第四話 同期の花

四月二十九日――火曜日。


朝食を摂ったあと、一冴は外出の準備をした。


生成り色のフリルつきカットソーの上に、桜色のワンピースをまとう。


男の格好をしないまま一か月以上が経つ。お洒落には気をつかっていた。女子らしくすることに越したことはないし、蘭からも振り向かれたい。


まるで――造花の百合が、本物の百合になりたがって無駄な努力をしているかのようだ。


――本当に?


本当に――自分の全ては男子なのだろうか。


ノートや筆記用具、学生証などをバッグに入れた。


洗面台では梨恵が自分の髪を切っている――まるで理容師が使うようなはさみを使いながら。


ドアがノックされたのはそのときだ。


「いちごちゃーん、もう準備できたー?」


紅子の声だ。


「うん、今いく!」


一冴はバッグを手に取る。


「じゃ、梨恵ちゃん、お先に。」


「うん、行ってらっしゃい。」


寮を出ると、涼しい風が肌をなでた。


入寮したときには満開だった桜は散り、蒼々とした葉がしげっていた。そこから、斑点を散らしたような木漏れ日が石畳に落ちる――桜のはなびらに似た。


「それにしても」と紅子は言う。「私、街に出るのって実は初めて。」


「そうなの?」


「自慢じゃないけど、入寮してから引きこもりだったから。」


「確かに自慢にならないね。」


「だから、街の様子とか全然分かんないんだ。」


「そう。――けど、私は梨恵ちゃんと何度か出てるし、案内なら任せて。」


よかった――と紅子は言う。


「図書館にも、もう行ったの?」


「ううん――まだ。」


――嘘だけど。


本当は――この街の図書館は何度も利用している。


上原一冴はこの街にいない。古い知人と街ですれ違っても、他人と思わなければならない。


ここにいるのは、女子の「上原いちご」だ。


「—―でも、安心して。行き方は分かるよ。」


「まあ――そりゃさすがに分かってなきゃね。」


学園を出る。


徒歩で高台を下り、ふもとで路面電車に乗る予定だ。


「「貴様と俺とーはー、同期の桜ー♪」」


坂を下りながら、二人で歌を歌う。


「「おーなじ兵学校のー、にーわーにーさーくー♪」」


一冴のスマートフォンが鳴ったのはその時だ。

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