第84話 お姫様、ミミーの場合 〈三〉

 結局、よくは眠れなかった。祈るようにティアラを握りしめていたせいか、手のひらからうっすらと血がにじんでいた。


 このままじゃいけない。ドアがノックされた。カレンだ。


「おはようございます、ミミー様。ゆうべは休めましたか?」


 涼しい顔をしているけれど、本当はカレンが意外にも情熱的なことを知っている。あたしの護衛がない時には、剣の稽古を必死にがんばっている姿をよく見かけるから。


 でも、どうしてかな? カレンには、剣より弓矢の方が似合っているような気がするの。


 たぶん、そんなイメージがあるのだと思うのだけど、どこかで弓を使っているカレンを見たような気がする。なんだか変な気持ち。


「本日は正午より舞踏会が催されますので、さっそく準備に取り掛かりましょう。……あの、どうかなされましたか?」

「え?」

「目が腫れております。いえ、それらはこちらでカバーいたしますのでご安心ください。すぐに侍女をお呼びましょう」


 カレンは腰のベルトに刺してある無線を取り外すと、侍女と連絡を取った。


「侍女が来る前に、お食事はいかがですか?」


 カレンは、あたしのことをよく見ていてくれる。目が腫れてるのだって、ごまかせない。


「あのね、カレン」

「なんでしょう?」


 カレンの端正な顔があたしに近づく。胸が、高鳴る。


「あのね、あなた、弓矢が得意ではなかった?」

「弓、ですか? すみません、弓はまだ経験がありません。剣でしたら得意なのですけれど」

「そう? おかしなことを聞いてしまってごめんなさい。あと、あとね。四十代くらいの男の人を知らないかしら? 頑丈そうな外見で、顔は思い出せないのだけれど、とてもやさしいの。それで、たしかとても器用なのよね」


 カレンは顎に指をあてて黙り込んでしまった。だれか、心当たりがあるのかしら?


「そのティアラを作った職人が、ちょうど四十代と聞きました。それで、その、四十肩をわずらっていらっしゃるようです」


 カレンにしてはめずらしく、語尾が震えていた。よっぽどおもしろかったのだろう。でも、四十肩? あれ? あたし、魔法なんて使えないはずなのに、治癒魔法を使えるような気がしてきた。


「ですが、おそらくはその者ではないでしょう。なにしろ根っからの職人のようですから」

「ふぅーん?」


 なんだか腑に落ちないけれど、カレンがそう言うのだから、そうなのだろう。カレンはあたしに嘘はつかないもの。


 そうこうしているうちに侍女たちがやってきて、湯浴みの支度にかかった。


 ゆうべもお母様に突然会いたくなっちゃったし、最近どうも調子が悪いみたい。


 つづく



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