第九話 夜菊

夕食はカレーライスだった。


それを菊花は食堂で黙々と食べている。


祝賀会の最中、蘭が傷つくことを菊花は知っていた。


しかし、一冴は知らない――何しろ、教えていないのだから。それは、嘘をついていることではない。だが、騙していることかもしれない。


ふと、食事をする手が止まる。


もしも一冴を救うためならば、自分は蘭とキスができるだろうか。


御用邸から蘭を連れ出すことは難しい。少なくとも蘭の同意がなければならない――しかも、一冴と仲直りしてもらうことに同意した上で。それはなお難しい。だから、あえて傷つける。


以前、蘭の気を惹くために、一冴は自分を捧げた。同じように、自分は一冴の気を惹くために蘭を捧げるのではないか。ならば、どれだけ自分は性格が悪いのだろう。


「どしたん、菊花?」


紅子の言葉に、菊花は我に返る。


「ううん、何でもない。」


言うと、残りのカレーを急いで菊花は食べ始めた。

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