキリとしながら、俺はベッドに上がり背中を向けてうつぶせになった。


「わたくし、こう見えてマッサージが得意なんです! わたしの城にはマッサージ術を極めたメイドがおりまして……いろいろ教わったのです!」

「ほう、それは楽しみだ」


 姫という立場なのにメイドさんからマッサージを教わるとは、おてんばなお姫様だ。やはりトヨハ姫はこれまで会った姫たちとは根本的に違う。


「それでは、失礼いたしますね。……よいしょっ」


 そんな声とともに、俺の背中の下部に柔らかい感触が拡がった。

 どうやら、トヨハは馬乗りになったようだ。


 ……つまり、この柔らかさの正体は……って、なにを考えているんだ、俺は。

 これはマッサージなのだから、やましい気分になる必要はない!


「では、始めさせていただきますね♪ んしょ、よいしょっ♪」


 トヨハは五指を開くと、こちらの背中に向かってギュッ、ギュッと力を込めたマッサージをしてきた。


「お、おぉ、うあ、あぁあ」


 手は柔らかいのに、力は適度に強い。さすが剣士なだけある。

 しかも、こちらが凝っている部分を適確に見つけ出して、ほぐしてくれる。

 これは確かにマッサージ術を学んだというだけある。


「いかがでしょうか? どこか体に気になる部分はありますか?」

「いや、まぁ、特にないな……任せよう」

「はい、わかりました。お任せください♪ よいしょ、んしょっ」

「おぉお、上手いなっ、うぐぅ……!」


 これは驚いた。下手な回復魔法より疲れが取れるし気持ちがいい。


「せっかくなので、メイドから教わった奥義を出しますね?」


 奥義? マッサージに、そんなものがあるのか? 剣術でもあるまいし……。

 そんな疑問は、すぐに――『柔らかさ』によって、氷解した。


 なんと、トヨハはこちらの背中に密着するようにしがみついてきたのだ。

 結果、ふたつの柔らかい膨らみが背中にあたる。

 いや、押しつけられる。否、押し潰される!


「ちょっ、なっ!? えええ!?」


 俺は思いっきり狼狽える。

 だが、トヨハは落ち着いたものだ。


「一番柔らかい部分を使うのがいいとメイドは言っておりました。わたしも何度かメイドにしてもらったことがあるのですが、こうやってお胸を押しつけられると気持ちいいし安心しますよね」

「で、あるか……」


 つい、変な応答をしてしまった。

 というか、なんだこの展開は! 


 俺はあらゆる激痛や苦痛には耐えられるが、こういうことへの免疫はない。

 というか、この姫、わざとなのか天然なのかわからないから困る!


「どうぞ疲れを癒してくださいね。んしょっ、んしょっ」


 トヨハはそのまま俺にしがみついたまま、体を上下に揺さぶってきた。

 当然、そんなことされたら、俺のメンタルはゴリゴリと削られてしまう。


「ちょ、待て! やめててくれ! これ俺には刺激が強すぎるからっ! 一国の姫がやることじゃないだろ!」

「ふふ、そう言われると……逆にもっとしてさしあげたくなります♪」


 なんという自重しない姫なんだ!

 というかこの国の女子たち変なところでアグレッシブすぎる!


「ストップ、ストップ! もういいから! ええい、こうなったら――!」


 俺は傀儡魔法を使って、強制的にトヨハの動きを止めた。

 まさか、一日に二度もこんな魔法を使うとは思わなかった……。


「ああっ、ナサトさま、これからがいいところでしたのに!」

「おまえは俺をどうしようと言うんだ……」


 この国の女子たちはフリーダムすぎて、俺にはキツイ。

 風紀の乱れている女子校に赴任してしまった教師のような気分になる。


 この学園で教鞭を執り続けることは、世界を救うよりも難易度が高いのではなかろうか? もうやだこの国の女子たち。


「ま、まぁ、それよりも……隣国の状況が、なんかおかしいぞ? この国に向けられている悪意というか敵意が強まっている」


 俺は危機探知の魔法によって、この世界のあらゆる状況を監視している。

 具体的には、悪意や殺意に対して感知できるようになっているのだ。


「……そうですか。隣国ダーノは世界が滅びに瀕している状況でも他国への侵略をやめず領土を拡大し続けるような国なのです。そんなことをしても魔族につけいる隙を与えるだけなのですが……」


 まあ、俺の転生タイミングは世界が滅ぶ一年ぐらい前に設定されているので、少しは余裕があるはずだ。


 つまり、俺が転生しなかったら人間の国同士で争って疲弊したところに魔族が侵入してきて人間が滅ぼされるということだろう。『漁夫の利』といったところか。


「……実は、一週間後にクラギ学園で武道大会が開かれることになったのです。もしかすると、それに乗じてダーノはこの国を攻め滅ぼそうと目論んでいるのかもしれません。突然、二日前に通告されたので困惑したのですが……しかし、相手国は大国なので、わたくしは拒絶できませんでした。そのご相談もあって、今日、わたくしはナサトさまのところに来たのです」


「なるほど。そうだったのか」


 武道大会に参加する生徒を引率するという名目で、引率の教師たちもくるだろう。 その中に特殊部隊的な奴が紛れていれば、容易くトヨハを暗殺することができる。


「愚かな国だな。むしろ今は人間の国同士で協調して魔物と戦うべきなのに」

「ええ、そうです。それなのにダーノは西部の国を滅ぼし南部の国を解体しました。わたくしとしても同盟したくないのですが魔物との戦いのため、やむをえず……」


 政治家としては、それが正解だろう。

 好き嫌いだけで動くことは、国を亡ぼす元だ。


「ま、俺が来たからには安心だ。そのまま武道大会とやらを開催すればいい。もし変な動きをする奴がいたら絶対に俺が守ってやる。トヨハのことも生徒たちのことも」


「ありがとうございます! 本当にナサト様が来てくださって助かりました。わたくしにとって、白馬に乗った王子様のようです!」


 トヨハは瞳をキラキラと輝かせていた。

 これまで百回転生したけど、ここまで善良かつ美人な姫は初めてだ。


「やはりこの感謝の気持ちを伝えずにはいられません! ぜひぜひマッサージの続きをさせてください!」


 ……ついでにいうと、大胆さも。

 ほんと、積極的すぎるだ。しかも、間違った方向に。


「いや、気持ちだけ受け取っておこう」


 女性に対する免疫0の俺は、もうこれ以上はメンタル的に限界だった。

 俺は、あくまでも戦いが第一の男なのだ……。

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