第75話 ティアラ

 いつの間にか寝ていたらしく、めずらしく早起きなジョージに起こされた。


「ジョージ、やけに早起きだな?」

「だってさ、みんなといっしょにいられるのも、今日で最後になるかもしれないじゃないか。そう思ったら、早起きできちゃったんだ」


 返す言葉が見つからないおれに、ジョージはいいんだと、大人びた雰囲気で言う。


「みんなとのわかれはつらいものね。おれは、マリンといっしょだけど、マローンはほかの道を行くことになるだろうし。だからさ、ちゃんとおわかれしてきなよ? ミミーと」


 おまえ、本当にジョージか? って疑いたくなるほどに、ジョージは男前すぎた。


 しょぼしょぼと支度をしているおれを見切って、先に部屋を出てしまったジョージのいない空間でため息を吐く。


 わかれなんて、今さらなんてことないだろ? 何度自分に言い聞かせても、笑顔のミミーが脳裏をよぎる。あの笑顔を、涙にさせてしまうかもしれない。


 いっそ、からかわれていた方がまだましだった。やーい、おっさんのくせに若い女の子に本気で好きになってもらったと思い込んでやがったーって、みんなでぐるになって笑ってくれたならよかったのに。


「はっ!!」


 鏡に映るなさけない自分の頰を両手でたたく。


「ふんっ!!」


 だが、どんなに気合を入れても、どうにもならないんだ。


 おれ、どうしちまったんだろう。


 戸惑いつつ荷物を肩にかけると、ドアがノックされた。おれが返事をする前にドアは開いて、そして、立っていたのは涙顔のミミーだった。


「マローン、どういうこと?」

「どうもこうも。国王陛下の力を使わせてもらえれば、旅は早くおわる。それだけのことだ」

「それがどういうことなのか、わかってるのって聞いてるのにっ」


 ぼん、と本気のパンチが腹に届く。


「どうって。おまえ、早く人間に戻りたいんだろう?」

「人間に戻ったら、お城に連れ戻されちゃうのっ。もう、マローンといられなくなっちゃう」


 そういう条件でお城を出たの、と涙声でうったえる。


「そっか。もうおれのおっさん臭いにおいをかがなくてすむなら、それでよかったじゃないか」


 うわべだけの笑顔を浮かべる。おれなんか、嫌いになってくれてかまわない。


「よくないっ。マローン全然わかってないっ!! あたしは、前世であなたに命を助けてもらった時から、ずっとあなただけをさがしてきたのっ。どうしてかわかる? 今度はあたしが、あなたの命になるためよっ!! あたし、まだなにも恩返しできてないのにっ」

「ミミー」


 おれは、皮袋の中から、昨夜作り終えたティアラを取り出して、ミミーの頭に載せた。


「マローン?」

「よく似合ってる。その姿を見られただけで、十分しあわせだよ」

「マローンっ!! 大好きなのにっ!!」


 ミミーの体ごと、想いを受け入れる。今だけ。今だけだから。だから、このぬくもりも、やさしさも、今だけはゆるしてくれ。


 やがて、ミミーはお姫様らしく顔を作ると、ごめんねと消え入りそうな声であやまった。


「あたしはお姫様だもん。ちゃんとしなきゃいけないよね。あたし、マローンのしあわせを祈るわ」

「ありがとう。おれも、ミミーのしあわせを願って生きて行くよ」


 おれたちはまだ心のどこかで納得できない気持ちを抱えたまま、静かに握手したのだった。


 つづく

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