題名のないビデオ

黒井毛玉

第1話

今時、ビデオなんて言葉を聞くことはほとんどなくなった。これはまだDVDが出ていないころの話。


俺は仕事を終えてレンタルビデオの店へと向かっていた。今日は金曜日。明日から休みだから映画とかを借りて家にあるビールとつまみを食べながら、まったり過ごそうと思っていた。基本、俺はホラーやアクションを見ている。そうだな、ありきたりなものだが、ミッションインポッシブルとか007とか、貞子とか見ている。あまり、変わり種には手を出すことはないな。なんでかは自分でもわからない。


店についていろんなジャンルのビデオを見ていた。ここは結構古くて有名な映画が多くそろえられているからとても楽しい。今日はどんなビデオを借りていこうか…

ふといろいろ回っていると、ある一角のコーナーにポツンと題名のないビデオが置かれていた。どこにも題名は書かれていない。今までここをよく使っていたが、こんなビデオを見るのは初めてだった。どんな映画が入ってるのか興味が沸いた。


俺は他に2,3本ほどビデオを借りてカウンターまで行った。ここの店は親父が一人で切り盛りしている。何度も利用しているうちに俺は親父と仲良くなれた。

「なぁ、親父。このビデオ題名ないんだけど、なんの映画が入っているの?」

「あ?」

親父に題名のないビデオを見せると不思議そうに手に取って何か書かれていないか確認していた。

「…こんなビデオあったかな……俺は知らないな」

「なぁ、これ借りてもいいか?」

「そりゃいいけど、本当にいいのか?」

若干、嫌そうな顔をしながら親父は俺に聞いてきた。なんか貸したくない理由でもあるのだろうか。なおさら俺はビデオの内容が気になって、題名のないビデオを借りていくことにした。


俺は家についてビールとつまみを用意してさっそく題名のないビデオを見ることにした。テレビの電源とビデオデッキの電源を入れると、パッと表示に明かりがついて、ビデオを入れればいつでも再生できる状態になった。そしてビデオを再生することにした。独特の音を立てながらビデオはデッキの中に入っていき再生された。


画面は再生したにも関わらず、砂嵐が続いた。なんだ、何もないのか。そう思って俺はビデオを停止して取り出そうとしたらパッと明るくなった。どこかの町中を映していた。ホームビデオみたいな感じだな…


ただおかしい点が一つだけあるとしたらなぜか裸の男が歩道をものすごい勢いで走っていた。その男は肩まで伸びた真っ黒い髪に口は半開きになっていて、真っ赤な目を見開いて手には斧を持って、ただひたすらに全力で走っていた。なんだ、学生の創作ビデオか…あの親父め、どうせ孫が大学で映画部に入っているって言ってたから、孫がこっそり入れたんだな…まぁ、しばらく暇つぶしで見てみるか。

俺はそう思い、ビデオを見続けていると、ある違和感を覚えた。周りの建物に見覚えがあった。そう、俺の住んでいる町。しかも家の近所だった。男が俺の家の近所を走っている。しかも、どうやら男は俺の家に近づいているようだった。


そしてとうとう男は俺の家までたどり着き『ドン、ドン、ドン』と玄関のドアをたたいた。それとほぼ同時に俺の家の玄関のドアも「ドン、ドン、ドン」となった。俺は異様な状況に思考が停止してしまった。それでもなお、ビデオでは玄関のドアを鳴らし続けている。返事がないとわかったから今度はドアノブをガチャガチャと回し始めた。まさか、入ってくることはないよな…?家に入ったとき、鍵は閉めた。大丈夫。そう考えてビデオを見てみると、男は手に持っていた斧を振りかざし、『ガン』とドアを殴り始めた。まさか、こいつドアを壊す気なのか…?男は何度も斧を振り続けてドアに穴を空け、その穴から手を入れて鍵を開けてしまった。

俺は体の震えを感じながら毛布をかぶり何もできず、ただテレビの画面から目を離すことが出来なかった。

家の中に入った男はどうやら俺のことを探しているようだった。映像の中で男が段々近づいてくるたび、部屋の向こうで「トン……トン……」と足音が聞こえてくる。ついに男は俺のいる部屋の戸に手がかかった。


男はゆっくり俺に近づいてきた。テレビ越しの俺の背中はなんとも情けない姿で震えていた。

「やっと…終わる…」

俺の後ろからそう聞こえて俺の意識は急に無くなった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

題名のないビデオ 黒井毛玉 @kedama9112

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る