第二話 ツンデレの解き方

中庭の木陰から、その会話をずっと蘭は聴いていた。


――菊花ちゃんは明日は独りでお留守番、と。


何日か前から、あからさまにつきまとうのを蘭はやめた。こっそりつきまとっている。どうやら自分は避けられているらしいのだ。菊花のツンデレを解くことは簡単ではない。


――いちごさんに盗られる前に攻略せねば。


そのために、菊花と二人きりになる機会を窺っている――いつものメンバーから菊花が離れるときを。先日の土日は近寄れなかった。だが、ようやく明日、二人きりになれるらしい。


――けれども、どうすれば。


ツンデレを解く方法はどこにあるのだ。


やがて昼休みが終わる。


午後の授業も終わり、放課後となった。


生徒会の仕事を終え、蘭は校舎を出る。


鎮守の杜が見え始めたとき、声をかけられた。


「鈴宮さん――ちょっとええかの?」


振り向くと、羽織袴はおりばかまをまとった老人と、黒づくめの青年が立っていた。


「まあ――理事長先生。どうなされました?」


「いや、菊花のことでちょっと話があってな。立ち話も何じゃ。ちょっと休んで行かんかの。」


菊花のことと聞いて、胸が高鳴る。


――理事長先生は菊花ちゃんのお祖父さま。


「はい。――是非とも。」


「いや、すまんの。」


それから、鎮守の杜の入り口にある東屋あずまやへ寄った。


椅子に腰かけ、麦彦は言う。


「鈴宮さんには、孫がお世話になっとるようじゃの。文藝部でも一緒のようじゃし。けれども、菊花が寮で迷惑をかけておらんか――それが心配での。」


「いえ――そんな。菊花さんはとてもいゝ子です。寮でも規則正しい生活を送ってをられます。」


「そうか。それはよかったのう。」


麦彦は莞爾にこりと笑う。


「いかんせん、気難しい娘でな――儂はそのことが心配なのじゃ。ああいうのを天邪鬼というんじゃろうのう。例えば、ほしい物をわざと拒絶したり、好きなものを嫌いだと言ったりするのじゃ。」


やはりツンデレだったか――と思った。


「なるほど、だから――」


言いかけ、蘭は言葉を呑み込む。


麦彦はきょとんとした。


「何か――思い当たることがあるのかの?」


「いえ――私、菊花さんから避けられてゐるのではないかと少し不安でして。」


ほほほ、と麦彦は笑う。


「それは、菊花に好かれておる証じゃ。」


「まあ――それはよかった。」


「じゃが――そこが心配でもあるのじゃ。菊花はのう、なかなか相手に心を開くということをせんのじゃ。わしは、菊花にもっと心を開いてほしいのじゃがの。どうか、鈴宮さんにお願いできんかの?」


「はい、わたくしでよろしければ。」


「うむ。鈴宮さんなら適任じゃよ。」


山吹へ顔を向け、例の物を、と言った。


「はっ。」


山吹は鞄から小袋を取り出し、テーブルへ置く。


菊花の心を開くのは容易たやすくない――と麦彦は言う。


「それで――鈴宮さんのことを少し手助けしたいと思っての。これを進ぜよう。」


蘭は袋を手に取る。布の向こうに固い感触があった。


「これは――何ですか?」


応えたのは山吹だ。


紅蝮あかまむしすっぽんと朝鮮人参、その他さまざまなものを配合したエキスにございます。各種のアロマも配合しておりますので、とても良い香りがいたします。害はございません――匂いをお嗅ぎになって下さい。」


蘭は袋を開ける。


紫色の液体が入った透明な瓶が出てきた。


蓋を開け、軽く嗅いでみる。


甘い匂いに蘭は酔った。


これは――あのピアノの講師と契ったときに嗅いだ匂いと似ている。


「まあ――とても良い匂ひですこと。」


「まあ、簡単に言えば心を開く薬じゃ。これを紅茶に一滴でも垂らせば、たちまち相手は意固地な心を捨ててくれるぞい。無論、やりすぎは禁物じゃがな。取扱説明書は袋に付属してあるから、それをよく読んでよきに計らうがよい。」


はい――と、やや顔を紅くして蘭は言う。


「お心遣ひ、ありがたうございます。」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る