60.ヨムドイトside


意識を失ったサラを抱え上げて、城の外に出た。

その瞬間、背後で大きな音を立てて城が崩れた。

大結界が解けてしまえば、城を崩す事など造作もない。 


そして目の前に現れた契約書は、ボッと音を立てて燃えていく。



「………久方振りだな、随分と苦しませてもらった」



サラが握り締めている禍々しい圧を放つ闇の宝玉を手に取った。

体に馴染む懐かしい感覚に笑みを深めた。

闇の宝玉にずっと溜まり続けた淀みは、更なる力となるだろう。


サラを抱え直してから、そっと涙の跡を拭う。


自分の命よりも闇の宝玉を優先して、約束を守ろうとしたのだ。

懸命に腕を伸ばしてヨムドイトに宝玉を渡そうとするサラの表情が、今も目に焼き付いている。


(あぁ………愛おしい)


最後はサラが縋る様を見たかったが、そんな期待すら簡単にひっくり返して見せた。

大した力も無いくせに女神にすら牙を剥こうと足掻くサラの姿は何ともいじらしい。


ここまで楽しませてくれる女が他に居るだろうか?


長期に渡り、サラから光の魔力を少しずつ取り込んだお陰で少しは耐性は付いているが、相当に力の強い聖女だったのだろう。

バチバチと弾くような痛みが触れている部分から伝わってくる。


サラが交渉を持ちかけた時、闇の宝玉を取り戻す際に死ぬ事は分かっていた。

そもそも人間程度に耐えられる代物ではないのだ。


それを言わなかったのは、サラを大結界を壊す為だけに利用して、闇の宝玉をゆっくりと取り戻せばいいと思ったからだ。

そしてサラは邪魔だと思っている奴らを根絶やしにしたいと願っていた。


こんなに都合の良い人間など他にいない。


しかしサラの願いを叶える為の力は残っていなかった。

そもそも力があれば、サラに頼らずともライナス王国を破壊しているだろうが。


そんな時、切り札を出した。


その身に溜め込んだ闇の力を此方に渡したのだ。

体が元に戻るほどの力を所持しながらも、サラは死ぬことは無かった。


そして闇の力と共に流れ込んだサラの記憶。


純白の聖女と呼ばれるに相応しい力と人格を備えていたサラは、愚かな裏切りにより地獄へと沈んだ。

今まで経験した事のない激情に呑まれそうになりながらも、己を悪に追い込んで必死に抗う様は酷く滑稽に見えた。


破壊を望む聖女。 

その心の裏に触れてしまえば……もう。


残忍に染まろうとするけれど感情が抜けきらない。

アンバランスな矛盾に苦しむ姿は、何と甘美なのだろうか。

その歪さは最高に唆るものがある。


(気が変わった……この女を手に入れる)


欲に抗えない為、そのままサラに結婚を申し込むも見事に玉砕。

そこで頷いておけば、上手く使うことだって出来ただろうに。

だが、そこで簡単に頷かないからこそ面白いのだ。


人間の脆さはよく知っている。

そのくせ知恵があるからこそ厄介で、必死に己が生きた証を刻もうと欲を吐き散らすものだと思っていた。

しかし、孤高に復讐を成し遂げようとするサラを気に入ったのだ。


サラは短時間で気持ちを惹きつけてみせた。


可笑しくて堪らなかった。

聖女に騙された怒りすら飛び越えて、再び同じ異世界の聖女に心を傾けている。

以前よりもずっと深みに嵌っている自分自身に。


(こんなに我を楽しませてくれる女を、散らすのは惜しいな)


闇の宝玉が認めるほどの憎しみと恨みを宿したサラが単純に欲しいと思った。

何よりも一国を…そして女神までも滅ぼそうとする気迫は中々に素晴らしい。


だから、力を貸した。

サラの利になるように、サラが動きやすいように。


そして、全てが上手く噛み合うように。


サラの思い描く復讐の道を手助けしながらも、奴を引き摺り出す為に動かなければならなかった。

お陰でサラの気持ちが傾いている事を知ることが出来て、自身にとっては一石二鳥だった。



「女神などに渡してなるものか…」



サラとの契約は終わりを迎えた。

例えサラが望んだ結末でなくとも此方には関係ない。


そして『罪』には、それ相応の『罰』を用意しなくては。


慈悲の心など元から持ち合わせていないが、サラのように甘くも優しくもない。

何より自分の心臓とも言える闇の宝玉を奪われて利用された。


(許せる訳ないだろう?)



「最後の仕上げだ………サラ」



女神ライナスは世界のバランスを崩している。

私利私欲の為に国を動かして私腹を肥やす。


それも上手く周囲を誤魔化しながら…。


国民の信仰を光の宝玉の力にして異世界人を召喚する。

一年掛けて聖女の祈りを光の宝玉に溜め込んでから贄にする。

闇の宝玉を使い、聖女から魔力を搾取して大結界を張る。

そして空っぽで抜け殻のような聖女を元の世界へと還す。


繰り返した『罪』はサラによって暴かれた。



(さて、縊り殺すか)



闇の宝玉を体内に仕舞い込んでから、そっとサラに口付けた。


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