第三話 一致しない気持ち。

蘭への告白について一冴は考え続けていた。


有効率の高そうな作戦を思いついたのは、入浴時間の最中のことだ。


風呂から上がり、自室へ戻り、洗濯籠の中へ服を置いた。


談話室へと向かう。


談話室は各階に二つずつある。そのうち一つに菊花はいた。他に人はいない。テレビには、あまり面白くなさそうなニュース番組が映っている。蘭が入浴しているこの時間しか、菊花は談話室でくつろげない。


「菊花ちゃん。」


一冴が声をかけると、菊花は振り返った。


「何?」


「ちょっと話があるんだけど――いい?」


「うん。」


菊花の隣に一冴は坐る。


そして、小さな声でささやいた。


「つきあう気がないって――はっきり蘭先輩に言ってもらえる?」


菊花はやや意外そうな顔をした。


「何で――?」


「何日も前から考えてたの――私、蘭先輩に出会って三年になるのに、まだ何も言えてない。このまんまじゃ、蘭先輩は振り向いてくれないと思う。」


「まあ――そうだね。」


「だから――その気がないって蘭先輩に伝えてほしい。その上で私は告白したい。すると蘭先輩は失恋する。その直後なわけだし、上手くいくかもしれない。菊花ちゃんも、もうつきまとわれたくないでしょ?」


――蘭を失恋させた上で告白する。


それが一冴の考えた作戦だ。


もちろん、気が咎めないわけではない。何しろ自分は男だ。卑怯に卑怯を重ねている。本当の自分を隠して言う「本当の気持ち」は誠実なのだろうか。


それでも、少なくとも菊花にとっては悪くない話のはずだ。


だが、予想に反して菊花は渋る。


「そうは言うけどさ――断るにしても、もうちょっと穏当な方法で断りたいんだけど。大体、あんた男じゃん。蘭先輩を騙してつきあうことに罪悪感はないわけ?」


――罪悪感。


「ないわけないよ。蘭先輩は――私にとって特別な人だから。けれど、そんな蘭先輩から、片思いの男の子がいると私は思われてる。こんな誤解をされ続けるのは、ちょっと――」


「まあ、その気持ちは分からないでもないけれど――」


菊花は眉間にしわを寄せた。


「誰かを好きになる気持ちを無理やりねじ伏せるやり方が厭――。仮に告白が上手くいったとして――バレずにつきあい続けられるなんて本気で思うの?」


「それはそうけど。」


そんなにも――菊花にとってこの作戦は不都合だろうか。


それだったらさ、と菊花は言う。


「このあいだ私が考えた作戦はどうなの? 私とつきあう『ふり』をするなら誰も傷つかないじゃん。どうせ蘭先輩はレズだし――あんたには、私の魔除けになってもらえるし。」


一冴は軽く呆れる。


蘭が傷つくのは駄目でも、一冴が傷つくのはいいのか。


「私が好きなのは蘭先輩だけだよ。それは変わりない。――菊花ちゃんは、つきあえませんって言うだけでいいの。」


廊下から、寮生たちの談笑する声が聞こえてきた。


そろそろ消灯の時間だ。


菊花は立ち上がる。


「まあ――考えさせて。」


そして、談話室から去っていった。


それにしても――と一冴は思う。


蘭との交際を拒否することでさえ、なぜ菊花は億劫なのだろう。


ここ何日か、薄っすらと感じていた不安が強まった。


――まさか、本当にツンデレとか?


蘭に惹かれる気持ちが、菊花の心の底にはあるのではないか。

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