59.静謐
どうやらヨムドイトは城を壊し始めたようだ。
ガラガラと建物が崩れる轟音と振動が足元から伝わった。
天井から建物の破片がパラパラと降ってくる。
遠くに聞こえる爆発音に目を閉じた。
地面のヒビが大きくなり、足場が大きく揺れると同時に張り詰めていた緊張の糸がプツリと切れた。
力が入らずに、その場に倒れ込んだ。
闇の宝玉を強く抱き抱えた。
城が崩れ、上から瓦礫が降ってきて押し潰されたとしても、体が盾となり、ヨムドイトは闇の宝玉を無事回収することが出来るだろう。
「良かった……」
力が全て戻った事により、闇の宝玉からバチバチと反発する電気のようなものを感じていた。
あの時、ヨムドイトに流し込まれたものと同じ痛みだった。
多分、闇の宝玉に触れている部分は焼き爛れているだろう。
痺れるような鈍痛……それでも闇の宝玉を離さなかった。
(闇の宝玉が守れるのならそれでいい)
ヨムドイトに宝玉が渡れば、この世界のバランスは保たれて少しは真面になるだろう。
あとは今までライナス王国と女神に対して恨みを溜め込んだヨムドイトに、全てを破壊してもらえばいい。
聖女の命と引き換えに大結界を張られる事を知る人は、誰も居なくなる。
召喚の間も聖女の間も無くなれば、もう二度と異世界人が聖女として呼び出されることはない。
そして、ライナス王国の大結界の犠牲になる人達もいなくなる。
魔法陣が壊れる事で、その手立てもなくなる。
(もう……誰も傷付かないで済む)
きっとサラが死ねば、また女神の元に戻ることだろう。
以前のように。
自分の力が女神に通じない事も、敵わない事も分かっている。
欲を言うのなら光の宝玉を奪いたかったが、サラ自身に女神に対抗する力はない。
そこで悔しがる女神の顔を見て鼻で笑えればそれでいい。
ライナス王国を、女神の大事な国を、異世界人である自分が壊してやったのだ。
(……ざまぁみろ)
今まで我慢していたものがハラハラと頬に流れていく。
止めどなく溢れ出す痛みと苦しみが、波のようにサラを蝕んでいく。
「っ、ぅ…!」
やはり望んで歩んできた復讐の結末は、悲しく辛いものだった。
頭では当然の報いだと思っていたとしても、血塗られた両手を見る度に苦痛が付き纏う。
押し寄せる感情は言葉では言い表せない何かだ。
喉が締め付けられるような感覚に、詰まる息を懸命に吐き出していた。
「………何故、泣いている」
「ぁ…」
「これがサラの本当の力か…」
「……ヨ、ム?」
「やはり我の力を渡しておいて正解だったな」
ガタガタと激しく揺れる地面と共に現れた影。
目の前に立っているヨムドイトの姿が涙で霞んで見えた。
(………これは、夢?)
闇の宝玉を取り戻す為に、力の殆どを使った為、もう歩くことも逃げる事も出来ない。
あの時、ヨムドイトから力を貰っていなければ、宝玉を取り出した瞬間に消えて無くなっていたかもしれない。
けれど、それで良いと思っていた。
大結界を壊せたら、あとはどうにでもなるだろうと。
(少しは、貴方に恩を返せたかしら……)
闇の宝玉に触れた事がある為、何となく分かっていた。
女神や魔王の持つモノに、ただの人間が触れればどうなるか。
一国を守る程の宝具だ。
いくら異世界人だったとしても、サラには重すぎる。
(最期に会えてよかった)
自分の気持ちに押しつぶされる前に消えたかった。
腑抜けた弱い心では、重たい罪悪感に耐える事など出来はしないだろう。
結局、人を騙して貶めたのは自分も同じだ。
皆は"サラ"を憎み恨んで死んでいった事だろう。
向かう先は地獄よりも、もっと下の方。
それでも天国よりは笑って過ごせそうだった。
「ヨム………約束は、守ったわ」
「………」
ヨムドイトは約束を最後まで聞き届けてくれた。
今度はヨムドイトの願いを叶える番だ。
「今まで、ありがとう……」
震える腕でヨムドイトに闇の宝玉を渡す。
ニコリと微笑んだ。
今なら、心から笑えるような気がした。
今まで力を貸して、導いてくれたのは間違いなくヨムドイトだった。
ヨムドイトが居なければ、自分の願いを叶える事すら出来なかったかもしれない。
「願いは、叶ったか…?」
「………うん」
(……もう、何も後悔はない)
神からの罰も甘んじて受け入れよう。
静かに目を閉じた。
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