58.終演


先程の騒ぎが嘘のように、辺りは静まり返っていた。



乱暴に涙を拭ってから静かに息を吐き出した。

ジャラジャラと音を立てる鎖を手に取り、南京錠に鍵を差し込んだ。


そっとドアを開く。


血生臭い匂いに顔を歪めて、部屋全体をゆっくりと見渡した。

魔法陣に飲み込まれる前に必死に抵抗した生々しい跡が残っている。

自分だけは生き残ろうと醜い争いが起きていた為、魔法陣には関係ない場所にも血溜まりがあった。


あれだけの人数を飲み込んだのに大結界は張り直されている様子はない。

それなのに、異世界人の聖女一人分の魔力で解決してしまう。


(確かに合理的ね……でも)


女神ライナスのやっていることは間違っている。

大結界を張る為の贄にして、必要な魔力を得る為に殺してから煩くないように口を塞いで元の場所に還す。


例えどんな言い訳をしたとしても許されない…。

そしてヨムドイトから騙して奪いとったものを利用している。


(………愚かな女神)


血に塗れた魔法陣の直ぐ側まで来ていた。


聖女の間に踏み入れて、魔法陣の前に立った時から温かい光が集まり出していた。

先程は中途半端な状態で外に出た為に完全に戻る事はなかったが、今度は光の粒子が全て体に吸い込まれていく。


女神ライナスが過去に戻す前に言っていた。

『……その代わり、貴女の強大な力を封じますッ!!解けるのは大結界を張る魔法陣の前だけです』


以前と同じ、大結界を一人で張れる程の魔力と本来の力が集っている。

女神ライナスに抑えられていたサラの力が全て戻ってきたということだ。


キラキラと輝く粒子を手のひらで握り潰す。

闇の力と相反する光の力だ。


(もう、きっと……貴方には触れられない)


ライナス王国への復讐を果た。

願いは叶ったのだ。

しかし大結界の中心にある闇の宝玉を取り戻して、ヨムドイトに渡さなければならない。


まだやる事が残されている。


(……あの中に、闇の宝玉がある)


魔力に反応して、再び魔法陣が点滅するように光っている。

アンジェリカや国王達の魔力でも闇の宝玉は満たされなかった。


(まだ力を欲しているのね)


さすがあの男の持ち物といったところか。

『お前を我のものにするまで諦めない』

執念深いところまで主人に似ているような気がした。


更なる力を求めて動き出す前にどうにかしなければ、アンジェリカ達の二の舞になってしまう。


急いで魔法陣の中に足を進めた。


魔法陣の真ん中に思いきり手を突っ込んでから魔力を放つ。

宝玉が満たされる程の魔力では再び大結界が張られてしまうだけだ。


そこに今持っている強大な魔力を更に流し込む事でオーバーヒートさせて大結界を破壊する。


その為の下準備は済ませた。

アンジェリカ達の魔力に今の力を足せば…。


暫く力を放っていると何もない空間に現れたガラス玉のようなものを掴み取る。


(ーーーーあった!!)


闇の宝玉に対抗するように聖の魔力を放ち続ける。

少しでも力を抜いたら、アンジェリカ達のように魔法陣に飲み込まれてしまうだろう。


腕には無数の棘に突き刺されるような痛みが走る。

サラは顔を歪めながら、思いきり力を込めて闇の宝玉を抜き取った。



ーーーバアァアンッ!!



魔法陣から腕を引き抜くと同時に眩い光が弾け飛ぶ。

グラグラと揺れる地面と共に大結界が崩れていく音がした。


光が失われていくのと同時に、聖女の間の床に描かれている魔法陣に亀裂が入る。


『闇の宝玉の力に耐えられるように、我の力を渡したのだ』

『確実に闇の宝玉を手に入れる為には必要なことだろう…?』


ヨムドイトの言葉を思い出していた。


もし力を分け与えて貰っていなければ、大きな聖女の力に反発して闇の宝玉は掴めなかったかもしれない。

ヨムドイトのお陰で少しの間、闇の力に耐性が出来たのだろう。

腕の一、二本は覚悟していたが、肌が焼け焦げる程度の痛みで済んだ。


やはり選択は正しかったのだろう。


けれど、もうそれも関係ない事だった。


ライナス王国から闇の宝玉を奪い返した。

これで契約も終わる。


(………もう、どうでもいいことだわ)


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