57.奈落


痛みと違和感に目を覚ましたアンジェリカは、最初は戸惑いながらも状況を把握しようと辺りを見回していた。

しかし自分の置かれている状況が分かったのか、以前のサラと同じように引き摺られる事に抵抗して、歯を食いしばり魔法陣に爪を立てた。


足は半分まで飲み込まれている。

こうなってしまえば、絶対に抜け出せない事を自身が経験して知っている。


本当は以前アンジェリカにされたように、その手を踏み付けてやりたかったが闇の宝玉が動き出した以上、もう中には入れない。


その事が残念でならなかったが、暗闇の牢の中で踠き苦しむアンジェリカを見る事が出来た。

蝶よ花よと育てられてきたアンジェリカにとっては相当な苦痛だっただろう。


死に際で真実を明かされたが、アンジェリカはこの儀式で聖女が死ぬ事を知っている。


恐怖も煽られて、最高の悲鳴が聞ける事だろう。



「キャアアアアア……ッいやああぁっ!」



けたたましい声が部屋に響き渡る。

最後の力を振り絞るように大声を出して叫んでいた。


しかし、助けを求めているアンジェリカに手を差し伸べる者は一人も居なかった。 


手は空を切って地面に落ちていく。

そして必死の抵抗も虚しく魔法陣にゆっくり、ゆっくりと引き摺られていく。



「死にッ死にだくな゛…っ!!だずげでえぇッ!!」



そして何より、アンジェリカの絶叫は国王達を更なる恐怖に陥れる為に役に立ってくれる。

目の前で死に行く様を見て、周囲の人々は魔法陣が描かれていない僅かな場所に逃げ惑っている。


(……これで皆の気持ちが報われるわ)


アンジェリカが沼に沈んでいくように魔法陣に飲み込まれていく姿を見て、死が間近に迫ってきている事に気付いた国王達が大きな声で叫んでいる。



「ーーヒィッ!?」


「ッわあぁあっあぁ!!」


「開けてくれぇッー!!」



耳障りな音が耳に僅かに響く。

この声を聞きながら、歴代の国王達は何も思わなかったのだろうか。

少しも罪悪感を感じなかったのだろうか。

胸を痛めなかったのだろうか。

誰も異を唱えなかったのだろうか。


(……何も思わないから、この儀式は脈々と受け継がれている)


この国の中枢は、根本から腐敗しているのだ。



ーーーバンバンッ



カーティスが必死に壁を叩いて、サラの名前を呼びながら助けを求めている。

カーティスと目が合ったのを確認してから、困ったように微笑んで小さく手を振った。



あの時、カーティスがサラにしたように。



カーティスは大きく目を見開くと、その場にペタリと座り込んでしまった。

裏切られた事が余程ショックなのだろう。


虚ろな目でヘラヘラと笑いながら何かを言っている。

そんなカーティスは、アンジェリカの次に魔力が高かったのだろう。

抵抗することなくスルリと魔法陣の中へ消えてしまった。


煩い悲鳴と汚物を撒き散らしながら悶えている人もいれば、殴られて息絶える前の虫のようにピクピクと動きながら気を失っている人も居る。


そんな醜い争いを、ただ眺めていた。



「死にだぐな、…ッ」


「ーーッたず、げでぇっぇえ」

 

「ぐわあぁぁ…!!」


「ギャアアアァァーー」



壁一枚隔てた向こう側。

絶望を映し出す瞳と断末魔の叫びは安らぎへと導いてくれる子守唄のようだ。


(嗚呼………汚い塵が消えていくわ)


次々と一人ずつ、一人ずつ、魔力が多い順に魔法陣の真ん中に引き摺られていく。

念願である最高の景色を目に焼き付けていた。



異世界人を騙した罰を。

聖女を利用して欺いた報いを。


お前達が嘲笑った聖女の心の痛みを思い知れ。

死へと飲み込まれる恐怖を知ればいい。


腐った根を燃やし、裁きを与えるのは神でも魔王でもない。


同じ"聖女"であるサラでなくてはならない。


今までの"聖女"と呼ばれた人達の犠牲の上に成り立つ幸せが、音を立てて崩れていく。



「あは………死ぬほど苦しめ」



これで、全てが終わる。



「仕方ないことよ、そうでしょう…?」



綺麗な笑みを浮かべて呟いた。



「………この国は要らないわ」



部屋が静かになるまで笑い続けた。

熱い涙が一筋、また一筋と頬に溢れた。


(すべて、消えてしまえ)


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