第85話 お姫様、ミミーの場合 〈四〉

 カレンが選んでくれたスミレ色のドレスに身を包むと、だんだん気持ちがお姫様らしく、気持ちが変わってくる。


「アクセサリーはいかがなさいますか?」


 侍女に問われて、あたしはカレンにもらったティアラを取り出した。侍女長は顔をしかめる。


「ティアラですか? まだ少しお早いのではありませんか? ミミー様はもっと――」

「カレンにもらったの。素敵でしょう?」


 カレンの名前を出せば、侍女長の顔つきも変わる。さすがはカレン。どんな人の心も動かせる説得力があるのよね。


「承知いたしました。髪はどうなさいます?」

「ハーフアップがいいわ」

「ですが、ミミー様はいつもハーフアップではありませんか? 本日は大切な舞踏会なのですよ。もっと手の込んだ編み込みなどはいかがでしょう?」

「ハーフアップが好きなの。ダメ、なのかなぁ?」


 下からのぞきこむようにお願いすれば、侍女長の仏頂面が柔らかく変わる。幼い頃からずっとお世話になっている侍女長だから、あたしのわがままも見逃してくれるの。


「では、ハーフアップにいたしましょう。それでは、髪を結っている間に、本日ご来場いただくお客様の情報でございます」


 ああ、始まった地獄の時間。どこの皇太子が来るとか、なんとか卿が来るだとか、名のあるお医者様やその他諸々の年頃の殿方たちの情報は、一切耳に入ってこなかった。だけどまぁ、興味がないものに対しては、みんなそうだよね?


 あたしは、相手が王子様じゃなくてもかまわないの。あたしが好きになった人が、あたしの王子様なの。


 でも、そんなわがままは通じないよね。だってあたしはお姫様だから。それなりの地位の人じゃなければいけないのだもの。


 だから、頭の中に浮かんだあの人のことは、忘れなくちゃいけない。


「以上でございます。お支度が整いました。軽く果物でもお召し上がりになりますか?」

「えーと、今日はいいや」


 きれいに着飾られた自分を鏡に映す。きれい。あたしじゃないみたい。あと、なにかがたりない気がする。あたし、ティアラのほかにも頭になにかつけてなかったかしら? そう、ちょうど猫の耳みたいな。


 猫? なんだろう? 子猫が頭に浮かんでくる。スーツを着た男の人が、あたしを抱えてトラックにひかれた――?


 なに、これ?


「どうかなさいましたか? ミミー様」


 いつの間にか侍女たちと交代したカレンがやさしく微笑む。その笑顔にこたえてあげられない自分が悔しくて。


「ねぇ、カレン。あなた、前世の記憶なんてあると思う?」


 ふいにそんな言葉を口にしていた。カレンは真剣に考えると、誠実に返してくれる。


「よくわかりませんが、残像が浮かび上がってきたような感覚を味わうことはあります」

「そう、その残像がね。あたし――」


 あたしが猫だったって言ったら、お姫様どうかしちゃったのかしらって思われちゃうから、そこで口をつぐんでしまった。


「ごめんなさい。なんでもないの」

「では、お支度がよろしければまいりましょうか?」


 カレンの手にあたしの手を乗せる。ほんのわずかに触れただけなのに、カレンの熱が伝わってくる。


 いよいよ、舞踏会が始まるのね。


 つづく





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