55.入口
「国王陛下…」
「陛下、如何なさいますか」
「ふむ…」
「……このままでは儀式が!」
"魔族が入り込んでくる"
誰かが怯えを滲ませた声でそう言うと、周囲は自然と恐怖に包まれていく。
ライナス王国は大結界に守られている為、魔族に抗う術を持ち合わせていない。
故に大結界が無くなってしまえば、成す術はないのだ。
(さぁ…どう出る?)
暫く考えた後、国王が口を開いた。
「サラ、様子を見てきてくれないか?」
「ーーー父上、待ってくださいッ!」
「……なんだ、カーティス」
「サラは…ッ」
カーティスが庇うように前に立ち、必死に声を張り上げた。
聖女の間に入り結界が張られるということは、聖女は消える。
内情がわかっているからこそ、守ろうと必死なのだろう。
「カーティス、大結界がなければ我が国は死んだも同然なのだ」
「しかし父上、サラは女神の声を聞く貴重な聖女だと仰っていたではありませんか!」
「こうなった以上、仕方あるまい…!」
「それにサラが言っていたではないですか!"力なき者は大結界の贄になれず"と!」
「……」
「父上は女神様の言葉に背くのですかッ!?」
「しかし、カーティス。サラは記憶を無くしただけで、我々とは違う異世界人なのだ。役には立つだろう」
「僕はっ!僕は納得できませんッ」
「お前の未来の為だ、カーティス」
「…っ!?」
「女神様も分かって下さる。この国の民とお前の未来を守る為だ!!」
「そんな……!」
「お前もこの国の王となるのなら、よく考えろ」
「……」
「カーティス」
「………分かりました、父上」
「おお!分かってくれたか」
「はい…」
ライナス王国の大結界の事情を知らないと思っているから、こうして前で平然と話せるのだろうが、今のサラにとっては二人の会話の内容は不快でしかない。
カーティスは"サラ"を守ろうと抵抗していたものの、結局は女神の信仰よりも己の立場と王座を守る為に押し黙った。
(所詮、女神への信仰なんてこんなものなのよ)
そんな国王の言葉に小さく頷く人々を見て、心の中にある炎は轟々と燃えていく。
異世界人は別としても、この国の侯爵令嬢であるアンジェリカが消えたところで、微塵も心が痛まないのだろうか。
結局、国の為にと言いながら全て自分達の為なのだ。
(保身に走る屑共め。死ぬのを知りながら部屋に押し込むのか……)
あの女神同様、聖女の命など国を守る為の道具でしかない。
ーーバタンッ!!
大きな音が聖女の間から聞こえた後、急に辺りは静まり返る。
聖女の間を覗く事が出来る悪趣味な小窓からはアンジェリカの様子を見る事が出来る筈なのだが、ここからは姿を確認することは出来ない。
けれど、大結界が張られている様子もなかった。
「純白の聖女の様子を、見たほうがいいのでは…?」
「そうだな……サラ、頼むぞ」
「勿論ですわ、陛下」
「……っ」
「では、様子を見て参ります」
「ーーサラ!やっぱり僕にはサラしかいないんだ…ッ行かないでくれ」
「カーティス、いい加減にしろっ!!」
「女神様のお役に立てるのならば、喜んで身を捧げます」
「…………」
その言葉に、誰も何も返す事はなかった。
にこりと微笑んだ後、数人は気不味そうに視線を逸らした。
国王が厳重に閉じられたドアの南京錠に手を掛けた時だった。
「ーーーッ!」
突然、口元を押さえて震え出す。
そしてフラリ、フラリとよろめいて地面に倒れ込んだ。
「どうしたのだ!?サラ……」
「サラ!?」
カーティスや国王が異常な様子に手を伸ばした時だった。
「女神様が……ッお怒りになっております!!」
顔を両手で覆い隠して体をガクガクと震わせながら悲痛な声で叫んだ。
今までニコニコと微笑み、何事にも冷静だったのにも関わらず、突然取り乱す様子に辺りは騒然となる。
「な、なんだと!?」
「どういう事だ…!!」
「……ライナス王国の聖女の扱いに、心を痛めているのです」
「やはり女神様のっ!?」
言葉に合わせるように、グラグラと地面が激しく揺れ始める。
聖女の間の扉に擦り寄り、地面に座り込んだまま祈るように手を合わせた。
「あぁ……どうか怒りを鎮めて下さい」
その出来事は「女神が怒っている」という言葉を信じるには十分だった。
ーーーガッシャーンッ!!
地鳴りと共に、棚に置かれていた花瓶が倒れて砕け散る。
辺りのモノが地面に転がり、打つかった衝撃で壊れていく。
立っていられないほどの揺れに、その場で頭を抱え込んで戸惑う人々。
ハッ…と気付いたように顔を上げてから大声を出した。
「皆様ッ……早く聖女の間にお入りください!!」
「何ッ!??」
「聖女の間に入るだと!?」
「間もなく此処に天災が訪れます…!早く聖女の間にお逃げくださいッ」
「……ッなんて事だ」
「だが、この部屋は!」
『聖女の間には、聖女しか入れない』
そんな言葉は全てまやかしだ。
扉の向こう側…本当は誰だって入る事が出来る地獄への入り口なのだから。
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