62.天罰
「ーーー魔王ヨムドイト、その女を此方に渡しなさい」
ヨムドイトが声をする方に視線を向けると、そこには……。
「女神ライナス」
女神ライナスが眩い光と共に天から降りてくる。
そしてサラを指差しながら怒気を孕んだ視線を向けていた。
言葉通り、サラは女神を天から引き摺り落としたのだ。
唇が弧を描く。
「地上に何か用か?」
「……こんな事、許されないわ」
「どうしたのだ、そんなに怖い顔をして?まるでお前が仕組んで送り込んだ異界の聖女に大切なものを奪われた我のようではないか」
「………」
「その異界の聖女を利用するだけ利用して大結界の犠牲にした……お前の心は腐敗してるのか?」
ライナスは此方の問いかけを振り払うように必死に声を上げる。
「っ、私の国を滅茶苦茶にするなんてなんて罪深い事をッ!!魔王と異世界人如きが、っ、私の国を…」
「贅に肥えて腐りきった玩具を壊されたくらいで騒ぐな」
「その女はッ、私の国を壊したのよ!?私の名を使い、民を騙して…!ッ、何て愚かな事をしたのでしょう!!」
「愚かなのはお前の方だ」
「なっ…!?」
「思い上がりもいい加減にしろ。お前の頭の中はおめでたいままだな」
「それ以上の侮辱は許さないわッ!!」
「ハハッ何を言っている…?お前こそ在るべき生を歪めて汚しているではないか。それこそ神への冒涜と、この世界に対する侮辱だ」
「……ッ、兎に角その女を此方に渡しなさい!」
「サラは我の女だ」
「…なんですって!?」
「我の女だと言ったんだ……小賢しい女神が」
「なっ…!」
「お前に渡すなど勿体なくて出来はしない」
「……!!」
「欲深い女神とは比べものにならぬ程、良い女だぞ?」
馬鹿にするように鼻で笑う姿を見て、ライナスは手のひらを握りしめて体を強張らせていた。
ギリギリと歯が軋む音……ライナスが顔を歪める程に笑みは深まっていく。
「ーー煩いッ!!その女には天罰が下るでしょう…!」
ライナスの言葉を聞いて思わず吹き出した。
「我から奪ったものを使っておいて何が天罰だ。お前のせいで世界のバランスが崩れかけている」
「だから崩れないように私は上手くバランスを取っていたじゃないッ!!」
「それを補強する為に異界から人を呼び出して贄にするなど、この世界の秩序を崩壊させるつもりか?お前一人でどう責任を取る…?」
「……!?」
「重い罰が下るのは、誰だと思う…?」
その言葉と共に、黒い霧が周囲に立ち込める。
ゴォゴォという音を立てて風が吹き荒れる。
そして、いつの間にか闇に覆われた空には雷鳴が轟いていた。
混乱する女神の横に雷が落ちると、ライナスの喉から引き攣った悲鳴が漏れる。
「これが何を意味するのか、分かるだろう?」
「何故…ッそんな!嘘よ…っ貴方には無理な筈なのに!」
「ははっ…!それは己の目で確かめよ」
暗闇の中で次々に雷が落ちる。
「短絡思考の結末だ……地上に降りてきたのが運の尽きだな」
「!!」
「ここは我の世界だ…お前はもう逃げられない」
「…ッ!?」
「光の宝玉を使って、他の世界に行くこともな」
「……ぁ」
「迎えに行く手間が省けて助かったぞ?わざわざ我の元に堕ちてくるとはな……まだ、分からぬか?」
「…!?」
怒気と圧迫感にライナスは後ろに下がろうとした時だった。
足が拘束されて動かなくなっている事にやっと気付いたようだ。
ライナスの瞳はすっかり不安と怯えを滲ませていた。
「サラがこの国にいる間、我は暇だったからな……色々と報告させてもらった」
「ーー嘘よ!!嘘をつくなッ!!魔王が天界に行けるわけがないじゃない」
「あぁ、そんな事か」
「…!」
「我を、誰だと思っている?」
ライナスは足の影を外そうともがく。
力を放っても真っ黒な影は追い詰めるように迫り上がってくる。
足が千切れそうなほどの締め付けと、相反する力による痺れと鈍痛。
無様に膝から崩れ落ち、地に手を付いたライナスの前に影が落ちる。
「我は天界には行けぬが、偶々お前を恨んでいる奴らに会ってなぁ」
「………は?」
「女神ってのは、案外口が軽くて使える奴が多いな。そのお陰で手間が省けた」
「な、何を言って…ッ!」
「喜んで我に力を貸してくれたのだ……良い思いをさせてもらった御礼だと、嬉しそうに報告に行ってくれたぞ?」
「ーーッ!?」
「天界にな」
「ま、まさか裏切ったっていうの……この私を?」
「女は恐ろしいなぁ?女神ライナス」
「……ッ!嘘、嘘でしょう!?」
「ハハッ!!人望がなくて笑ったぞ…?奪ってばかりいるからだ。強欲な女神め」
「嫌っ、イヤよ…!有り得ないわ、こんな事!!」
「羽根をもがれて地に落ちろ。精々足掻けよ」
「ひっ…!」
ライナスが目を見開いた。
「もうすぐ迎えが来るぞ…?」
「ーーっ、離せぇええ゛ッ!!」
「裁きを受けるがいい………神と我のな」
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