第52話 因縁

 納屋まで行くと、おれの武器をかくすように大賢者ワッシャンこと、国王陛下の姿があった。


「マローン、武器は無事だぞ」

「ありがとう」


 おれが藁をどけていると、目ざとくヒロユキが声をかけてきた。その目はいつになく輝いている。


「栗山ちゃん、それは?」

「これは、ゆうべ女神様がおれにあたえてくれた剣と盾だ」


 そう言って朝日にかざすと、意外にも軽いその剣先がきらりと光った。


「まさか、それダイヤモンドではなくて?」


 さすがにマリンは食いつきが違う。


「ああ。でもこれは売り物じゃない。おれ専用だ。でももし、無事に生きて帰って来れたなら、女神様に聞いて、アクセサリーに変換できるかもしれないな」


 ダイヤモンド、と聞いてマリンが目を丸くする。そりゃ、ふつうはあこがれとかあるよな。それに、ふたたび女神様に会えるかどうかも不安がある。ゆうべはかなりやつれていたからな。そんなおれへと、ヒロユキが手を伸ばす。


「栗山ちゃん、それさ」


 ヒロユキが伸ばした手を、馬の手入れを終えたカレンがきつくつかんだ。


「聞いたのだろう? その武器は、きみのものではない。マローンに貸しあたえられたものだ」

「へへっ。わかってるって。でももし、もしもだよ? おれによこしたくなったりしたら、その時はどんなタイミングでも声をかけてくれよな?」

「そんなことは絶対にないさ」

「そうだよな」


 まったく、抜け目ないなヒロユキは。おれのことを好きだとかおちょくりやがって。前世からの因縁、忘れたとは言わせねぇぞ。


 納屋から出て、カレンが愛馬にまたがったところで出発進行!!


 おれたちは、無駄話もせず前だけを見て歩き始めた。もちろん、剣は抜いた状態だ。この剣をつけてくれたはいいが、さやをもらい損ねた。だが、抜き身でいい。その方が気合も入るぜ。


 少し先の森に入ると、ヒロユキがもみ手でおれの前に立ちはだかった。


「栗山ちゃんさぁ? 敵を見ると勝手に切ってくれるその魔剣、使ってないのなら、ちょっとだけおれに預けてくれないかなぁ?」

「だめだ。これはおれが預かったものだ。いずれ、女神様に返さなくちゃならないんだ」


 森の先を行けば、魔族がおそってくるだろう。でもそれでもおれは、ヒロユキになさけをかけなかった。どう転んでも信用できないからだ。


「そっかぁ。じゃ、いいや」


 ピューっとヒロユキが口笛を吹いた。森の中からこれでもかっていうほどの人数の盗賊があらわれた。


「ヒロユキ、おまえ――?」


 また、裏切るのか? そう言い切る前に、賊がおそいかかってくる。


「栗山ちゃんが悪いんだぞ。おれ様のお願いをことごとく断るから。おれの想いを受け入れていてくれていたなら、無駄な争いをしなくてすんだのにさ」


 冷たくかわいた目でヒロユキが言う。


「さっさとおれ様のものになっちゃえばよかったのに。ざまぁ――」


 ざっと、ヒロユキの首が斬り落とされた。盗賊の親分の剣先から血が滴り落ちる。


「まったく、おしゃべりな男だぜ? それで? あんたの剣は金になるのか?」


 ヒロユキの顔が徐々に青ざめて行く。考えがまとまらない。ヤツを助けるべきなのか? でも、ヒロユキはまたおれたちを裏切った。


「マローン!!」


 馬上からカレンのゲキが飛ぶ。


「迷うな。そいつを助けても、そうしなくてもぼくたちはきみをうらんだりはしない」


 三秒はとっくに過ぎている。ヒロユキの頭が雑に草はらに転がっていた。


「くそっ!!」


 おれは賊を斬りつけながら、ヒロユキの頭を拾う。どうなるかわからんが、とりあえずヒールの魔法をかけて、たおれた体に首をくっつけた。


「ヒール!!」


 だが、ヒロユキの顔色は青ざめたままだ。遅かったか?


「ヒールっ!!!」


 こんなのは魔力の無駄遣いだ。ヒロユキなんかいなくたって、おれたちだけなら先に進める。自業自得なんだ。しょうがない。だけど、なんでだ? どうしてもこのにくらしい男の皮肉が頭から離れない。そうだ、まだ前世のことすらあやまってもらってないじゃないか。


 賊を斬りつつ、ヒールをかける。何回目かのヒールで、ヒロユキが荒い呼吸を繰り返した。よしっ。


「生き、てる?」

「いいか、貸すだけだからな? ちゃんと返せよ?」


 断った上で、最初に女神様からあずかった魔剣をヒロユキに手渡した。顔色は青ざめたままだが、どうにか大丈夫そうだ。


「ついに魔剣を手に入れたか? ヒロユキ、そいつをおれによこせっ!!」


 盗賊の親分がヒロユキへと手を伸ばす。ヒロユキは盗賊の親分を、なんのためらいもなく斬りつけた。だが、反射的に親分も剣をふるった。ごとり、と盗賊の親分が胸を突かれてたおれた。


「この剣、すごいなぁ」

「感心している場合か。まだ賊が残っているんだぞ!?」


 だが、親分が斬られたことで、賊の軸が失われ、一人、また一人と藪の中へ逃げていった。


 盗賊の姿が見えなくなったところで、ヒロユキはおれに剣を差し出してきた。


「これ、返すわ。残念ながら、おれは、ここまでのようだ。……裏切ったのに、助けてくれてありがとうな、栗山ちゃん。今までのこと全部、悪かったな――」


 ヒロユキはそう言うと、おれに渡そうとしていた剣をそのまま地面に突き刺した。ヒロユキのバランスが崩れてゆく。


「お姫様、ちゃんと助けてやりなよ。そんで、今度こそ、本物の愛を、手に入れるんだ――」


 ヒロユキは重力を失ったように倒れ伏した。その顔色は、さっきよりも悪くなっている。


「ヒロユキ!! おい、どうして?」


 おれが躊躇したせいだ。最初からヒロユキに魔剣を持たせていればよかった。それなのに、しなかった。こうなることは予測できていたというのに。


「やっぱり、悪いことは、できない、よな……」


 ヒロユキは、絶命した。呪いのような言葉を残して。


 つづく

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る