第35話 そうは問屋が卸さない

 だが、そうやすやすとは魔王城へはたどり着けない。案の定、今日も律儀にヒロユキが奇襲をかけてきた。が、もう慣れてしまったので、ミミーがさくっとレースで吊るし上げちまう。


「くっそ。ハーゲ!! デーブ!!」

「おまえは子供か。そんなことを言ったら、全人類のハゲの人とデブの人にあやまるべきだ。それに、そういうデリケートな話題を持ち出すもんじゃない」


 おれが言ってさとすも、ヒロユキはまったく聞いていない。


「知ってるぜ。おっさんがそこの男とデキてるの。その男は世間体を保つために、そこのエルフとつきあってるんだよな?」


 おまえ。言ってはならないことを。案の定こうなる。


「地獄の業火で焼き尽くせっ!! ヘル・ボーン!!」

「うわっ」


 ヒロユキの周囲を業火が焼き尽くす。自然破壊もやめてあげて。


「今度言ったらはずさないわよっ?」


 マリンは本気で怒っていた。少なからず、おれなんかにジョージを取られてしまったとしたら、彼女のプライドがゆるさないだろう。まぁ、そんなことはまずないが。


「あなた、やっぱりマローンのことが好きなんでしょう? だからこうして何回も彼をおそうのだわ」


 ミミーの純真な言葉がヒロユキに届いたかはわからないが、なにやらポツポツと語り始めたぞ。


「ゆうべの盗賊、あれはおれが仕向けたものだ。うらむのならおれをうらめ」

「そうか、きみが仕向けたんだね」


 笑顔で腕を鳴らすジョージ。やっぱりものすごくくやしかったらしい。だがよ、ヒロユキ。おれはどうしておまえをそこまで追い詰めてるんだ?


「そろそろ話してくれないか? 前世でおれとなにがあったのか?」


 ジョージがまたうっかりレースを切ってしまわないように、今度はマリンがジョージを押さえこむ。


「どうしても、思い出せないのか?」

「ああ。すまんが。あと、ゆうべうばったアクセサリーの代金を払ってくれ」


 未完成とはいえ、石には価値がある。今後の宿代にしたって、あったほうがいいに決まってる。


「そんなの。おれが盗賊に払った分が全財産だったよ」

「はあっ!? あの、連れの姉ちゃんは? 名前なんだったっけ?」

「おれの気持ちが彼女にないと知ってから、すぐ逃げて行ったさ。有り金全部持ってね」


 ……うん? なんか今、いろいろと情報過多じゃなかったか?


「そうか。それじゃあヒロユキはほかに、好きな人がいるってわけだ?」

「ちがうからなっ。おれ様はべつに、おっさんのことが好きなわけじゃないからなっ」

「あなたをそこまで追い詰めるほど、あなたにとって、マローンは偉大な存在。そうなのね?」


 まるで聖母様のようなミミーのふるまいに、かたくなだったヒロユキの瞳が潤み始める。


「そうだよっ。おれはただ思い出してほしかった。好きだったから。おれだって気づいてほしくて、いっしょに旅してたのに。なのに、ぜんっぜん気づいてくれないからさ。おれのものにならないのならって思って、首をはねてやったんだ。それなのに、ゴキブリ並みの生命力で生きてるしさ」


 最後の一文は余計だが、そのおかげでおぼろげに記憶が。だめだ。元妻の不倫現場が濃厚すぎて、ほかの記憶が呼び戻せない。


「ごめんな。どーしても、思い出せないんだわ」

「そーだよ。あんたにとって、おれはただの上司のひとりだったさ」


 そこまで言われて、おれより年の若い上司を思い出した。前世でもおれのクビを切ったやつ。


「っだめだ、名前が出てこない」


 喉元まで出かかってるんだがな。残念。


「あんたのそういうところさ、すっごく嫌いだった。出て行った親父を思い出すしさ、実際、親父よりも年上だったんだけど」


 ひどい言いがかりだな。


「おれ、前世からずっと、あんたのことが好きだったんだよ、栗山ちゃん」


 ……うーむ? だが、やっぱり名前が出てこない。


「じゃあもう、ヒロユキのままでいいよ。思い出せないんなら、これからおれがあんたの思い出になってやるよ。だからさ、だから、おれもいっしょに旅してもいい?」

「だめだな」

「そんなのだめよ」

「ゆるせないな」

「ひどすぎるわ」

「残念な男」


 ちなみに、おれ、ミミー、カレン、マリン、ジョージの順番だ。


「盗賊に居場所を都度教えて襲撃させるような男、おれが信じると思うか?」


 そう言った瞬間、脳裏にスーツ姿のおれがひらめいた。


『取引先にワイロを贈るような上司を、おれが信じると思うんですか?』


 思い出したっ!!


「ワイロ男!!」

「そうだけど。だったらまだ、ヒロユキの方がマシだよ」


 おまえ、前世から卑怯な手を使ってるよなー。本当に極悪非道だ。


 とりあえずは、記憶がもどってよかった。だがその分、歩みが止まったな。


 つづく

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