第50話 ダイヤモンド

「女神様!? 一体どうしたんです?」


 その身を削ってまでミミーのことを守りつづけた女神様が、今にも消えてしまいそうでそう叫んだ。


「心配いりません。マローン、あなたはとても誠実で、ミミーのことを一番に考えてくれています。たとえ何度繰り返しても、わたくしは、最後まであなたに感謝のしるしをあたえなければならなくなりました」


 え? でも、おれごときにそんな魔法……? まさか、またその身を削るつもりか!?


「っていうか、あなたの身を削らないでくださいよっ!! ミミーを助け出した時に、お互い元気に生きて会いましょうや!?」

「そう悠長なことを言っているわけにはいきません。このままのあなたは、魔族の餌食になることでしょう。そして、一度人間の血のにおいを嗅いだ魔族は興奮して手がつけられなくなります。ですから、あなたにはなんとしてでも生きていてもらわなければなりません。そう、ミミーのためにも」


 女神様は、苦しそうにうめいた後、手のひらを開いた。そこに咲いていたのは……。


「ダイヤモンドの原石!?」


 おいおい、こんなの初めて見たぞ。


「これを、こうするのです」


 女神様はダイヤモンドの原石を両手で押しつぶした。と、思ったら、優雅に広げた手のひらから、剣と盾があらわれた。


「この程度のことならまだできます。ダイヤモンドソードと、ダイヤモンドシールドです。剣は魔族を見つけては斬り、盾は自然とあなたを、あなた方をも守ってくれます。耐火性ですから、炎を吐かれた時などに役に立ちますよ」


 それだけ言うと、女神様はふらっとくずおれた。おれはとっさに女神様を抱える。軽い。こんなにも実体が薄らいでいたのか。


「女神様っ!? 大丈夫ですかっ!?」


 おれの腕の中で、女神様が笑う。まだ虚勢をはる元気は残っているようだ。


「さて、一息ついたところで、あなたの作品をわたくしにくださいな。みんなに自慢してきます」


 もしかしたら、これが最後のわかれになるかもしれない。おれのこのわがままのせいで、女神様の命を失くしてしまうかもしれないんだ。


 そう思うと、差し出した皮袋がかすかに揺れた。震えているのだ。


 女神様は、おれの腕の中で力なく袋を開くと、真珠の装飾されたティアラを自分の頭に乗せた。


「どうですか? 似合いますか?」


 その頰はうつくしくも、しかしやつれて見えて。


「はい、とてもよく似合っています」

「よかった。マローン、後のことはたのみましたよ」

「……はいっ!! おれが絶対にミミーを助けますからっ。魔王城を取り戻してみせますから。だからどうか、どうかご無事で」

「あなたもご無事で。それでは、ごきげんよう」


 優雅に微笑みをたたえると、まともに立つこともできない体はゆっくりと消えていった。


 ワッシャンは羽根を元に戻した。


「マローンよ、魔王はミミーの父親の体を乗っ取ってしまっている。元々悪魔信仰だったのを見抜けなかったのだ。いや、悪魔の力を借りて、シシリーをそそのかしていたのかもしれん」

「なんだって!?」


 そんな大事なことを、なんで今まで黙っていたんだ!?


「だが、そなたがもらい受けたその剣と盾があれば、正気に戻すことも可能かもしれん。わたしからもお願いする。どうか、ミミーを、そしてシシリーを助けてやってくれ」

「はいっ!! 必ずやこの手でミミーを助け出してみせます」


 女神様が何度時空を歪めてきたのかを聞くのは無駄に思えた。これが最後のチャンスなのだから。


 こうしておれは、部屋に戻った。まだ本気でヒロユキのことを信用しているわけじゃないから、盾と剣は藁でかくし、ワッシャンに見張りについてもらった。足環なんてとっくにはずしてやったさ。だって国王陛下なんだぜ。


 夜が、ふけてゆく。こんな時でも、眠っておかなくちゃな。


 つづく



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る