53.灼熱



「………」


「ッ、…っ!」



力が抜けた頃…ヨムドイトの体がそっと離れる。

肩で息をしながら口元を拭う。



「な、にを…ッ!!」



まだ体には電気が流れるような感覚と痺れるような痛みが残っていた。

ガクガクと震える己の手のひらを見ていた。

指を動かす度に関節に僅かな痛みが走る。


一瞬の出来事に混乱していていたが、すぐにヨムドイトを思い切り睨みつける。



「私に何を、したの」


「………」


「答えて!!」



髪の隙間から見える金色の瞳が何かを訴えかける。

余裕の表情を浮かべながらも視線を逸らしたヨムドイトは、何事も無かったように言い放つ。



「何って、いつもお前が我にしていた事をしたまでだ」


「…ッ!!」


「なかなかに痺れるだろう…?」


「まさか!?」


「それとも、お子様には刺激が強すぎたか?」


「っ、どうしてそんな勝手な事をしたの!?」



思わずヨムトイドに掴みかかる。

身勝手さに乱されるばかりだ。

まるで全て理解しながらも、弄ばれているような感覚に苛立ちが込み上げてくる。



「闇の宝玉の力に耐えられるように、我の力を渡したのだ」


「……!」


「確実に闇の宝玉を手に入れる為には必要なことだろう…?」


「……っ」



確かにヨムトイドの言う通りかもしれない。

ヨムドイトの目的は闇の宝玉を取り戻す事だ。

魔族の侵入を阻む大結界と、あの魔法陣に触れられないからこそ、力を借りなければならない。


けれど以前、闇の宝玉に触れたからこそ分かっている事があった。



「本当に…?」


「……………あぁ」


「嘘よ!そんな事をしなくても闇の宝玉には触れられる筈だわ!!」


「……」


「っ、ヨム!!」


「確かに触れられはするが、痛みで気が触れるかもな」


「それでもいいわ!どうしてそんな余計な事を…ッ!」


「一人でなど逝かせはしない」


「今すぐ戻してっ!!」


「ーーーお前を女神には渡しはせぬッ!!」



ヨムトイドが珍しく声を荒げた。

まるで死を選ぶ事を怒っているようにも見えた。

その圧力にプラインは震え目を見開いている。


闇の宝玉を取り出した後、どうするつもりなのかを知っているような口振りに驚いてしまう。



「……何故」


「復讐に囚われたお前が考えつく事など我にはすぐに分かる。さすれば女神に一矢報いるとでも思ったか?」


「…っ」


「けれど、それは不可能だ」


「!?」


「城を破壊する前に必ず迎えに行く」


「要らない…!」


「サラッ!!」


「ーーー貴方なんていらないッ!!!」



ヨムドイトを殴ろうとするが直ぐに腕を掴まれてしまう。

振り払おうとも手を離してはもらえなかった。

今、顔を見たくない。

見てしまったら、きっと…。



(絆されるな……!いらない!こんな気持ち、今すぐ消えてなくなれ…ッ)



「私はもう、何も信じないっ!!」


「我を信じろとは言わない」


「……!」


「怖がるな、サラ」


「ーーーッ」


「黙って我の手を取ればいい。悪いようにはしない」


「…っ離せ!」


「頷くまで離さぬ…ッ!!」



唇を噛み締めた。

ヨムトイドは無理矢理にでも約束を取り付けようとしている。

その約束事が枷になる事を分かっているのだ。

拒否するであろう事を理解した上で、こうして縛り付けて正しい道へと強引に引き摺っていく。


涙が出そうになるのを堪えながら、手のひらに力を込める。



ーーージュッ!!



「っ!?」



肌が焼け焦げる音。

ヨムドイトが堪らずに手を離す。

腕から抜け出して、一気に走り出した。



「ーーッサラ!!」



重たい声が耳に届く。

後ろを振り向かないまま、ドアの外に飛び出した。


頭がおかしくなりそうだった。

捨てた筈の心が痛くてたまらなかった。


あの金色の瞳に見つめられると、気持ちが揺さぶられてしまう。


必死に引き止める声が毒のように染み渡るのだ。

体温が伝わるたびに、決意が揺らぎそうになる。


大きく息を吸い込むと目を閉じた。



(………私は、最期までやり遂げる)



もう何も迷ってはいけない。

惑わされては、いけない。



例え行き着く先が自らを破滅に追い込むと知っていても、進む足を止めてはならない。



(行こう…)



心を無にして歩き出した。

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