54.生餌


「国王陛下、お待たせ致しました」


「おぉ、サラ!待っていたぞ」


「今日はいよいよ大結界を張る日ですが、純白の聖女様のご様子は如何でしょうか…?」


「ダメだ……とても国民にお披露目は出来ないだろう」


「………。それは残念ですね」


「こんな事は前代未聞だ!どうして儂の代に限って今までにない事ばかり起こるのだ」


「………」



過去を思い出していた。

あの時は国民の前で嬉しそうに手を振りながら希望に満ちていていた自分の姿を。


(……何がお披露目よ、下衆野郎)


「今日の成功を祈ります」と手を合わせる姿に国王は安心した様子を見せた。

あれからカーティスもサラが自分を救ってくれたのだと勘違いをしており、勝手に女神のように扱って言う事を全て信じるようになっていった。


笑みを貼り付けながら様子を見ていた。

アンジェリカはどうにか逃げ出そうと暴れている為、地下牢からそのまま聖女の間へと連れて行かれるようだ。


暫くすると引き摺られるようにしてアンジェリカが現れる。


国王を含め、心配そうにアンジェリカを見つめている。

「こんな状態で儀式ができるのか?」

「せめて着替えさせたほうがいいのでは?」

そんな声が聞こえてくる。


手は拘束されており、まるで罪人のようだ。

アンジェリカの状態は確かに酷いものだった。

とても結界を張れる状態ではない事は誰が見ても明らかだ。


(それでも儀式を優先するなんて……本当なんて奴らなの)


虚な目をしたアンジェリカと目が合った瞬間、金切り声を上げて此方に向かおうともがいている。



「サラァァ!!この…ッ!!」


「……」


「ーーッ、殺してやる!!」



アンジェリカの憎しみの篭った視線が突き刺さる。

汚い言葉をぶつけ続けるアンジェリカ。

国王達は何故"サラ"に対して暴言を吐いているのか理解出来ない様子だった。


怖がるフリをしてカーティスの影に隠れた。

カーティスは頼られたことが嬉しいのか、恍惚とした表情を浮かべている。


アンジェリカは噛み付くように吠えている。


「お前のせいだ」「絶対に許さない」「地獄に堕ちろ」


暴言を吐き出し続けるアンジェリカに周囲は顔を顰めた。

カーティスの肩口から顔を出して、アンジェリカにだけ見えるように口を動かした。



『 さ よ う な ら 』



ギャアアァァと狂ったように声を上げるアンジェリカに辺りは騒然となる。

カーティスから離れて、暴れるアンジェリカの前を歩く。


敢えて姿を見せることでアンジェリカの怒りは膨れ上がることだろう。

そして、憎しみは増し続ける。


以前、自分も経験したような死への恐怖と絶望がアンジェリカを徐々に蝕んでいく。


(一瞬で楽になどさせるものか……)


クスリと笑う。

周囲の人々は此方に気づく事はない。



アンジェリカの後に続いて国の主要人物達が、今か今かと儀式の始まりを待っていた。

恐らくこの場にいる者達は、聖女の命と引き換えに結界が張られる事を知っている。


今、ここには大結界の内情を知る人達しか居ないのだ。

サラ以外は……。


しかし、全てを知っている。


(逃がさない……絶対に)


大結界がなければ魔族が攻め込んできてしまうから仕方ない、と。

自分達の命が危険に晒されるのを防ぐ為に、脈々と受け継がれる儀式を当然のように繰り返す。

疑問もなく、違和感もなく、まるで当たり前だと言わんばかりに。


国の為とはいえ、悪趣味にも程がある。



「いよいよですな.…!陛下」


「あぁ、今回ばかりはどうなるかと思った」


「大丈夫でしょう!我が国はこれで暫く安泰ですな」


「ハハッ、そうですな」


「アハハハ」


「………」



でっぷりと悪意を溜め込んだ腹と下品な笑い方…全てがサラの癪に触る。


時間が巻き戻る前も同じ事が起こっていたのかと思うと虫唾が走る。

アンジェリカやカーティスもコイツらと同じように、貶めることに何の違和感も持っていなかった事だろう。


しかし、この腐った奴らを完全に消し去る為に、今回は此処に立っている。


叫ぶアンジェリカを平然と聖女の間へと放り込む。


(こうなってくると道具と一緒ね…)


しかし、五分経っても十分経っても一向に大結界が作られる気配がない。

アンジェリカがドアを叩き、暴言を吐き散らす声が外まで響いていた。


初めは笑っていた国王達は何も起こらない事を不安に思ったのか、徐々に焦りが広がっていた。

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